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第三章 芸術家と神の子
第7話 ハチャメチャ・ダンス
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「今日はダンスを踊りましょう!」
「突然ですね」
「こんなにも空が青く、風が心地よいのです。踊りだしたい気分にもなるでしょう」
ディーは深緑の髪をなびかせながらアトリエの廊下を歩きだした。私とお嬢様はそのあとを追う。アトリエの一階には小さなダンスホールがある。ディーはその扉を開けて私たちを導いた。
「まずはレイチェル様から」
流れるような動作でお嬢様の手を取ると、メロディーを口ずさんで踊り出す。お嬢様も戸惑いながらディーの動きにあわせた。深緑と、漆黒の髪が揺れる。心地のいいディーの歌声。神話から飛び出してきたかのようなその様子につい見惚れてしまう。
「レイチェル様、もっと遊ぶように踊りませんか」
「そんなことを言われても――」
ディーのダンスの相手なんて、肩に力が入ってしまうのも分かる。お嬢様は眉を寄せた。ディーはふむと頷いてから、微笑み、
「え、ちょっと――きゃあ!」
お嬢様を抱き上げてくるくると回った。そのあとも、通常のダンスにはないハチャメチャなステップを踏む。それでもエスコートが完璧なためか、お嬢様は悲鳴をあげながらもディーの腕の中で転ぶことなく遊ばれている。
「ちょっと、ディー、待って!」
「楽しみましょう、レイチェル様! ダンスは楽しんだもの勝ちですよ」
くるくる、くるくる。二人はダンスホールをいっぱいに使って踊っている。
最初は悲鳴だったお嬢様の声も、次第に笑い声に変わっていった。ディーの動きに身を任せてたわむれるように踊る姿は、とても楽しそう。さっきまでのダンスとは、全然違う。
「そうそう、気を抜いて遊べばいいんですよ。堅苦しいダンスよりも、その方が気持ちいいでしょう」
「そのようですね」
お嬢様は笑いながらくるりとディーの腕の中で回った。今までお嬢様のダンスは何度も見てきたが、その中でも今のダンスは一番綺麗だ。ハチャメチャなのも、間違いないけれど。
「ディーの芸術が素晴らしいのは、あなたが心から芸術を楽しんでいるからなのかもしれませんね。わたくし、こんなに楽しんで踊ったり、演奏をしたりする人ははじめて見ます」
ひとしきりディーに遊ばれたお嬢様は、晴れやかな顔でダンス終了のお辞儀をした。
「さて、次はリーフの番です。あなたもいつもガチガチですから、たくさん遊びましょう」
「ガチガチ……」
私は差し出された手をおずおずと取った。また、変則的なダンスが始まる。慣れないテンポに戸惑うけれど、ディーが引っ張ってくれるから自然と体がついていく。導かれるように、流れるように、体が動く。自分のダンス技術が二倍も三倍も跳ね上がったような気分だ。
これは、少し……、楽しいかもしれない。つい笑ってしまう。が。
「うわあっ」
突然抱き上げられて、思わず変な声がもれた。
「レイチェル様もリーフも、羽のように軽いですね」
「それは言いすぎです、あ、いえ、お嬢様は軽やかではありますが、私は――っ」
ぐっと近づいた顔の距離に、息をするのを忘れそうになった。長い睫毛に縁取られた深緑の瞳。すっと通った鼻筋に、陶器のような肌。女性的でもあって、男性的でもある美しい顔。つい見惚れてしまうと、ディーは首をかしげる。
「なにか?」
「いえ――。そういえば今日は抹茶のカップケーキを作ってきたんです。あとで召し上がってください」
「まっちゃ、先日街で買っていた異国のお茶ですね。あのお茶は私が巡ってきた国でも見たことがありませんでした。リーフは不思議な知識を持っているのですね」
ディーと視線が交わる。私の目だけでなく、その内側まで見透かされてしまいそうな瞳だ。
「リーフの不思議な音は、その知識とも関係があるのでしょうか」
「――さあ、どうでしょう」
私は、目を逸らした。
前世の記憶があるなんて、気味が悪いだろう。幽霊や呪いが信じられているこの国で、私の妙な噂がたてば、お嬢様にも迷惑がかかる。前世を知っているなんて、私も幽霊みたいなものなのだから。やっぱり、周りに知られるのはまずい。
「……失礼。リーフを困らせるつもりはないのですが」
ディーは困ったように笑って足を止める。
ダンスはおしまい。彼は長身を折り曲げて一礼した。
「あなたの音がなぜ不思議なのかを追究するよりも、近くで聴けるだけで私は嬉しいのです。だからどうか、お気に障ったのならお許しください」
「気に障るなんて、そんなことございません」
なるべく平常心で紡いだ言葉だが、ディーは変わらず困ったような表情をしていた。しかしそれ以上踏み込んでくることはなく、お茶の準備をしてきましょうと、ダンスホールを出ていった。
残された私は、気分が重い。せっかく楽しいダンスを踊っていたのに。そっとため息をつくと、お嬢様が隣に立った。
「彼に何か言われたの?」
「私の『音』について、少し」
「ああ、人とは違う音がするという話ね。――わたくしは、あなたが人と違ったとしても気にしないわよ」
驚いてお嬢様をみると、ふふっと笑われた。
「だってリーフ、とても悩んでいるような顔をしているもの。だからいいのよ、リーフがどれだけ人と違っても構わない。むしろ、そのおかげでこうしてディーと親しくなれたのだから、感謝してもいいくらい。悩む必要なんてないわ」
「お嬢様――、ありがとうございます」
私は多分、不器用に笑った。
私の記憶のことを全て正直に話しても、きっとお嬢様なら今と同じことを言ってくれるだろう。そんな気がした。
「突然ですね」
「こんなにも空が青く、風が心地よいのです。踊りだしたい気分にもなるでしょう」
ディーは深緑の髪をなびかせながらアトリエの廊下を歩きだした。私とお嬢様はそのあとを追う。アトリエの一階には小さなダンスホールがある。ディーはその扉を開けて私たちを導いた。
「まずはレイチェル様から」
流れるような動作でお嬢様の手を取ると、メロディーを口ずさんで踊り出す。お嬢様も戸惑いながらディーの動きにあわせた。深緑と、漆黒の髪が揺れる。心地のいいディーの歌声。神話から飛び出してきたかのようなその様子につい見惚れてしまう。
「レイチェル様、もっと遊ぶように踊りませんか」
「そんなことを言われても――」
ディーのダンスの相手なんて、肩に力が入ってしまうのも分かる。お嬢様は眉を寄せた。ディーはふむと頷いてから、微笑み、
「え、ちょっと――きゃあ!」
お嬢様を抱き上げてくるくると回った。そのあとも、通常のダンスにはないハチャメチャなステップを踏む。それでもエスコートが完璧なためか、お嬢様は悲鳴をあげながらもディーの腕の中で転ぶことなく遊ばれている。
「ちょっと、ディー、待って!」
「楽しみましょう、レイチェル様! ダンスは楽しんだもの勝ちですよ」
くるくる、くるくる。二人はダンスホールをいっぱいに使って踊っている。
最初は悲鳴だったお嬢様の声も、次第に笑い声に変わっていった。ディーの動きに身を任せてたわむれるように踊る姿は、とても楽しそう。さっきまでのダンスとは、全然違う。
「そうそう、気を抜いて遊べばいいんですよ。堅苦しいダンスよりも、その方が気持ちいいでしょう」
「そのようですね」
お嬢様は笑いながらくるりとディーの腕の中で回った。今までお嬢様のダンスは何度も見てきたが、その中でも今のダンスは一番綺麗だ。ハチャメチャなのも、間違いないけれど。
「ディーの芸術が素晴らしいのは、あなたが心から芸術を楽しんでいるからなのかもしれませんね。わたくし、こんなに楽しんで踊ったり、演奏をしたりする人ははじめて見ます」
ひとしきりディーに遊ばれたお嬢様は、晴れやかな顔でダンス終了のお辞儀をした。
「さて、次はリーフの番です。あなたもいつもガチガチですから、たくさん遊びましょう」
「ガチガチ……」
私は差し出された手をおずおずと取った。また、変則的なダンスが始まる。慣れないテンポに戸惑うけれど、ディーが引っ張ってくれるから自然と体がついていく。導かれるように、流れるように、体が動く。自分のダンス技術が二倍も三倍も跳ね上がったような気分だ。
これは、少し……、楽しいかもしれない。つい笑ってしまう。が。
「うわあっ」
突然抱き上げられて、思わず変な声がもれた。
「レイチェル様もリーフも、羽のように軽いですね」
「それは言いすぎです、あ、いえ、お嬢様は軽やかではありますが、私は――っ」
ぐっと近づいた顔の距離に、息をするのを忘れそうになった。長い睫毛に縁取られた深緑の瞳。すっと通った鼻筋に、陶器のような肌。女性的でもあって、男性的でもある美しい顔。つい見惚れてしまうと、ディーは首をかしげる。
「なにか?」
「いえ――。そういえば今日は抹茶のカップケーキを作ってきたんです。あとで召し上がってください」
「まっちゃ、先日街で買っていた異国のお茶ですね。あのお茶は私が巡ってきた国でも見たことがありませんでした。リーフは不思議な知識を持っているのですね」
ディーと視線が交わる。私の目だけでなく、その内側まで見透かされてしまいそうな瞳だ。
「リーフの不思議な音は、その知識とも関係があるのでしょうか」
「――さあ、どうでしょう」
私は、目を逸らした。
前世の記憶があるなんて、気味が悪いだろう。幽霊や呪いが信じられているこの国で、私の妙な噂がたてば、お嬢様にも迷惑がかかる。前世を知っているなんて、私も幽霊みたいなものなのだから。やっぱり、周りに知られるのはまずい。
「……失礼。リーフを困らせるつもりはないのですが」
ディーは困ったように笑って足を止める。
ダンスはおしまい。彼は長身を折り曲げて一礼した。
「あなたの音がなぜ不思議なのかを追究するよりも、近くで聴けるだけで私は嬉しいのです。だからどうか、お気に障ったのならお許しください」
「気に障るなんて、そんなことございません」
なるべく平常心で紡いだ言葉だが、ディーは変わらず困ったような表情をしていた。しかしそれ以上踏み込んでくることはなく、お茶の準備をしてきましょうと、ダンスホールを出ていった。
残された私は、気分が重い。せっかく楽しいダンスを踊っていたのに。そっとため息をつくと、お嬢様が隣に立った。
「彼に何か言われたの?」
「私の『音』について、少し」
「ああ、人とは違う音がするという話ね。――わたくしは、あなたが人と違ったとしても気にしないわよ」
驚いてお嬢様をみると、ふふっと笑われた。
「だってリーフ、とても悩んでいるような顔をしているもの。だからいいのよ、リーフがどれだけ人と違っても構わない。むしろ、そのおかげでこうしてディーと親しくなれたのだから、感謝してもいいくらい。悩む必要なんてないわ」
「お嬢様――、ありがとうございます」
私は多分、不器用に笑った。
私の記憶のことを全て正直に話しても、きっとお嬢様なら今と同じことを言ってくれるだろう。そんな気がした。
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