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第二章 存在の証明
証明2
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「移植手術が終わって目が覚めたとき、私の人生は決まったも同然でした。凌空先輩が着ていた制服は瀧岡中学校のものでしたから、中高一貫校である瀧岡高校に入るために一心不乱に猛勉強しました」
「……ただでさえ外部入学は大変なのに……頑張ったんだな」
「はい、それはもう。努力が実って入学できて、校内で初めて凌空先輩に会えたときは本当に嬉しかったです。でも、私は一目惚れした体を装いました。先輩には体の弱い内気な私ではなく、『元気で明るい女の子』と認識してもらって恋をはじめたかったからです」
晴陽は息を吐いてから、もう一度背筋を伸ばした。
「だけど……私が菫さんの意思とは関係なく凌空先輩のことが好きだって証明に必要なら、こんな恥ずかしい昔話も曝け出してしまおうかと思いまして。要するに、なりふり構っていられないんです」
このまま凌空から距離を取られて顔も見られなくなってしまう可能性を危惧したら、晴陽が隠しておきたかった過去も、一目惚れした男の子を隠れて写生するなんて変質者まがいの行為をしていたことも、彼に知られて大いに引かれることくらい耐えられると思ったのだ。
「心臓移植後に初めて自分を振り返ってみて、実感しました。昔は食べられなかった納豆が大好きになっていたり、蜘蛛を怖がるようになったり、積極的にクラスメイトと交流しようとしたり、失敗しても切り替えが早かったり……確かに、私の性格や趣味嗜好は前向きで快活だった菫さんの影響を受けているからか、手術前後で変わっていると思います」
事実として認められるくらいに、今の晴陽の足元は安定していた。
「でもそれは心臓をもらって、人生を前向きにやっていこうと誓った私の決意も影響しているんです。ドナーが菫さんじゃなくたって、私は変わっていたはずです」
晴陽はスケッチブックを持つ凌空に一歩近づき、彼の瞳を真っ直ぐに見つめた。
「私はずっと昔から、心臓移植を受ける前から、凌空先輩のことが好きなんです。それだけは、菫さんの影響は関係ないと断言できます」
凌空は晴陽の視線から逃れるように目を逸らした。彼に話す隙も与えずに一方的な自分語りをしているのだ。与えられる情報の多さと、粘着質な好意の押しつけに戸惑うのも致し方ないと思う。
だが、凌空はこの場から逃げようとしなかった。
たとえ目を逸らしたとしても、彼は今もなお晴陽に向き合っている。それは晴陽の話を聞いてくれるという、意思表示の表明に他ならない。
たった一つのその事実が、晴陽に勇気をくれた。
凌空が1%でも好意を持ってくれているのなら、いくらでも頑張れる。
「凌空先輩。美術室まで移動しませんか? 見せたいものがあるんです」
凌空の沈黙を肯定だと捉えた晴陽は、準備室の内扉を開けて彼を美術室まで誘導した。
美術室に足を踏み入れた瞬間、凌空は足を止めた。自惚れが許されるならば、惹き込まれていると形容したいところだ。
「……青い……」
晴陽の手によって彩られた世界が、ふたりを出迎える。
美術室という四角い箱の中の天井と床、四方の壁にはすべて、晴陽が描いた絵画が敷き詰められていた。天井と壁面は空と海をイメージした青色、床は白を基調とした砂浜をイメージした色で。
そして教室の中央にただ一つ置かれたイーゼルには、先日凌空にモデルになってもらった、デッサンだけが終わったキャンバスがかけられている。
「もう一度、出会いからやり直そうと思いまして」
病院で盗み見たあの日ではなく、たとえば空と海がまるで一体化したかのような青く澄んだ世界で出会っていたならば。
勇気を出して自分から彼に声をかけて、会話を成立させていたならば。
目と目を合わせて、これから紡いでいくふたりの物語に胸を弾ませられたならば。
晴陽が理想とする幻想の出会いを起点として新しい関係を築いていけたなら、もう過去とか菫の影響だとか難しいことは何も考えずに、ごくありふれた恋愛がはじめられると思ったのだ。
壁面に貼られた青い絵に触れた。
「本当は四方全部の壁にキャンバスを貼りたかったんですけど、大量のキャンバスを買うお金がなかったので、これらの絵は全部段ボールの上に描いているんです。段ボールに油絵具をそのまま使うとヘナヘナになってしまうので、ジェッソという白色の塗料を塗って補強してから重ね描きしています」
その塗料ですら高校生には決して安価ではなかったけれど、自分の思い描く世界を作りあげるためと考えれば必要な出費だった。
「苦肉の策でしたが、見栄えはそんなに悪くないと思いませんか?」
かかったのは金額だけではない。大量の段ボールに着色を施したので多くの時間と労力を費やした。晴陽の場合、体に負担をかけないために食事や睡眠時間は削ることはできない。だが逆にそれ以外の時間はすべてこの作業時間に充てた。
凌空に二週間近くも会うのを我慢して作り上げた、努力と情熱の結晶とも言える。
その成果もあって凌空はしばらく圧倒されていたようだったが、晴陽の世界に流されないようにだろうか。双眸に力を込めて真正面から晴陽を見据えた。
「……ただでさえ外部入学は大変なのに……頑張ったんだな」
「はい、それはもう。努力が実って入学できて、校内で初めて凌空先輩に会えたときは本当に嬉しかったです。でも、私は一目惚れした体を装いました。先輩には体の弱い内気な私ではなく、『元気で明るい女の子』と認識してもらって恋をはじめたかったからです」
晴陽は息を吐いてから、もう一度背筋を伸ばした。
「だけど……私が菫さんの意思とは関係なく凌空先輩のことが好きだって証明に必要なら、こんな恥ずかしい昔話も曝け出してしまおうかと思いまして。要するに、なりふり構っていられないんです」
このまま凌空から距離を取られて顔も見られなくなってしまう可能性を危惧したら、晴陽が隠しておきたかった過去も、一目惚れした男の子を隠れて写生するなんて変質者まがいの行為をしていたことも、彼に知られて大いに引かれることくらい耐えられると思ったのだ。
「心臓移植後に初めて自分を振り返ってみて、実感しました。昔は食べられなかった納豆が大好きになっていたり、蜘蛛を怖がるようになったり、積極的にクラスメイトと交流しようとしたり、失敗しても切り替えが早かったり……確かに、私の性格や趣味嗜好は前向きで快活だった菫さんの影響を受けているからか、手術前後で変わっていると思います」
事実として認められるくらいに、今の晴陽の足元は安定していた。
「でもそれは心臓をもらって、人生を前向きにやっていこうと誓った私の決意も影響しているんです。ドナーが菫さんじゃなくたって、私は変わっていたはずです」
晴陽はスケッチブックを持つ凌空に一歩近づき、彼の瞳を真っ直ぐに見つめた。
「私はずっと昔から、心臓移植を受ける前から、凌空先輩のことが好きなんです。それだけは、菫さんの影響は関係ないと断言できます」
凌空は晴陽の視線から逃れるように目を逸らした。彼に話す隙も与えずに一方的な自分語りをしているのだ。与えられる情報の多さと、粘着質な好意の押しつけに戸惑うのも致し方ないと思う。
だが、凌空はこの場から逃げようとしなかった。
たとえ目を逸らしたとしても、彼は今もなお晴陽に向き合っている。それは晴陽の話を聞いてくれるという、意思表示の表明に他ならない。
たった一つのその事実が、晴陽に勇気をくれた。
凌空が1%でも好意を持ってくれているのなら、いくらでも頑張れる。
「凌空先輩。美術室まで移動しませんか? 見せたいものがあるんです」
凌空の沈黙を肯定だと捉えた晴陽は、準備室の内扉を開けて彼を美術室まで誘導した。
美術室に足を踏み入れた瞬間、凌空は足を止めた。自惚れが許されるならば、惹き込まれていると形容したいところだ。
「……青い……」
晴陽の手によって彩られた世界が、ふたりを出迎える。
美術室という四角い箱の中の天井と床、四方の壁にはすべて、晴陽が描いた絵画が敷き詰められていた。天井と壁面は空と海をイメージした青色、床は白を基調とした砂浜をイメージした色で。
そして教室の中央にただ一つ置かれたイーゼルには、先日凌空にモデルになってもらった、デッサンだけが終わったキャンバスがかけられている。
「もう一度、出会いからやり直そうと思いまして」
病院で盗み見たあの日ではなく、たとえば空と海がまるで一体化したかのような青く澄んだ世界で出会っていたならば。
勇気を出して自分から彼に声をかけて、会話を成立させていたならば。
目と目を合わせて、これから紡いでいくふたりの物語に胸を弾ませられたならば。
晴陽が理想とする幻想の出会いを起点として新しい関係を築いていけたなら、もう過去とか菫の影響だとか難しいことは何も考えずに、ごくありふれた恋愛がはじめられると思ったのだ。
壁面に貼られた青い絵に触れた。
「本当は四方全部の壁にキャンバスを貼りたかったんですけど、大量のキャンバスを買うお金がなかったので、これらの絵は全部段ボールの上に描いているんです。段ボールに油絵具をそのまま使うとヘナヘナになってしまうので、ジェッソという白色の塗料を塗って補強してから重ね描きしています」
その塗料ですら高校生には決して安価ではなかったけれど、自分の思い描く世界を作りあげるためと考えれば必要な出費だった。
「苦肉の策でしたが、見栄えはそんなに悪くないと思いませんか?」
かかったのは金額だけではない。大量の段ボールに着色を施したので多くの時間と労力を費やした。晴陽の場合、体に負担をかけないために食事や睡眠時間は削ることはできない。だが逆にそれ以外の時間はすべてこの作業時間に充てた。
凌空に二週間近くも会うのを我慢して作り上げた、努力と情熱の結晶とも言える。
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