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序話
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泗川は、朝鮮半島の南にあり、釜山と光州のちょうど中間の地点になる。
慶長三年、秋。
この場所は、明・朝鮮連合軍と、島津軍の屍に溢れていた。俗にいう、慶長の役、泗川の戦いである。
満天の星が数多の骸を照らす中、ずさり、ずさりと小柄な影が一つ。
いわゆる当世具足や、背格好に不釣り合いな長刀を腰に下げているところを見ると、島津家の兵なのであろう。体を引きずるように歩いている。
黒い髪を後頭部に無造作に括っていることからして、元服前の少年なのかもしれなかった。
よく見ると籠手も佩楯も、少年の身につける具足の中で、傷のないところは無かった。兜の代わりに額に付けている鉢金にも、無数の刀傷が見て取れる。
どうやらこの少年は、幼く見える風貌にもよらず、歴戦の武者らしいのであった。
「泗川の新城ば、戻らねば」
口に出してはみたものの、血まみれの体はもうこれ以上動きそうにない。夜の戦場には、殺鬼石曼子と怒鳴る声が、そこらから聞こえてくる。敵兵が付近を探しているに違いなかった。
「腹ば、切りどきでごわすかなあ」
半ば諦め気味に呟く少年の目は、どこか寂しげに見えた。
◇
少年が路傍の石に寄りかかり、刀を抜こうとした、その瞬間。
突如、目を覆うばかりの激しい光が、少年を襲った。
すわ、火箭か、と体を起こそうとするが、たったそれだけの力ですら、今の少年には無い。
全身が、白色の光にのまれていく。身体中の力が抜け、不思議な浮遊感に包まれていく。
黄泉路というのはこんなものか、と思いながら、少年の意識は暗闇へと消えていった。
◇ ◇ ◇
ーー足音がする。音から察するに、駆けているのは四、五人だろうか。
気がつけば少年は、石畳の上で横になっていた。随分と長い間、意識を失っていたらしい。
伏せたまま周囲に目をやると、そこはどうやら古びた建物の中であるようだった。石でできたらしい装飾の施された柱や、御影石を積みあげた壁面が見える。
「戦場で狂いて夢ば見るもんがおるとは聞いたが」
自分もその一人であったか、と少年が独り言ちた時。
異国の少女が、--少女というにはいささか大柄だが--、逃げているのが見えた。追われている。
体が動く。隅々にまで活力が満ちていくのがわかる。少年はこれ以上思考することをやめた。
そして、刀を抜いて高々と構えると、向かってくる敵に向かって走り出した。
慶長三年、秋。
この場所は、明・朝鮮連合軍と、島津軍の屍に溢れていた。俗にいう、慶長の役、泗川の戦いである。
満天の星が数多の骸を照らす中、ずさり、ずさりと小柄な影が一つ。
いわゆる当世具足や、背格好に不釣り合いな長刀を腰に下げているところを見ると、島津家の兵なのであろう。体を引きずるように歩いている。
黒い髪を後頭部に無造作に括っていることからして、元服前の少年なのかもしれなかった。
よく見ると籠手も佩楯も、少年の身につける具足の中で、傷のないところは無かった。兜の代わりに額に付けている鉢金にも、無数の刀傷が見て取れる。
どうやらこの少年は、幼く見える風貌にもよらず、歴戦の武者らしいのであった。
「泗川の新城ば、戻らねば」
口に出してはみたものの、血まみれの体はもうこれ以上動きそうにない。夜の戦場には、殺鬼石曼子と怒鳴る声が、そこらから聞こえてくる。敵兵が付近を探しているに違いなかった。
「腹ば、切りどきでごわすかなあ」
半ば諦め気味に呟く少年の目は、どこか寂しげに見えた。
◇
少年が路傍の石に寄りかかり、刀を抜こうとした、その瞬間。
突如、目を覆うばかりの激しい光が、少年を襲った。
すわ、火箭か、と体を起こそうとするが、たったそれだけの力ですら、今の少年には無い。
全身が、白色の光にのまれていく。身体中の力が抜け、不思議な浮遊感に包まれていく。
黄泉路というのはこんなものか、と思いながら、少年の意識は暗闇へと消えていった。
◇ ◇ ◇
ーー足音がする。音から察するに、駆けているのは四、五人だろうか。
気がつけば少年は、石畳の上で横になっていた。随分と長い間、意識を失っていたらしい。
伏せたまま周囲に目をやると、そこはどうやら古びた建物の中であるようだった。石でできたらしい装飾の施された柱や、御影石を積みあげた壁面が見える。
「戦場で狂いて夢ば見るもんがおるとは聞いたが」
自分もその一人であったか、と少年が独り言ちた時。
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体が動く。隅々にまで活力が満ちていくのがわかる。少年はこれ以上思考することをやめた。
そして、刀を抜いて高々と構えると、向かってくる敵に向かって走り出した。
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