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強気な俺
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さっき、俺の親父が遺体となって発見された。死因は首吊り自殺。なぜ、そのような行為に及んだのか。貧乏生活に嫌気がさしたか。でも、それなら親父ばかりじゃない。俺やお袋
妹だって同じ思いをしているはずだ。一人だけ逃げたのか。卑怯だぞ、親父! 苦しいのは家族みんな一緒だぞ! でも、そんなことを言っても既に他界した親父には伝わらない。自殺した現場は物置だった。
俺は佐賀彰浩といい、二十六歳。俺はお袋や妹に問うた。
「なぜ、親父は俺らを置いて一人だけ逃げたんだ。知ってるなら教えてくれ」
お袋の名は千代という。年齢は訊いたことがないのでわからない。知りたいとも思わないし。
「多分、資金繰りが悪かったせいかね」
お袋は気がぬけた様子でしゃべっている。うちは家族で牧場を営んでいる。サラブレッドを扱っていて、繁殖・育成の仕事をしていた。
「そんなに赤字続きだったのか」
お袋は言いづらそうにしながら言った。
「まあ……黒字ではなかったわね」
「そうだったのか。セリでは何頭か売れてるからそこまで切羽詰まってるとは思わなかった」
俺は親父が亡くなって、この家を守らないといけない、という思いが更に強くなった。そりゃ親父が亡くなって悲しいし、悔しい。自分だけ楽な方向に逃げやがって。でも、俺は逃げない。自死は逃げだ、俺はそう思う。
妹の瑠璃は、二十四歳。目を真っ赤にし、泣いている。親父め、瑠璃を悲しい目に合せやがって。お袋だってあまり表には出さないけれど、きっと悲しんでいるはず。すべて親父が悪い。
瑠璃はしゃべりだした。妹は、お袋と一緒に収支の計算をしている。
「お母さん、これからこの借金はどうやって返そう」
「そうねえ、もうこれ以上貸してくれるところもないだろうし」
「……破産……?」
お袋は俯いている。そして顔を上げた時は涼しい顔をしていた。吹っ切れたのだろうか。
俺は破産なんてとんでもないと思っている。恥ずかしい。言わなければバレないけれど、そういう問題じゃない。
詳しいことはわからないが、きっとお袋が借金の保証人になっているのだろう。お袋は破産することに抵抗はないのだろうか。俺は嫌だ。
「おにいちゃんはそういう安いプライドがよくないんだよ」
「なに? 安いプライドだと! よくもそういうことが言えるな!」
そこにお袋が割って入ってきた。
「こらこら、喧嘩しないの。責任は私が取るから」
今度は俺がしゃべった。
「俺本人ばかりじゃなく、身内に破産する人がいるのが嫌なんだ」
「じゃあ、この多額の借金はどうやって返すっていうの!」
お袋はキレた。口調が強いから。
「俺が土方でもして返すよ。その代わり牧場は二人にやってもらうけどいいか? 夜飼いは俺がするから」
お袋は心配そうな顔をして、
「そんなに働いたら体壊すよ」
俺はそれに対してムキになった。
「仕方ないだろ! 破産なんか絶対したくない!」
母は悲壮な表情を浮かべながら、
「私や瑠璃は馬も引っ張れないし、餌の配合もわからないよ。だから、あんたがいないと困るの」と言った。こんな時、親父がいてくれたら、俺は別な仕事に行けるのに。死人に口なしとはこのことだ。
これからのこともそうだが、まずは親父の葬儀を終わらせなければいけない。生命保険には入っていたが自殺の場合は保険金おりるんだろうか。
保険会社に訊いてみた。するとおりないらしい。俺は葬儀代のことを話すべく、お袋に話しかけた。
「母さん、親父の葬儀代のことだけど、今、保険会社に電話して訊いたら保険金はおりないらしい。どうしよう」
「そうなんだ。それなら一番安いプランの葬儀にしないとね」
母は異様なまでの冷静さだ。俺と妹の瑠璃だけか、動揺しているのは。それも気になったので訊いた。
「母さん、親父が死んだのに何でそんなに冷静でいられるんだ?」
お袋はこう言った。
「慌てても仕方ないでしょ。悲しいけど、泣いてばかりもいられないからさ」
確かにお袋の言うことは正しい。お袋はしゃべりだした。
「いくらお金がなくてもまさか自殺するとは思わなかったけどね。破産すればいいだけだから。弁護士費用はかかるけどさ。現実からは生きている以上、避けられないからね」
さすがはお袋。強い。俺と瑠璃はそこまでじゃない。
葬儀は家族葬で執り行われた。親父には兄妹は兄しかいない。両親も他界していないし。俺のじいちゃん、ばあちゃんのことだ。親父の兄は意気消沈している。彼が普通だと思う。お袋はちょっと冷たい気がする。自分の旦那が亡くなったというのに。冷静にもほどがある。
さて、あとは初七日と四十九日の法要が終わればとりあえずは落ち着く。だからと言って、牧場の仕事は休めない。休むとしたら、近所の牧場に頼むしかない。生き物がいると休みがない。
雪が降ってきた。このまま降り続ければ積もる。嫌な雪かきが待っている。でも、一人でやるわけじゃないからいいけれど。お袋と瑠璃が月末の〆の時期に雪が積もると、俺一人で雪かきをしなければならないが。まあ、広いところはトラクターでやるから、そこは救いだ。狭いところは放っておく。そんな細かい場所までする時間はない。月初であればお袋や瑠璃も手が空くのでもし、その時期に雪が降ったら二人にも雪かきを手伝ってもらう。俺ばかりやるのは不公平だから。
数時間後、予想通り雪は積もった。十センチはあるだろうか。俺は早速トラクターを車庫から出し、広い場所をかいた。今は一月の末で締め日だ。お袋と瑠璃はパソコンに向かって真剣に打ち込んでいる。お昼時なので、お袋は一旦、席を外しお昼ご飯を作り始めたようだ。
俺も、雪かきを一旦、中断してお昼ご飯を食べ始めた。インスタントラーメンとライスだ。
俺は思いついた。妹の瑠璃が働きに出ればいいのではないかと。破産しないために。でも、瑠璃の収入だけで破産を免れることは可能だろうか。働いた分、全て家に入れても足りないかもしれない。毎月どれだけの支払いをすればいいか訊いてないが。訊いてみるか、いい機会だ。
「母さん、家は毎月いくらくらい支払いがあるの?」
「何で?」
「もし、毎月の給料と牧場の収入で払えるなら、瑠璃に働きに出てもらえたらいいかな、と思ったのさ。なんとか、破産はまのがれたいから」
「なるほどね。だいたい、毎月十五万くらいかな」
「そうか、結構な額だな。この話は俺のほうからするよ。言い出しっぺだし」
「そうね、わかった。話してみて。でも、無理強いは駄目よ」
「ああ、わかってるよ」
瑠璃はトイレに行っていたようだ。お袋に話したことを妹にも話した。すると、
「別にいいけど。ただ、お小遣い残るかな?」
瑠璃は苦笑いを浮かべていた。
「それは給料によるな。仕事は事務系がいいの?」
「そうだね、慣れてるから」
「多分、十万くらいの収入であれば、牧場での収入合わせて、借金返せるよ。破産は避けたいからさ」
「お兄ちゃん、よっぽど破産は嫌なんだね」
「そりゃそうさ。破産したら、クレジットカードも使えなくなるし、格好悪いだろ。言わなければわからないかもしれないけどさ。瑠璃の仕事、俺も探すから。働いてくれるだろ?」
「うん、いいよ」
「悪いな、これも家のためだ」
「そうね」
一週間後――。
俺はハローワークに行き、事務系の仕事を見付けてきた。
給料は十一万、正社員登用あり、仕事内容は車屋の事務らしい。それと賞与、年一回あり。勤務時間は九時~十八時。休憩一時間。
瑠璃は車には詳しくないが働いている内に慣れるだろう。それともう一社、給料は十万、正社員、仕事内容は病院の事務補助、勤務時間は八時三十分~十七時三十分まで。休憩一時間。賞与は年に一回。どちらがいいか選んでもらおう。なるべく早く働いてもらいたいから。
その二枚の資料を妹に見せると、
「車には興味ないし、病院の事務って難しそう」
と言った。俺はわがままな奴だな、と思いイラっとした。なのでこう言った。
「楽しい仕事はないぞ」
「そんなことはわかってる! そういう言い方するならお兄ちゃんが働けばいいじゃん!」
「まあ、そんなに怒るなよ。また近い内にハローワークに行って事務系の仕事探してくるからさ」
「わかった。わたしの方こそごめん」
「いや、いいんだ」
今は夜七時頃。
俺はネットでも瑠璃の仕事を探していた。ネットで見付ける仕事は少し信用性に欠けるけれど、条件によってはまともな企業もある。そういうのを探している。それと、求人雑誌も買って見てみた。なんだか怪しいような気がする。やはり、ハローワークが一番信用できる。お袋が仕事を見付けてきた。近所の雇っていた事務の女性が退職したので誰かいないか、という話しだ。お袋はすぐに、
「家の娘を雇って欲しい」
と言ったらしい。
そこの家は立花ファームという。社長はもちろん立花さんという。下の名前はわからない。この話をお袋の方から瑠璃に話すと、
「ああ、そうなんだ。それなら近いし知ってる人だからいいね」
お袋が瑠璃を連れてお昼に立花さんの家に行って、挨拶をした。
社長の立花さんが出て来て、
「ああ、瑠璃ちゃん。よろしくね!」
「こちらこそよろしくお願いします」
と挨拶を交わした。
「明日からでもいいかい?」
立花さんが瑠璃に尋ねる。
「はい、大丈夫です。ワード、エクセルはできます!」
瑠璃はアピールすると、
「それだけできれば十分だよ」
褒められた。
「そうですか、ありがとうございます!」
瑠璃はお礼を言った。
夜になり、お袋と瑠璃と俺で話しをした。瑠璃が話しだした。
「お父さんが亡くなったのは残念だけど、なんとか破産せずに生活できそうね」
俺も話しだした。
「破産は何がなんでも避けたいからな!」
次にお袋が喋った。
「私はにっちもさっちもいかなかったら破産は覚悟していたよ」
俺はその話しに食いついた。
「お袋はまたそんな弱気なこと言ってるし。強気じゃないとだめだ!」
それでもお袋は破産しなくてもよさそうなので、安堵の表情を浮かべている。
「あんたのその強気な部分はいいところよね。頼もしいよ」
俺はこう言った。
「困ったことがあったら俺に言え。解決してやるから」
瑠璃も喋った。
「じゃあ、わたしに男性を紹介してよ。彼氏がいなくて寂しいの」
「おう、俺の同級生で友人でよければ紹介してやる」
瑠璃は考えている様子。そして喋り出した。
「お兄ちゃんの友達か、やっぱいいや」
俺はそう言われて言った。
「なんで俺の友達は断るんだよ」
苦笑いを浮かべながら言った。
「だって、わたしのことをその友達に何か吹き込まれたら嫌だから」
疑り深いなと思った。
「俺がそんなことすると思うのか。信用されてないなぁ」
そう言うと瑠璃は、
「そんなことないよ。じゃあ、紹介してよ」
「わかった」
俺は紹介する友達にメールを送った。内容は、
〈よお、剛。久しぶり。ちょっと訊きたいことがあるからメールしたんだけど、剛には今、彼女いるのか?〉
メールの返事は今日はこなかった。明日にでもくるだろうと瑠璃に言った。
「どんな人?」
と妹は俺に訊く。
「それは、本人に会ってみればわかるよ」
うーん、と瑠璃は唸った。
「心の準備をしたいから、簡単でいいから教えてくれない?」
そうだな、教えてやるか、と思い話しだした。
「簡単に言うと、優しいやつだ」
そう言うと花が咲いたように笑顔になった。
「わかった、ありがとう!」
翌日の朝――。
俺はアラームを五時三十分にセットしておいた。アラームを止めた時、メールが来ているのに気付いた。相手は山林剛からだ。昨日、メールがこなかった相手。
本文を眠たい目を擦りながら開いた。
〈彼女はいないぞ。何で?〉
よく見ると、今朝の四時過ぎにメールがきていた。今の時刻は五時三十分を少し過ぎたところ。俺はメールを彼に送った。
〈俺の妹が誰か男性を紹介して欲しいと言うから剛はどうかと思ってメールしたんだ〉
俺は仕事をする支度を始めた。メールは馬を放牧してからだ。あと、餌を作りバケツに入れた水を注いでいく。重いのは慣れている。
馬を八頭放牧して、餌を作り朝飯を食べるため家の中に入った。今は冬なので物凄く寒い。スマホの温度計を見るとここの地域はマイナス五度だ。極寒の世界。母は朝食を作っていた。
妹の瑠璃も起きていた。俺は不思議に思ったので訊いた。
「あら、瑠璃。今日から立花さんのところで働くんだろ。起きるの早すぎないか?」
俺はそう言うと瑠璃はこう答えた。
「早起きが癖になってて目が覚めちゃうのよ。それにわたしだけ寝てるのも気が引けるし」
お袋は瑠璃の発言を聞いて、
「いい心がけね」
と言った。
「そんな大したことじゃないよ」
妹は謙虚だ。友人の剛にはもったいないと思う。俺はメールの内容を瑠璃に伝えた。
「昨日の話しだけど、友達には彼女いないらしいぞ。どうする?」
お袋はトレーに俺の大盛りライスと、卵焼きと、焼いたウィンナーを載せて運んできた。
「彰浩、食べなさい」
「おう、食べちゃうわ」
お袋は瑠璃に言った。
「立花さんのところで働く日や休みの日でも、今までと変わらず起きてくるのね」
「うん、そのつもり」
「じゃあ、ごはんも作るからね」
「わかった」
「お兄ちゃん、その人と会ってみたい」
「そうか、言っとくわ」
今は朝七時――。
俺はいつものように九時頃まで居間で寝る。起きてから厩舎の中の寝藁(ねわら)と糞(ふん)を分別する予定。目を覚ますと母のパソコンのタイピング音で目覚めた。
「起きたかい」
俺はそれには答えず歯を磨きに洗面所に向かった。俺は思いついたことをお袋に言った。
「瑠璃はもう行ったのか」
聞こえていないのか返事がない。歯磨きを終えたあと、再度言った。すると、
「うん、あんたが寝ている間に行ったよ。八時半までに行くんだって」
「そうか」
夜になり、夜飼いも終えて三人でテレビを観ていた。俺は山林剛のことを思い出しメールを送った。
〈お疲れ! 妹は会ってみたいと言ってるぞ。どうする?〉
〈相手は佐賀の妹だもんなぁ〉
何か不服でもあるのだろうか。せっかくの話なのに。
〈なんだよ、俺の妹じゃ不満か?〉
〈不満というか、気まずくならなきゃいいなと思ってよ。もし、上手くいかなかったら佐賀に悪いし〉
〈そんなの会ってみないとわからんだろ〉
〈まあ、確かにな。じゃあ、会ってみるか。そこまで推されたら会うしかない。ただ、一つ言っておくけど、上手くいかなくてもおれを恨むなよ〉
〈そこは大丈夫だ。状況にもよるけどな〉
〈それならいいけどよ〉
〈あとで妹に連絡先教えていいか訊いてみるからよ〉
剛は焦ったような文面ですぐにメールがきた。
〈それならおれの電話番号とメールアドレス教えてやってくれ。いくら佐賀の妹でも、知らない男に連絡先教えたくないだろうから〉
ずいぶん気がまわるなと思った。
〈わかったよ〉
瑠璃は午後六時過ぎに帰って来た。俺も仕事は既に終わっていて、風呂に入っていた。お袋は夕飯を作っているだろう。妹の声が聞えた。
「ただいまー」
お袋が対応した。
「おかえりー。どうだった」
「それがさぁ、事務以外の仕事もやらされて疲れた」
「あら、そうなの。話しが違うね」
「まあ、牧場だからそんなものかもね」
俺は湯舟に浸かりながら話を聞いていた。立花さんの牧場、やっぱり噂通りか。俺は風呂から上がり、服やズボンを身に着け、まずは仕事の話しをした。
「風呂場で聞いていたけど、やっぱ、噂は本当だったか」
瑠璃は疲れ切った顔をして、
「噂? どんな噂」
苛々した様子で言った。
「話しは事務だけど、それ以外の仕事もさせられるっていう噂だ」
「それなら行く前に教えてよ、教えてくれてたら行かなかったのに」
「まあ、入ったばかりだから、がんばれよ。近所だからすぐに辞めるわけにはいかないだろ。限界がきたら言ってくれ。俺が話をつけるから」
「わかった、その時はよろしくね」
「それともう一つ。俺の友達を紹介するはなしだけど、そっちから連絡が欲しいと言っていたから教えるよ」
俺は冷蔵庫から三百五十ミリのビールを一本出してきて、いつもの席に座り、一口呑んだ。
「瑠璃も座れよ。今、教えるから」
と言うと、
「ご飯食べてお風呂に入ってからでいいよ」
「そっか」
あまり興味ないのかな、瑠璃は紹介して欲しいと自分で言ったのに。興味があれば、ご飯や夕食前でも「教えて」と言うと思うんだけれど。
今夜はハヤシライスとお袋は言っていた。瑠璃はそれが好きなはずだ。でも、俺はあまり好きじゃない。お袋はいつも俺の好みより妹の好みに合わせる。なぜだろう。昨夜も、
「カツ丼食いたいから作ってくれ」
と言ったが、お袋は、
「親子丼よ、今夜は」
と言われた。これも妹の好物。俺は毎回そうなので頭にきたから言った。
「お袋! なんでいつも瑠璃の好物ばかり作るんだ! たまには俺の好きなメニューを作ってくれよ!」
「別にそんなこと意識してないけどね」
「意識してなくてもそうなってるんだよ!」
「そうかい。じゃあ、あんたは何が食べたいの?」
俺の好きな食べ物を知らないのか……。仕方ないので答えた。
「カレーライスが食べたいな」
「わかったよ。その内作るから」
その内……。この言い方は作らないな。何でだ? お袋は俺のことが嫌いなのか? まあ、それならそれでもいいけれど。もし、そうだったら俺にも考えがある。それは何かと言うと、家を出る。本当は俺は一人暮らしをしたい。でも、実家を放っておけないから手伝っているけれど。お袋に訊いてみた。
「お袋は俺のこと嫌いなのか?」
驚いたような顔付きを見せた。
「何でそんなこと訊くの?」
「瑠璃のことばかり考えていて、俺のことは考えていない気がするから」
「そんなことはないよ。同じように考えてるよ」
瞬時にそれは嘘だと思ったのでこう言った。
「ほんとかなー、そうはおもえないけど」
お袋の表情が変わった。
「何を言ってるの。そんなことよりご飯できたから食べるよ。席につきな。瑠璃を呼んでくるから」
瑠璃は夕ご飯を食べ終わり、入浴も済ませた。でも、一向に連絡先を訊いてこない。やはり興味ないのか。まあ、剛には瑠璃はもったいない。だから黙っていよう。すると、自分の部屋にいる妹が居間に降りてきた。
「お兄ちゃん、ちょっといい?」
ようやくだ、きっと剛の話しだろう。俺は二階の瑠璃の部屋に向かった。
妹の部屋に入ると、いかにも女の子らしい、良い香りがした。瑠璃は話しだした。
「お兄ちゃんのお友達の連絡先教えてくれる?」
「ああ、いいぞ」
俺は電話番号とメールアドレスを教えた。
「ありがとう! 送ってみるね」
俺は一言いった。
「もし、会うことになったら二人で会えよ」
「わかった」
俺の妹だから上手くいってほしいが、こればっかりは縁だからどうなるかわからない。
父が亡くなって一週間が経つ。今日は初七日だ。親戚は集まらない。家族のみで行うことにした。
親戚は遠いところに住んでいるからなかなか来られない。だから葬儀の時だけ来てもらった。あとは四十九日がある。四十九日は午前十一時に坊さんに来てもらう予定だ。だから、遺骨はまだ仏間に置いてある。お墓はじいちゃん、ばあちゃんの遺骨が入ったそれがあるので、改めて作る必要はない。因みにじいちゃんは七十六歳で肺がんで亡くなり、ばあちゃんは九十五歳の老衰で家で亡くなった。医師には病院で息を引き取るか、自宅で最期を迎えるかどちらにするか選んで下さいと言われ、親父が家で息を引き取る方を選んだ。俺らに異議はなかった。
今後は、妹が俺の友達と上手くいくことを願いつつ、実家の牧場の収入を増やせるように頑張るのと、あと瑠璃の仕事も軌道に乗ることを願った。親父はこんな形で他界してしまったけれど、彼なりに苦しんで選んだ道だから、あまり批判しない方がいいだろう。今後も家族みんなで頑張っていこうと思う。
了
妹だって同じ思いをしているはずだ。一人だけ逃げたのか。卑怯だぞ、親父! 苦しいのは家族みんな一緒だぞ! でも、そんなことを言っても既に他界した親父には伝わらない。自殺した現場は物置だった。
俺は佐賀彰浩といい、二十六歳。俺はお袋や妹に問うた。
「なぜ、親父は俺らを置いて一人だけ逃げたんだ。知ってるなら教えてくれ」
お袋の名は千代という。年齢は訊いたことがないのでわからない。知りたいとも思わないし。
「多分、資金繰りが悪かったせいかね」
お袋は気がぬけた様子でしゃべっている。うちは家族で牧場を営んでいる。サラブレッドを扱っていて、繁殖・育成の仕事をしていた。
「そんなに赤字続きだったのか」
お袋は言いづらそうにしながら言った。
「まあ……黒字ではなかったわね」
「そうだったのか。セリでは何頭か売れてるからそこまで切羽詰まってるとは思わなかった」
俺は親父が亡くなって、この家を守らないといけない、という思いが更に強くなった。そりゃ親父が亡くなって悲しいし、悔しい。自分だけ楽な方向に逃げやがって。でも、俺は逃げない。自死は逃げだ、俺はそう思う。
妹の瑠璃は、二十四歳。目を真っ赤にし、泣いている。親父め、瑠璃を悲しい目に合せやがって。お袋だってあまり表には出さないけれど、きっと悲しんでいるはず。すべて親父が悪い。
瑠璃はしゃべりだした。妹は、お袋と一緒に収支の計算をしている。
「お母さん、これからこの借金はどうやって返そう」
「そうねえ、もうこれ以上貸してくれるところもないだろうし」
「……破産……?」
お袋は俯いている。そして顔を上げた時は涼しい顔をしていた。吹っ切れたのだろうか。
俺は破産なんてとんでもないと思っている。恥ずかしい。言わなければバレないけれど、そういう問題じゃない。
詳しいことはわからないが、きっとお袋が借金の保証人になっているのだろう。お袋は破産することに抵抗はないのだろうか。俺は嫌だ。
「おにいちゃんはそういう安いプライドがよくないんだよ」
「なに? 安いプライドだと! よくもそういうことが言えるな!」
そこにお袋が割って入ってきた。
「こらこら、喧嘩しないの。責任は私が取るから」
今度は俺がしゃべった。
「俺本人ばかりじゃなく、身内に破産する人がいるのが嫌なんだ」
「じゃあ、この多額の借金はどうやって返すっていうの!」
お袋はキレた。口調が強いから。
「俺が土方でもして返すよ。その代わり牧場は二人にやってもらうけどいいか? 夜飼いは俺がするから」
お袋は心配そうな顔をして、
「そんなに働いたら体壊すよ」
俺はそれに対してムキになった。
「仕方ないだろ! 破産なんか絶対したくない!」
母は悲壮な表情を浮かべながら、
「私や瑠璃は馬も引っ張れないし、餌の配合もわからないよ。だから、あんたがいないと困るの」と言った。こんな時、親父がいてくれたら、俺は別な仕事に行けるのに。死人に口なしとはこのことだ。
これからのこともそうだが、まずは親父の葬儀を終わらせなければいけない。生命保険には入っていたが自殺の場合は保険金おりるんだろうか。
保険会社に訊いてみた。するとおりないらしい。俺は葬儀代のことを話すべく、お袋に話しかけた。
「母さん、親父の葬儀代のことだけど、今、保険会社に電話して訊いたら保険金はおりないらしい。どうしよう」
「そうなんだ。それなら一番安いプランの葬儀にしないとね」
母は異様なまでの冷静さだ。俺と妹の瑠璃だけか、動揺しているのは。それも気になったので訊いた。
「母さん、親父が死んだのに何でそんなに冷静でいられるんだ?」
お袋はこう言った。
「慌てても仕方ないでしょ。悲しいけど、泣いてばかりもいられないからさ」
確かにお袋の言うことは正しい。お袋はしゃべりだした。
「いくらお金がなくてもまさか自殺するとは思わなかったけどね。破産すればいいだけだから。弁護士費用はかかるけどさ。現実からは生きている以上、避けられないからね」
さすがはお袋。強い。俺と瑠璃はそこまでじゃない。
葬儀は家族葬で執り行われた。親父には兄妹は兄しかいない。両親も他界していないし。俺のじいちゃん、ばあちゃんのことだ。親父の兄は意気消沈している。彼が普通だと思う。お袋はちょっと冷たい気がする。自分の旦那が亡くなったというのに。冷静にもほどがある。
さて、あとは初七日と四十九日の法要が終わればとりあえずは落ち着く。だからと言って、牧場の仕事は休めない。休むとしたら、近所の牧場に頼むしかない。生き物がいると休みがない。
雪が降ってきた。このまま降り続ければ積もる。嫌な雪かきが待っている。でも、一人でやるわけじゃないからいいけれど。お袋と瑠璃が月末の〆の時期に雪が積もると、俺一人で雪かきをしなければならないが。まあ、広いところはトラクターでやるから、そこは救いだ。狭いところは放っておく。そんな細かい場所までする時間はない。月初であればお袋や瑠璃も手が空くのでもし、その時期に雪が降ったら二人にも雪かきを手伝ってもらう。俺ばかりやるのは不公平だから。
数時間後、予想通り雪は積もった。十センチはあるだろうか。俺は早速トラクターを車庫から出し、広い場所をかいた。今は一月の末で締め日だ。お袋と瑠璃はパソコンに向かって真剣に打ち込んでいる。お昼時なので、お袋は一旦、席を外しお昼ご飯を作り始めたようだ。
俺も、雪かきを一旦、中断してお昼ご飯を食べ始めた。インスタントラーメンとライスだ。
俺は思いついた。妹の瑠璃が働きに出ればいいのではないかと。破産しないために。でも、瑠璃の収入だけで破産を免れることは可能だろうか。働いた分、全て家に入れても足りないかもしれない。毎月どれだけの支払いをすればいいか訊いてないが。訊いてみるか、いい機会だ。
「母さん、家は毎月いくらくらい支払いがあるの?」
「何で?」
「もし、毎月の給料と牧場の収入で払えるなら、瑠璃に働きに出てもらえたらいいかな、と思ったのさ。なんとか、破産はまのがれたいから」
「なるほどね。だいたい、毎月十五万くらいかな」
「そうか、結構な額だな。この話は俺のほうからするよ。言い出しっぺだし」
「そうね、わかった。話してみて。でも、無理強いは駄目よ」
「ああ、わかってるよ」
瑠璃はトイレに行っていたようだ。お袋に話したことを妹にも話した。すると、
「別にいいけど。ただ、お小遣い残るかな?」
瑠璃は苦笑いを浮かべていた。
「それは給料によるな。仕事は事務系がいいの?」
「そうだね、慣れてるから」
「多分、十万くらいの収入であれば、牧場での収入合わせて、借金返せるよ。破産は避けたいからさ」
「お兄ちゃん、よっぽど破産は嫌なんだね」
「そりゃそうさ。破産したら、クレジットカードも使えなくなるし、格好悪いだろ。言わなければわからないかもしれないけどさ。瑠璃の仕事、俺も探すから。働いてくれるだろ?」
「うん、いいよ」
「悪いな、これも家のためだ」
「そうね」
一週間後――。
俺はハローワークに行き、事務系の仕事を見付けてきた。
給料は十一万、正社員登用あり、仕事内容は車屋の事務らしい。それと賞与、年一回あり。勤務時間は九時~十八時。休憩一時間。
瑠璃は車には詳しくないが働いている内に慣れるだろう。それともう一社、給料は十万、正社員、仕事内容は病院の事務補助、勤務時間は八時三十分~十七時三十分まで。休憩一時間。賞与は年に一回。どちらがいいか選んでもらおう。なるべく早く働いてもらいたいから。
その二枚の資料を妹に見せると、
「車には興味ないし、病院の事務って難しそう」
と言った。俺はわがままな奴だな、と思いイラっとした。なのでこう言った。
「楽しい仕事はないぞ」
「そんなことはわかってる! そういう言い方するならお兄ちゃんが働けばいいじゃん!」
「まあ、そんなに怒るなよ。また近い内にハローワークに行って事務系の仕事探してくるからさ」
「わかった。わたしの方こそごめん」
「いや、いいんだ」
今は夜七時頃。
俺はネットでも瑠璃の仕事を探していた。ネットで見付ける仕事は少し信用性に欠けるけれど、条件によってはまともな企業もある。そういうのを探している。それと、求人雑誌も買って見てみた。なんだか怪しいような気がする。やはり、ハローワークが一番信用できる。お袋が仕事を見付けてきた。近所の雇っていた事務の女性が退職したので誰かいないか、という話しだ。お袋はすぐに、
「家の娘を雇って欲しい」
と言ったらしい。
そこの家は立花ファームという。社長はもちろん立花さんという。下の名前はわからない。この話をお袋の方から瑠璃に話すと、
「ああ、そうなんだ。それなら近いし知ってる人だからいいね」
お袋が瑠璃を連れてお昼に立花さんの家に行って、挨拶をした。
社長の立花さんが出て来て、
「ああ、瑠璃ちゃん。よろしくね!」
「こちらこそよろしくお願いします」
と挨拶を交わした。
「明日からでもいいかい?」
立花さんが瑠璃に尋ねる。
「はい、大丈夫です。ワード、エクセルはできます!」
瑠璃はアピールすると、
「それだけできれば十分だよ」
褒められた。
「そうですか、ありがとうございます!」
瑠璃はお礼を言った。
夜になり、お袋と瑠璃と俺で話しをした。瑠璃が話しだした。
「お父さんが亡くなったのは残念だけど、なんとか破産せずに生活できそうね」
俺も話しだした。
「破産は何がなんでも避けたいからな!」
次にお袋が喋った。
「私はにっちもさっちもいかなかったら破産は覚悟していたよ」
俺はその話しに食いついた。
「お袋はまたそんな弱気なこと言ってるし。強気じゃないとだめだ!」
それでもお袋は破産しなくてもよさそうなので、安堵の表情を浮かべている。
「あんたのその強気な部分はいいところよね。頼もしいよ」
俺はこう言った。
「困ったことがあったら俺に言え。解決してやるから」
瑠璃も喋った。
「じゃあ、わたしに男性を紹介してよ。彼氏がいなくて寂しいの」
「おう、俺の同級生で友人でよければ紹介してやる」
瑠璃は考えている様子。そして喋り出した。
「お兄ちゃんの友達か、やっぱいいや」
俺はそう言われて言った。
「なんで俺の友達は断るんだよ」
苦笑いを浮かべながら言った。
「だって、わたしのことをその友達に何か吹き込まれたら嫌だから」
疑り深いなと思った。
「俺がそんなことすると思うのか。信用されてないなぁ」
そう言うと瑠璃は、
「そんなことないよ。じゃあ、紹介してよ」
「わかった」
俺は紹介する友達にメールを送った。内容は、
〈よお、剛。久しぶり。ちょっと訊きたいことがあるからメールしたんだけど、剛には今、彼女いるのか?〉
メールの返事は今日はこなかった。明日にでもくるだろうと瑠璃に言った。
「どんな人?」
と妹は俺に訊く。
「それは、本人に会ってみればわかるよ」
うーん、と瑠璃は唸った。
「心の準備をしたいから、簡単でいいから教えてくれない?」
そうだな、教えてやるか、と思い話しだした。
「簡単に言うと、優しいやつだ」
そう言うと花が咲いたように笑顔になった。
「わかった、ありがとう!」
翌日の朝――。
俺はアラームを五時三十分にセットしておいた。アラームを止めた時、メールが来ているのに気付いた。相手は山林剛からだ。昨日、メールがこなかった相手。
本文を眠たい目を擦りながら開いた。
〈彼女はいないぞ。何で?〉
よく見ると、今朝の四時過ぎにメールがきていた。今の時刻は五時三十分を少し過ぎたところ。俺はメールを彼に送った。
〈俺の妹が誰か男性を紹介して欲しいと言うから剛はどうかと思ってメールしたんだ〉
俺は仕事をする支度を始めた。メールは馬を放牧してからだ。あと、餌を作りバケツに入れた水を注いでいく。重いのは慣れている。
馬を八頭放牧して、餌を作り朝飯を食べるため家の中に入った。今は冬なので物凄く寒い。スマホの温度計を見るとここの地域はマイナス五度だ。極寒の世界。母は朝食を作っていた。
妹の瑠璃も起きていた。俺は不思議に思ったので訊いた。
「あら、瑠璃。今日から立花さんのところで働くんだろ。起きるの早すぎないか?」
俺はそう言うと瑠璃はこう答えた。
「早起きが癖になってて目が覚めちゃうのよ。それにわたしだけ寝てるのも気が引けるし」
お袋は瑠璃の発言を聞いて、
「いい心がけね」
と言った。
「そんな大したことじゃないよ」
妹は謙虚だ。友人の剛にはもったいないと思う。俺はメールの内容を瑠璃に伝えた。
「昨日の話しだけど、友達には彼女いないらしいぞ。どうする?」
お袋はトレーに俺の大盛りライスと、卵焼きと、焼いたウィンナーを載せて運んできた。
「彰浩、食べなさい」
「おう、食べちゃうわ」
お袋は瑠璃に言った。
「立花さんのところで働く日や休みの日でも、今までと変わらず起きてくるのね」
「うん、そのつもり」
「じゃあ、ごはんも作るからね」
「わかった」
「お兄ちゃん、その人と会ってみたい」
「そうか、言っとくわ」
今は朝七時――。
俺はいつものように九時頃まで居間で寝る。起きてから厩舎の中の寝藁(ねわら)と糞(ふん)を分別する予定。目を覚ますと母のパソコンのタイピング音で目覚めた。
「起きたかい」
俺はそれには答えず歯を磨きに洗面所に向かった。俺は思いついたことをお袋に言った。
「瑠璃はもう行ったのか」
聞こえていないのか返事がない。歯磨きを終えたあと、再度言った。すると、
「うん、あんたが寝ている間に行ったよ。八時半までに行くんだって」
「そうか」
夜になり、夜飼いも終えて三人でテレビを観ていた。俺は山林剛のことを思い出しメールを送った。
〈お疲れ! 妹は会ってみたいと言ってるぞ。どうする?〉
〈相手は佐賀の妹だもんなぁ〉
何か不服でもあるのだろうか。せっかくの話なのに。
〈なんだよ、俺の妹じゃ不満か?〉
〈不満というか、気まずくならなきゃいいなと思ってよ。もし、上手くいかなかったら佐賀に悪いし〉
〈そんなの会ってみないとわからんだろ〉
〈まあ、確かにな。じゃあ、会ってみるか。そこまで推されたら会うしかない。ただ、一つ言っておくけど、上手くいかなくてもおれを恨むなよ〉
〈そこは大丈夫だ。状況にもよるけどな〉
〈それならいいけどよ〉
〈あとで妹に連絡先教えていいか訊いてみるからよ〉
剛は焦ったような文面ですぐにメールがきた。
〈それならおれの電話番号とメールアドレス教えてやってくれ。いくら佐賀の妹でも、知らない男に連絡先教えたくないだろうから〉
ずいぶん気がまわるなと思った。
〈わかったよ〉
瑠璃は午後六時過ぎに帰って来た。俺も仕事は既に終わっていて、風呂に入っていた。お袋は夕飯を作っているだろう。妹の声が聞えた。
「ただいまー」
お袋が対応した。
「おかえりー。どうだった」
「それがさぁ、事務以外の仕事もやらされて疲れた」
「あら、そうなの。話しが違うね」
「まあ、牧場だからそんなものかもね」
俺は湯舟に浸かりながら話を聞いていた。立花さんの牧場、やっぱり噂通りか。俺は風呂から上がり、服やズボンを身に着け、まずは仕事の話しをした。
「風呂場で聞いていたけど、やっぱ、噂は本当だったか」
瑠璃は疲れ切った顔をして、
「噂? どんな噂」
苛々した様子で言った。
「話しは事務だけど、それ以外の仕事もさせられるっていう噂だ」
「それなら行く前に教えてよ、教えてくれてたら行かなかったのに」
「まあ、入ったばかりだから、がんばれよ。近所だからすぐに辞めるわけにはいかないだろ。限界がきたら言ってくれ。俺が話をつけるから」
「わかった、その時はよろしくね」
「それともう一つ。俺の友達を紹介するはなしだけど、そっちから連絡が欲しいと言っていたから教えるよ」
俺は冷蔵庫から三百五十ミリのビールを一本出してきて、いつもの席に座り、一口呑んだ。
「瑠璃も座れよ。今、教えるから」
と言うと、
「ご飯食べてお風呂に入ってからでいいよ」
「そっか」
あまり興味ないのかな、瑠璃は紹介して欲しいと自分で言ったのに。興味があれば、ご飯や夕食前でも「教えて」と言うと思うんだけれど。
今夜はハヤシライスとお袋は言っていた。瑠璃はそれが好きなはずだ。でも、俺はあまり好きじゃない。お袋はいつも俺の好みより妹の好みに合わせる。なぜだろう。昨夜も、
「カツ丼食いたいから作ってくれ」
と言ったが、お袋は、
「親子丼よ、今夜は」
と言われた。これも妹の好物。俺は毎回そうなので頭にきたから言った。
「お袋! なんでいつも瑠璃の好物ばかり作るんだ! たまには俺の好きなメニューを作ってくれよ!」
「別にそんなこと意識してないけどね」
「意識してなくてもそうなってるんだよ!」
「そうかい。じゃあ、あんたは何が食べたいの?」
俺の好きな食べ物を知らないのか……。仕方ないので答えた。
「カレーライスが食べたいな」
「わかったよ。その内作るから」
その内……。この言い方は作らないな。何でだ? お袋は俺のことが嫌いなのか? まあ、それならそれでもいいけれど。もし、そうだったら俺にも考えがある。それは何かと言うと、家を出る。本当は俺は一人暮らしをしたい。でも、実家を放っておけないから手伝っているけれど。お袋に訊いてみた。
「お袋は俺のこと嫌いなのか?」
驚いたような顔付きを見せた。
「何でそんなこと訊くの?」
「瑠璃のことばかり考えていて、俺のことは考えていない気がするから」
「そんなことはないよ。同じように考えてるよ」
瞬時にそれは嘘だと思ったのでこう言った。
「ほんとかなー、そうはおもえないけど」
お袋の表情が変わった。
「何を言ってるの。そんなことよりご飯できたから食べるよ。席につきな。瑠璃を呼んでくるから」
瑠璃は夕ご飯を食べ終わり、入浴も済ませた。でも、一向に連絡先を訊いてこない。やはり興味ないのか。まあ、剛には瑠璃はもったいない。だから黙っていよう。すると、自分の部屋にいる妹が居間に降りてきた。
「お兄ちゃん、ちょっといい?」
ようやくだ、きっと剛の話しだろう。俺は二階の瑠璃の部屋に向かった。
妹の部屋に入ると、いかにも女の子らしい、良い香りがした。瑠璃は話しだした。
「お兄ちゃんのお友達の連絡先教えてくれる?」
「ああ、いいぞ」
俺は電話番号とメールアドレスを教えた。
「ありがとう! 送ってみるね」
俺は一言いった。
「もし、会うことになったら二人で会えよ」
「わかった」
俺の妹だから上手くいってほしいが、こればっかりは縁だからどうなるかわからない。
父が亡くなって一週間が経つ。今日は初七日だ。親戚は集まらない。家族のみで行うことにした。
親戚は遠いところに住んでいるからなかなか来られない。だから葬儀の時だけ来てもらった。あとは四十九日がある。四十九日は午前十一時に坊さんに来てもらう予定だ。だから、遺骨はまだ仏間に置いてある。お墓はじいちゃん、ばあちゃんの遺骨が入ったそれがあるので、改めて作る必要はない。因みにじいちゃんは七十六歳で肺がんで亡くなり、ばあちゃんは九十五歳の老衰で家で亡くなった。医師には病院で息を引き取るか、自宅で最期を迎えるかどちらにするか選んで下さいと言われ、親父が家で息を引き取る方を選んだ。俺らに異議はなかった。
今後は、妹が俺の友達と上手くいくことを願いつつ、実家の牧場の収入を増やせるように頑張るのと、あと瑠璃の仕事も軌道に乗ることを願った。親父はこんな形で他界してしまったけれど、彼なりに苦しんで選んだ道だから、あまり批判しない方がいいだろう。今後も家族みんなで頑張っていこうと思う。
了
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