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隣の美女から聞いた恐ろしい話

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 ある8月の蒸し暑い日の夜、出張で地方に出ていた私は新幹線で東京に戻っていた。窓側の指定席に座っていた私の隣の席は空いていたが、ある駅で1人の女性が乗り込んできてその席に座ったのだ。

――美人だな、この人。

 年齢は30手前くらい、髪は黒いロングヘアーで、知性的な顔だちで、身体は細身の女性だった。ただ、なぜか表情が冴えず、顔色が青ざめて見えるのが気になった。

 女性は、なにかソワソワして落ち着かない様子で、まるで何かに怯えているかのようだった。すぐ隣にいる私は、しばらくの間黙っていたが、頃合いを見て思い切って彼女に声をかけてみた。

「どうかされましたか? どこかお具合でも悪いのですか?」

 女性は、私の方を向くと

「気にかけてもらってありがとうございます。もしよろしければ、わたしの話を聞いていただきたいのですが。誰かに話さないと、自分が持たないんです」

 深刻そうな様子だった。個人的な悩みでも抱えているのか。これまで、これほどの美女から悩み相談などされたことのない私には、得難い経験になりそうだった。

東京への到着までは、まだだいぶ時間があった。退屈しのぎにはなりそうだ。それに相手は美女だ。私にも下心みたいな気持ちもないわけではなかった。

「わかりました。お聞きしましょう」

 私が応えると、女性は語りだした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 わたしは女医で、今は亡き父の跡を継いで、ある医院の院長をやっています。良き夫にも
恵まれ、子ども2人と幸せな家庭を築いています。

今から12年前のことです。その時、わたしは高校1年生でした。夏休みのある日、中学3年の時のクラスメートの女子ばかりで同窓会をやろうという話があり、ある地元の店に集まったのです。出席者は13人、中学当時のクラスの女子全員が集まりました。

実は、わたしは中3のころ大変な卑怯者でした。ルックスでは周りからチヤホヤされ、
父は開業医で土地の名士、成績も優秀ということで、クラスのスクールカーストの頂点に君臨し、外面は優等生ということで通っていましたが、その裏の顔は違うものでした。

 裏番なんて、大げさな存在じゃありません。自分の力を笠に着て、周囲に取り巻きを引き連れた、卑劣ないじめっ子だったのです。実際のところ、わたしのクラスの女子生徒は、全員ではありませんが、半分以上がわたしの手下でした。

「元気にやってる?」
 
 中3時代、わたしの側近ナンバーワンだった智美という子が、話かけてきました。

「まあね、あなたは?」
「そこそこよ。ところで今日はあいつの命日だよ」
「命日? 誰?」
「英子」
 
 わたしにとって忘れたい名前が蘇ってきました。わたしたちのようなグループが結束力を高める手段の一つが、いじめられっ子をつくって、徹底的にイジメることです。

今も昔も変わらないと思いますが、みな、内心では自分が次はいじめられるのではないか怯えているのです。ボス格のわたしですらそうでした。だから1人を集中的にいじめることで、安心感を得るのでした。

 不運にも、そのターゲットとして選ばれたのが、同じクラスの英子という子でした。容姿はメガネをかけて十人並みでしたが、地味でおとなしく普段はめったに目立たない子でした。今から振り返ると、大変悪い事をしてしまいましたが、当時は格好のいじめ対象でした。

 まず、無視、バイキン扱いから始まり、ノートなど私物を隠したり、靴に画びょうを入れたりなど、酷いことを続けました。

 気が弱くおとなしい性格の英子は、逆らったりしませんでした。担任の先生も、気の弱い中年男性で、いじめを知っていながら見て見ぬふりでした。

 そういった事で、わたしたちのいじめは、どんどんエスカレートしていったのです。
彼女を一番いじめていたのが智美でしたが、わたしも止めたりはしませんでした。

 そして、英子が、同学年のある男子生徒に片想いをしていることをつかんだわたしたちは、智美の発案で、彼女に残酷かつ悪質ないじめを仕掛けたのです。

 それは、英子が好きな男子のいる教室の前の廊下を、英子に下着姿で歩かせるというものでした。誰だって、そんなことやりたくないでしょう。

 しかし、当時のわたしは冷酷そのものでした。英子を呼び出して、やるように命令したのです。拒否すれば強烈なリンチが待っていると脅したのです。

 さすがの気の弱い英子も、最初の内は拒絶していましたが、リンチの脅しが効いたのか、無理矢理、了解させてしまったのでした。

 当日、英子をブラジャーとパンツしか履いていない姿にさせて、放課後、先生がいなくなった後、例の教室の前の廊下を何回も往復させたのです。
 
 英子を晒し物にするために、男子生徒たちには、あらかじめ情報を流して多くの見物客を集めました。

 彼らの多くが、英子の下着ショーに性的な好奇の視線と嘲笑を浴びせました。その中には、英子の片思いの相手もいました。英子は涙を流しながら、この屈辱に耐えていましたが、わたしたちはその姿を見てゲラゲラ笑っていたのでした。

 しかし、その結果大変な事になってしまいました。英子は、学校に来なくなり、数日後首を吊って自殺してしまったのです。

 英子には可哀想なことをしましたが、当時、わたしが考えたのは、卑劣にも英子のことより自分の保身のことでした。

 現在なら、すぐ情報がネットに出回って大変な騒ぎになった事でしょう。しかし、英子の家は、かなり高齢の母しかいない母1人子1人の母子家庭だったこともあり。また、地域の有力者であるわたしの父が、裏で手を回して火消ししたこともあって、事なかれ主義の
学校はきちんと調査もせず、事件は真の原因であるいじめにメスが入ることもなしに、もみ消されてしまったのでした。

 ただ、最悪の結果となったことで、わたしたちいじめっ子グループは自然消滅のように解散し、わたしは他の子たちとは別れて、1人私立の進学校に進学したのでした。

 1年前の中学時代の、わたしにとっては苦い出来事を振り返っていたときです。同窓会の出席者がいた部屋の明かりが突然消えたのです。そして、こんなことがあるのか、全員の携帯に同時にメールの着信音が鳴り出しました。

 幸いなことに、すぐ明かりは再びつきました。明るくなると、みな飛びつくように、自分の携帯を開けて、メールをチェックしました。

「きゃ―っ!」

 携帯を開いたみんなの間から、そこここから、悲鳴があがったのです。全員に同じ内容のメールが送られていました。

「お前ら呪い殺してやる ―英子」

死んだはずの英子からのメールと称するものでした。

「いやっ! 怖い」
「英子が! あの人生きてたんだわ」
「そんな! こんなの嘘だわ!」

 場内は騒然となりました。みんな怯えていたのです。英子がいじめが原因で自殺したのはみんな知っていましたが、それに触れるのはクラスのタブーになっていました。

 直接いじめていたのはわたしのグループですが、その他のクラスメートも、見て見ぬふりをして、誰一人助けなかったことには贖罪意識があったのです。

「みんな落ち着いて、これはたちの悪いイタズラよ。そうに決まっているわ」

 リーダー格のわたしは、パニックに陥った一同を落ち着かせようと、大声で叫びました。死んだ人間からメールが来るはずなどありません。誰かのイタズラでしょう。

 わたしたちの英子へのいじめと彼女の自殺は、表沙汰にはならなかったものの、当時の同じ学年の生徒の多くが知っていました。事情を知っている誰か他のクラスの生徒からの悪質なイタズラではないのか?

 しかし当然でしたが、みな冷静さを失い、ざわざわと怯えと不安に満ちた会話をはじめました。その時、誰かが気付いたのです。大声での叫びが響きました。

「ちょっと! 今この部屋には12人しかいないわ!」

「ええっ、13人いたはずなのに。1人足りないってこと?」
「いったい誰が?」

 そうです。13人いたはずの出席者のうち、1人の姿がなくなっていたのでした。いなくなった子はすぐにわかりました。

「智美だわ、智美がいない!」

 英子のことを一番陰湿にいじめていた智美の姿がなかったのです。さっきまで同じ部屋にいてわたしと話していたはずなのに。

「彼女の携帯に電話して!」

 だが、必死の呼びかけもむなしく、電波の届かない場所にいるか、電源が切られています――というコールがするだけでした。

「ひょ、ひょっとして本当に、英子の呪いが?」
「もしかして、英子に殺されたんじゃ?」
「いやああん!」

 もう大声で泣き出す子もいました。パニックになりそうな雰囲気の中、わたしは必死に取り繕おうとしました。

「バカなことを言わないで! 智美はもう一人で帰ったのよ」
「それにしては、何か、あいさつぐらいあってもいいんじゃないの?」
「きっと、急に具合でも悪くなって、こっそりと出て行ったのよ」

 わたしが何を言ったところで智美がその場にいないのは事実でした。少しの時間、みんなで手分けして周囲を捜しましたが、智美の姿はどこにもありませんでした。

 もう、同窓会どころではありません。後味の悪い雰囲気のまま、会は解散となり、みんなそれぞれ帰りました。わたしは、何か悪い胸騒ぎがして、その日はなかなか寝付けませんでした。

 そして翌日、わたしを更にゾッとさせる事が起こっていました。同窓会から失踪した智美が変死体で発見されたことがニュースで報じられたのです。

にわかには信じられませんでした。 あの停電の直前まで、元気でわたしたちと会話をしていたというのに。

一応警察の捜査があり、わたしたち同窓会の出席者も警察の事情聴取を受けましたが、当然、殺人の証拠なんか出てきません。死因も不明だったそうです。智美の死は事件ではなく、原因不明の突然死として処理されたのでした。

――智美の死は、本当に英子の呪いだったのか?

 わたしは恐怖に駆られました。いくら、今から謝りたいなどと思っても、もう彼女はいないのです。怖くなったわたしは、かつての仲間との交流はピタリと絶ち、二度と他人をいじめるようなことはしませんでした。

反省と言えるかどうか、わたしは真面目に勉強に励み医学部に合格し、表面的には、これまで医師として何不自由ない人生を送っています。でもあの同窓会の事は忘れることはありません。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 女性は、一気に話し終わった。まだ顔は青ざめている。その時、よほど恐ろしい思いをしたのであろう。私は彼女を慰めるつもりで、いささか安易な内容ではあったが、いたわりの言葉を言ってみた。

「たしかに非常に不気味で怖い話ですね。でも、10年以上前の話で、既に終わってしまったことでしょう。あなたも過去のことは反省されて、今幸せなご家庭を築いているのなら、もう忘れてしまったらいいんじゃないですか?」

 だが、女性は弱々しく首を振って言った。

「それは違います。まだ終わってなどいないのです。12年前の同窓会に13人が集まりました。その時に智美が死にました。
……実は、その後、残りの12人が毎年1人ずつ姿を消しているのです。あるものは突然行方不明になり、あるものは不審死を遂げました。それも必ず、あの同窓会があった日と
同じ日付です」

 女性は、そこでフッと一息ついた。

「残ったのはわたし1人です。そして……明日がその日なのです」
「……」

 あまりの恐ろしい話に、小心者の私は絶句して震えあがった。彼女としては、私に対してなにか救いを求めていたのかもしれなかったが、言葉を継ぐことができなかった。

 彼女と私の間の会話は途切れ、沈黙が支配した。次の駅で女性は、私に軽く会釈をして、新幹線を降りていった。その後、私は彼女の姿を見ることは、二度となかった。
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