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りっと

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第一Q 隻腕の単細胞

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 翌日の放課後、雪之丞は期待に胸を膨らませながらジャージに着替えた。いよいよ、バスケ部員として体育館に足を踏み入れるときが来たのだ。

 バスケットボール部は男女別に体育館を半分ずつ使用して練習をしているが、練習試合がある場合や女子が遠征等でいない場合は、男子だけで体育館全面を使って練習できるそうだ。

 女子バスケ部は今日、教室でミーティング兼部員紹介をやるとのことで体育館にはいなかった。体育館を全面使えるのは嬉しいものの、紗綾の姿が見られると期待していた雪之丞は密かに肩を落とした。

 男子バスケ部に入部した一年生は雪之丞を含めて八人だった。バスケの実力は外見だけでは判断できないが、上背だけなら一八六センチある雪之丞が一番高かった。運動部に入ったのは人生初だが、外から見るのと内側から見るのでは印象が全く異なっていると思った。

 先輩たちから感じるのは、ぎらついた獣のような威圧感と、高みを目指し己を磨くことに尽力している空気だ。これに慣れなければやっていけないだろうと本能で悟った。

 そんな先輩部員たちの視線が、自分に集まっていることを感じる。彼らから察知できる感情は、片腕のない雪之丞の存在に対する戸惑いだった。体育館中に蔓延る居心地の悪さに、雪之丞は思わず舌打ちをした。

「全員集合―!」

 主将らしき男の掛け声によって、一年も含めてバスケ部全員が体育館の中心に集められた。

「俺は主将の多田ただだ。沢高バスケ部はまだ全国大会への出場経験がない平凡な県立高校だと認知されているが、今年は違う。絶対に全国に行くという意気込みを持って、日々の練習に取り組んでいる。正直、練習はかなりキツい。やる気のある奴だけこのまま残ってほしい」

 多田の布告を聞いて、帰宅する一年生はいなかった。

「よし。これからも全員が全国を目指す目標を持っていると考え、練習していくからな。じゃあ早速、一年には自己紹介をしてもらう。名前と出身中学、ポジション、それから特技でも聞いておこうか。左から!」

 突然の振りに、一番左に立っていた一年が慌てたように背筋を伸ばした。彼の表情からは非常に緊張した様子が窺える。

「や、矢吹中出身、貞本公平さだもとこうへいです! 中学では、ポインドガードをやっていました! と、特技は……えっと、ノールックパスには自信があります! これを武器にベストガード賞を獲ったこともあります! よ、よろしくお願いします!」

 おおー、と感嘆の声があがった。貞本の自己紹介は片仮名ばかりで雪之丞には何を言っているのか全く理解できなかったが、どうやらすごいことのようだ。

 それからしばらく同じような自己紹介が進んだ。話を聞く限りでは他の一年生は皆バスケ経験者で、初心者は雪之丞一人だけのようだった。

 最後にいよいよ、雪之丞の番が回ってきた。トリを飾れるなんて幸先がいいと思いながら、雪之丞は上機嫌で胸を張った。

「堀口中出身、鳴海雪之丞っす! バスケはやったことないんで、ポジションとかはよくわかんないっす! 特技は早食い! おにぎりなら三秒、ラーメンは醤油なら二十秒でいけるっす! よろしくお願いします!」

 バスケ部一同は雪之丞の声の大きさに驚愕した後、苦笑いを浮かべてまばらに拍手をした。

「……えー、鳴海。俺から一つ質問いいか? 長袖を着ているお前に、一応確認なんだが……お前、左手がないよな?」

 多田が訊きづらそうに声のトーンを落として、雪之丞のぶかぶかになっている左腕のシャツを指差した。

「ウス! 肘の少し上から下が、ないっす!」

「……片手しかないっていうのは、バスケをやる上で大きなハンデになると思うんだが……それでも、やる覚悟はあるのか?」

「ウス! やるからには当然、目標は日本一っす!」

 雪之丞が口にする目標としてはあまりにも現実味を帯びないためか、部員たちは一様にざわついたが、多田は雪之丞の右手を固くがっちりと握ってくれた。

「やる気と情熱のある奴は好きだ。お前を歓迎するぞ鳴海!」

「しゃーす! あざーっす!」

 主将の歓迎の言葉に喜んだ雪之丞だったが、

「……ヤクザの世界って、上下関係が厳しいって本当なんだな……」

 隣に立っていた一年生がぼそりと呟くと、鬼の形相に変化した。

「……あ? 違うって言ってんだろお!?」

 ヤクザという単語を聞いて反射的にドスの効いた声で相手を黙らせた雪之丞のせいで、体育館は一瞬静まり返った。

 やってしまった、と思ったときにはもう遅い。怯えた表情で自分を見るチームメイトを見回しながら、スポーツマンになるための道のりはまだまだ遠いなと思った。
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