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第二Q ザ・レコード・オブ・ジョーズ・グロウス ~合宿編~
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「これからのことを具体的に話すと、鳴海はインハイ予選が終わるまで3ポイントシュートやミドルレンジシュートのような距離のあるシュートはやらないわ。あんたにはまずレイアップシュートとリバウンド、それから……ダンクシュートを覚えてもらおうと思っているの」
「ダンク……」
雪之丞の心臓が大きな音を鳴らした。ダンクシュートはバスケットボールの代名詞で花形とも思えるシュートだったからだ。
「うちはPFの層が薄いから、背が高い鳴海にはゴール近くで働けるようになって欲しいのよ。今言った三つができるようになれば、あんたは間違いなく試合に出られるわ」
久美子は雪之丞の背中を叩いた。
「最初に叩き込むのはレイアップシュートよ。今まで見様見真似でやってきた鳴海にとって、正しいやり方を理解することは上達への近道になると思うわ」
久美子はボールを持って、その場で軽くレイアップシュートの動作をしてみせた。
「打つときは右足から入って、左足で踏み切ること。あんたは左手が使えない分、右手でのボールコントロールを誤ったら外すものだと思いなさい。それに左手という盾がない分、ブロックの餌食になる可能性が高いの。その点も頭に入れておきなさいね」
「ウッス!」
老朽化が激しく普段の練習では使用しない第二体育館に移動して、雪之丞のレイアップシュートの練習は行われた。久美子に手とり足とり指導を受けながら何百本も打った甲斐もあり成功率は上がってきたものの、まだ合格点はもらえなかった。
「次にリバウンドを教えるわ。オフェンスからシュートが放たれたとき、マークした相手をゴールに近づけさせないようにするディフェンスをブロックアウトというの。いい? リバウンドはポジション勝負! いいポジションを取れれば、背が高くなくてもリバウンドは取れる。だからこそ、ブロックアウトで相手よりいいポジションを取ることが何よりも大切になってくるの」
久美子はボールを頭上に投げ上げ、ジャンプの頂点でボールに触って素早く胸元に引きつけた。
「これは一人でもできるリバウンドの練習よ。空いた時間を見つけて、できるだけやっておくようにしておきなさい」
「ブロックアウトか……ウス! 鳴海雪之丞、久美子先輩の指示に従うっす!」
「殊勝な心がけね。じゃ、早速ビシバシやっていくわよ!」
取りやすい位置を体で覚えるために、久美子がわざと外したシュートを取る練習から始めた。両手を使ったキャッチができない雪之丞は、ボールを空中で弾いてしまうミスがどうしても多くなる。ゴール付近でのミスは致命傷に繋がるため、人一倍高い集中力が求められた。
これがひどく雪之丞の体力を消耗させ、膝と右手に蓄積されていく疲労に口数が減っていった。疲れからプレーが雑になっていくと、
「こんなことで怒らせないで! あんたには時間がないの! 日本一になるんでしょ!?」
容赦なく久美子から怒声が飛んできた。なかなかの鬼教官ぶりを見せる彼女の指導は、宇佐美よりもよっぽど厳しいと思った。
ダンクについては久美子が手本を見せられないということもあり、スマホで動画を見てからの口頭指導となった。
「ダンクのしやすい踏み切りの位置は自分で調整しながら、上から叩き込むイメージでやってみて」
何本かやってみた結果、直接ボールを入れられる分レイアップシュートよりは成功率は高かった。しかし高い跳躍力が求められるため、想像よりはるかに体力の消耗が激しかった。
「……はあ、はあ、きっつー……!」
「はい、十分休憩! 休憩終わったら、またレイアップからやるからね!」
ダンクを五本連続で決めたタイミングでようやく休憩をもらえた雪之丞は、久美子から手渡されたスポーツドリンクを夢中で喉の奥に流し込んだ。失った水分と塩分を取り戻すにはまだ全然足りないが、少しだけ体が潤った気がする。
その場に座りこんでぐったりしていると、
「ナイッシューヒデミー! 今のいいよー!」
第一体育館のコートから、溌剌とした女子の高い声が聞こえてきた。
「……紗綾先輩、見られるかもしれねえな……」
少しでも体を休ませておくのが最善策だとはわかっているものの、どうしても紗綾のバスケをしている姿を見たかった雪之丞は第一体育館へと足を運んだ。
扉付近から少しだけ様子を窺ってみると、女子バスケ部はちょうど五対五の試合形式の練習をしているところだった。紗綾は廉のようにプレーで目立つタイプではないものの、雪之丞が見とれたあの美しいシュートフォームで点を決め、ディフェンスではそれほど動いているようには見えないのに最小限の動きで敵のドリブルをカットし、カウンターに持ち込んでいた。
紗綾はクールで、感情を表情に出さない選手に見えた。ポーカーフェイスは敵からは何を考えているのかわからないという利点があるが、ミスした味方へのフォローは下手だという欠点もある。しかし紗綾の静かな闘志と確かな実力はその欠点を補って余りあるようだ。彼女がチームに欠かせない存在であるということが、見ているだけで伝わってくる。
女子の試合をこうしてじっくりと見るのは初めてだが、パワーこそ男子に軍配が上がるものの、スピードとテクニックは決して男に負けていない。むしろ、チームプレーの完成度とコート内の声がけや活気は、女子の方が優っているように思った。
男女関係なくただ一つのボールを追いかけ、敵より一点でも多くの点を取るために個々の持てる技術と卓越したチームプレーが求められるスポーツ、バスケットボール。
「……バスケって、すげえな……」
心の底から思った雪之丞は、自然にそう呟いていた。
「ちょっと鳴海、ここにいたの? ほら、休憩終わりよ、戻りなさい!」
久美子が雪之丞を呼びに来たとき、休憩時間の十分は経過していた。
「あ、すみません! つい夢中になっちまいました!」
約束の時間を過ぎてしまったことを謝ると、久美子は怒るというよりも心配そうな瞳で雪之丞を見上げた。
「……鳴海、あんた……いくら女に飢えているからって……覗きも程々にしないと、訴えられるわよ?」
「ちげーよ!?」
あらぬ誤解を受けた雪之丞は、思わず敬語も忘れて否定したのだった。
「ダンク……」
雪之丞の心臓が大きな音を鳴らした。ダンクシュートはバスケットボールの代名詞で花形とも思えるシュートだったからだ。
「うちはPFの層が薄いから、背が高い鳴海にはゴール近くで働けるようになって欲しいのよ。今言った三つができるようになれば、あんたは間違いなく試合に出られるわ」
久美子は雪之丞の背中を叩いた。
「最初に叩き込むのはレイアップシュートよ。今まで見様見真似でやってきた鳴海にとって、正しいやり方を理解することは上達への近道になると思うわ」
久美子はボールを持って、その場で軽くレイアップシュートの動作をしてみせた。
「打つときは右足から入って、左足で踏み切ること。あんたは左手が使えない分、右手でのボールコントロールを誤ったら外すものだと思いなさい。それに左手という盾がない分、ブロックの餌食になる可能性が高いの。その点も頭に入れておきなさいね」
「ウッス!」
老朽化が激しく普段の練習では使用しない第二体育館に移動して、雪之丞のレイアップシュートの練習は行われた。久美子に手とり足とり指導を受けながら何百本も打った甲斐もあり成功率は上がってきたものの、まだ合格点はもらえなかった。
「次にリバウンドを教えるわ。オフェンスからシュートが放たれたとき、マークした相手をゴールに近づけさせないようにするディフェンスをブロックアウトというの。いい? リバウンドはポジション勝負! いいポジションを取れれば、背が高くなくてもリバウンドは取れる。だからこそ、ブロックアウトで相手よりいいポジションを取ることが何よりも大切になってくるの」
久美子はボールを頭上に投げ上げ、ジャンプの頂点でボールに触って素早く胸元に引きつけた。
「これは一人でもできるリバウンドの練習よ。空いた時間を見つけて、できるだけやっておくようにしておきなさい」
「ブロックアウトか……ウス! 鳴海雪之丞、久美子先輩の指示に従うっす!」
「殊勝な心がけね。じゃ、早速ビシバシやっていくわよ!」
取りやすい位置を体で覚えるために、久美子がわざと外したシュートを取る練習から始めた。両手を使ったキャッチができない雪之丞は、ボールを空中で弾いてしまうミスがどうしても多くなる。ゴール付近でのミスは致命傷に繋がるため、人一倍高い集中力が求められた。
これがひどく雪之丞の体力を消耗させ、膝と右手に蓄積されていく疲労に口数が減っていった。疲れからプレーが雑になっていくと、
「こんなことで怒らせないで! あんたには時間がないの! 日本一になるんでしょ!?」
容赦なく久美子から怒声が飛んできた。なかなかの鬼教官ぶりを見せる彼女の指導は、宇佐美よりもよっぽど厳しいと思った。
ダンクについては久美子が手本を見せられないということもあり、スマホで動画を見てからの口頭指導となった。
「ダンクのしやすい踏み切りの位置は自分で調整しながら、上から叩き込むイメージでやってみて」
何本かやってみた結果、直接ボールを入れられる分レイアップシュートよりは成功率は高かった。しかし高い跳躍力が求められるため、想像よりはるかに体力の消耗が激しかった。
「……はあ、はあ、きっつー……!」
「はい、十分休憩! 休憩終わったら、またレイアップからやるからね!」
ダンクを五本連続で決めたタイミングでようやく休憩をもらえた雪之丞は、久美子から手渡されたスポーツドリンクを夢中で喉の奥に流し込んだ。失った水分と塩分を取り戻すにはまだ全然足りないが、少しだけ体が潤った気がする。
その場に座りこんでぐったりしていると、
「ナイッシューヒデミー! 今のいいよー!」
第一体育館のコートから、溌剌とした女子の高い声が聞こえてきた。
「……紗綾先輩、見られるかもしれねえな……」
少しでも体を休ませておくのが最善策だとはわかっているものの、どうしても紗綾のバスケをしている姿を見たかった雪之丞は第一体育館へと足を運んだ。
扉付近から少しだけ様子を窺ってみると、女子バスケ部はちょうど五対五の試合形式の練習をしているところだった。紗綾は廉のようにプレーで目立つタイプではないものの、雪之丞が見とれたあの美しいシュートフォームで点を決め、ディフェンスではそれほど動いているようには見えないのに最小限の動きで敵のドリブルをカットし、カウンターに持ち込んでいた。
紗綾はクールで、感情を表情に出さない選手に見えた。ポーカーフェイスは敵からは何を考えているのかわからないという利点があるが、ミスした味方へのフォローは下手だという欠点もある。しかし紗綾の静かな闘志と確かな実力はその欠点を補って余りあるようだ。彼女がチームに欠かせない存在であるということが、見ているだけで伝わってくる。
女子の試合をこうしてじっくりと見るのは初めてだが、パワーこそ男子に軍配が上がるものの、スピードとテクニックは決して男に負けていない。むしろ、チームプレーの完成度とコート内の声がけや活気は、女子の方が優っているように思った。
男女関係なくただ一つのボールを追いかけ、敵より一点でも多くの点を取るために個々の持てる技術と卓越したチームプレーが求められるスポーツ、バスケットボール。
「……バスケって、すげえな……」
心の底から思った雪之丞は、自然にそう呟いていた。
「ちょっと鳴海、ここにいたの? ほら、休憩終わりよ、戻りなさい!」
久美子が雪之丞を呼びに来たとき、休憩時間の十分は経過していた。
「あ、すみません! つい夢中になっちまいました!」
約束の時間を過ぎてしまったことを謝ると、久美子は怒るというよりも心配そうな瞳で雪之丞を見上げた。
「……鳴海、あんた……いくら女に飢えているからって……覗きも程々にしないと、訴えられるわよ?」
「ちげーよ!?」
あらぬ誤解を受けた雪之丞は、思わず敬語も忘れて否定したのだった。
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