悪役令嬢の使用人

橘花やよい

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第一章 支度をしましょう

第6話 妹君との密会2

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 今までにみたことがないライラ様の雰囲気。威圧というほど強くはないのに、思わずこちらが背筋を伸ばしてしまうような、そんな空気をまとっている。

 ――でも、どうしてだろう。懐かしい。

 ライラ様の緑色の瞳を見つめていると、その理由に思い当たった。レイチェルお嬢様によく似ているんだ。昔のお嬢様も、よくこんな表情をしていた。聡明で、強い、意志のある瞳。

 やっぱり、姉妹だ。

「私はお姉様がこんな状況に立たされているのが嫌。どうしてお姉様が人から悪く言われるのか、私には分からない。お姉様は何も悪くないのに」
「悪くない、ですか」
「ええ。たしかに私は、お姉様に手をあげられたこともあるけど、それがなに? お姉様はずっと悲しんでいたでしょう。悲しませていたのは、この私。悪いのは、無神経だった私よ」

 ライラ様の目は真剣そのものだった。

 自分の居場所を奪われたことを悲しみ、妹に手をあげたお嬢様。ライラ様は被害者だとみんなが思っている。そんなライラ様から、「自分が悪かった」なんて言葉を聞くとは思わなかった。

「そろそろ宮廷に嫁ぐ令嬢を決めるべきだと、貴族の間でも競争は強まっているわ。私も后の候補に入っているし、有力候補だと言われているようだけど、后になるべきはお姉様よ。お姉様はずっと、そのための教育を受けてきたんだもの。あなただって、お姉様の努力は知っているでしょう」
「それは、もちろんです」

 お嬢様の努力は誰よりも知っている。教養も、ダンスも、音楽も。后に相応しい女性になるために、ずっと努力を重ねてきた。

 でも――。
 私はライラ様を見る。
 多分彼女の言葉に嘘はない。それでも引っかかることはある。

「ライラ様にそう言っていただけるのは嬉しいです。私も、お嬢様には社交界に戻っていただきたいし、后にだってなってほしいと思う。ですが――、ライラ様は后になりたくはないのですか?」

 后はこの国の女性として一番の地位だ。貴族令嬢はみんな憧れる。それなのに、今、最も后の座に近いライラ様が、その地位を手放すなんて……。

「私は后になろうなんて、少しも思っていないわ」

 ライラ様はきっぱりと言い切った。迷いがみえないその態度に、呆気にとられる。張りつめていた空気をゆるめて、ライラ様がくすりと笑った。

「私はね、バルド家の家督を継いでもらうための良い夫を迎えることが私の役目だと思っているわ。――それに、お姉様を后にしたい理由は他にも、色々とあるのよ」
「どのような理由ですか?」
「お姉様がこの家の長女。次女の私よりも、お姉様が后になるべき。それが決まりでしょう」
「それは、そうですが」

 この国は長子社会だ。家を継ぐのも、嫁ぐのも、まずは長子から。それが古くからの慣習だった。だから、本来であればレイチェルお嬢様をさしおいて次女のライラ様が后になることはあり得ない。

「私は、決まりや慣習はあるべくして作られたものだと思うし、それに則るべきだと思う。だって、そこから外れてしまえば混乱を生むだけだもの。弟や妹が権力をもってうまくいった事例なんてほとんどないじゃない」

 たとえば。とある貴族の家で、父親は兄よりも弟を可愛がった。兄を押し退け弟を跡取りとした日には、兄が嫉妬から弟と父親を殺してしまった。ライラ様はつらつらとそんな話をした。

「お父様は私を后にたてようと思っているはず。……きっとお父様はね、お母様方を亡くして辛くて、自分を見失っているの。でも私は、后になる気がない。だから、お姉様には早く戻ってきていただかないと困るのよ」

 そのために協力してほしい、と彼女は続けた。

「お姉様の一番近くにいるあなたに、お姉様の説得をしてほしいの。あなたも、このままでいる気はないのでしょう。だから、協力してくれないかしら? 早く動き出さないと、手の打ちようがなくなるわ」

 ライラ様の真っ直ぐな視線に射抜かれて、心臓が早鐘を打つ。
 もう時間は残されていない。それは私にも分かる。

「リーフ、あなたはどうしたい?」

 試すような目だった。
 私はぐっと手を握った。
 どうもなにも――、最初から、誰に言われるでもなく、私の意志は決まっている。

「私は、レイチェルお嬢様が社交界に戻ることを願っています」

 お嬢様だって、貴族社会に未練があるはずだ。少しでもお嬢様が望むのならば、この状況を変えたい。どうにかしたい。

「もうあとがない状況なのは十分承知しています。ライラ様に言われずとも、私はお嬢様が貴族社会に戻るためならなんでもする」

 お嬢様の名誉を、取り戻したい。もう一度、お嬢様の笑顔が見たい。
 私の言葉を聞いて、ライラ様は目元をゆるめた。

「そう言ってもらえて安心したわ。――よろしくね、リーフ。一緒にお姉様を助けましょう」

 ライラ様がドレスを揺らして立ち上がる。ぱちんと手を打ちあわせて微笑んだ。

「時間を取らせてしまってごめんなさいね! お話はこれでお終いよ。あなたにも仕事があるでしょう。もう戻ってもらって大丈夫。つきあってくれてありがとう」

 いつもの花が咲くような優しい表情だ。そこに先程までの雰囲気はなくて、自分の肩から力が抜けるのを感じた。私はずいぶん緊張していたらしい。ほうと息をついてぬるくなった紅茶を一口飲んだけれど、いまいち味が分からない。

「何かあれば手伝うから、知らせてちょうだいね。それから、ここでの話はできるだけ内緒にして。いらない波風は立たせたくないから」
「はい。――あの、ありがとうございます。お嬢様のことを気にかけてくださって。本当に、ライラ様はお優しい方ですね」

 自分に手をあげた姉のことを「好き」と言ってくれるライラ様は、きっととても優しいのだ。
 ライラ様は私をじっと見て、「ううん」と首を振った。

「私はべつに、褒められるようなことしてないわ。そうそう、こんな話をしたから忘れてしまっているかもしれないけれど、花束も忘れずに届けてね」

 そう言って私に可愛らしい花束を持たせて、ライラ様は手を振った。

○○○○

「ライラ様、ああいう真剣な表情もされるんですね。驚きました」

 ジルが別館まで送ってくれるというので、一緒に庭を歩く。本館から別館への移動なんて短いから、見送りはいらないのだけど。

「ライラお嬢様も、真剣にバルド家の未来のことを考えているのです。それにあの方は存外、理屈主義なところがありますから。長子社会の決まりごとを違えるのがお嫌いなんですよ」
「そうみたいですね。もっとこう、ふわふわした方だと思っていました。――あ、いえ、悪く言っているわけではないですが」

 ジルはおかしそうに笑い声をあげる。私より七、八歳年上でいつも飄々としている彼にしては、子供らしい笑い方だった。

「リーフの言いたいことは分かりますよ。お嬢様は、一見すると吹けば飛ぶような方ですが、その実とても頑固なんです。面白い方でしょう」

 ジルの笑い声を聞いていたら、あっという間に別館の前に到着していた。

「さて、それではお別れですね」

 ジルは私に向き直り、胸に手をあてて微笑む。

「ライラお嬢様がおっしゃることですから、俺もレイチェル様が后になるための協力は惜しみません。手伝えることがあれば教えてください。――とはいえ、まずはレイチェル様がその気になっていただかないと始まりません。それは、リーフに頑張っていただかないと」

 別館の前では、不安そうに赤毛をいじるマリーがいた。私の帰りを待っていてくれたようだ。彼女は私を見ると安心したように微笑んで、大きく手を振った。ジルが銀色の目を細める。

「可愛らしい方ですよね、彼女。小動物みたいで」
「ちょっと、うちの子に手を出さないでくださいよ? ほんと、やめてください。別館立ち入り禁止にされたいですか?」
「そんなむきにならなくても……。手なんて出しませんよ、年下には興味ありませんから」
「うわ、年上好きですか」
「……リーフは俺がなにを言っても、嫌な顔をしそうですね」

 まあ、あなたという存在が苦手ですから。
 とは、さすがに言わないけれど。

「――それでは、色々とよろしくお願いしますね。そうそう、その花束。メイドたちが止めるのを振り払って、ライラお嬢様自ら選んだ花です。大切に扱ってください」

 ジルは微笑んで頭を下げると、ゆるやかな足取りで本館への道を戻っていった。

「リーフさん、遅かったですね。お帰りなさい」
「マリー……、ほんとジルはやめてくださいね」
「はい?」

 私はマリーの顔をみるとほっと息をついて、その赤毛を撫で回す。きゃっと可愛らしい悲鳴をあげたが抵抗はされなかった。

「マリーがいると癒されるわ、疲れた……」
「大丈夫ですか? なんのお話だったんです?」
「色々と、込み入った話。――マリー、今からすこし時間ある? 真面目な話をしましょう」

 マリーは目を瞬いて、頷いた。
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