薩摩が来る!

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第四章 ステッフェルン平原決戦編

第十話 決戦①

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 アルレーン地方を大きく南から北へと流れるラルべ川。普段は帝国の民の足として、そして物資の運搬航路として、多数の船が行き来しています。沿岸には騒がしい港町もあればのどかな田園も広がり、その落ち着いた空気を求めて貴族には別荘を構えるものも多くいます。

 そのラルべ川が、今は氷が張ったように静まりかえっていました。プロシアントとリガリア、両国の軍勢が川を挟んで睨みあっているからです。

 当初の勢いを失ったリガリア軍は、軍をまとめて西へ西へと戦線を押されていました。ようやくラルべ川を越えたところで後退を止め、ここからは一歩も引かないとばかりに大軍を展開していたのでした。

 一方の帝国も、国の総力をあげての戦いというのは嘘偽りない事実だったようで、川の東岸では帝都ミッテランからの軍勢がわたしたちアルレーン軍と合流し、河畔には武器を構えた兵士たちが所狭しとひしめきあっていました。

 各領主がそれぞれに軍を組織するアルレーン地方とは異なり、帝都のあるカイベルン地方では国王陛下のもとで一元的に常備軍が管理されています。貴族がめいめいに紋章旗を掲げているのはアルレーン軍の方で、北側に布陣する帝都軍は揃いのプロシアント旗のもとに軍勢を展開していました。

 その帝都軍の主力を務めるのは、自慢の魔法部隊です。この部隊こそが帝都軍の核心であり、プロシアント帝国を帝国たらしめる力の象徴でした。魔法杖を掲げ、美しく進軍するその姿には遠目からでも格式の高さを感じられます。

 一方、南側の左翼に布陣するのはわたしたちアルレーン軍です。前列を銃部隊と長槍を持った歩兵で固め、中軍には魔法部隊が、そして最左翼は騎兵が開戦を今か今かと待っていました。

 魔法兵の数や軍の格式で遅れをとっていようとも、ここにいるのはリガリア相手に幾度も戦場を駆け回った歴戦の勇士たちです。帝都でのんびりと訓練をしていたような兵たちに劣るはずもありません。

 開戦に向けて待機を続けているうちに、軍議からバスティアン様が戻ってきました。今回の総大将は帝都貴族の公爵様だと聞いていますが、あまり良い対面ではなかったのか何やら苦い顔です。

「チッ。帝都の無能どもめが。前線には出ないくせして、好き勝手言いやがる」

 珍しく声を荒げて口汚く罵っています。これまでずっとリガリアの侵攻を受けてきたアルレーンに対して、帝都、カイベルン地方はどうも他人事でした。援兵はおろか、食料や軍備の援助もそこそこに自らの防備を固めるのに夢中だったのです。それがここにきて、エンミュール奪還の知らせを聞いての一気攻勢でした。

「経験豊富なアルレーン軍から戦線を切りたまえ、だとよ。冗談ではない」

 お互いに大軍を動員した両軍は、ちょうどラルべ川を挟んで睨み合うかたちになっていました。先に渡河をした方が不利になるのはわかりきっています。かといって帝都の大貴族の意向を無視する訳にもいかず、バスティアン様はこうして軍議で不満を漏らしているのでした。

「遠距離の魔法攻撃なら川を挟んでも可能ですが」

 ローターさんの言葉にも一言、わかっていると答えただけで、相変わらず腕を組んで渋い表情をしています。

「ですが若。こう睨めっこをしていても、埒があきませんぜ」
「攻めかけているのはこちらだからな。敵軍にとっては膠着状態は望むところだろうよ」

 ふう、とため息を一つ吐いたあと、決心したかのように指示を出しました。

「仕掛けるほか、ないか。ローター、魔法攻撃を開始しろ。敵右翼を徹底的に叩け。攻撃に合わせて渡河して拠点を作る」
「はっ、承知しました。準備にかかります」
「騎兵部隊が先行。浅瀬から渡河し、船橋を架ける歩兵の時間を稼いでやれ。行けるな、フィリップ」
「もちろんです。敵兵が出てくれば、釣り出しにかかります」
「銃部隊は渡河する騎兵の援護だ。弾薬は出し惜しみするな。拠点ができれば、川を渡って前線を上げる」
「心得もした。期待ば、応えてみせもす」

 こうして、ステッフェルン平原での戦いの火蓋が切って落とされたのでした。

 ◇

 魔法照準器に備え付けられた歯車が、カチカチと音をたてています。ラルべ川沿岸の高地に陣を構えた魔法部隊が、対岸の敵部隊に向けて照準を合わせているところでした。

 騎兵の援護を命じられたキーレが、突撃の機会を合わせたいのか、ローターさんと話しこんでいます。

「おいたちが川ば越えても、砲撃ば続けてほしいんでごわすが」
「出来はする。が、それだと君たちも巻き込まれてしまうぞ」
「そいを、うまいこと避けてもらえんかの。火球に背ばこするようにして、進みたか」
「わかった、善処しよう。今の魔法部隊なら、可能なはずだ」

 お頼みもうす、と一礼したキーレは、そのまま前線へと走って行ってしまいました。

 合図の軍ラッパとともに、魔法攻撃が開始されました。初めに照準を合わせるための試射の攻撃が飛んで行きます。ひょろひょろっとしたその弾道に、帝都の魔法部隊は嘲笑を見せているようでした。

「着弾、確認。方向よし、奥行き、前方百歩です」

 観測兵の声とともに、計算兵が軌道の修正を始めます。騒がしい戦場にあっても黒板に白墨の走る音を止めることはありません。計算を終えるとその結果を魔法兵たちに伝えます。

「方向そのまま、射角、上方に二度修正」

 その声に従って照準器を動かして魔法兵たちが攻撃魔法を放ったとほぼ同時に、先鋒の騎兵部隊が渡河していくのが見えました。

 掛け声をあげながら次々に川へ飛び込んでいきます。馬の足がそっくり浸かってしまう水深をもろともせず、巧みに手綱を操ってラルべ川を進んで行きました。馬の扱いに慣れた者は上流の南側を、弱馬の兵はその下流から次々に勢いよく流れる川を越えていくのでした。

 リガリア軍が魔法部隊の正確な攻撃に面食らった、その僅かな時間でした。一瞬の隙を突いて、あっという間に川を渡り切って突撃をかけています。どの馬も足は水に濡れ、水滴を飛ばしながら走っています。

 騎兵部隊は湿地帯の隣に布陣する敵右翼を削り取るように激しい攻撃を行うと、反転して再び牽制をかけています。その機敏な動きに、リガリア軍もついていけていないように思われました。

 それに続けと言わんばかりに、歩兵たちも川を渡り始めます。エルベ川流域が戦場になると睨んで、あらかじめ渡河の訓練をさせていたのが生きているようです。

 バスティアン様はこの平原に至る道中、大量の小舟を兵たちに用意させていました。その小舟を、先に川を越えた兵が向こう岸から綱で手繰り寄せて行きます。一列に繋がった小舟が川の反対側に届いた時には、なんとか跳んで渡ることができるかたちになっていました。

 そして作業に慣れた兵たちが小舟の間を板で繋ぎ、即興の橋を架けてゆきます。気づけばエルベ川に細い橋が何本も通されていました。

 兵士たちが橋作りに勤しんでいる間にも、魔法部隊はマナを空にするばかりの勢いで敵軍に向かって魔法攻撃を放ち続けていました。この攻撃が、対岸の騎兵にとっては命綱なのです。孤独に大軍と向き合っている騎兵部隊を全力で援護すべく、魔法兵も観測兵も、計算兵まで死力を尽くします。

 号令と攻撃魔法ファイヤーボールを詠唱する声とが、戦場にこだまします。わたしも喉とマナが枯れるほど、必死に呪文を唱え続けていました。

 渡河に気づいた敵軍が、慌てて浅瀬を抑えにかかっています。ですが、一部の銃部隊はすでに渡河を終えていました。即席の橋は、銃器や火薬を濡らす心配のない立派なものです。迫ってくる敵兵に、橋の上からでも余裕を持って射撃で応戦しています。

 キーレはどうやって川を渡したのか、銃部隊の中で一人馬上にいました。腰に吊り下げたカタナも抜かず、右手に持った槍を振り上げて味方に指示を与えています。

 浅瀬に迫ってきた敵兵に槍の穂先がスッと向きました。銃兵たちがその動きに合わせて照準を合わせます。

「放てい!」

 号令とともに放たれた弾丸に敵兵が倒れていきます。しかし、こちらの銃の間合いに入ったということは向こうからも弾が届くということ。敵兵の銃弾にアルレーンの兵も数人、地に伏せます。無数の弾丸が飛び交う中、キーレは平然と采配を振るっていました。兵たちもそれを見て、臆することなく敵兵に向かって行きます。

「岸辺はもうよかっ。騎兵ば、追う。おいに付いて来っ」
「サツマ隊長、ここを離れるのは、いささか危険ではありませんか」
「ヨシュアさぁ、騎兵ば独りにすっ方が危うか。あれは、こん軍の要ぞ」

 対岸はもう安全と見たのか、馬を飛ばして再び敵右翼へと突撃を開始した騎兵部隊の後を追いかけ始めました。慌てて銃兵たちもその後を追います。戦場が再び慌ただしくなってきました。

 ローターさんは魔法攻撃の指令を止めようとしません。味方には当たらず、かつ敵の前線を狙うよう細かく指示が飛んでいます。観測兵も計算兵も必死で軌道を追いかけていました。

 そのおかげもあってか、対岸に上陸したアルレーン軍は比較的楽に拠点を確保できたようです。歩兵たちは次々と渡河していくと、敵軍に向かって前へ前へと進んでいました。

 いつのまにか戦場は歪な左上がりのかたちになっています。アルレーン騎兵部隊の突破力に敵右翼が押されて陣形を崩したからです。ですが、騎兵の突出によりアルレーン軍の陣形は伸び切ってしまっていました。歩兵と分断されかねないその隙間を埋めようと、キーレたちの部隊が戦場を走っていくのが見えます。

 一方の帝都軍はというと、左翼アルレーン軍の奮戦に気をよくしたのか悠然と渡河を試みていました。

 しかし、迂闊に隙を見せてしまえばどのようになるかは分かり切っています。待ってましたとばかりにリガリア軍の斉射を浴び、バタバタと騎兵が川中に没していきました。自慢の魔法部隊も援護の攻撃を対岸から続けていますが、リガリア兵はその弾幕にも怯まずに戦線を下げずに踏ん張っています。それどころか、渡河に苦戦する帝都軍を見て突撃をかけてきたようです。

 戦場は両軍の左翼が突出し合い、まるで二頭の蛇が互いの尾を相食う格好になってきました。どちらが先に突破に成功するかという迅速さの勝負になってしまっています。わたしたち魔法部隊にも、川を渡ろうとする敵右翼への攻撃が指示されるようになってきました。

 秋風が、強くなっています。向かい風に煽られて、渡河中の敵兵を襲うはずだった火球が勢いを失っていきます。と思えば巻いた風がわたしたちの背後から勢いよく吹き上げます。戦況の目まぐるしい変化に慌てるわたしたちを弄ぶかのように、秋風は気ままに吹き散らしていました。
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