上 下
7 / 56
本編

それはあまりに突然に③

しおりを挟む


「何をしているんだ!!仮にも君は僕の婚約者だろう!?どうしてこんな……」
「殿下、痛いです。手を離してください」

 しかし彼女は僕の言葉に納得のいく返答を返すことはなく、淡々と手を離すように言葉を発しただけだった。
 
「……やっぱり昨日の件で怒っているんだろう?」
「何のお話でしょうか?私が殿下に対して怒りを露わにする事などありません。そして、いい加減手を離してはいただけないでしょうか」
 
 そう静かに言葉を発するクラリスは、先程と一切変わらない、冷めた瞳で僕を静かに見ていた。

 (一体、何があったんだ)

 淡々と話しをするクラリスを茫然と眺めていると、当の本人はもうこちらに用はないとばかりに視線を隣にいる男へと向け、優しく微笑みかけていた。

「ライアン様、お見苦しいものをお見せして申し訳ありません。さ、あちらへ参りましょう?」
「エイブリー様、ですが王太子殿下とお二人で一度きちんと話し合われるべきだと僕は思います」
「そうかもしれませんが、今は貴方と共に居たいのです。……ダメでしょうか?」

 そう言うとクラリスは目の前で男の腕の中に飛び込むように抱き着いた。
 その光景に逆に冷静さを取り戻した僕は、クラリスに対して改めて声を掛けた。

「クラリス、いい加減にしてくれ。君の婚約者は僕だろう?どうして婚約者がいながら他の異性に纏わり付くような真似をしているんだ」
「あら、まだおりましたの?まあ、丁度いいのかしら?殿下、私ライアン様を愛しております」

 そう言って微笑みながら男を見上げたクラリスは、まるでその存在を確認するかのように相手の腕に触れた。
 クラリスに抱き着かれている子息は動揺しながらも、クラリスを払いのける素振りは見せない。

 「クラリスお願いだ。僕が納得のいく理由を話してくれ。昨日までは確かに僕を愛してくれていただろう!?」
 「一目惚れ」
 「え?」
 「私ライアン様を見て一目で恋に落ちてしまったのです。昨日、マリー様の相談に乗った帰りたまたまお会いしてそこで恋に落ちたのです。殿下には信じられない事かもしれませんが、私にはそれが事実なのです」

 言い終わるとうっとりと横にいる子息を見つめ、クラリスは僕の方を見る事はなかった。
 クラリスに纏わり付かれているのは同じ学年に在籍しているチェスター子爵子息だった。今まで大した接点もなかった、しかも二年も同じクラスにいた男子生徒に突然一目惚れだと言われても納得が出来ない。とてもではないが僕にはクラリスの話を受け入れる事なんて出来る筈がなかった。

 (どうして突然心変わりなんて……)
 
 クラリスが僕を見つめる瞳には昨日まで確かに愛情が籠っていた。
 例え言葉に出来ない場所にいても、彼女の瞳には僕への愛情が確かに込められていた。
 それなのに今のクラリスの瞳には僕に対する恋情はない。その瞳に宿る恋情は僕ではなく、横にいる子息へと向けられていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

根暗令嬢の華麗なる転身

しろねこ。
恋愛
「来なきゃよかったな」 ミューズは茶会が嫌いだった。 茶会デビューを果たしたものの、人から不細工と言われたショックから笑顔になれず、しまいには根暗令嬢と陰で呼ばれるようになった。 公爵家の次女に産まれ、キレイな母と実直な父、優しい姉に囲まれ幸せに暮らしていた。 何不自由なく、暮らしていた。 家族からも愛されて育った。 それを壊したのは悪意ある言葉。 「あんな不細工な令嬢見たことない」 それなのに今回の茶会だけは断れなかった。 父から絶対に参加してほしいという言われた茶会は特別で、第一王子と第二王子が来るものだ。 婚約者選びのものとして。 国王直々の声掛けに娘思いの父も断れず… 応援して頂けると嬉しいです(*´ω`*) ハピエン大好き、完全自己満、ご都合主義の作者による作品です。 同名主人公にてアナザーワールド的に別な作品も書いています。 立場や環境が違えども、幸せになって欲しいという思いで作品を書いています。 一部リンクしてるところもあり、他作品を見て頂ければよりキャラへの理解が深まって楽しいかと思います。 描写的なものに不安があるため、お気をつけ下さい。 ゆるりとお楽しみください。 こちら小説家になろうさん、カクヨムさんにも投稿させてもらっています。

完結 裏切りは復讐劇の始まり

音爽(ネソウ)
恋愛
良くある政略結婚、不本意なのはお互い様。 しかし、夫はそうではなく妻に対して憎悪の気持ちを抱いていた。 「お前さえいなければ!俺はもっと幸せになれるのだ」

(完)婚約破棄ですね、従姉妹とどうかお幸せに

青空一夏
恋愛
私の婚約者は従姉妹の方が好きになってしまったようなの。 仕方がないから従姉妹に譲りますわ。 どうぞ、お幸せに! ざまぁ。中世ヨーロッパ風の異世界。中性ヨーロッパの文明とは違う点が(例えば現代的な文明の機器など)でてくるかもしれません。ゆるふわ設定ご都合主義。

それは報われない恋のはずだった

ララ
恋愛
異母妹に全てを奪われた。‥‥ついには命までもーー。どうせ死ぬのなら最期くらい好きにしたっていいでしょう? 私には大好きな人がいる。幼いころの初恋。決して叶うことのない無謀な恋。 それはわかっていたから恐れ多くもこの気持ちを誰にも話すことはなかった。けれど‥‥死ぬと分かった今ならばもう何も怖いものなんてないわ。 忘れてくれたってかまわない。身勝手でしょう。でも許してね。これが最初で最後だから。あなたにこれ以上迷惑をかけることはないわ。 「幼き頃からあなたのことが好きでした。私の初恋です。本当に‥‥本当に大好きでした。ありがとう。そして‥‥さよなら。」 主人公 カミラ・フォーテール 異母妹 リリア・フォーテール

【完結】公爵子息は私のことをずっと好いていたようです

果実果音
恋愛
私はしがない伯爵令嬢だけれど、両親同士が仲が良いということもあって、公爵子息であるラディネリアン・コールズ様と婚約関係にある。 幸い、小さい頃から話があったので、意地悪な元婚約者がいるわけでもなく、普通に婚約関係を続けている。それに、ラディネリアン様の両親はどちらも私を可愛がってくださっているし、幸せな方であると思う。 ただ、どうも好かれているということは無さそうだ。 月に数回ある顔合わせの時でさえ、仏頂面だ。 パーティではなんの関係もない令嬢にだって笑顔を作るのに.....。 これでは、結婚した後は別居かしら。 お父様とお母様はとても仲が良くて、憧れていた。もちろん、ラディネリアン様の両親も。 だから、ちょっと、別居になるのは悲しいかな。なんて、私のわがままかしらね。

王子様、あなたの不貞を私は知っております

岡暁舟
恋愛
第一王子アンソニーの婚約者、正妻として名高い公爵令嬢のクレアは、アンソニーが自分のことをそこまで本気に愛していないことを知っている。彼が夢中になっているのは、同じ公爵令嬢だが、自分よりも大部下品なソーニャだった。 「私は知っております。王子様の不貞を……」 場合によっては離縁……様々な危険をはらんでいたが、クレアはなぜか余裕で? 本編終了しました。明日以降、続編を新たに書いていきます。

婚約者が不倫しても平気です~公爵令嬢は案外冷静~

岡暁舟
恋愛
公爵令嬢アンナの婚約者:スティーブンが不倫をして…でも、アンナは平気だった。そこに真実の愛がないことなんて、最初から分かっていたから。

傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。

石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。 そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。 新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。 初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

処理中です...