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第二Q ザ・レコード・オブ・ジョーズ・グロウス ~合宿編~
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合宿二日目。
全体練習の体力・筋力増加メニューをこなした後、雪之丞は昨日に引き続き久美子から個人指導を受けていた。
「そんなに手前で踏み切ったら、ゴールから遠いでしょう!? 自分の最適なシュートポジションを決めておかないと話にならないよ!」
本日何度目になるだろう、久美子からの叱責が飛んできた。
レイアップシュートは回数をこなすだけ成果が上がっていることは確かなのだが、まだ久美子のお眼鏡にはかなわず、コートのどの位置からでも確実に決められるように様々な角度から打ち続けた。
ダンクは久美子が教えられないため、今後は個人で時間を見つけて練習するようにと指示された。その分、リバウンド練習にかける時間を取って昨日よりもさらに厳しい指導を受けることになった。
昨日の全体練習で岡村とのマッチアップを経験したことによって、敵の有無でリバウンドの難易度は段違いであることを実感した雪之丞は、昨日は漠然とやらされていたリバウンド練習を理想のイメージを持ちながらできるようになっていた。
――こっちに動いてしまっては、ブロックアウトにならない。
――ここで跳んでしまっては、簡単に抜かれてしまう。
雪之丞は脳内で作り上げた架空の岡村と何度も対戦し、リバウンドの練習に励んだ。
午前中だけで普段の倍以上に疲れている体を、名塚家のシェフが作った昼食を食べて一時間の昼寝で回復させてから、午後の練習に突入した。
雪之丞は午後一番から再び全体練習に合流したのだが、午前中の努力を否定されるかのごとく、めった打ちにされていた。
「だから遅いって! 相手の視線や動作をよく見て、常に先のことを意識して動くんだ!」
三対三の練習で雪之丞は多田と二年生一人と組まされたが、雪之丞のチームは見事に全敗中であった。五分間の対戦を通して負けた方は、フットワークのペナルティが課せられる。つまり、連戦連敗の雪之丞チームは、大きく体力を消耗するフットワークを対戦が終わる度に実施しなくてはならない。疲弊した多田たちが憤るのも当然であった。
「すみません! 次、気をつけます!」
それしか言えない自分が情けなかった。点を取ってチームに貢献することもできず、守りに入れば必ず狙われて穴を作ってしまう。なんとかしたいという気持ちだけが募り、またミスをしてしまう悪循環に陥っていた。
全身の疲労と焦る気持ちを抱いたまま、二日目の練習が終わったのだった。
◇
夕食を摂りシャワーを済ませた雪之丞は、宿舎である剣道部の道場でボールを触りながら一人悄然としていた。
紗綾とお近づきになるチャンスだとか、そんな浮わついたことを考えている場合ではなかった。この二日間で、自分がいかにバスケが下手なのかを思い知らされた。
どうすればもっと上手くなれる? どうすればチームに貢献できる?
思えば、左手を失ったときですらこんなに頭を抱えたりはしなかった。それほど雪之丞にとって、この二日間の自身の不甲斐なさは堪えていたのだ。
「いた! 鳴海―! ちょっといいー?」
風呂上がりでほんの少し頬を上気させた久美子が、雪之丞の顔を覗き込んできた。久美子は女子バスケ部と一緒に柔道部の道場で寝泊りしているため、彼女の突然の来訪に部員たちはそわそわしていた。
「……な、なんすか?」
「なによ、元気ないじゃない! ……わたしの指導が合わなくて辛いとか?」
自分が不甲斐ないだけなのに久美子にいらぬ心配をかけてはいけないと、雪之丞は努めて明るい声を出した。
「そんなことないっすよ? つか久美子先輩、風呂上がりはますますセクシーっすね」
「でしょー? だからわたしが、一人で行ったら危険だと思うの!」
「はい?」
「スマホ、食堂に忘れてきちゃった! 取りに行って欲しいなってお願いしてんの!」
全く困った表情など見せずに、久美子は胸の前で手のひらを合わせた。
「え、俺がっすか?」
「そうそう。あんただったら、不審者が出ても幽霊が出てもやっつけられるでしょ?」
「いやいや幽霊はキツいっすよ。つか、怖いなら一緒について行きますよ?」
「ダメ! それだと意味な……じゃなくて、あんたに襲われる可能性もあるわけだし!」
「……ひでえ」
ところどころ不自然な点もあったが、さっさと済ませて早く寝ようと思った雪之丞は大人しく従うことにした。
ところが、食堂にはスマホらしきものは見当たらなかった。片付けをしてくれた名塚家のシェフか使用人が預かっていると考えるのが妥当だろう。
骨折り損だったな、と溜息を吐いて食堂から出ようと踵を返すと、
「あ、鳴海くん」
耳朶に届いた可愛らしい声に、思わず背筋が伸びた。
「……さ、紗綾先輩!? どうしてここに?」
「わたし? わたしは、久美子にスマホ取って来てって頼まれて……」
久美子が雪之丞を一人で行かせたがった理由がわかった。成程、女子というものは恋愛の話になると、おせっかいになるものだと学習した。
情けないことで悩んでいる格好悪い自分を紗綾の前では見せたくなかった雪之丞は、今は気持ちを切り替えて彼女との時間に集中することに決めた。
「紗綾先輩を一人で行かせるなんて、久美子先輩も悪い女っすね。まあでもせっかくなんで、俺と少し話しませんか?」
内心緊張しながら返事を待っていると、紗綾は扉の方に視線を送った。
「……いいよ。じゃあ、外で話さない? ここだと久美子に聞かれちゃうから」
雪之丞が振り返ると、久美子は決まりが悪そうに頬を掻きながらひょっこり出て来た。
「あー! 久美子先輩!」
「……あはは~、もう邪魔しないから、後は若い者同士で~!」
久美子はそう言って、そのまま走り去ってしまった。
「……えーっと……じゃあ、中庭にでも行きますか?」
後で戻ったときに詳細を根掘り葉掘り聞かれるのは確実だが、とりあえず今は紗綾と二人きりの状況を噛み締めようと思った。
全体練習の体力・筋力増加メニューをこなした後、雪之丞は昨日に引き続き久美子から個人指導を受けていた。
「そんなに手前で踏み切ったら、ゴールから遠いでしょう!? 自分の最適なシュートポジションを決めておかないと話にならないよ!」
本日何度目になるだろう、久美子からの叱責が飛んできた。
レイアップシュートは回数をこなすだけ成果が上がっていることは確かなのだが、まだ久美子のお眼鏡にはかなわず、コートのどの位置からでも確実に決められるように様々な角度から打ち続けた。
ダンクは久美子が教えられないため、今後は個人で時間を見つけて練習するようにと指示された。その分、リバウンド練習にかける時間を取って昨日よりもさらに厳しい指導を受けることになった。
昨日の全体練習で岡村とのマッチアップを経験したことによって、敵の有無でリバウンドの難易度は段違いであることを実感した雪之丞は、昨日は漠然とやらされていたリバウンド練習を理想のイメージを持ちながらできるようになっていた。
――こっちに動いてしまっては、ブロックアウトにならない。
――ここで跳んでしまっては、簡単に抜かれてしまう。
雪之丞は脳内で作り上げた架空の岡村と何度も対戦し、リバウンドの練習に励んだ。
午前中だけで普段の倍以上に疲れている体を、名塚家のシェフが作った昼食を食べて一時間の昼寝で回復させてから、午後の練習に突入した。
雪之丞は午後一番から再び全体練習に合流したのだが、午前中の努力を否定されるかのごとく、めった打ちにされていた。
「だから遅いって! 相手の視線や動作をよく見て、常に先のことを意識して動くんだ!」
三対三の練習で雪之丞は多田と二年生一人と組まされたが、雪之丞のチームは見事に全敗中であった。五分間の対戦を通して負けた方は、フットワークのペナルティが課せられる。つまり、連戦連敗の雪之丞チームは、大きく体力を消耗するフットワークを対戦が終わる度に実施しなくてはならない。疲弊した多田たちが憤るのも当然であった。
「すみません! 次、気をつけます!」
それしか言えない自分が情けなかった。点を取ってチームに貢献することもできず、守りに入れば必ず狙われて穴を作ってしまう。なんとかしたいという気持ちだけが募り、またミスをしてしまう悪循環に陥っていた。
全身の疲労と焦る気持ちを抱いたまま、二日目の練習が終わったのだった。
◇
夕食を摂りシャワーを済ませた雪之丞は、宿舎である剣道部の道場でボールを触りながら一人悄然としていた。
紗綾とお近づきになるチャンスだとか、そんな浮わついたことを考えている場合ではなかった。この二日間で、自分がいかにバスケが下手なのかを思い知らされた。
どうすればもっと上手くなれる? どうすればチームに貢献できる?
思えば、左手を失ったときですらこんなに頭を抱えたりはしなかった。それほど雪之丞にとって、この二日間の自身の不甲斐なさは堪えていたのだ。
「いた! 鳴海―! ちょっといいー?」
風呂上がりでほんの少し頬を上気させた久美子が、雪之丞の顔を覗き込んできた。久美子は女子バスケ部と一緒に柔道部の道場で寝泊りしているため、彼女の突然の来訪に部員たちはそわそわしていた。
「……な、なんすか?」
「なによ、元気ないじゃない! ……わたしの指導が合わなくて辛いとか?」
自分が不甲斐ないだけなのに久美子にいらぬ心配をかけてはいけないと、雪之丞は努めて明るい声を出した。
「そんなことないっすよ? つか久美子先輩、風呂上がりはますますセクシーっすね」
「でしょー? だからわたしが、一人で行ったら危険だと思うの!」
「はい?」
「スマホ、食堂に忘れてきちゃった! 取りに行って欲しいなってお願いしてんの!」
全く困った表情など見せずに、久美子は胸の前で手のひらを合わせた。
「え、俺がっすか?」
「そうそう。あんただったら、不審者が出ても幽霊が出てもやっつけられるでしょ?」
「いやいや幽霊はキツいっすよ。つか、怖いなら一緒について行きますよ?」
「ダメ! それだと意味な……じゃなくて、あんたに襲われる可能性もあるわけだし!」
「……ひでえ」
ところどころ不自然な点もあったが、さっさと済ませて早く寝ようと思った雪之丞は大人しく従うことにした。
ところが、食堂にはスマホらしきものは見当たらなかった。片付けをしてくれた名塚家のシェフか使用人が預かっていると考えるのが妥当だろう。
骨折り損だったな、と溜息を吐いて食堂から出ようと踵を返すと、
「あ、鳴海くん」
耳朶に届いた可愛らしい声に、思わず背筋が伸びた。
「……さ、紗綾先輩!? どうしてここに?」
「わたし? わたしは、久美子にスマホ取って来てって頼まれて……」
久美子が雪之丞を一人で行かせたがった理由がわかった。成程、女子というものは恋愛の話になると、おせっかいになるものだと学習した。
情けないことで悩んでいる格好悪い自分を紗綾の前では見せたくなかった雪之丞は、今は気持ちを切り替えて彼女との時間に集中することに決めた。
「紗綾先輩を一人で行かせるなんて、久美子先輩も悪い女っすね。まあでもせっかくなんで、俺と少し話しませんか?」
内心緊張しながら返事を待っていると、紗綾は扉の方に視線を送った。
「……いいよ。じゃあ、外で話さない? ここだと久美子に聞かれちゃうから」
雪之丞が振り返ると、久美子は決まりが悪そうに頬を掻きながらひょっこり出て来た。
「あー! 久美子先輩!」
「……あはは~、もう邪魔しないから、後は若い者同士で~!」
久美子はそう言って、そのまま走り去ってしまった。
「……えーっと……じゃあ、中庭にでも行きますか?」
後で戻ったときに詳細を根掘り葉掘り聞かれるのは確実だが、とりあえず今は紗綾と二人きりの状況を噛み締めようと思った。
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