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第2章 無口な少年と、桜色

(8)迷子のきみ3

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「……さて。お雪さん、帰ろうか」

 予想外の事件に巻き込まれてしまったけれど、絵莉も兎ノ書房に向けて自転車を押す。なわて通りと仲町通りは、川を挟んで近くにある。のんびり歩いていても、すぐについてしまうだろう。息が白く染まり、寒空に消えていく。

 気にしないほうがいいのかもしれなかった。でも……、でも、だ。おずおずと口を開く。

「ねえ、お雪さん。とわくんって」
「お父さまは海外赴任中で不在。お母さまも、入院していて不在です」

 お雪さんはまわりにひとがいないことを確認してから、そう言った。絵莉はあれ、と目をまたたく。

「教えてくれるんだ。てっきり、いろいろ事情があるのですよ、ってごまかされるかと」
「ここまできたら、絵莉さんも知っておいたほうがいいでしょう」

 空気を読めるうさぎだ。

 チャリチャリ、と自転車のチェーンが音を立てる。絵莉はお雪さんのふっくら丸いフォルムを眺めながら訊いた。

「お父さんもお母さんも、とわくんのそばにいないの?」
「ええ。とわくんはいま、おばあさまの家に引き取られているんです。両親に会えないことが寂しいのでしょうね。それですこし、学校で問題があったようで」
「問題」
「親のいるクラスメイトたちがうらやましく、とわくんは耐えられなかったようです。けんかのようなものをしてしまったのだ、と聞いています。それ以来、学校に行けなくなったようですね」

 前からひとが歩いてくることに気づき、お雪さんも絵莉も口を閉ざした。すこしして、絵莉は「そっか」と相づちを打つ。

「お雪さん、よく知ってるね」
「なにぶん、うさぎですから。耳がいいのです。いろいろな話が聞こえてきまして」

 あっという間に、兎ノ書房。絵莉は自転車を停めながらつぶやいた。

「寂しいのは、嫌だよね」
「とはいえ、気にしすぎる必要はありません。とわくんが来たら、いつものように迎えてあげてください。兎ノ書房は、そういう場所でいいのです」
「……うん。わかった」

 学校に行けなくても、とわは兎ノ書房に来てくれている。きっと、とわにとってこの図書室は大切な場所なのだろう。ならば自分は、いままでどおり受け入れてあげなければ。

 それでも、心に引っかかるものはあったのだけど。
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