上 下
14 / 41
第一章 愛の証明

してほしいこと

しおりを挟む
「凌空先輩。寂しいとは思いますが……私はそろそろお暇させていただきます」

「駅まで送る。準備するから待ってろ」

「いえ、大丈夫です! すぐ近くまで親が迎えに来てくれるので」

「……親公認の行動なのか」

 靴を履いてから凌空に向き直った晴陽は、ポケットから一本の鍵を取り出した。

「凌空先輩、プレゼントです! 私の家の合鍵を渡すので、いつでも家に来てくださいね」

「勝手な真似したらご両親が泣くぞ」

 軽い冗談のつもりだったが物凄く冷たい口調で引かれてしまった。苦笑しながら鍵をポケットに戻し、代わりに小さな箱を差し出した。

「じゃーん! こっちが本当の誕生日プレゼントです。受け取ってもらえますか?」

 戸惑いながらも受け取ってくれた凌空に開封を促した。彼の細くて長い指がリボンを解く。箱を開けると、中からハンドクリームが取り出された。

「本当はもっと、凌空先輩の美しさに見合う高価なアクセサリーとか、自分で育てた羊の毛で紡いだ手作りのマフラーとかをあげたかったんですけど……すみません。時間も経済力も足りませんでした」

「いや、全然いらないけど。ハンドクリームの方が嬉しいけど」

 真面目な顔で即答され、羊はともかく蚕なら買えるのではないかと思って本気で調べていた自分が馬鹿らしくなって肩を落とした。それでも、ハンドクリームを嬉しいと言ってくれたことには素直に胸が弾んだ。

「凌空先輩は頭のてっぺんから足のつま先まで綺麗なのに、自分の顔にも体にも無頓着でしょう? もっと自分を労わって大切にしてほしいって思ったんです!」

 その胸元に飾られたネックレスとは比較にならないほど安価だが、凌空は晴陽の予想よりもずっと驚き、そして喜んでくれているように見えた。

「……ありがとう。でも、ごめん。俺は晴陽にプレゼントとか何も用意してない」

「いいんです! 私があげたくて勝手に用意しただけですし、そもそも強引に家に押しかけて来たわけですから」

「それじゃあ俺の気が済まない。なんでもするから、してほしいこと言って」

 凌空は晴陽から猛烈アピールされているときは氷のように冷たいが、基本的には律儀な性格をしている。そんな凌空をとても素敵だと思っているのに、彼に嫌われるような真似はしたくないのに、色欲の悪魔がここぞとばかりに桃色の展開を囁いてくる。

『夜、親のいない家、ふたりきり』というシチュエーションが、笑いながら晴陽に誘惑を仕掛けてくる。

「じゃ、じゃあ凌空先輩、私に……」

 普段は鉄壁のガードで固めているくせに、自分を好いている女の前で愚かな発言をしてしまった凌空の隙を突いてやろう。

「私に、凌空先輩の肖像画を描かせてください」

 そう思ったのも、一瞬のことだ。

 今世紀最大の好機を前に下心なんて消え去って当然、凌空を一目見た瞬間から抱いてきた最大の望みに勝るわけもなかった。

「……『私を特別に想ってくれている先輩を描きたい』とかなんとか言ってなかった? 俺、晴陽を好きだって言ったつもりはないんだけど」

「だって、ずっと前から抱き続けてきた私の悲願なんですよ? ちゃんとした恋人同士になってからでも描く機会はありますしね!」

 恋人という肩書や両想いだという確信がなくても、一秒でも早く描きたいと望まずにはいられなかった。

 ――今日までずっと我慢してきたことが、どうして急に堪えられなくなったのか。

 晴陽は『誰か』に急かされているような感覚を覚えた。

「……わかった。いつ、どこで描くつもりだ?」

「やった! 一日でも早い方がいいです! 明日の冬期講習の後はどうですか⁉」

 ぽつりと、静かに許可を口にする凌空に抱きつきたい衝動を堪えて、前のめりで返答した。

 瀧岡高校では長期休みになると講習が始まり、生徒は余程の事情がない限りは強制参加を余儀なくされる。

 三年生は終日、一、二年生は午前中が講習の時間に当てられ、部活動がある者は午後から参加する形になっている。美術部は冬休み中は完全に休みだが、諏訪部先生に言えば美術室を使用することはできる。

「じゃあ、講習が終わったら連絡して。美術室に行けばいいのか?」

「はい! ありがとうございます! 嬉しすぎてオシッコ漏らしそうです!」

「ここで漏らしたら金輪際、俺に接触することを禁止するからな」

 冷ややかな目で威嚇された晴陽だったが、緩みっぱなしの顔を締めることができずに凌空に溜息を吐かれたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

就職面接の感ドコロ!?

フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。 学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。 その業務ストレスのせいだろうか。 ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。

若妻の穴を堪能する夫の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

思い出を売った女

志波 連
ライト文芸
結婚して三年、あれほど愛していると言っていた夫の浮気を知った裕子。 それでもいつかは戻って来ることを信じて耐えることを決意するも、浮気相手からの執拗な嫌がらせに心が折れてしまい、離婚届を置いて姿を消した。 浮気を後悔した孝志は裕子を探すが、痕跡さえ見つけられない。 浮気相手が妊娠し、子供のために再婚したが上手くいくはずもなかった。 全てに疲弊した孝志は故郷に戻る。 ある日、子供を連れて出掛けた海辺の公園でかつての妻に再会する。 あの頃のように明るい笑顔を浮かべる裕子に、孝志は二度目の一目惚れをした。 R15は保険です 他サイトでも公開しています 表紙は写真ACより引用しました

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

処理中です...