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第一話 災厄の悪児

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 ――――目の前には傷だらけの猫耳少女。
 それも拷問を受けたのか、その少女はどうも醜い姿で横たわっていた。
 猫人族の特徴的な耳は鞭による裂傷か千切れてしまっていて、少女の爪は拷問主の趣味が悪いのか、綺麗に一枚一枚剥がされていた。
 あまりの苦痛だったのか、猫耳少女の周りには失禁したと思われる跡が残っていた。
 その猫耳少女は辛うじて生きているものの、その瞳には希望と呼べるような光は灯っておらず、ただただ少女の瞳は闇に染まっていた。

「これは酷いな……やはり奴隷など間違っている……」
 
 猫耳少女の惨たらしい姿を視認したドイルの心にはふつふつ煮え滾る憎悪がこみ上げていた。
 その情動を一時的に抑えて倒れている猫耳少女の元へと駆け寄った。
 
 ドイルは惨たらしく醜く穢れた猫耳少女を躊躇なく抱きかかえた。
 そして抱きかかえた猫耳少女ににっこりと微笑みを向けて、

「今すぐに治してやるからな、【完全回復】パーフェクト・ヒール
 
 ドイルがそう詠唱すると金色の暖かい魔力が猫耳の少女を包みこんだ。
 そして、その金色の光が収まると、そこには拷問されたとは思えない、傷一つない綺麗な猫耳の少女がいた。

 事実、綺麗さっぱり猫耳少女の外傷は消えた。
 だか、猫耳少女の心の傷まで消えることなく、少女の瞳はただただ闇に染まっていた。
 
 ドイルはその少女の瞳を見て、ただただ自分の無力感を痛感するばかりであった。
 だがずっと悲嘆に暮れている時間もなくドイルは自分の屋敷へと戻ることにした。


「【転移テレポート】」


 ☆☆☆


 アビゲイル家、それは王国有数の商家のうちの一つ。
 主に奴隷販売、人身売買、臓器売買によって莫大な財力を築き上げ、現在でもなお莫大な財力と勢力を保有するアビゲイル家。
 そして、アビゲイル家の嫡男――――ドイル・アビゲイル。
 彼はアビゲイル家の中で群を抜いての悪児として有名だった。
 
 彼に逆らうものは一瞬にしてその命を刈られ、そして見初めたものはなんでも自分のものにする。
 そんな生ける災厄ともいえる存在がアビゲイル家にはいた。



 ☆☆☆


 アビゲイル家嫡男のドイルの寝室にて。
 ドイルは日の出から二刻ほど経っているのにも関わらず、いつまでもぐうたらと暖かな羽毛布団に包まってぬくぬくと睡眠を堪能していた。
 
 だがドイルの寝室にて、彼の睡眠を邪魔しようとする輩がいた。
 持ち前の自慢の猫耳をピコピコさせて、尻尾をピーンと立ててドイルの寝顔を堪能する少女。

「おーい、ドイル様~。もう朝ですよ~。お~い……」

 もし昔のドイルの世話係をしていた従者が見たら、この状況は耐え切れず発狂してしまうだろう。
 そして誰もがこう悟る。

 ――――あぁ、この少女は終わりだ、と。
 ――――ドイル様の睡眠を妨げるなど自殺行為にも等しい、と。

 だが、その猫耳少女はまるで自分はどうにもならないと信じ切ったかのように、まだ気持ちよさそうにすやすやと眠っているドイルに追い打ちをかける。

「ドイル様ぁ、起きないとイタズラしちゃいますよぉ~」

 猫耳の少女かいまだに起きようとしないドイルの布団の中にこっそりと潜り込み、ドイルの身体に密着する距離まで寄った。

 もし昔のドイルの世話係の従者たちが見てしまえば、次の瞬間、未来に起こるだろうと想像される惨禍を憂いて、真っ先に自分の舌を噛み切って自害することだろう。
 
 それなのに猫耳の少女はさらにドイルへと追い打ちを掛ける。

「ドイルさまぁ~。そんなにず~と寝ているようなら、この絶好の機会にドイル様のドイル様を私が食べちゃいますよ~」

 寝ているドイルの横で猫耳少女の行動はさらにエスカレートしていく。
 ドイルが包まっている毛布に潜り込み、ドイルの身体の下部へとのそのそと移動していく。
 そして猫耳の少女は目的に在処に辿り着き、ドイルのドイルへと手を掛けようとした次の瞬間――――

 突如、猫耳少女の視界が逆さまになった。
 そして気が付くと、自分の足首が天井照明の金具に縄で結びつけられて宙吊りの状態になっていた。

 下を見ると先ほどまですやすやと眠っていたはずのドイルは既に外出できるような立派な衣装に着替えており、いかにも何事もなかったかのように朝の珈琲を優雅に堪能していた。

 ドイルが珈琲を一口含むと、今気付いたと言わんばかりに天井を見上げて、大袈裟に目を剥いて驚いたそぶりを見せる。

「どうした? ミーニャ、そんな天井の照明になんかにぶら下がって。いくら猫人族だからといってそこに引っかかるということはないだろ?」

 ドイルがそう猫耳の少女に言うと、ミーニャはいかにも不満ですと言わんばかりに頬を膨らます。

「ドイル様酷いです、意地悪です、性悪です、ひねくれ者です」
 
 ミーニャはそう宙吊りになりながらドイルに向かって悪態を付く。
 失礼な悪態にドイルは憤慨するなどといった様子は見せずにミーニャに向かって冗談めかした調子で

「当たり前だろ? 俺はなんたって「生ける災厄」と呼ばれたドイル・アビゲイル様だぞ?」

 ドイルはそう冗談めかして愉快そうに言うが、ドイルの発言にミーニャはずっと表情を暗く曇らせる。

「…………その言い方はズルいです。ちっとも笑えません。」

 ミーニャは一層不機嫌そうな顔を浮かべて、ドイル本人自身は困惑していた。
 ミーニャもドイルを困惑させてしまうのはよくないと思い、足に結ばれた紐をスカート内から取り出した暗器で一瞬で切り裂いて、床へとほぼ無振動で着地した。

 そのミーニャの芸当にドイルは純粋に感心の意味で目を剥いた。

「やるじゃないか? 暗器をスカートから取りだす速さ、そして着地の際に振動を伝わらせない身のこなし――――それに何よりもあの紐を簡単に切り裂くことが出来るとはな――――あれはAランクの巨大蜘蛛タイラントスパイダーの糸を素材にして、調合によって高度を最大限にまであげ、その上で柔軟性を兼ね備えた俺の新作の捕縛具だというのに、こんなにあっさり切られてしまうとはな――――まだまだ改善が必要そうだな……」

「えへへへ……」

 ミーニャは純粋にドイルに褒められて嬉しそうに耳をピコピコとさせ、尻尾をピーンと立てている。
 ドイルも褒めたものの調子に乗らせるわけにはいかないので

「――――ただ、まだまだだな」

 そうドイルがミーニャに告げるとミーニャはシュンと落ち込んだ様子を見せた。
 だがドイルもただ落ち込ませるのが目的でなく言葉を続けた。

「――――俺に比べたらな」

 それを聞いてミーニャは安堵した様子で、また嬉しそうな表情を浮かべた。

「そんなの当たり前じゃないですか……ドイル様に比べたら私なんてただの赤ん坊ですよ」

 そうしてドイルとミーニャは朝の時間を堪能した。
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