7 / 41
第一章 愛の証明
離れてなんかやらない
しおりを挟む
「それにしても、凌空先輩と一緒に歩く道はいつもよりも煌びやかに見えますね!」
「大袈裟だな。それより晴陽、体は痛くないのか?」
「凌空先輩を見ていたら、痛みなんて吹き飛んでしまいましたよ!」
凍てつくような視線を感じる。本気で心配しているのにふざけるとは何事だ、とお怒りのようだ。
「痛みはあんまりないんですけど……私、実は体があんまり強くなくて。さっきの衝撃がどこかに影響していると怖いので、一応病院には行くつもりです」
「そうだったのか……」
「あ、凌空先輩は気にしないでくださいね? むしろ鍛えなきゃいけないなって実感したので、これからは筋トレに励むつもりです!」
力こぶを作るポーズをしてみたが、元々ないものは作れやしない。貧相な二の腕を凌空は無言で見つめていた。
「……体が弱いなんて知らなかった。本当に、ごめん」
「凌空先輩が謝る必要はないんですって! もうこの話は終わりです! もっと楽しい話をしましょうよ! あ、私の一発芸でも見ますか? 草を食むラクダの顔!」
もそもそと口を動かしてラクダを模する晴陽を華麗にスルーした凌空は、晴陽が持っていたキャンバスバッグを指差した。
「晴陽って美術部なんだろ?」
「はい! 知っててくれたんですか? 光栄です!」
「俺がどれだけ付きまとわれていると思ってる? 興味なんてなくても、君が勝手に喋るから覚えたんだよ。そのバックの中に入っている絵は無事か?」
「あ、はい。ちょっと待ってくださいね」
キャンバスバッグの中身を取り出して、状態を確認した。
「えーっと……はい、大丈夫みたいです。まあまだデッサンの段階なので、破けていても問題ないんですけど」
「……もしかしたら晴陽って結構、上手い方か?」
まだ背景しか描き込んでいないこの写実絵画に、晴陽の自惚れでなければ凌空は見入っているように思われた。
「私には、いつか凌空先輩を描くって夢があるんです」
凌空に褒められたことが嬉しくて浮かれてしまったのか、つい零していた。
「……モデルとかはやりたくないけど、描くだけなら別に……好きに描けばいいだろ」
「それじゃダメなんです。私を特別に想ってくれている先輩とふたりきりの空間で、私だけに向けられた顔や吐息や衣擦れの音をキャンバスに載せたいんですよ。その絵を描き上げなければ、死んでも死にきれないとすら思っているんです」
人生で必ず成し遂げたい悲願。それを真正面から聞かされた凌空の大きな瞳が、キャンバスから晴陽に移動した。
何を考えているのかわからない澄んだ眼差しに、少しだけ怯む。
思わず熱弁してしまったけれど、気持ち悪いと思われただろうか。どれだけ振られても何度でも立ち上がる精神を持ち合わせている晴陽だが、この夢だけは、全力で拒否されたら膝から崩れ落ちるくらいのダメージを食らう自信がある。
凌空の唇が動く気配を見せたので、晴陽は身構えた。
「……わかった、いいよ。行こうか、デート」
あまりにも予想していなかった言葉に、目を瞬かせた。
「……い、今なんて?」
「何度も言わせんな。っつーか、嫌ならやめるけど」
幸せ預金がまだゼロになっていなかったのは良かったが、今ので間違いなくマイナスになってしまった。大きすぎる幸福予報に晴陽の体がついていかない。空も飛べるくらいに嬉しいのに、動揺して心臓が早鐘を打ち、変な汗まで掻いてきた。
「い、嫌なわけないじゃないですか! でも、どうしてその気になってくれたんですか?」
「別に晴陽に心が動いたからじゃないし、今日のお礼がしたいわけでもない。ただ……昔、君と同じことを言った奴がいて……ちょっと、そいつとの間にしこりが残ったままだったから」
女性不信の理由を尋ねた際にも感じた焦りが、再び胸に宿る。
あのときは母親が原因だと言われ、凌空の元カノや好きだった人ではなかったことに安心していた。
だけど、今の話はどう考えたって母親のことを指してはいない。晴陽と同じように、凌空に恋い焦がれた人間の発言が、彼の心に痕を残しているということだ。
それがどうしようもなく羨ましくて、嫉妬してしまう。
「俺は自分のことしか考えていない。俺の都合で、晴陽を振り回している。幻滅したか?」
そう言って晴陽を見つめる凌空はやっぱり、とても綺麗で。
嫉妬に駆られている暇なんてないと思った晴陽はかぶりを振って、白い歯を見せた。
「いいえ。私は自分の気持ちに正直なあなたのことが、好きですから」
どんな理由であれ、凌空とデートができるのだ。晴陽にとっては僥倖でしかないはずだ。
気合を入れてデートプランを練りに練って、凌空を振り向かせることだけに心血を注いだ方が絶対に建設的だ。
「せっかくチャンスをもらったんです! 絶対に凌空先輩を楽しませてみせますからね! 乞うご期待です!」
「……まあ、期待してないけど」
晴陽は凌空が好きだ。離れてなんかやらない。
執着とも呼べるほどの愛の出処もエネルギーも、この先どう証明していくのか。
現時点では、晴陽自身もわかっていない。
「大袈裟だな。それより晴陽、体は痛くないのか?」
「凌空先輩を見ていたら、痛みなんて吹き飛んでしまいましたよ!」
凍てつくような視線を感じる。本気で心配しているのにふざけるとは何事だ、とお怒りのようだ。
「痛みはあんまりないんですけど……私、実は体があんまり強くなくて。さっきの衝撃がどこかに影響していると怖いので、一応病院には行くつもりです」
「そうだったのか……」
「あ、凌空先輩は気にしないでくださいね? むしろ鍛えなきゃいけないなって実感したので、これからは筋トレに励むつもりです!」
力こぶを作るポーズをしてみたが、元々ないものは作れやしない。貧相な二の腕を凌空は無言で見つめていた。
「……体が弱いなんて知らなかった。本当に、ごめん」
「凌空先輩が謝る必要はないんですって! もうこの話は終わりです! もっと楽しい話をしましょうよ! あ、私の一発芸でも見ますか? 草を食むラクダの顔!」
もそもそと口を動かしてラクダを模する晴陽を華麗にスルーした凌空は、晴陽が持っていたキャンバスバッグを指差した。
「晴陽って美術部なんだろ?」
「はい! 知っててくれたんですか? 光栄です!」
「俺がどれだけ付きまとわれていると思ってる? 興味なんてなくても、君が勝手に喋るから覚えたんだよ。そのバックの中に入っている絵は無事か?」
「あ、はい。ちょっと待ってくださいね」
キャンバスバッグの中身を取り出して、状態を確認した。
「えーっと……はい、大丈夫みたいです。まあまだデッサンの段階なので、破けていても問題ないんですけど」
「……もしかしたら晴陽って結構、上手い方か?」
まだ背景しか描き込んでいないこの写実絵画に、晴陽の自惚れでなければ凌空は見入っているように思われた。
「私には、いつか凌空先輩を描くって夢があるんです」
凌空に褒められたことが嬉しくて浮かれてしまったのか、つい零していた。
「……モデルとかはやりたくないけど、描くだけなら別に……好きに描けばいいだろ」
「それじゃダメなんです。私を特別に想ってくれている先輩とふたりきりの空間で、私だけに向けられた顔や吐息や衣擦れの音をキャンバスに載せたいんですよ。その絵を描き上げなければ、死んでも死にきれないとすら思っているんです」
人生で必ず成し遂げたい悲願。それを真正面から聞かされた凌空の大きな瞳が、キャンバスから晴陽に移動した。
何を考えているのかわからない澄んだ眼差しに、少しだけ怯む。
思わず熱弁してしまったけれど、気持ち悪いと思われただろうか。どれだけ振られても何度でも立ち上がる精神を持ち合わせている晴陽だが、この夢だけは、全力で拒否されたら膝から崩れ落ちるくらいのダメージを食らう自信がある。
凌空の唇が動く気配を見せたので、晴陽は身構えた。
「……わかった、いいよ。行こうか、デート」
あまりにも予想していなかった言葉に、目を瞬かせた。
「……い、今なんて?」
「何度も言わせんな。っつーか、嫌ならやめるけど」
幸せ預金がまだゼロになっていなかったのは良かったが、今ので間違いなくマイナスになってしまった。大きすぎる幸福予報に晴陽の体がついていかない。空も飛べるくらいに嬉しいのに、動揺して心臓が早鐘を打ち、変な汗まで掻いてきた。
「い、嫌なわけないじゃないですか! でも、どうしてその気になってくれたんですか?」
「別に晴陽に心が動いたからじゃないし、今日のお礼がしたいわけでもない。ただ……昔、君と同じことを言った奴がいて……ちょっと、そいつとの間にしこりが残ったままだったから」
女性不信の理由を尋ねた際にも感じた焦りが、再び胸に宿る。
あのときは母親が原因だと言われ、凌空の元カノや好きだった人ではなかったことに安心していた。
だけど、今の話はどう考えたって母親のことを指してはいない。晴陽と同じように、凌空に恋い焦がれた人間の発言が、彼の心に痕を残しているということだ。
それがどうしようもなく羨ましくて、嫉妬してしまう。
「俺は自分のことしか考えていない。俺の都合で、晴陽を振り回している。幻滅したか?」
そう言って晴陽を見つめる凌空はやっぱり、とても綺麗で。
嫉妬に駆られている暇なんてないと思った晴陽はかぶりを振って、白い歯を見せた。
「いいえ。私は自分の気持ちに正直なあなたのことが、好きですから」
どんな理由であれ、凌空とデートができるのだ。晴陽にとっては僥倖でしかないはずだ。
気合を入れてデートプランを練りに練って、凌空を振り向かせることだけに心血を注いだ方が絶対に建設的だ。
「せっかくチャンスをもらったんです! 絶対に凌空先輩を楽しませてみせますからね! 乞うご期待です!」
「……まあ、期待してないけど」
晴陽は凌空が好きだ。離れてなんかやらない。
執着とも呼べるほどの愛の出処もエネルギーも、この先どう証明していくのか。
現時点では、晴陽自身もわかっていない。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
思い出を売った女
志波 連
ライト文芸
結婚して三年、あれほど愛していると言っていた夫の浮気を知った裕子。
それでもいつかは戻って来ることを信じて耐えることを決意するも、浮気相手からの執拗な嫌がらせに心が折れてしまい、離婚届を置いて姿を消した。
浮気を後悔した孝志は裕子を探すが、痕跡さえ見つけられない。
浮気相手が妊娠し、子供のために再婚したが上手くいくはずもなかった。
全てに疲弊した孝志は故郷に戻る。
ある日、子供を連れて出掛けた海辺の公園でかつての妻に再会する。
あの頃のように明るい笑顔を浮かべる裕子に、孝志は二度目の一目惚れをした。
R15は保険です
他サイトでも公開しています
表紙は写真ACより引用しました
【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。
スタジオ.T
青春
幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。
そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。
ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。
就職面接の感ドコロ!?
フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。
学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。
その業務ストレスのせいだろうか。
ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる