ダイアモンド・ダスト

柑奈木

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45.一緒に練習がしたい

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「えー、岡本部活に専念するのは先週までって言ってたじゃん」

 放課後に入るなり、光咲の不満そうな声が響いた。

「思ったように、記録が伸びてないんだ」

 岡本君が申し訳なさそうに手を合わせる。

「セリフもばっちり覚えてるし、部活の休憩時間とか家に帰ってからもしっかり練習してるから。頼む」

 どうやら岡本君は今週も、私と一緒に練習をするつもりはないらしい。

「そうはいっても、桜の単独練習だってもう何回も繰り返しやって、ほぼ完璧な状態だし」

 光咲は困りきっていた。

「だったら、外装が遅れてるみたいだからそっち手伝ってやってくれよ」

「んー、まーいいけど。本番までに最低二回は合わせで練習するからね。それは絶対だよ」

 光咲は最後の部分をことさら強調していった。

「ああ、わりい」

 岡本君はそう言うと廊下に姿を消した。

「と、言うわけだから演技チームは、今日は外装の助っ人に行くよー」

 教室でリハーサル準備をしていた班員たちはしぶしぶ小道具をしまい始めていた。

 岡本君、また琴乃と演技練習しに行くつもりなんだ。

 私の足は勝手に動き出していた。廊下を行きかう生徒たちの間を潜り抜けて岡本君の背中を捉えた。

「ねぇ」

 私は彼の背中に声をかける。でも、岡本君は振り返らない。

「ねえ!」

 私は岡本君の右腕を掴んだ。前に進もうとしていた岡本君の腕にぶら下がっていたスポーツバックが遠心力で揺れる。

「私、岡本君と一緒に練習したい。ちゃんと岡本君のお姫様として練習したい」

 岡本君の黒目が揺れる。

「私じゃ、ダメかな?」

 私は蚊の鳴くような声で言った。

「……ごめん。俺にとってお姫様役は結木だけなんだ。だから、俺はあいつが不便なく練習できるようにそばにいてやりたい」

 岡本君は私に申し訳なさそうに、でも、はっきりとそう言った。

 賑やかだった廊下の音と色が一気に褪せていく。

「悪い」

 もう一回岡本君は気まずそうに私にそう言い、何か邪念を払うように私の手を振りほどいて廊下を進んで行った。

 立ちすくんでしまった私には、彼を追いかける気力も無かった。

 私は茫然自失の状態で教室に戻った。

 みんなはもう作業場に移動した後だったのか、教室はもぬけの空だった。

 振られたのかな。

 私は教卓がのせられている段差に座り込んで、顔を膝にうずめる。そして、声を出して泣き出した。

 どうせ誰もいないんだ。構わないだろう。

 岡本君への思いを伝えるという役割も果たさず、罪を擦り付けた上に主演を奪い取ってさえ敵わなかった。

 悔しさと惨めさが交互に押し寄せてきて、また涙が溢れだす。

「なーんだ、自主練して偉いなーと思って見に来たのにさぼってるだけじゃん。あんまりさぼってるとチクっちゃうよ」

 誰が来たのかは声で分かった。

「西宮だってさぼってるじゃん」

「オレはもともと真面目にお手伝いとかするタイプじゃないし」

 西宮はあっけらかんとした様子で言った。

「岡本君に一緒に練習してほしいって言ったんだけど、断られちゃった」

 私は震える声でそう言った。目の前にいるのが心の底から腐った大嫌いな人間だと分かっていても、話を聞いてほしいと思ってしまうほどに、私の心は弱っていた。

「あっそう、じゃ、岡本は結木の方を選んだってことね。はっきりしてよかったね~」

 西宮は私に気を使うどころか、少し考えればひどく傷つけると分かるようなことを平気で言ってくる。

「西宮ってホントにサイテー」

「は?今さら何言ってんの?もしかしてオレに励ましてもらおうと思ってた?」

「ち、違うし!」

 私は西宮を睨みつけながら答えた。

「……本番どうなっちゃうんだろうな。岡本君、琴乃がお姫様じゃないと本番もやらないつもりなんじゃ」

 私は不安だった。

「桜ちゃんが正直に手紙のこと打ち明ければいいんじゃない?そうしたらクラスの全会一致でお姫様役は結木に戻って舞台は成功、ハッピーエンド」

「……」

 私は俯いた。そうするべきだって、そうすることがみんなのためには一番だってわかってるのに。頷けない自分が醜い。

「あははっ、嫌なんだー」

 私は拳を握りしめた。

「さすが心が底辺の人間だわ。ブサイクなのは顔だけにしとけよ」

 西宮が楽しそうに笑っている。

「悪口言うだけなら作業場いきなよ!」

「やーだねー。作業場帰っても暇だもん。それに……」

 西宮はもったいぶったようにそこでセリフを切った。

「ハッピーエンドの方法ならもう一つあるよ」

「何よ?」

 私は、今度は大した期待はしなかった。

「ほら」

 西宮は自分の右手の親指と人差し指をくっつけて私に見せる。

 何かをつまんでいるようなしぐさだが、私にはよく見えなかった。

 立ちあがって顔を近づけてよーく見てみる。しかし、やはりよく見えない。さらに、近づいて……

「きゃっ!」

 私が近づいた瞬間、西宮は素早く私の頭を引き寄せて頬に唇を押し付けた。その柔らかい感触に体が震える。

「何やってんのよ!」

「岡本がボイコットしたらオレが王子役やればいいってこと!劇はちゃんと成功するし、桜ちゃんもお姫様役を降りなくて済むよ?」

「私は……」

 私は……岡本君とやりたいんだ。振られたにも関わらずそう思ってしまっている自分の往生際の悪さに反吐が出る。

 どうせバカにされるだろうから口には出さなかったけど。

「何顔真っ赤にして?あ、惚れた?」

 人のファーストキスを奪っておいて間抜け顔で聞いてくるバカの頬を私はビンタしてやった。

「な、な訳ないでしょ。この変態!」

「わー、怖い怖い」

 西宮がわざとらしく両手で頭を覆う。

「……ふっ」

 その姿があまりにもおかしくて、そこがしれない明るさをもった西宮を前にしてなんだかくよくよしている自分がちっぽけに思えてきて、私は不覚にも笑い出してしまった。

「怖ーい、怖―い」

 さらに西宮はわざとらしく続ける。

「ちょ、ちょっと……ふざけないで!」

 私の笑いはツボに入ってしまったらしく笑ったまま丸めた台本で西宮の頭を軽くたたいていた。

 あー、ほんとコイツといると調子が狂う。西宮は似た者同士って言ってたけど、実際には正反対だ。

 私はコイツみたいに陽気でいられないし、何もかもをポジティブには考えられない。

「あー、西宮がよけなこというから疲れちゃったじゃん」

 ひとしきり私は笑い終わってから台本を広げなおした。

「うわー、ひどい目に合った。桜ちゃん意外と凶暴」

「うるさい!あんたが余計なこと言うからいけないんじゃん!」

 私はもう一度広げた台本を丸めかける。

「えー、ちょっともう勘弁してって!」

 西宮はまたわざとおどけたようなそぶりを見せる。

「でも、もし岡本君が本番にこなかったら……代わりに王子様やってくれてもいいよ。やれるもんなら、だけど」

「なーんか、上から目線―」

 西宮は文句を言いながら、教室を出て行こうとする私の後をついていこうとした。

 私がドアを開けた時、岡本君がドアの向こうに立っていた。

「……岡本君。何で……」

 岡本君は私の質問に答えずに、乱暴に私を引き寄せた。
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