ダイアモンド・ダスト

柑奈木

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30.脱走

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「今日も大道具チームと裏方のみんなは馬車とシャンデリアの続きです。昨日は予定よりも順調に作業が進んだようなのでこの調子でかんばってください。今日は裏方のみんなは演技練習につきあってください」

 学校祭期間の土日は陸上部は休みになるようで、土曜日の今日は演技練習をやることになった。もちろん、BGMの私も参加することになる。

「いいね、岡本も琴乃も演技うますぎ。演劇部みたい!」

 劇は、「シンデレラ」に現代要素を採り入れつつミュージカル風にオマージュした内容となっていた。監督の光咲と姫の姉役の彩夏、魔女役の笑美が琴乃と岡本くんの周りを取り囲んで絶賛していた。

「演技うますぎて本当に二人が現実で付き合ってるんじゃないかって思っちゃう」

「ほんと、それ。クラス展優勝も夢じゃない!頑張ろうー!」

「琴乃たちに関しては何の心配もしてないんだけどねー。桜がさー」

「あー、心配だよね。さっきも若干タイミングずれてた」

 琴乃と岡本君を絶賛する反面、私には厳しかった。

「また、ずれた。どうして?真面目にやってくれない?」

 私だって真面目にやってるのに。冷たい視線が突き刺さる中で私は唇をかみしめた。


「はい、今日はここまでー。BGM以外は完璧だから早めに切り上げちゃおう。時間がある人は他のチームの助っ人に行ってあげて」

 二時間ほど練習を終えたところで、監督の光咲が解散をかけた。

「ちょっと、琴乃と岡本。衣装チームの様子見に行かない?衣装の設計図が出来上がったみたいだから。本番へのイメージ作りに役立つよ」

「そうだな、見に行こうか」

 岡本君は光咲に声をかけられるとすぐに応じた。

「あ、でも、私頼まれ事してたんだった。二人で行ってて」

 岡本君の返事を聞くなり、光咲はわざとらしく引き下がった。

「え、ちょっと光咲……」

 慌てる琴乃にウインクしながら光咲は走り去っていった。

「忙しそうだな」

 岡本君はそんな光咲の挙動を何も不審に思わなかったようだ。何処までも純粋な人だ。

「じゃ、行こうか」

 琴乃の手を引いて岡本君は衣装チームのいる家庭科室へと向かっていった。私は、また一人作業場へとぼとぼ歩いた。

「うぁっ!」

 作業場を歩いていると足の裏でねっとりとしたものを踏んでしまった。誰かがキャップもせずに放置したボンドが、新品の靴下にべったりとついていた。。

「最悪」

 深いため息をつきながらティッシュで靴下を入念に拭いた。どれだけ、拭いても完璧にとれることはなく、歩く度にねっとりとした気持ち悪い感触が足の裏に伝わる。

「いやぁっ」

 今度は置きっぱなしにされていた金槌につまずいて転んだ。ひどく膝を打って涙が滲んだ。
危なくてしょうがない。私は散らかってるものを片づけ始める。

 コツコツコツコツ。

 いっぱいになったゴミ袋を結んでいると、作業場となっている駐輪場のアルミ板を叩く音がした。

 何かが風に吹かれてぶつかっているんだろうか。私はそっとアルミ板の外側を覗き込んだ。

 驚いたことに、そこには岡本くんが身を潜めていた。

「岡本君、何でここに?」

「行くぞ、立川。靴履いてこい」

 訳が分からないと思いつつ、私は靴を履いて外に出た。

 言われるままに靴を履いて戻ってくると、岡本くんは強引に私の手引いて走り出す。

「ねぇ、琴乃のことは?」

「トイレ行くって言って巻いてきた」

「そんな」

「なぁ、立川。お前、今楽しい?」

「それは……」

 強がって楽しいと言おうとしても口からすらりとその言葉は出てこなかった。

 私の様子を察した岡本君はいたずらっぽく言った。

「逃げ出そうか」

「ええ!」

 戸惑ったが、足の速い岡本君についていくのが精いっぱいでまともに言葉を返すことが出来ない。
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