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第六章 因縁と家族
第8話 あなたの気持ちは2
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「レイチェル嬢、いつから……」
「話を盗み聞きしたことはお詫びしますわ。――ですが、聞き捨てならないお話でしたから」
お嬢様は王子たちに近寄り、腕を組む。
「本当は別の女性と結婚したかったのに、仕方がないから結婚されるなんて、わたくしはごめんです」
ふんっと鼻を鳴らす。
「それに、わたくしが后になりたいと思ったのは、貴族社会で地位を確立させるためです。わたくしが認められるための一つの手段にすぎません。王子のことが好きだから結婚したいわけではありません」
――お、お嬢様……。
清々しい物言いだった。王子に失礼な発言ではあったが誰も咎める者はいなかった。お嬢様はそこまで述べて、ふと優しい顔をする。
「――わたくしは、后にこだわらずとも自分の居場所を作れることを実感しました。わたくしを信頼してくれる人がいて、慕ってくれる人がいて、協力してくれる人がいて、親しんでくれる人がいる」
それは、とても優しい声だった。
私の頭にも、これまで関わってきた人の顔が浮かんだ。たとえ后にならなくても、もうこの世界に、お嬢様の居場所はある。お嬢様は、にっこりと微笑む。
「ですから、わたくしはもう、ルイス殿下の后の座に、これっぽっちも興味がございません。むしろ願い下げですわ!」
「……お、お嬢様ー? なにもそこまで言わなくても――」
マリーが頬を引きつらせながら小声で言ったが、お嬢様は無視を決め込んでいる。いや、すこし楽しそうかもしれない。こんなお嬢様、はじめて見たかも。お嬢様は満足そうに、口を開いた。
「つまり、わたくしがなにを言いたいかというと」
視線はライラ様へ。いたずらっぽい表情から、優しい表情へと変えて。
「わたくしよりも、よっぽどライラの方が后に相応しいのだと、わたくしは思うのです」
ライラ様は目を瞬いた。でも、と震える声がする。
「お姉様、私は」
「あなたは、もうわたくしに遠慮をする必要はないのよ。ライラはライラの幸せを掴めばいいわ。わたくしも、自分の道を生きるから」
「でも、お姉様」
私は妹なのだから。あなたに迷惑をかけたのだから。
言いたいことは手に取るように分かったが、結局ライラ様はなにも言えずにうつむいた。
「頑固な子ね。――あなたはどう思う?」
ふいにお嬢様がジルに視線を寄こした。この場で自分に矛先が向くとは思っていなかったらしいジルは目を見開く。そうですね、としばらく逡巡して微笑んだ。
「おっしゃるように、ライラお嬢様はすこし頑固すぎます。理屈で動く理性的なお嬢様のことを私は尊敬していますが、ご自分のお気持ちに素直になってもいいのではないかと、そう思います」
ライラ様はジルを見て、なにか言いたそうにしたが、それものみこんで再びうつむいた。
想い人であるルイス王子に、姉であるレイチェルお嬢様、そしてずっと側にいた使用人のジルに言葉をかけられて、それ以上の呼びかけは必要ないだろう。私たちは黙って待った。
しばらくライラ様は膝の上で手を握っていたが、そっと顔を上げた。お嬢様、ジル、王子の順に視線を送る。唇を震わせて、ためらって――、口を開く。
「私、私は――」
ぐっと唇をかんで、
「殿下のことが、好きです。他の女性のだれにも、殿下の隣には立ってほしくありません。隣には、私が立ちたい」
そう言った。
王子は少しだけ目を見開いて――、そして微笑んだ。頬を染めてはにかむ姿は、いつもの鉄壁で完璧な笑顔じゃない。それでも、とても、美しかった。
「はい。私も、隣にはあなたに立ってほしい」
お嬢様とジルはやれやれといったように笑う。
「僕たち、すごい現場に居合わせていますか?」
「そうみたい」
レオンと私も囁きあって、笑った。マリーはりんごのように真っ赤な頬を両手で包んで王子とライラ様を見つめている。
「殿下、妹のこと、どうぞよろしくお願いいたします」
「はい」
手をとりあう二人に微笑んで、お嬢様は振り返った。風に黒髪をなびかせながら、私たちに向き直る。
「――さて。マリー、レオン、そしてリーフ。行くわよ!」
「え、どちらに?」
決まっているでしょう、と微笑む。
「ライラが正直になったのだから、わたくしも正直になるの」
高らかにそう言って、踏み出した。
「話を盗み聞きしたことはお詫びしますわ。――ですが、聞き捨てならないお話でしたから」
お嬢様は王子たちに近寄り、腕を組む。
「本当は別の女性と結婚したかったのに、仕方がないから結婚されるなんて、わたくしはごめんです」
ふんっと鼻を鳴らす。
「それに、わたくしが后になりたいと思ったのは、貴族社会で地位を確立させるためです。わたくしが認められるための一つの手段にすぎません。王子のことが好きだから結婚したいわけではありません」
――お、お嬢様……。
清々しい物言いだった。王子に失礼な発言ではあったが誰も咎める者はいなかった。お嬢様はそこまで述べて、ふと優しい顔をする。
「――わたくしは、后にこだわらずとも自分の居場所を作れることを実感しました。わたくしを信頼してくれる人がいて、慕ってくれる人がいて、協力してくれる人がいて、親しんでくれる人がいる」
それは、とても優しい声だった。
私の頭にも、これまで関わってきた人の顔が浮かんだ。たとえ后にならなくても、もうこの世界に、お嬢様の居場所はある。お嬢様は、にっこりと微笑む。
「ですから、わたくしはもう、ルイス殿下の后の座に、これっぽっちも興味がございません。むしろ願い下げですわ!」
「……お、お嬢様ー? なにもそこまで言わなくても――」
マリーが頬を引きつらせながら小声で言ったが、お嬢様は無視を決め込んでいる。いや、すこし楽しそうかもしれない。こんなお嬢様、はじめて見たかも。お嬢様は満足そうに、口を開いた。
「つまり、わたくしがなにを言いたいかというと」
視線はライラ様へ。いたずらっぽい表情から、優しい表情へと変えて。
「わたくしよりも、よっぽどライラの方が后に相応しいのだと、わたくしは思うのです」
ライラ様は目を瞬いた。でも、と震える声がする。
「お姉様、私は」
「あなたは、もうわたくしに遠慮をする必要はないのよ。ライラはライラの幸せを掴めばいいわ。わたくしも、自分の道を生きるから」
「でも、お姉様」
私は妹なのだから。あなたに迷惑をかけたのだから。
言いたいことは手に取るように分かったが、結局ライラ様はなにも言えずにうつむいた。
「頑固な子ね。――あなたはどう思う?」
ふいにお嬢様がジルに視線を寄こした。この場で自分に矛先が向くとは思っていなかったらしいジルは目を見開く。そうですね、としばらく逡巡して微笑んだ。
「おっしゃるように、ライラお嬢様はすこし頑固すぎます。理屈で動く理性的なお嬢様のことを私は尊敬していますが、ご自分のお気持ちに素直になってもいいのではないかと、そう思います」
ライラ様はジルを見て、なにか言いたそうにしたが、それものみこんで再びうつむいた。
想い人であるルイス王子に、姉であるレイチェルお嬢様、そしてずっと側にいた使用人のジルに言葉をかけられて、それ以上の呼びかけは必要ないだろう。私たちは黙って待った。
しばらくライラ様は膝の上で手を握っていたが、そっと顔を上げた。お嬢様、ジル、王子の順に視線を送る。唇を震わせて、ためらって――、口を開く。
「私、私は――」
ぐっと唇をかんで、
「殿下のことが、好きです。他の女性のだれにも、殿下の隣には立ってほしくありません。隣には、私が立ちたい」
そう言った。
王子は少しだけ目を見開いて――、そして微笑んだ。頬を染めてはにかむ姿は、いつもの鉄壁で完璧な笑顔じゃない。それでも、とても、美しかった。
「はい。私も、隣にはあなたに立ってほしい」
お嬢様とジルはやれやれといったように笑う。
「僕たち、すごい現場に居合わせていますか?」
「そうみたい」
レオンと私も囁きあって、笑った。マリーはりんごのように真っ赤な頬を両手で包んで王子とライラ様を見つめている。
「殿下、妹のこと、どうぞよろしくお願いいたします」
「はい」
手をとりあう二人に微笑んで、お嬢様は振り返った。風に黒髪をなびかせながら、私たちに向き直る。
「――さて。マリー、レオン、そしてリーフ。行くわよ!」
「え、どちらに?」
決まっているでしょう、と微笑む。
「ライラが正直になったのだから、わたくしも正直になるの」
高らかにそう言って、踏み出した。
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