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第5章 物語と、ひとつの色(下)

(6)願いの叶う場所

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「絵莉、ごめん、助けてぇ……」
「わ。彩乃さん、大丈夫?」

 マスクをした彩乃が、ゾンビのようなぎこちない動きで絵莉を手招きする。肌は色づいていて、熱はないと言っていたものの体調が悪いのはよくわかる。どんな体調不良にも利くお雪さんパワーも、力及ばなかったらしい。

 彩乃はぱちんと手を合わせた。

「配達だけ行ってくれない? いま外に出たら、たぶんわたし、死ぬわ」
「死なないで。って言っても、今日ほんとに寒いもんね。わかった、行ってくるよ」

 配達用に用意されていた本たちを自転車に乗せていると、お雪さんがととと、と駆け寄ってきた。

「絵莉さん絵莉さん。彩乃さんが心配なので、わたしは留守番をしていても構いませんか」
「んー……、うん。いいよ。回ったことあるお家ばっかりだし、ひとりで行けそう」
「頼もしいです。気をつけていってらっしゃい」

 お雪さんに見送られる配達ははじめてだ。でもさすがにもう慣れてきたから、うさぎナビがなくてもなんとかなるはず。自転車のカゴにもふもふのお雪さんがいないと、寂しい気はするけれど。

 絵莉はマフラーを口もとまで引き上げて、一軒一軒回っていった。配達先では「寒いわねー」と言われながら、ペットボトルのあたたかいお茶やお菓子をもらった。すっかり自分も、この街に馴染んできたのかもしれないなあと思う。

「ありがとうね、絵莉ちゃん。またお願い」
「はい、よろしくお願いしまーす。……よし、終わった」

 無事に配達完了するころには、二時間ほどかかっていた。いつもより時間がかかったのは、効率のいいナビをしてくれるお雪さんがいないからかもしれない。でも、ひとつの仕事をやり遂げたことへの達成感があったし、いい気分転換にもなった気がする。

 配達しながらも、装画のことが頭から離れることはなかったけれど、自室にこもるより気がまぎれたのは事実だ。

 ――なんとかしなきゃとは、思うけどね。

 なにかがつかめそうな気もしている。とわやお雪さんと話したことで、すこしずつ、自分の心を見つめ直すことはできたと思うのだ。けれどまだ、答えには辿り着けていない。お雪さんは「すぐれた装画が望まれているのか」と言っていたけど、ほかにどんな装画が必要だって言うんだろう。

 絵莉はため息をつきながら、いつものように、なわて通りに向かった。今日はお雪さんがいないから、買い食いしてもにぎやかさに欠ける気がする。寂しいときは食べ物もおいしくなくなってしまうから、くるみ味噌の五平餅を三つ買って、兎ノ書房にもどってからみんなで食べることにした。

 味噌の香ばしい香りに鼻をくすぐられ、自然と帰る足取りが速くなる。冷める前に食べないともったいないだろう。でもその前に――、絵莉は四柱神社に寄った。

 訪れるのは、とわとここで話をしたとき以来だ。あのとき苦しんでいたとわは、いま、前に進みだしている。そう思うと、ご利益がありそうな気がしてくるというものだ。自転車を置き、社に参拝する。

 ――もやもやが、解決できますように!

 しゃべるうさぎがいるくらいだし、神さまがいたって不思議ではないだろう。神さまに失礼がないよう、丁寧に頭を下げる。そうして顔を上げたとき、視界にふわりと白が舞った。

 雪だ。

 今日も降るらしい。道理で寒いと思った。はあー、とこぼした息も世界を白く染めていく。

「……帰ろ」

 これ以上寒くなる前に、と自転車のもとに向かう。けれど神社の外に、着ぶくれた雪だるまを見つけて、足が止まった。
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