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第1章
You'll drown in me!
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静まり返る森の中。
何十本も立ち並ぶ木々は薄く揺らめき、草花は一定の方向を見つめ続けている。少しばかりの風が吹いているだけで、辺りには葉の揺れる音がハッキリと聴こえる程に静寂が広がっている。そんな、音を許さない絶対領域が、1人の愚人によって崩壊する。
「──おいおいおいおい、話が違うじゃねぇかよぉぉぉぉぉぉ!!!!」
突如として現れた、土で汚れた薄汚い、最低限の防御服、お飾りとしか思えないような切れ味の悪いナイフを身に付けている男が、静かな空気をぶち壊すように大声で"何かしら"に悪態を吐きながら、草花を踏みにじって懸命に地面を蹴って走る。
後ろからは、巨大なぶよぶよとした液体の塊のような怪物が2、3匹地面を草花ごと削りながら鬼気としたオーラを放って男の後を追っている。
「な、なんで...!!」
男は、必死に走りながら涙目で天を仰ぐ。後ろから聞こえる地面の抉れる音は段々と大きくなっていく。今にも泣きそうな状態で、男は最後の力を振り絞るように声を張上げる。
「なんでこんなクソ世界を選んだんだよぉぉぉぉおおお!!!!!!」
────────────────────────
場面は変わり、とある学校、とある教室での風景になる。
「勇止!いぇ~い」
昼休みに入り、腑抜けた顔をしている男【過道 勇止】の元に、瞳がくっきりと大きく、そこらにいるモデルと並べても遜色がない程に顔が整っている美形の男子が左手を頭の横辺りまで挙げて笑いかけてくる。
「おーう、てかお前宿題やった?」
勇止は、美形の男子の左手に自身の右手を重ね、気持ちの良い音を立ててハイタッチをする。それから、少し崩れたセンター分けの分け目に人差し指を入れ込み、髪型を直しながら美形の男子に宿題について聞く。
勇止は、今年で16歳になる高校2年生だ。身長は178cmと、周りよりも高く、モデル体型をしていて堅苦しい制服をも着こなしている。髪型はセンター分けで、ほんの少し茶髪がかっており、耳には小さな穴が空いている。そんな彼は高校生活を十二分に謳歌しており、彼女が居ないという事実を除けば不満は一切無い。
「ん?あぁやったぞ。見るか?」
勇止が首を縦に振ると、美形の男子は自分の席から課題を取って勇止に投げつける。課題を両手でキャッチし、重要書類の課題のプリントを見ると、汚い字が目立ち、ぎりぎり読めるかどうかの瀬戸際である。
「まったく、これだから非リアは.....」
美形の男子が自席から勇止の席まで来た頃合で、勇止はわざとらしくため息を吐き、呆れたような口調で美形の男子にそう言う。
「いやおまえもだろ」
美形の男子は、慣れたと言わんばかりに涼しい顔をしてカウンターを繰り出し、勇止を横から言の葉で深く刺す。勇止は大袈裟に血を吐く演技をし、机に倒れ込む。少し経って、勇止は何かを思い出したかのように起き上がり、すっかり忘れていた課題に手をつけ始める。
周りから数人の足音が聞こえ、勇止の席の前で止まる。その集団は、クラスの覇権を握る存在、所謂陽キャと言うものであり、勇止はその集団の中に混ざらせてもらっている。
「あきら彼女できた?」
勇止は口角を上げながら集団の中の1人のあきらに話しかける。あきらは、わざとらしく嫌な顔をし、ため息を吐いて勇止の言葉に応じる。
「出来てたらこんな虚しくねぇんだわ」
集団に笑いが起こり、ネタムードが完成する。
昼休みの間はずっとこの集団で話し、勇止は暇を潰した。
場が盛り上がってきたところでチャイムが鳴り、集団は強制的に解散させられる。勇止含め、全員が残念そうな顔をして自席へと戻り、次の授業の準備を始める。
間もなくして、髪の薄い中年教師が教室に入り、臭気を漂わせながら教卓の前に立つ。勇止は一番前の席の為、中年教師の放つ汗臭いような鼻をつんざく臭いに耐えながら、眠気にも耐えるという過酷な時間を送ったのだった。何とか勇止は筆箱の中に入っているハサミをずっといじっている事で耐えることが出来たが、他の仲間達は無惨にも眠気に敗北してしまったようだった。
───誰か分からない、不思議な声音の女の声が、その女の罵倒が、どうしようもない事実が、目の前の惨状を盾にして※※を襲う。
────────────────────────
「さよーならー」
6限が終わるチャイムが鳴り、日直が号令をかける。それに全体が呼応し、それぞれが掃除を行ったり帰る準備をしたりしている。勇止は後者で、皆とは違って部活に入っていないため、今日も寂しく一人で帰るつもりだ。
「勇止じゃあな~」
「おう」
教室を出る手前、何人かの友達から別れの挨拶を受け、勇止はそれに反応して挨拶を返す。教室を出てから、勇止は早歩きで階段を駆け下る。
(ログボ受け取らないと...)
最近友人間で流行っているゲームの、ログインボーナスを勇止は命をかけているのかという程に重要視している。学校内ではスマホを使ってはいけないルールがあるので、校門を出てから使わないとスマホ没収は勿論、最悪生活指導行きとなる可能性がある。
バラエティとしては皆面白がってくれるだろうが、皆の笑いと引き換えの代償がデカすぎる。ログインボーナスは連日で報酬が変わるタイプのものなので、出来るだけスマホ没収は避けたいところだ。
まだあまり人がいない下駄箱付近に着くと、下駄箱との距離が丁度いい位置で踵を腿後ろに近付け、内履きをなるべく早く脱ぐ。母親が選んだ青色と緑色の混ざったような色合いの靴下を顕にし、誰にも見られまいと下駄箱から内履きと引き換えにして普段使いの見慣れた靴を取り出し、地面に放り投げる。足で横になった靴を直し、素早く履いて玄関に近付く生徒の足音が聞こえたぐらいで玄関を出る。
人気のない校門辺りを駆け抜けるように歩き、高校の敷地内と道路の境界を踏み越えた瞬間、光の速さでポケットに手を突っ込み、スマホを勢いよく取り出す。切っていた電源を入れ、ロック画面から時間を確認し、現在時刻が16時06分であることを確認する。
(残り24分の猶予...勝ったな)
一週間前から行われているイベント限定のログインボーナスの受け取りには時間制限があり、16時30分がタイムリミットとなっている。
勇止含め、世の中の人間はこのタイムリミットに苦言を呈しているが、この16時30分という時間にはストーリーに大きく関係しており、ただ16時30分ではなく、しっかりと意味のある16時30分なのだ。この時間だけは、運営がどうしても設定したかった時間なのだろう。
そう考えると、粋な時間設定に思えるが、それはそれ、これはこれだ。勇止からしたら、もう少し時間を遅くしてくれればもっと余裕を持って玄関を出れるのだ。
ゲーム画面を開くと、このゲームの制作会社特有のロゴとキャラクターのゲーム名を読む音声が流れ、勇止は無意識に鼻息を荒らげて興奮する。
勇止は早速ログインボーナスを受け取り、嘆息してようやく安心する。ふと、フレンドを見ると、さっきまで話してた友達が何人かオンライン表示になっている事に気付く。奴らはまだ学校内にいるはずなので、恐らく、というか確実に校内でスマホをいじっている。
勇止はスマホを横にして両手で操作をしながら帰路を歩く。稀に教師と出くわす事があるが、学校の敷地外だ。どのようにして歩こうが勝手である。
「.....ん?」
デイリーミッションをこなしている最中、突如としてスマホの上部を通知によって占拠される。いつも通りのコンビニやゲームの通知ならすぐに指を上にスワイプして消すのだが、その通知は明らかに素通りしていいものでは無かった。
[今から遊びにでもどう?]
文面を見るだけなら、いつもの仲間からの遊びの誘いに見える。だが、問題はその通知の送り主だ。通知に表示されている送り主の名前には、【城坂 亜依】の文字。勇止はこの名前を知っている。
高校で一番の美女中の美女。誰もが憧れ、裏のない性格だと話題の高校三年生、つまり、勇止の先輩だ。勇止は一度だけ話したことがあり、今でもその時の少しかっこつけてしまった自分を戒め、定期的に反省会を行っている。
そんな誰もが憧れる美女から連絡が来たのだ。しかも、気があるとしか思えないような遊びの誘いだ。つまり、これは───
(そ、そういう事なのか....!!!??)
勇止はスマホを開く時と同じように光の速さで画面を下から上にスワイプし、メッセージアプリを開く。そして、城坂のメッセージ画面を開き、荒くなる息を抑えながら本当に彼女が送ったという事実を確認する。
勇止は今までにないタイピングの才能を発揮し、ものの数秒で遊べるという旨を無駄に空白や改行を入れて伝える。
[Ok!じゃあ朝日ヶ丘公園にいるね!]
勇止はその返信を見た瞬間、不思議な幻覚を見た。スマホの画面の前で、城坂が顔を火照らせ、いかにも女子高生が持っていそうな可愛らしいスマホを薄いピンク色の頬に擦り付けている、幻覚だ。
勇止は途端に絵に描いたようなアホ面になり、スマホをポケットに入れて前髪を整えながら、顔の前に手をかざし、風を遮ってとにかく前髪を大事そうに扱う。スマホの写真アプリで自身の顔を何度も何度も確認し、前髪が少しでもズレていたら直す、ズレていたら直すの繰り返し。
幸い、朝日ヶ丘公園は高校の近くにある為、城坂を待たせるという事は無いだろう。五分足らずで公園に着き、中を除くとコーヒーを両手に大事そうに持ってベンチに座っている城坂の姿がある。
勇止は城坂の視界に入らないように体を低くして垣根の後ろに隠れる。そして、再度前髪を手ぐしで直し、暗くしたスマホの画面で自分を見つめながら、ニコッと笑ったり良く見えるような表情を模索する。
「──何してるの?」
突然、垣根の上、勇止の頭上から耳を包み込むような優しい声音が勇止の動きを強制的に止める。一番勇止が恐れていたこと、その考えが脳内を埋めつくし、勇止は恐る恐る上を向く。
「城坂.....先輩」
勇止は、最悪の考えが当たってしまった事実に頭を抱える。それに対して城坂は勇止に小ぶりな手を振って勇止の言葉に反応する。
よりにもよって一番見られたくない所を一番見られたくない人物に見られた。その喪失感と絶望は凄まじいものだった。
だが、幸か不幸か城坂は何かに気付いたように口元に手を当て、クスッと笑う。
「よーし、勇止君も来たことだし、ほら行くよ行くよ」
城坂はそう言うと、勇止の視界からサッと消え去る。勇止はイマイチ状況が飲み込めないまま、無心に城坂の方へと小走りで向かう。
公園の中に入り、城坂の姿を探す。城坂は先程と同じく公園に一つだけ置いてあるベンチの片隅に座っており、ベンチの1人分座れる程度に空いている場所を手で軽く叩いている。
(と、隣に座れと──!?)
勇止は途端にロボットのようにかくついた動きになり、自身の心拍音によって周囲に吹く風の音が聞こえなくなる。周りから音が消えたような、まるで2人だけの空間になったように、辺りから一切の音が無くなり、城坂以外の色が白黒だけで表現される。
勇止は極度の緊張で何故か急に冷静になり、自分でも不思議に思いながら城坂の隣の空いている場所に腰を下ろす。城坂とはほんの少しだけ距離を取り、やっと掴み取った冷静を保つ。
だが、城坂から漂う女子高生特有の甘い香りと、チラッと横を見た時に視界に入る綺麗な横顔により、勇止の必死に守った冷静は早くも崩壊してしまう。
「きょ、今日はどういったご要件で.....?」
勇止はとりあえず何か話をしようと試みたが、裏返った声を出してしまい、勇止は脳内で一人反省会を開く。
「うーん、要件っていうか...私が暇だったから呼んだだけだよ」
勇止は「暇だったから」という言葉を何度も頭の中で響かせ、自分が恋愛対象として見られていないという考えが頭に浮かぶ。
いや、それだとおかしい。
(暇だったから1回しか話したことのない奴を誘うか!?普通!)
今の冷静さを欠いた勇止の頭ではその事実を受け入れられず、何とかして反例を出そうとする。
勇止の頭の中に照れ隠しという単語が出てきた頃、城坂が薄いピンクに色塗られた口を開く。
「ごめんさっきの嘘。今日、勇止君を呼び出したのはね、」
ショートヘアが風に煽られ、口元を隠すように口に髪がかかる。その一連の流れで、またも勇止の心拍数は上がっていく。
勇止の心拍数が上がるにつれ、段々と視界が白く白く歪んでいく。だが、何故か脳はその圧倒的異常現象を見逃し、勇止はこの異変を気付くことが出来ずにいた。
「私、ちょっと勇止君の事が気になってたからなの」
瞬間、勇止の視界は完全に白く染まり、城坂の姿が見えなくなる。城坂が見えなくなった頃にようやく異変に気付き、勇止は目を見開く。
だが、その時にはもう遅かった。
(───え?俺、死ぬの?)
横から、勇止を案ずる声が絶えず聞こえる。不思議な安堵感、勇止はその声を最後に聞けるならもう死んでもいいとさえ思った。
(俺の死因、キュン死.....?)
だが、死因が死因だ。いくら学校一の美女だとしても、流石に死因に直接関わってくるのは無法というものだろう。それに、家族や友人が勇止の死因を聞いたらどう思うだろうか。医者は一体どう説明するのだろうか。薄情な奴らなので、死因を聞いた瞬間に思い切り笑われるのだろうな、と心の中で段々と苛立ってくる。
(嘘だろ....え?てか、俺の事気になってたって!?)
今更、城坂の発言を理解し、またも目を見開く。明らかな体の異常で霞んでしまったが、城坂の発言も中々の異常事態だ。
(クソっ!なんか嬉しいけど嬉しくねぇ!)
死に際に、そう心の中で叫び、城坂ではなく自身の恋愛耐性の無さを恨む。
そこで、過道勇止の意識は完全に無くなった。
────────────────────────
無情にも燃え盛る炎、辺り一面は火の海と化し、民家は勿論、民衆の死体のように無惨に転がっている石にまで炎は燃え移っている。
誰かの悲鳴や助けを求める声、それこそ"勇者"を求める声は鳴り止まず、絶えずその場に崩れ落ちている旅人の心を蝕んでいった。
『全部、全部全部※のせいだ』
誰かに責任を放り投げ、必死に自身の心を守ろうとする。だが、まだ希望のあった赤ん坊の鳴き声が止んだ時点で、旅人の必死の抵抗はいとも簡単に破られる。
『.....この惨状は、奴らを見誤った僕の責任だ』
旅人に、誰かが震える声で旅人を救おうとする。この余裕が無い状況で、旅人に責任を負わせるのではなく、自分が責任を請け負ったこの男は、きっと英雄と成るだろう。
『※は、もうっ、戦えない.....こんな事になるなんて...』
だが、そんな男の優しさには目もくれず、旅人は男を突き放す。ここで旅人が男と共に再び戦場に赴けば、結果は変わっていたのだろうか。
男は、地面に落ちている旅人の折れた剣を掴み、足を1歩、前へ動かす。旅人は頬を濡らし、前髪の影によって隠れた瞳で、男の顔を見る。
男は、弱々しい笑みを、必死に作った笑みを、旅人に向けていた。
『僕は諦め切れない。だって、僕達は────』
その瞬間、旅人の心は完全に壊れた。
────────────────────────
「.....ぁぇ?」
長いような短いような眠りからようやく目覚めた直後、とある男が目にした最初の光景は、辺り一面が真っ黒な部屋だった。
その部屋はどこが壁かも分からない程の黒で覆われており、男は訳も分からず壁にぶつかったり、何も障害物のない場所でコケたりしている。
しばらく男が困惑し、いよいよ視力が無くなったのかと疑う程に焦っていると、何も無かった部屋にいつの間にか宙にスクリーンが表示された。
(うぉっ、明る.....くない?)
そのスクリーンは、明るいようで全く眩しくなく、男は反射的に顔をおおった手を少し恥ずかしさを感じながら退ける。足元に気を付け、慎重に宙に浮かぶスクリーンの元まで着くと、勝手にスクリーンに文字が表示され始めた。
《こんばんは、勇者アヤミチ》
男───【過道勇止】は、情報量の多さに再び困惑し、額に指を押し付けて考えを整理しようとする。だが、非情にもスクリーンは過道勇止に考える時間を与えず、次の文字が表示される。
《転生する世界をお選びください》
過道勇止は、やっとの事で先程のスクリーンの情報を整理し終えたところでまたも情報量の多い文字、先程のスクリーンよりも更に理解に時間のかかりそうな文に、髪を手で掻きむしる。だが、前に友達に頭を搔きすぎるとハゲになるぞ、と言われたことを思い出し、慌てて頭を搔く手を止める。
「あ!そうだ、俺は結局どうなったんだ!?」
段々と失われていた生前の記憶を取り戻し、過道勇止はスクリーンに向かって無駄にデカイ声を更に張り上げる。
結局、過道勇止は死亡したのか。ここはどこなのか。転生とは何なのか。ふざけているのか。死因はキュン死なのか。友達には笑われたか。
聞きたいことは山ほどある。そして、それらの質問を聞く時間はたっぷりとある、と過道勇止は勝手に決めつけ、スクリーンの返答を待つ。
《1.魔王総才世界。2.ニッポン。3.境十悪路》
過道勇止の質問にスクリーンからの返答は無く、その代わりにスクリーンには三つの選択肢が表示される。過道勇止は、床に倒れ伏して頭を抱え、いよいよ考えるのを辞めようかと悩む。
スクリーンの三つのそれぞれの選択肢の下には、見るからに選択ボタンといったオレンジ色のボタンの様なものがあり、恐らくそこを押せば選択完了という事だろう。
(これ...選択したら説明が表示されて、"本当にこの選択肢でよろしいですか?後から変更はできません"とか出てくるやつ......なのか?)
過道勇止は、心の中で早口でゲームのあるあるを唱え、恐る恐るオレンジ色のボタンに指を近づける。
(まぁ、とりあえずニッポンだよな...)
と、ニッポンの選択肢のボタンを押そうとする過道勇止だが、すんでの所で指を止める。そして、ある違和感を覚え、光の速さで指を引っ込める。その速さに懐かしい感覚を思い出し、脳内にショートヘアのどこぞの美少女の姿が蘇る。
(いやいや、これ世界の選択肢だよな?日本って国だろ。ニッポンってカタカナで表すか?普通)
何故か今までにない程頭の回転が早くなり、"ニッポン"という世界に対する不審感が選択肢を見れば見るほど湧いてくる。
(!!そうだ、奴らから聞いたことがあるぞ....!!確か、ネットのドメインをちょっと間違えるだけでウイルスに感染するサイトに行くとかあるんだろ?それと同じじゃないのか.....?)
最早、自分を名探偵か何かだと勘違いする程に頭の回転は早くなっており、過去の友人との会話を思い出し、こじつけの様に"ニッポン"という世界に難癖を付ける。
"ニッポン"がとんでもない世界だと分かった(決めつけた)以上、ニッポンを選ぶ選択肢は消えたも同然だ。
「となると、残りは魔王....これはナシだな。」
過道勇止は、魔王という単語を見つけた瞬間に目を逸らし、もうひとつの選択肢に目を付ける。そして、先程の名探偵ぶりは何処へやら、あっさりとオレンジのボタンを指先で押してしまう。ちなみに押した感触のある押しボタンではなく、スクリーンに表示されているボタンだ。
次の瞬間、一面真っ黒な部屋の色は一転、突如として一面真っ白な空間となった。だが、不思議と眩しさは全く感じず、またも顔をおおった手を恥ずかしさを感じながら引く。
何処からともなく爽やかな風を感じ、瞬きをした直後、長い眠りから窓から差し込む太陽光によって目が覚めた時のような眩しさを感じる。しばらくその眩しさに慣れず、目に力を入れて瞼を閉じていると、段々と地面に"感触"が出来てきていることが分かる。
『この世界の目標を達成せよ』
突如、勇者アヤミチの脳内全体に響くように言葉が届く。アヤミチは、反射的に腕を上げて防御体勢に入る。たが、しばらくして何の異変も感じなかったので、ゆっくりと瞼を開いてみる。
「.....おっ?おぉ?」
勇者から発せられるとは思えないような腑抜けた声が飛び出し、目の前の光景に呆然と立ち尽くす。既に眩しさには慣れており、むしろ全身に浴びる太陽光が気持ち良いぐらいだ。
ふと、下半身に妙な重みを感じ、少し下を向くと、剣が1本、鞘に入った状態で腰に装着されていた。服装は軽めの皮の胸当てが付けられた長袖で、何よりも目立つのは白色のマントを羽織っている事だ。
そして勇者の目の前には、目を見張る程の広大な自然が広がっていた。
「"主人公補正"を持った状態で異世界に転生したんだが何か思ってたのと違う」
何十本も立ち並ぶ木々は薄く揺らめき、草花は一定の方向を見つめ続けている。少しばかりの風が吹いているだけで、辺りには葉の揺れる音がハッキリと聴こえる程に静寂が広がっている。そんな、音を許さない絶対領域が、1人の愚人によって崩壊する。
「──おいおいおいおい、話が違うじゃねぇかよぉぉぉぉぉぉ!!!!」
突如として現れた、土で汚れた薄汚い、最低限の防御服、お飾りとしか思えないような切れ味の悪いナイフを身に付けている男が、静かな空気をぶち壊すように大声で"何かしら"に悪態を吐きながら、草花を踏みにじって懸命に地面を蹴って走る。
後ろからは、巨大なぶよぶよとした液体の塊のような怪物が2、3匹地面を草花ごと削りながら鬼気としたオーラを放って男の後を追っている。
「な、なんで...!!」
男は、必死に走りながら涙目で天を仰ぐ。後ろから聞こえる地面の抉れる音は段々と大きくなっていく。今にも泣きそうな状態で、男は最後の力を振り絞るように声を張上げる。
「なんでこんなクソ世界を選んだんだよぉぉぉぉおおお!!!!!!」
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場面は変わり、とある学校、とある教室での風景になる。
「勇止!いぇ~い」
昼休みに入り、腑抜けた顔をしている男【過道 勇止】の元に、瞳がくっきりと大きく、そこらにいるモデルと並べても遜色がない程に顔が整っている美形の男子が左手を頭の横辺りまで挙げて笑いかけてくる。
「おーう、てかお前宿題やった?」
勇止は、美形の男子の左手に自身の右手を重ね、気持ちの良い音を立ててハイタッチをする。それから、少し崩れたセンター分けの分け目に人差し指を入れ込み、髪型を直しながら美形の男子に宿題について聞く。
勇止は、今年で16歳になる高校2年生だ。身長は178cmと、周りよりも高く、モデル体型をしていて堅苦しい制服をも着こなしている。髪型はセンター分けで、ほんの少し茶髪がかっており、耳には小さな穴が空いている。そんな彼は高校生活を十二分に謳歌しており、彼女が居ないという事実を除けば不満は一切無い。
「ん?あぁやったぞ。見るか?」
勇止が首を縦に振ると、美形の男子は自分の席から課題を取って勇止に投げつける。課題を両手でキャッチし、重要書類の課題のプリントを見ると、汚い字が目立ち、ぎりぎり読めるかどうかの瀬戸際である。
「まったく、これだから非リアは.....」
美形の男子が自席から勇止の席まで来た頃合で、勇止はわざとらしくため息を吐き、呆れたような口調で美形の男子にそう言う。
「いやおまえもだろ」
美形の男子は、慣れたと言わんばかりに涼しい顔をしてカウンターを繰り出し、勇止を横から言の葉で深く刺す。勇止は大袈裟に血を吐く演技をし、机に倒れ込む。少し経って、勇止は何かを思い出したかのように起き上がり、すっかり忘れていた課題に手をつけ始める。
周りから数人の足音が聞こえ、勇止の席の前で止まる。その集団は、クラスの覇権を握る存在、所謂陽キャと言うものであり、勇止はその集団の中に混ざらせてもらっている。
「あきら彼女できた?」
勇止は口角を上げながら集団の中の1人のあきらに話しかける。あきらは、わざとらしく嫌な顔をし、ため息を吐いて勇止の言葉に応じる。
「出来てたらこんな虚しくねぇんだわ」
集団に笑いが起こり、ネタムードが完成する。
昼休みの間はずっとこの集団で話し、勇止は暇を潰した。
場が盛り上がってきたところでチャイムが鳴り、集団は強制的に解散させられる。勇止含め、全員が残念そうな顔をして自席へと戻り、次の授業の準備を始める。
間もなくして、髪の薄い中年教師が教室に入り、臭気を漂わせながら教卓の前に立つ。勇止は一番前の席の為、中年教師の放つ汗臭いような鼻をつんざく臭いに耐えながら、眠気にも耐えるという過酷な時間を送ったのだった。何とか勇止は筆箱の中に入っているハサミをずっといじっている事で耐えることが出来たが、他の仲間達は無惨にも眠気に敗北してしまったようだった。
───誰か分からない、不思議な声音の女の声が、その女の罵倒が、どうしようもない事実が、目の前の惨状を盾にして※※を襲う。
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「さよーならー」
6限が終わるチャイムが鳴り、日直が号令をかける。それに全体が呼応し、それぞれが掃除を行ったり帰る準備をしたりしている。勇止は後者で、皆とは違って部活に入っていないため、今日も寂しく一人で帰るつもりだ。
「勇止じゃあな~」
「おう」
教室を出る手前、何人かの友達から別れの挨拶を受け、勇止はそれに反応して挨拶を返す。教室を出てから、勇止は早歩きで階段を駆け下る。
(ログボ受け取らないと...)
最近友人間で流行っているゲームの、ログインボーナスを勇止は命をかけているのかという程に重要視している。学校内ではスマホを使ってはいけないルールがあるので、校門を出てから使わないとスマホ没収は勿論、最悪生活指導行きとなる可能性がある。
バラエティとしては皆面白がってくれるだろうが、皆の笑いと引き換えの代償がデカすぎる。ログインボーナスは連日で報酬が変わるタイプのものなので、出来るだけスマホ没収は避けたいところだ。
まだあまり人がいない下駄箱付近に着くと、下駄箱との距離が丁度いい位置で踵を腿後ろに近付け、内履きをなるべく早く脱ぐ。母親が選んだ青色と緑色の混ざったような色合いの靴下を顕にし、誰にも見られまいと下駄箱から内履きと引き換えにして普段使いの見慣れた靴を取り出し、地面に放り投げる。足で横になった靴を直し、素早く履いて玄関に近付く生徒の足音が聞こえたぐらいで玄関を出る。
人気のない校門辺りを駆け抜けるように歩き、高校の敷地内と道路の境界を踏み越えた瞬間、光の速さでポケットに手を突っ込み、スマホを勢いよく取り出す。切っていた電源を入れ、ロック画面から時間を確認し、現在時刻が16時06分であることを確認する。
(残り24分の猶予...勝ったな)
一週間前から行われているイベント限定のログインボーナスの受け取りには時間制限があり、16時30分がタイムリミットとなっている。
勇止含め、世の中の人間はこのタイムリミットに苦言を呈しているが、この16時30分という時間にはストーリーに大きく関係しており、ただ16時30分ではなく、しっかりと意味のある16時30分なのだ。この時間だけは、運営がどうしても設定したかった時間なのだろう。
そう考えると、粋な時間設定に思えるが、それはそれ、これはこれだ。勇止からしたら、もう少し時間を遅くしてくれればもっと余裕を持って玄関を出れるのだ。
ゲーム画面を開くと、このゲームの制作会社特有のロゴとキャラクターのゲーム名を読む音声が流れ、勇止は無意識に鼻息を荒らげて興奮する。
勇止は早速ログインボーナスを受け取り、嘆息してようやく安心する。ふと、フレンドを見ると、さっきまで話してた友達が何人かオンライン表示になっている事に気付く。奴らはまだ学校内にいるはずなので、恐らく、というか確実に校内でスマホをいじっている。
勇止はスマホを横にして両手で操作をしながら帰路を歩く。稀に教師と出くわす事があるが、学校の敷地外だ。どのようにして歩こうが勝手である。
「.....ん?」
デイリーミッションをこなしている最中、突如としてスマホの上部を通知によって占拠される。いつも通りのコンビニやゲームの通知ならすぐに指を上にスワイプして消すのだが、その通知は明らかに素通りしていいものでは無かった。
[今から遊びにでもどう?]
文面を見るだけなら、いつもの仲間からの遊びの誘いに見える。だが、問題はその通知の送り主だ。通知に表示されている送り主の名前には、【城坂 亜依】の文字。勇止はこの名前を知っている。
高校で一番の美女中の美女。誰もが憧れ、裏のない性格だと話題の高校三年生、つまり、勇止の先輩だ。勇止は一度だけ話したことがあり、今でもその時の少しかっこつけてしまった自分を戒め、定期的に反省会を行っている。
そんな誰もが憧れる美女から連絡が来たのだ。しかも、気があるとしか思えないような遊びの誘いだ。つまり、これは───
(そ、そういう事なのか....!!!??)
勇止はスマホを開く時と同じように光の速さで画面を下から上にスワイプし、メッセージアプリを開く。そして、城坂のメッセージ画面を開き、荒くなる息を抑えながら本当に彼女が送ったという事実を確認する。
勇止は今までにないタイピングの才能を発揮し、ものの数秒で遊べるという旨を無駄に空白や改行を入れて伝える。
[Ok!じゃあ朝日ヶ丘公園にいるね!]
勇止はその返信を見た瞬間、不思議な幻覚を見た。スマホの画面の前で、城坂が顔を火照らせ、いかにも女子高生が持っていそうな可愛らしいスマホを薄いピンク色の頬に擦り付けている、幻覚だ。
勇止は途端に絵に描いたようなアホ面になり、スマホをポケットに入れて前髪を整えながら、顔の前に手をかざし、風を遮ってとにかく前髪を大事そうに扱う。スマホの写真アプリで自身の顔を何度も何度も確認し、前髪が少しでもズレていたら直す、ズレていたら直すの繰り返し。
幸い、朝日ヶ丘公園は高校の近くにある為、城坂を待たせるという事は無いだろう。五分足らずで公園に着き、中を除くとコーヒーを両手に大事そうに持ってベンチに座っている城坂の姿がある。
勇止は城坂の視界に入らないように体を低くして垣根の後ろに隠れる。そして、再度前髪を手ぐしで直し、暗くしたスマホの画面で自分を見つめながら、ニコッと笑ったり良く見えるような表情を模索する。
「──何してるの?」
突然、垣根の上、勇止の頭上から耳を包み込むような優しい声音が勇止の動きを強制的に止める。一番勇止が恐れていたこと、その考えが脳内を埋めつくし、勇止は恐る恐る上を向く。
「城坂.....先輩」
勇止は、最悪の考えが当たってしまった事実に頭を抱える。それに対して城坂は勇止に小ぶりな手を振って勇止の言葉に反応する。
よりにもよって一番見られたくない所を一番見られたくない人物に見られた。その喪失感と絶望は凄まじいものだった。
だが、幸か不幸か城坂は何かに気付いたように口元に手を当て、クスッと笑う。
「よーし、勇止君も来たことだし、ほら行くよ行くよ」
城坂はそう言うと、勇止の視界からサッと消え去る。勇止はイマイチ状況が飲み込めないまま、無心に城坂の方へと小走りで向かう。
公園の中に入り、城坂の姿を探す。城坂は先程と同じく公園に一つだけ置いてあるベンチの片隅に座っており、ベンチの1人分座れる程度に空いている場所を手で軽く叩いている。
(と、隣に座れと──!?)
勇止は途端にロボットのようにかくついた動きになり、自身の心拍音によって周囲に吹く風の音が聞こえなくなる。周りから音が消えたような、まるで2人だけの空間になったように、辺りから一切の音が無くなり、城坂以外の色が白黒だけで表現される。
勇止は極度の緊張で何故か急に冷静になり、自分でも不思議に思いながら城坂の隣の空いている場所に腰を下ろす。城坂とはほんの少しだけ距離を取り、やっと掴み取った冷静を保つ。
だが、城坂から漂う女子高生特有の甘い香りと、チラッと横を見た時に視界に入る綺麗な横顔により、勇止の必死に守った冷静は早くも崩壊してしまう。
「きょ、今日はどういったご要件で.....?」
勇止はとりあえず何か話をしようと試みたが、裏返った声を出してしまい、勇止は脳内で一人反省会を開く。
「うーん、要件っていうか...私が暇だったから呼んだだけだよ」
勇止は「暇だったから」という言葉を何度も頭の中で響かせ、自分が恋愛対象として見られていないという考えが頭に浮かぶ。
いや、それだとおかしい。
(暇だったから1回しか話したことのない奴を誘うか!?普通!)
今の冷静さを欠いた勇止の頭ではその事実を受け入れられず、何とかして反例を出そうとする。
勇止の頭の中に照れ隠しという単語が出てきた頃、城坂が薄いピンクに色塗られた口を開く。
「ごめんさっきの嘘。今日、勇止君を呼び出したのはね、」
ショートヘアが風に煽られ、口元を隠すように口に髪がかかる。その一連の流れで、またも勇止の心拍数は上がっていく。
勇止の心拍数が上がるにつれ、段々と視界が白く白く歪んでいく。だが、何故か脳はその圧倒的異常現象を見逃し、勇止はこの異変を気付くことが出来ずにいた。
「私、ちょっと勇止君の事が気になってたからなの」
瞬間、勇止の視界は完全に白く染まり、城坂の姿が見えなくなる。城坂が見えなくなった頃にようやく異変に気付き、勇止は目を見開く。
だが、その時にはもう遅かった。
(───え?俺、死ぬの?)
横から、勇止を案ずる声が絶えず聞こえる。不思議な安堵感、勇止はその声を最後に聞けるならもう死んでもいいとさえ思った。
(俺の死因、キュン死.....?)
だが、死因が死因だ。いくら学校一の美女だとしても、流石に死因に直接関わってくるのは無法というものだろう。それに、家族や友人が勇止の死因を聞いたらどう思うだろうか。医者は一体どう説明するのだろうか。薄情な奴らなので、死因を聞いた瞬間に思い切り笑われるのだろうな、と心の中で段々と苛立ってくる。
(嘘だろ....え?てか、俺の事気になってたって!?)
今更、城坂の発言を理解し、またも目を見開く。明らかな体の異常で霞んでしまったが、城坂の発言も中々の異常事態だ。
(クソっ!なんか嬉しいけど嬉しくねぇ!)
死に際に、そう心の中で叫び、城坂ではなく自身の恋愛耐性の無さを恨む。
そこで、過道勇止の意識は完全に無くなった。
────────────────────────
無情にも燃え盛る炎、辺り一面は火の海と化し、民家は勿論、民衆の死体のように無惨に転がっている石にまで炎は燃え移っている。
誰かの悲鳴や助けを求める声、それこそ"勇者"を求める声は鳴り止まず、絶えずその場に崩れ落ちている旅人の心を蝕んでいった。
『全部、全部全部※のせいだ』
誰かに責任を放り投げ、必死に自身の心を守ろうとする。だが、まだ希望のあった赤ん坊の鳴き声が止んだ時点で、旅人の必死の抵抗はいとも簡単に破られる。
『.....この惨状は、奴らを見誤った僕の責任だ』
旅人に、誰かが震える声で旅人を救おうとする。この余裕が無い状況で、旅人に責任を負わせるのではなく、自分が責任を請け負ったこの男は、きっと英雄と成るだろう。
『※は、もうっ、戦えない.....こんな事になるなんて...』
だが、そんな男の優しさには目もくれず、旅人は男を突き放す。ここで旅人が男と共に再び戦場に赴けば、結果は変わっていたのだろうか。
男は、地面に落ちている旅人の折れた剣を掴み、足を1歩、前へ動かす。旅人は頬を濡らし、前髪の影によって隠れた瞳で、男の顔を見る。
男は、弱々しい笑みを、必死に作った笑みを、旅人に向けていた。
『僕は諦め切れない。だって、僕達は────』
その瞬間、旅人の心は完全に壊れた。
────────────────────────
「.....ぁぇ?」
長いような短いような眠りからようやく目覚めた直後、とある男が目にした最初の光景は、辺り一面が真っ黒な部屋だった。
その部屋はどこが壁かも分からない程の黒で覆われており、男は訳も分からず壁にぶつかったり、何も障害物のない場所でコケたりしている。
しばらく男が困惑し、いよいよ視力が無くなったのかと疑う程に焦っていると、何も無かった部屋にいつの間にか宙にスクリーンが表示された。
(うぉっ、明る.....くない?)
そのスクリーンは、明るいようで全く眩しくなく、男は反射的に顔をおおった手を少し恥ずかしさを感じながら退ける。足元に気を付け、慎重に宙に浮かぶスクリーンの元まで着くと、勝手にスクリーンに文字が表示され始めた。
《こんばんは、勇者アヤミチ》
男───【過道勇止】は、情報量の多さに再び困惑し、額に指を押し付けて考えを整理しようとする。だが、非情にもスクリーンは過道勇止に考える時間を与えず、次の文字が表示される。
《転生する世界をお選びください》
過道勇止は、やっとの事で先程のスクリーンの情報を整理し終えたところでまたも情報量の多い文字、先程のスクリーンよりも更に理解に時間のかかりそうな文に、髪を手で掻きむしる。だが、前に友達に頭を搔きすぎるとハゲになるぞ、と言われたことを思い出し、慌てて頭を搔く手を止める。
「あ!そうだ、俺は結局どうなったんだ!?」
段々と失われていた生前の記憶を取り戻し、過道勇止はスクリーンに向かって無駄にデカイ声を更に張り上げる。
結局、過道勇止は死亡したのか。ここはどこなのか。転生とは何なのか。ふざけているのか。死因はキュン死なのか。友達には笑われたか。
聞きたいことは山ほどある。そして、それらの質問を聞く時間はたっぷりとある、と過道勇止は勝手に決めつけ、スクリーンの返答を待つ。
《1.魔王総才世界。2.ニッポン。3.境十悪路》
過道勇止の質問にスクリーンからの返答は無く、その代わりにスクリーンには三つの選択肢が表示される。過道勇止は、床に倒れ伏して頭を抱え、いよいよ考えるのを辞めようかと悩む。
スクリーンの三つのそれぞれの選択肢の下には、見るからに選択ボタンといったオレンジ色のボタンの様なものがあり、恐らくそこを押せば選択完了という事だろう。
(これ...選択したら説明が表示されて、"本当にこの選択肢でよろしいですか?後から変更はできません"とか出てくるやつ......なのか?)
過道勇止は、心の中で早口でゲームのあるあるを唱え、恐る恐るオレンジ色のボタンに指を近づける。
(まぁ、とりあえずニッポンだよな...)
と、ニッポンの選択肢のボタンを押そうとする過道勇止だが、すんでの所で指を止める。そして、ある違和感を覚え、光の速さで指を引っ込める。その速さに懐かしい感覚を思い出し、脳内にショートヘアのどこぞの美少女の姿が蘇る。
(いやいや、これ世界の選択肢だよな?日本って国だろ。ニッポンってカタカナで表すか?普通)
何故か今までにない程頭の回転が早くなり、"ニッポン"という世界に対する不審感が選択肢を見れば見るほど湧いてくる。
(!!そうだ、奴らから聞いたことがあるぞ....!!確か、ネットのドメインをちょっと間違えるだけでウイルスに感染するサイトに行くとかあるんだろ?それと同じじゃないのか.....?)
最早、自分を名探偵か何かだと勘違いする程に頭の回転は早くなっており、過去の友人との会話を思い出し、こじつけの様に"ニッポン"という世界に難癖を付ける。
"ニッポン"がとんでもない世界だと分かった(決めつけた)以上、ニッポンを選ぶ選択肢は消えたも同然だ。
「となると、残りは魔王....これはナシだな。」
過道勇止は、魔王という単語を見つけた瞬間に目を逸らし、もうひとつの選択肢に目を付ける。そして、先程の名探偵ぶりは何処へやら、あっさりとオレンジのボタンを指先で押してしまう。ちなみに押した感触のある押しボタンではなく、スクリーンに表示されているボタンだ。
次の瞬間、一面真っ黒な部屋の色は一転、突如として一面真っ白な空間となった。だが、不思議と眩しさは全く感じず、またも顔をおおった手を恥ずかしさを感じながら引く。
何処からともなく爽やかな風を感じ、瞬きをした直後、長い眠りから窓から差し込む太陽光によって目が覚めた時のような眩しさを感じる。しばらくその眩しさに慣れず、目に力を入れて瞼を閉じていると、段々と地面に"感触"が出来てきていることが分かる。
『この世界の目標を達成せよ』
突如、勇者アヤミチの脳内全体に響くように言葉が届く。アヤミチは、反射的に腕を上げて防御体勢に入る。たが、しばらくして何の異変も感じなかったので、ゆっくりと瞼を開いてみる。
「.....おっ?おぉ?」
勇者から発せられるとは思えないような腑抜けた声が飛び出し、目の前の光景に呆然と立ち尽くす。既に眩しさには慣れており、むしろ全身に浴びる太陽光が気持ち良いぐらいだ。
ふと、下半身に妙な重みを感じ、少し下を向くと、剣が1本、鞘に入った状態で腰に装着されていた。服装は軽めの皮の胸当てが付けられた長袖で、何よりも目立つのは白色のマントを羽織っている事だ。
そして勇者の目の前には、目を見張る程の広大な自然が広がっていた。
「"主人公補正"を持った状態で異世界に転生したんだが何か思ってたのと違う」
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