Satanic express 666

七針ざくろ

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第八話 ~かくして少女は鬼神となる~ ②

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―セルリアン家・応接間(夕方)―

       狂気の宴が終わり、踊り疲れて倒れたメイドや参加者たちの回復を
       待ってから審査結果を発表するために皆が応接間へと集められた。
       参加者たちの前に合格者の名前が書かれたであろう紙を持ったアナ
       がAJとイーグルを従えてやってきた。
ア ナ 「皆さんお疲れ様。では優秀賞の発表から」
       彼女の言葉に参加者たちはにわかにざわついた。
       周囲の状況に慌てふためいたアナにAJが耳打ちをした。
A J 「(小声)やっぱり、必要無かったんですよ」
ア ナ 「(小声)でもぉ… みんな良かったから」
       AJはやれやれと小さく首を振りそれ以上は何も言わなかった。
ア ナ 「ちょっと静かに! 優秀賞の人には賞金として100万カーネを進呈す
     るけど、これは今回のオーディションでこちらが求めた物とは違うけど
     素晴らしい才能を持っていると判断した人に私からのささやかな今後の
     応援としてあげるものだから」
       前置きをしてから彼女は手にした紙に目を落とした。
ア ナ 「では… レイラ・ドミノ・クラプトンさん。ポール・レヴィンさん。
     チャド・アンダーソンさん。以上の三人が優秀賞」
A J 「どうぞ前へ」
       レイラ・ポール・チャドの三人は驚いて互いに顔を見合いながら前
       へと歩み出た。
ア ナ 「次は残念賞。これはケイ・キューさん」
ケ イ 「えっ…」
       再び参加者たちがざわついた。
A J 「(小声)やっぱり名前が悪いですよ」
       AJに小言を言われながらもアナはわざと大きく咳払いをして場を
       静めさせた。
ア ナ 「名前はアレかもしれないけど、悪いもんじゃんじゃないから」
       少しうつむいて頭巾で顔が見えなくなったケイは体を震わせながら
       黙って立ち止まっていた。
ケ イ 「そんなの… いらないっ!」
       ケイは顔を押さえながら部屋を飛び出していった。
シテツ 「ケイ! 待って!」
       シテツも彼女の後を追って部屋を駆け出していった。



―セルリアン家屋敷前(夕方)―

       息を切らせたシテツが大きな門の前へと走ってくると、その傍らで
       ケイが小さく体を丸めて泣いていた。
シテツ 「ケイ?」
ケ イ 「(涙声)一人にして…」
       シテツはケイの横に歩み寄り、そっと肩に手を回した。
       彼女の手の温もりがケイの中の悲しみを少しだけ溶かした。
シテツ 「私は良かったと思うけど。大丈夫、次があるよ」
ケ イ 「(涙声)そんな気休め… いいよ…」
       何度も深呼吸をしてケイは溢れ出る涙を止めた。
ケ イ 「(涙声)アタシ… 自分で負けたって……」
       彼女はそれだけ言うのが精一杯で、すぐに涙を止めることもできな
       くなった。



―ケイのアパート(夕方)―

       脚に力が入らないケイの肩を抱きながらシテツが彼女を部屋の前へ
       と送っていった。
シテツ 「本当に大丈夫?」
       彼女の問いかけにケイは小さくうなずいただけだった。
       そして、彼女はそのままシテツに何も言わず隠れるように部屋の中
       へと入っていった。



―ケイの部屋(夕方)―

       部屋へと帰ってきたケイはすぐに床にうつ伏せに寝転がり、まだ目
       の奥に残っていた涙を流し続けた。


       いつの間にか眠ってしまっていた彼女が目を覚ました時、カーテン
       を閉め切った薄暗い部屋は日にちも時間も分からなくなっていた。
       彼女は起き上がりボーッとした頭で当てもなく部屋を歩き始めた。
       すると、落ちていたリモコンを踏んでしまいテレビの画面が明るく
       なった。
       不意に差し込んだ光に彼女が目を向けると、デモニック航空のCM
       が流れていた。光を放つ画面の中には空港でダンサーを引き連れて
       踊るQ太郎が居た。
ケ イ 「嫌ぁアァァーァっ!」
       全身の毛が逆立ったケイは突発的に叫びながらテレビを倒し何度も
       踏みつけた。
       現実を認めたくなかった彼女はその後も部屋中を暴れ回った。



―ケイのアパート(朝)―

       時は経ち、果物が詰まった見舞い用のバスケットを持ったシテツが
       ケイの部屋の前で立ち往生していた。
       いくらチャイムを鳴らしてもドアを叩いても部屋の中からの返事が
       来なかったのだ。
       最後の賭けとして彼女はドアノブに手を掛けた。
       すると、ドアはスッと軽く開いた。
シテツ (……空いてる)
       彼女は恐る恐る中を覗き込んだ。



―ケイの部屋(朝)―

シテツ 「お邪魔しま~す… ケイ? 居るの?」
       ドアの隙間から顔を覗かせたシテツが見た物は家具や食器がメチャ
       メチャに壊された部屋だった。
       力が抜けた彼女の手からバスケットがドサッと落ちた。
シテツ 「何… うっ、臭っ……」
       惨状を目の当たりにした彼女の目を塞ぐように気持ち悪い湿気と肉
       が腐ったような匂いが彼女の顔にまとわりついた。
シテツ 「ケイ、居るの! 無事なの!」
       不安に駆られた彼女は不快な空気を振り払いながら薄暗い部屋の中
       へと入っていった。

       恐怖に耐えながら部屋を見て回ったシテツはある物に気が付いた。
       部屋の隅、壁にもたれかかるように座り込んだ人型の何かがそこに
       あった。
シテツ 「ケイ… なの?」
       少しずつ近づいてみると、それはひどくやつれていたが確かにケイ
       だった。あの日から着の身着のままで衣服や頭巾にはカビや小さな
       キノコが何本か生えていた。
シテツ 「ケイ! どうしたの!」
       驚いたシテツは彼女の両肩を掴んで声を掛けた。
       しかし、彼女は光を失った焦点が合っていない目を微かに動かした
       だけだった。
シテツ 「あれから半月もこのままだったの?」
ケ イ 「ぅ… あぁ… アタシ… このままキノコになる……」
シテツ 「何バカなこと言ってんの!」
       とても冗談で言っているように見えない半キノコ霊人の彼女の頭巾
       に生えたキノコをシテツは払い落とした。
シテツ 「そうだ… 病院行くよ!」
       彼女は既に立ち上がれなくなっていたケイを背負って部屋を出た。



―ハッピーイエロークリニック・ロビー―

       ケイを背負ったままのシテツがクリニックへと転がり込んできた。
シテツ 「すみません! 助けてください!」
       携帯ゲーム機で遊びながら受付カウンターで待機をしていたJBが
       顔を上げた。
J B 「あら、シテツちゃん! 今日はどうしたの?」
       嬉しそうな笑顔を見せた彼女へシテツは脇目も振らずにすがり付く
       ように詰め寄った。
シテツ 「先生を、先生をお願いします!」
       必死な彼女にJBは困り顔を見せた。
J B 「…そう言われてもね。先生は今セーターを編んでいるから」
シテツ 「お願いします! 彼女を助けてください!」
       叫ぶようにJBに頼みながらシテツは背中のケイを彼女に見せた。
       その生気が抜けた痛々しい姿を見たJBの顔から笑みが消え、彼女
       はすぐにスタンドマイクに手を伸ばした。
J B 「先生、急患です。診察をお願いいたします」
       院内に彼女の声が放送されると、彼女はシテツを見た。
J B 「よく連れてきてくれたわね。ありがとう」
       一声掛けると彼女はシテツに優しく微笑んだ。
       すると、廊下の奥からペタペタとスリッパの足音が近づいてきた。
先 生 「ったく… これから寒くなるって時に……」
       黄色い毛糸でセーターを編みながら先生がロビーに来るとシテツと
       目が合った。
先 生 「小娘… お前かよ」
シテツ 「いいえ、私じゃなく彼女を助けてください」
       シテツは先生にケイを見せると、そのまま膝を床に突き土下座する
       ように頭を下げた。
先 生 「あん? どれどれ……」
       先生はケイを観察すると口を固く結んだ。
先 生 「なるほどな… 小娘、顔を上げろ。いい物をやる」
       言われるままシテツが顔を上げると、先生は編み途中のセーターを
       脇に抱え、ポケットから何かを取り出して彼女に投げ渡した。
       シテツの前に小さなスプーンが高い音を立てて落ちた。
シテツ 「何でスプーン…」
       彼女はすぐにハッとした。
シテツ 「まさか… 匙を投げたとか言うんじゃないですよね……」
先 生 「本当に投げたから言わねえよ」
       先生はすぐに編み物を再開した。ケイを診る気が無い彼にシテツは
       絶望し黙って下を向いた。
先 生 「お前が俺を頼ってきた事は正解だ。ただな、そいつは非常にデリケート
     で危険な状況だ、残念だが俺でもどうなるか分からない」
J B 「そこまで精神崩壊を…」
先 生 「いや、そんなちゃちなレベルじゃねえ… その子の世界が崩壊しかけて
     いる、だから部外者の俺が触り所を間違えれば泡のようにその子の自我
     も何もかもが一瞬で消滅する」
       彼の説明にJBも言葉を失った。
       静まりかえったロビーに静かにすすり泣く声が響き始めた。
先 生 「お前、前に来た時もそうだったけど… そうやって泣けば診てもらえる
     と思ってんだろ」
シテツ 「(涙声)いいえ… でも…… ケイを… 助けたくて…」
       シテツはだんだんと声を上げて泣き始めた。
シテツ 「(涙声)ケイが… こうなったの… 私のせいなんです! 私が余計な
     事をしたから、ケイを傷つけちゃったんです!」
       神に懺悔をするように彼女は先生に訴えかけた。
       その時、ケイの目だけがシテツの方へ微かに動いた。
先 生 「じゃあ、お前がなんとかしろ」
シテツ 「(涙声)ごめんなさい! ごめんなさい! お願いします! どうか、
     助けてください!」
       必死で懇願を続ける彼女の背中でケイの口が動き始めた。
ケ イ 「アンタの… せいじゃない…」
       シテツの泣き声に消されそうな言葉が彼女の口から出てきた。
       その声がハッキリと聞こえたシテツはハッと泣くのを忘れ、先生は
       編み棒を動かす手を止めた。
ケ イ 「大丈夫… 下ろして……」
       彼女はシテツの背中から降りるとフラフラと立った。
先 生 「大丈夫か」
ケ イ 「はい… アタシの自業自得です……」
       自力で立ち上がっては居るが、彼女の顔にはまだ生気は戻ってきて
       いなかった。
先 生 「……話を聞こう。死ぬにしてもハッピーな死に方を選べるかもしれない
     からな」
ケ イ 「はい…」
       先生は編みかけのセーターをJBに渡してからケイの肩を抱き彼女
       を診察室へと連れて行った。



―クリニック・診察室―

       先生は割れ物を扱うようにケイを優しく丁寧に椅子へと座らせた。
       そして、自分は向かいのデスクにどっかりと足を組み座った。
先 生 「俺はドクターのイエロー・アンビュランスだ」
ケ イ 「よろしくお願いします…」
先 生 「端的に聞こう、俺は今の君に何ができる?」
       彼の問いにケイはピクリとも動かず、座らされた時の状態のままで
       しばらく黙っていた。
ケ イ 「睡眠薬をください…」
先 生 「何年分欲しい」
ケ イ 「今飲めるだけ…」
先 生 「分かった… 君がそれがハッピーだと言うのなら仕方ない」
       彼はデスクに向かいサラサラと書類を書き始めた。
先 生 「確実に死ねる量で処方箋を書いておいたぜ」
       彼は椅子をクルッと回して振り返りケイの顔を見た。
先 生 「ただ、コイツを君に渡すには君のカルテを書かなきゃならん。ちょっと
     でいい、話してくれないか?」
       ケイは相変わらず人形のように動かなかった。
ケ イ 「オーディションで落ちたんです…」
先 生 「何のヤツだ」
ケ イ 「デモニック航空のCMです」
先 生 「それは、アレか? あのアナゴくちびるが空港で踊ってるヤツ」
ケ イ 「はい」
       先生は困ったようにため息をついた。
先 生 「それは相手が悪かったな… アイツはくちびるも踊りも化け物だ。別に
     気にすんなよ」
ケ イ 「他にも勝てないと思った人が居たんです」
先 生 「そうか…」
       先生は腕を組んで真っ直ぐケイの顔を見た。
先 生 「死ぬ気の君に言っても傷口は広がらないから、あえて言わせてもらう。
     そんな事ってよくあるもんじゃないのか?」
ケ イ 「はい… それでアタシの運命が破綻してるんです」
先 生 「運命?」
ケ イ 「アタシはアイドルになる運命なんです。職業でなく文字通り偶像として
     崇拝されるはずなんです」
       今の人形のような彼女からはその言葉の熱量を計ることができず、
       先生は悩んだ。
先 生 「それは根拠があって言ってるんだよな?」
ケ イ 「根拠… というよりも、自然とそういう生き方になっていました。自然
     と人の中心に立っていて… 最初は学芸会の主役のお姫様で、部活では
     初心者なのに部長でキャプテン、学校イチの不良が生徒会長…… 
     全部そう、自然とでした」
       先生は彼女の話を聞くとニヤリと笑みを浮かべた。
先 生 「スマン、話が変わった。君にあの処方箋は渡せねえ」
ケ イ 「どうして…」
先 生 「今からオーディションを行うからだ」
       先生の言葉にケイの体がピクッと動いた。
先 生 「これは君が偶像… いや神様にふさわしいかのオーディションだ。俺は
     アイドルはよく分からんが、神の事はよく知っている」
ケ イ 「神様…」
先 生 「そう… なぜならぁ、俺が神様だから。君を審査してやる」
       ケイは戸惑い目を泳がせた。
先 生 「どうした? 偉そうなこと言って、口だけか?」
       煽られたケイの目に光が戻り、先生を睨み付けた。
先 生 「よく居るんだよなぁ… 神様ぶってるただの霊人」
       先生が更に煽るとケイはバッと立ち上がった。
ケ イ 「アタシは本物のアイドルですっ!」
       彼女は座っていた椅子を蹴り飛ばし、ポーズを取った。
ケ イ 「行きます!」
先 生 「おう」
       バックに音楽はかかっていなかったが、アナの屋敷で見せたような
       キレのあるダンスを始めた彼女は踊りながら歌い始めた。
先 生 「ヤメロ、ヤメロ。もういい」
       彼女が1コーラス歌った所で先生は止めさせた。
       驚いて振り付けのポーズのまま固まった彼女を見下ろすように先生
       は椅子から立ち上がった。
先 生 「おい、テメェ… 舐めてんのか?」
       それまでの彼女に気を遣った丁寧な話し方が微塵も残っていない彼
       の威圧感にケイは思わず身を竦めた。
先 生 「椅子直して座れ」
       彼女は言われるままに部屋の隅に転がってた椅子を持ってきて先生
       と向かい合うように座った。
先 生 「上手い。それだけだ」
ケ イ 「それだけ…」
先 生 「何も響かねえんだよ!」
       先生がデスクをバンと叩き怒鳴るとケイは全身を強張らせた。
先 生 「お前さ、歌ってたような曲を普段聴いてないだろ?」
ケ イ 「…はい、あまり好きではないので」
先 生 「だろな… バレバレだぜ」
       完全に肩を落としたケイに先生はもう一度歌えと人差し指を立てて
       見せた。
先 生 「今度は俺に聴かせる事は考えずに自分の普段聴いてる曲を好きなように
     思いっ切り歌え」
ケ イ 「はい…」
       少し怯えながらケイは立ち上がった。
ケ イ 「で、では… 歌います」
先 生 「だ~か~らぁ、俺のことは考えるなって」
ケ イ 「はい、すみません!」
       彼女は一つ大きな深呼吸をすると突然頭を大きく縦に振り出した。
       そして、その容姿や前のパフォーマンスはから想像もできない重く
       響くデスヴォイスで歌い始めた。
       先生も彼女の歌に楽しそうに小さく頭を振った。
       今度は振り付けは無しで、全身を歌うことだけに使って時折先ほど
       までの澄んだ声をデスヴォイスの中に織り交ぜながら歌いきった。
       肩で息をする彼女に先生は満足そうに拍手を送った。
先 生 「ブラボー! やればできんじゃねえか」
ケ イ 「ありがとうございます!」
       彼女は先生に深々と頭を下げた。
先 生 「気持ちよく歌った所で聞くが、睡眠薬要るか?」
       彼女は迷わず首を横に振った。
ケ イ 「もっと歌いたいです」
先 生 「それは心配いらねえ。まずは座れ」
       ケイはサッと腰を下ろした。
先 生 「結論から言うと、お前の運命は間違ってねえよ。お前は間違いなく崇拝
     されるべき存在だ」
ケ イ 「本当ですか!」
先 生 「ただ、やり方というか選曲ミスだ」
       ケイは先生の言葉をしっかり噛みしめるように何度もうなずいた。
先 生 「ったく、なんであんなくだらない歌を歌ってたんだ?」
ケ イ 「メタル… デスメタルって万人受けはしないジャンルですから」
       先生は大きなため息をついた。
先 生 「それ。その勘違いで世界崩壊の一歩手前まで行っちまったんだ」
ケ イ 「勘違いですか」
先 生 「そう… お前は神じゃなくてスターになる道を目指しちまったんだよ」
ケ イ 「何が違うんですか?」
       先生は自分を指さした。
先 生 「お前、俺の第一印象どうだった?」
       彼女は腕を組んで考え込んだ。
ケ イ 「正直あんまり覚えてないです… あの時は、脳みその半分キノコに侵食
     されてましたから」
先 生 「そうか…」
       先生は苦笑を浮かべた。
先 生 「まあ、今回あの小娘のように俺を頼ってくる奴も居る。だが、門前払い
     を食らって二度とここに来ない奴も居るって事だ」
ケ イ 「先生が好きな人も居れば嫌いな人も居る。 …それって普通なことじゃ
     ないですか?」
先 生 「ああそうだな。デスメタルもそうじゃないか?」
ケ イ 「そうですね」
先 生 「じゃあ、お前自身はどうだった?」
       彼女はハッと何かに気が付いた。
ケ イ 「普通じゃなかった…」
       先生は大きくうなずいた。
先 生 「そう言うこった」



                           第8話 ③ へ続く…
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