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第二章 アルレーン防衛戦編
第三話 砦へ
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翌朝。わたしたちは宿場町アムマインを後にし、ガラル砦へと足を進めることになりました。
町に集まっていたエンミュールの兵が合流したため、200人を超える大所帯です。加えてゲルトさんが交渉している傭兵隊も参加するとなれば、中隊規模の行軍となりそうでした。
軍隊としての体裁が整ってきた一行の中、わたしはというと、泣き腫らした顔を懸命に隠しながら馬を進めていました。
隣ではキーレが、いつものようにわたしと並走してくれています。
「キーレ、キーレはいるか」
前方から、バスティアン様の大声が聞こえてきました。
キーレがこちらを見てきたので、行っていいですよ、と声をかけると、あっという間に馬を飛ばして行軍の最前列へと駆けて行きました。
しばらく馬を走らせていると、キーレが戻ってきました。片手に遺跡で出会った時に携えていた例の長剣を抱えています。
「大将どんから、刀ば返してもらいもした」
これがあると落ち着きもすなあ、とひどく上機嫌です。
「おい、サツマ殿。ちょっとその剣、見せてくれないか」
「おお、異国の剣ってのを俺も見てみたい」
周りの兵士たちも、不思議な形状の長剣に興味津々のようです。キーレも気分が良いのか、自慢げに剣を抜いて見せてやっています。
そういえばキーレは、兵士からはサツマ、サツマと呼ばれるようになりました。顔合わせの際、大声で例の決闘での名乗り口上をやってのけたからです。
今晩は街道沿いで野営をすることになりました。女性はわたし一人なので、特別にテントを用意してもらえました。テントの前では、頼もしい小さな護衛が、例の長剣を抱き寄せながら目を光らせています。
「おお、ゲルトさぁ、お帰りでごわすか」
「ようキーレ。傭兵どもを集めてきたぜ」
どうやらゲルトさんは、傭兵隊との交渉を上手くまとめてきたようです。ざわざわと人の集まる音がします。
「見てくれはあれだが、気のいい奴らだ。仲良くやれよ」
「それは頼もしゅうごわすなあ」
「こいつはキーレ。何やら遠国のサツマとやらの出らしい。小さいが腕は保証するぞ」
「サツマ殿、ワシはこの傭兵の隊長を率いとります、ニクラスです」
「ニクラスさぁ、でごわすか。よろしく頼んもす」
「してサツマ殿、その手に抱えてある剣は、なんですかいな。随分珍しい形をしとりますが」
「それは俺も気になっていた。キーレ、触ってもいいか?」
「よう、ごわす。そいは刀というてのう--」
上機嫌で話すキーレの声を聞いているうちに、わたしはいつのまにか眠りに落ちていました。
ガラル砦は、オルレンラントの南西にあります。行軍を進める中で、エンミュールから撤退してきた兵士たちを吸収しながら、わたしたちは西へ西へと歩みを進めました。
「偵察兵が、ガラル砦を確認したようです」
「そうか、様子は?」
「敵兵の姿はなし。未だ戦闘状態には入っていないかと思われます」
「なんとか、間に合ったか」
バスティアン様が安堵のため息を漏らします。が、安心しているわけにはいかないのでした。
その後、砦に入ったわたしたちを迎えたのは、緊張した様子の、慌ただしく働く兵士たちでした。武具を運搬する者、防柵を拵える者、所狭しと走り回る伝令。まだ戦火は開かれていないというのに、いやがおうにも戦場の空気というものを感じられます。
そしてわたしたち士官学校の一行は、バスティアン様に連れられるがまま、幕舎へと向かったのでした。
「俺に指揮をとれというのか」
「はい。他に適任はおられません」
「オルレンラントから、誰か貴族が派遣されているだが」
「おりますが、侯爵家の代行印を持つあなた様が第一位となります」
「チッ。父上は何を考えておられるのだ……。わかった、仕方ない。隊長らを集めてくれ」
「承知しました。伝令を走らせます」
予想外の事態に、流石のバスティアン様も悪態をつきます。
「代行印をせしめたのが仇となるとはな。皮肉なもんだ、ギド」
「ええ。エンミュールが堕ちるとは、侯爵様も予想だにしてなかったでしょうからねえ」
「そして俺たちがここに来ることも、か」
「まあ、若なら上手くやれますよ。というより、やってくれなくては困ります」
そうこうしている内に、砦の隊長たちが集結してきました。どなたも、緊張した表情を浮かべています。
「バスティアン=オルレンラント侯爵代行様。隊長たちを連れて参りました」
「バスティアンでいい。ここの指揮は君がとっていたのか」
「はっ。マルク=ギーセンベルクであります」
「ギーセンベルク。確か、男爵位をお持ちだったな。男爵、現状を教えてくれ」
「我が部隊は、歩兵大隊一つ、騎兵中隊一つ、魔法小隊一つであります。総勢四千と少しといったところでしょうか」
「俺たちの軍を合わせれば四千五百ほどか、承知した。砦の整備はどうなっている」
「開戦が伝えられてから、急ぎで作業を進めております。今日中には、防柵の整備が完了するかと」
「食料は、どれぐらい持つか」
「潤沢とは言わないまでも、兵糧はあります。四千であれば、ひと月は」
「承知した。ここにいるのは、士官学校の貴族子弟だ。皆、実戦の経験もある。それぞれ隊を率いらせたいが、構わんな」
「それは願ったり叶ったりです。ここにいるのは経験の浅い新兵ばかりですので」
「砦の地図が見たい。用意できるか」
現状をつぶさに把握した後、バスティアン様はテキパキと配置を指示して行きました。そして、わたしたちにも部隊への配属命令を出していきます。
ゲルトさん、ローターさんはそれぞれ騎兵部隊、魔法部隊の隊長に。フィリップさんは歩兵小隊を、ギドさんは弓隊を率いることになりました。
そしてわたしには、医療部隊での勤務が命ぜられました。医療部隊には女性も多いので、配慮して下さったのでしょう。
そして最後に、バスティアン様は付け加えました。
「それからキーレをゲルトのもとにつける。いいな、マリアンヌ」
「待ってください、それは--」
「異論は許さん。出発の際、俺の指示には必ず従ってもらうと、言ったはずだ」
それは、キーレがわたしの側から離れてしまうということを、意味していたのです。
町に集まっていたエンミュールの兵が合流したため、200人を超える大所帯です。加えてゲルトさんが交渉している傭兵隊も参加するとなれば、中隊規模の行軍となりそうでした。
軍隊としての体裁が整ってきた一行の中、わたしはというと、泣き腫らした顔を懸命に隠しながら馬を進めていました。
隣ではキーレが、いつものようにわたしと並走してくれています。
「キーレ、キーレはいるか」
前方から、バスティアン様の大声が聞こえてきました。
キーレがこちらを見てきたので、行っていいですよ、と声をかけると、あっという間に馬を飛ばして行軍の最前列へと駆けて行きました。
しばらく馬を走らせていると、キーレが戻ってきました。片手に遺跡で出会った時に携えていた例の長剣を抱えています。
「大将どんから、刀ば返してもらいもした」
これがあると落ち着きもすなあ、とひどく上機嫌です。
「おい、サツマ殿。ちょっとその剣、見せてくれないか」
「おお、異国の剣ってのを俺も見てみたい」
周りの兵士たちも、不思議な形状の長剣に興味津々のようです。キーレも気分が良いのか、自慢げに剣を抜いて見せてやっています。
そういえばキーレは、兵士からはサツマ、サツマと呼ばれるようになりました。顔合わせの際、大声で例の決闘での名乗り口上をやってのけたからです。
今晩は街道沿いで野営をすることになりました。女性はわたし一人なので、特別にテントを用意してもらえました。テントの前では、頼もしい小さな護衛が、例の長剣を抱き寄せながら目を光らせています。
「おお、ゲルトさぁ、お帰りでごわすか」
「ようキーレ。傭兵どもを集めてきたぜ」
どうやらゲルトさんは、傭兵隊との交渉を上手くまとめてきたようです。ざわざわと人の集まる音がします。
「見てくれはあれだが、気のいい奴らだ。仲良くやれよ」
「それは頼もしゅうごわすなあ」
「こいつはキーレ。何やら遠国のサツマとやらの出らしい。小さいが腕は保証するぞ」
「サツマ殿、ワシはこの傭兵の隊長を率いとります、ニクラスです」
「ニクラスさぁ、でごわすか。よろしく頼んもす」
「してサツマ殿、その手に抱えてある剣は、なんですかいな。随分珍しい形をしとりますが」
「それは俺も気になっていた。キーレ、触ってもいいか?」
「よう、ごわす。そいは刀というてのう--」
上機嫌で話すキーレの声を聞いているうちに、わたしはいつのまにか眠りに落ちていました。
ガラル砦は、オルレンラントの南西にあります。行軍を進める中で、エンミュールから撤退してきた兵士たちを吸収しながら、わたしたちは西へ西へと歩みを進めました。
「偵察兵が、ガラル砦を確認したようです」
「そうか、様子は?」
「敵兵の姿はなし。未だ戦闘状態には入っていないかと思われます」
「なんとか、間に合ったか」
バスティアン様が安堵のため息を漏らします。が、安心しているわけにはいかないのでした。
その後、砦に入ったわたしたちを迎えたのは、緊張した様子の、慌ただしく働く兵士たちでした。武具を運搬する者、防柵を拵える者、所狭しと走り回る伝令。まだ戦火は開かれていないというのに、いやがおうにも戦場の空気というものを感じられます。
そしてわたしたち士官学校の一行は、バスティアン様に連れられるがまま、幕舎へと向かったのでした。
「俺に指揮をとれというのか」
「はい。他に適任はおられません」
「オルレンラントから、誰か貴族が派遣されているだが」
「おりますが、侯爵家の代行印を持つあなた様が第一位となります」
「チッ。父上は何を考えておられるのだ……。わかった、仕方ない。隊長らを集めてくれ」
「承知しました。伝令を走らせます」
予想外の事態に、流石のバスティアン様も悪態をつきます。
「代行印をせしめたのが仇となるとはな。皮肉なもんだ、ギド」
「ええ。エンミュールが堕ちるとは、侯爵様も予想だにしてなかったでしょうからねえ」
「そして俺たちがここに来ることも、か」
「まあ、若なら上手くやれますよ。というより、やってくれなくては困ります」
そうこうしている内に、砦の隊長たちが集結してきました。どなたも、緊張した表情を浮かべています。
「バスティアン=オルレンラント侯爵代行様。隊長たちを連れて参りました」
「バスティアンでいい。ここの指揮は君がとっていたのか」
「はっ。マルク=ギーセンベルクであります」
「ギーセンベルク。確か、男爵位をお持ちだったな。男爵、現状を教えてくれ」
「我が部隊は、歩兵大隊一つ、騎兵中隊一つ、魔法小隊一つであります。総勢四千と少しといったところでしょうか」
「俺たちの軍を合わせれば四千五百ほどか、承知した。砦の整備はどうなっている」
「開戦が伝えられてから、急ぎで作業を進めております。今日中には、防柵の整備が完了するかと」
「食料は、どれぐらい持つか」
「潤沢とは言わないまでも、兵糧はあります。四千であれば、ひと月は」
「承知した。ここにいるのは、士官学校の貴族子弟だ。皆、実戦の経験もある。それぞれ隊を率いらせたいが、構わんな」
「それは願ったり叶ったりです。ここにいるのは経験の浅い新兵ばかりですので」
「砦の地図が見たい。用意できるか」
現状をつぶさに把握した後、バスティアン様はテキパキと配置を指示して行きました。そして、わたしたちにも部隊への配属命令を出していきます。
ゲルトさん、ローターさんはそれぞれ騎兵部隊、魔法部隊の隊長に。フィリップさんは歩兵小隊を、ギドさんは弓隊を率いることになりました。
そしてわたしには、医療部隊での勤務が命ぜられました。医療部隊には女性も多いので、配慮して下さったのでしょう。
そして最後に、バスティアン様は付け加えました。
「それからキーレをゲルトのもとにつける。いいな、マリアンヌ」
「待ってください、それは--」
「異論は許さん。出発の際、俺の指示には必ず従ってもらうと、言ったはずだ」
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