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第三話 ~そうだ、病院行こう~ ①
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―轍洞院家・リビングルーム―
シテツとコクテツは一緒にソファに座りテレビを見ていた。
シテツがチラリと窓を見ると外は激しい嵐で本来の景色はまともに
見ることができなかった。
シテツ 「やっぱ今日は休みにして正解だね」
コクテツ「普通の人はこんな日に外に出ないよ」
二人がバケツを返したような豪雨を眺めていると、玄関のチャイム
が鳴った。
姉 妹 「?」
再びチャイムが鳴ると、バンバンとドアを激しく叩く音が玄関から
聞こえてきた。
シテツ 「誰か来たのかな…」
コクテツ「普通じゃない誰かだね…」
その後もドアを叩く音は鳴り止むことはなかった。
―轍洞院家・玄関―
金属バットを持ったシテツとショットガンを持ったコクテツが玄関
に恐る恐る近づいっていった。
激しく叩かれるドアに手を掛けたシテツは姉に目で合図を送った。
コクテツは小さくうなずき、銃口をドアに向けた。
シテツが勢いよくドアを開けた。
外には全身ずぶ濡れになって肩を震わせたケイが立っていた。
シテツ 「ケイ?」
ケ イ 「ゴメン…。泊めて……」
シテツは彼女の震える肩を抱き中へと入れた。
―轍洞院家・リビングルーム―
毛布にくるまったケイにコクテツが温かいお茶を出した。
ケ イ 「ありがとうございます……」
ケイの隣に座ったシテツは重く張り付いた赤い頭巾から覗く彼女の
青ざめた顔を見た。
シテツ 「大丈夫?」
ケイは答えようとしたが激しく咳込んだ。
ケ イ 「ちょっとキツイ……。てか、寒い……」
コクテツ「この雨じゃ風邪引いたんじゃない?」
ケ イ 「かもしれない……」
ケイは何度も咳込んだ。
コクテツ「布団準備するから今日はもう寝なよ」
ケ イ 「すみません……」
コクテツは足早に部屋を出て行った。
シテツ 「でも、こんな日に来るなんてどうしたの?」
ケ イ 「学校辞めたのママにバレて…。家を追い出された……」
シテツ 「言ってなかったの!」
ケ イ 「だって、アタシの人生だよ…。何で誰かにお伺い立てしなきゃ…」
ケイは激しく咳込んだ。
コクテツが戻ってきてケイに肩を貸し立たせた。
コクテツ「布団用意できたからこっちへ」
ケ イ 「すみません……」
二人はゆっくりと部屋を出て行った。
―轍洞院家・シテツの部屋(朝)―
翌朝、シテツはベッドから起きると肩を震わせた。
シテツ 「寒っ…」
―轍洞院家・リビングルーム(朝)―
台所ではコクテツとケイが朝食の準備をしていた。
コクテツ「手伝ってもらってゴメンね」
ケ イ 「いえ、居候させてもらうならこのくらいやりますよ」
コクテツ「風邪はもう大丈夫?」
ケ イ 「はい、調子が良すぎて誰かにうつしたかもなんて思っちゃいましたよ」
布団にくるまったシテツがのそのそと入ってきた。
コクテツ「しーちゃん…。だよね?」
シテツ 「うん……」
コクテツ「何で布団お化けになってるの」
シテツ 「超寒いから……」
シテツが大きく咳込むとケイは持っていた人参を落とした。
ケ イ 「……。マジかよ……」
コクテツ「かも、じゃなかったね……」
青ざめる台所の二人をよそにシテツはソファへと倒れこんだ。
コクテツとケイは食事の準備を止め彼女の元へと駆け寄った。
ケイは布団の中に埋まったシテツの顔を出そうと彼女の頭を両手で
掴んだ。
ケ イ 「熱っち!」
彼女は瞬間的にシテツの頭から両手を放し何度も振った。
コクテツ「こりゃ病院行かなきゃね」
シテツ 「でも…。デンシャは……」
コクテツ「私一人で何とかするよ」
シテツ 「いや…。大丈夫……」
シテツは無理に起き上がったが、そのまま振り子のように反対側に
倒れた。
コクテツ「うん。ダメだね」
ケ イ 「アタシ、代打で出ましょうか?」
コクテツは手に息を吹きかけているケイを見た。
コクテツ「いいの?」
ケ イ 「はい、居候なんでできることはやりますよ。それに、シーにできる仕事
ならできますよ」
コクテツ「なるほどね、凄く助かるよ」
シテツ 「ケイの言葉…。後半意味が分かんないんだけど……」
ケ イ 「熱のせいじゃない?」
コクテツは紙とペンを持ってきて簡単な地図を描いた。
コクテツ「はい病院の地図」
シテツ 「つまり…。一人で行けと……」
コクテツ「始発までにケイちゃんの制服の衣装合わせをしなきゃいけないから」
シテツ 「私の使えばいいじゃん……」
コクテツとケイは顔を見合わせた。
コクテツ「カゼ菌付いてそう…」
ケ イ 「ちょっとサイズが大きそう…」
コクテツとケイは同時にうなずいた。
コクテツ「ハイ却下! という訳で私たちは出るね」
コクテツとケイはシテツを置き去りにして部屋を出て行った。
シテツ 「おいコラ! ケイ、アンタの方が背が高いでしょうが! なんで私の服の
方がサイズがデカいの!」
シテツがソファから飛び起き怒鳴るとコクテツがひょこっと入り口
から顔を覗かせた。
コクテツ「そんだけ怒れれば病院までは行けそうだね」
姉に言われてシテツは布団から飛び出して立ち上がっていた自分に
ハッとした。
コクテツ「じゃ、気を付けてね」
彼女は笑顔で手を振るとすぐに顔を引っ込めた。
シテツ 「私…。病人のはずだよね?」
シテツは渋々地図を手に取った。
―クリニック前(朝)―
南極調査隊のような格好のシテツは手にした地図から目を上げた。
シテツ 「ココなの……」
彼女の前に佇む目が痛くなるような鮮やかすぎる黄色の建物には
Happy Yellow Clinic
と書かれた看板が出ていた。
―クリニック・ロビー(朝)―
シテツは建物の中に入り受付に向かった。
シテツ 「すみません、診察をお願いします」
彼女は受付のカウンターで本を読んでいた看護師のジャクリーン・
ブラック(J・B)に話しかけた。
J・B 「適当に座って待ってて」
シテツ 「はい」
本を読んだまま顔を見ずに答えた彼女に言われるがままにシテツは
近くの椅子に腰を掛けた。
しかし、彼女しか居ないロビーで何分待っても呼ばれなかった。
痺れを切らせた彼女は再びカウンターに向った。
シテツ 「すみません、いつごろ診てもらえますか…」
ジャクリーンは露骨にため息をついて本を閉じた。
J・B 「そのうち呼ぶわ」
シテツ 「いや、そのうちって全然呼ばないじゃないですか」
ジャクリーンはチラリと時計を見た後カウンターに置かれた手帳を
開いて目を落とした。
J・B 「先生今はお風呂に入ってる」
シテツ 「はい? じゃ、じゃあ出たら診てもらえるんですね」
J・B 「今日は朝の入浴の後は散歩に出て、帰ってシャワー浴びて昼食。その後
は映画鑑賞、ティータイム、プラモ造り、ジムでトレーニング、入浴、
夕食、ゲーム、読書、そして就寝」
シテツ 「診察の時間は?」
J・B 「無いわ」
シテツはしばらく黙って腕を組んだ。
シテツ (ついてないな…。休診日か)
彼女は今日診てもらうことを諦めた。
シテツ 「じゃあ、明日お願いします」
ジャクリーンは再び手帳を見た。
J・B 「明日は…。朝から釣りね、その日のうちにその動画を上げる予定だから
大変そうね」
元々熱くなっていたシテツの頭はすぐに沸騰した。
シテツ 「ソレおかしいでしょ! 熱が出ててもそのスケジュール帳がおかしいのは
分かるよ!」
J・B 「そう、熱があるなら病院にでも行きなさい」
シテツ 「コ コ が そ う で しょ !」
ジャクリーンは怒るシテツを無視して本を読み始めた。
シテツ 「じゃあ、予約します! それなら診てもらえるでしょ」
J・B 「うるさいわね…。そんなのしないわよ」
本を読んだままの彼女に拒否されたシテツは燃え尽きたようにその
場にペタンと座り込んだ。
J・B 「そのうち誰かが呼ぶから待ってて」
激しく怒って疲れたシテツの身体にジャクリーンのダメ押しの言葉
が鋭く突き刺さった。
放心状態となったシテツの周りで静かに時間は過ぎていった。
やがて、彼女はほのかに漂い始めた石鹸の香りに気が付いた。
J・B 「あら? 先生、どうされました」
ジャクリーンが声を掛けた方を目を向けたシテツ。そこには黄色い
ジャージを着た長髪の男が立っていた。
先 生 「ジャクリーン、俺のタバコ知らないか?」
彼の問いかけにジャクリーンは小さく笑った。
J・B 「嫌ですね、散歩のときに買いに行くって言ってたじゃないですか」
先 生 「…! あぁ、そうだそうだ。やっちまったなぁ、風呂上がりの一本を計算
してなかった」
シテツ (先生? 散歩? 風呂上がり? ……この人か!)
シテツは立ち上がり先生に頭を下げた。
シテツ 「お願いします! 診察をしてください!」
先生とジャクリーンは呆気にとられた。
先 生 「お前、誰?」
シテツ 「患者です」
先 生 「お前のような元気な患者が居るか」
シテツ 「今、メチャメチャ無理してます」
先生は手を払い彼女に帰るようにアピールした。
しかし、シテツも頭を下げ続け一歩も引かなかった。
すると先生はポンと手を叩いた。
先 生 「分かった。お前の熱意に免じて話を聞こう」
シテツ 「ありがとうございます!」
先 生 「ただし! 相談料としてタバコと飲み物を買ってこい」
シテツ 「えっ…。風邪っ引きの病人ですよ?」
先 生 「じゃ帰れ」
先生は再びシテツに向け手を払った。
シテツ 「分かりました…。飲み物は何が」
先 生 「お前のセンスに任せる。タバコはナナホシストライク」
シテツ 「……はい」
シテツはトボトボとロビーを出て行った。
先 生 「で、あの子どこが悪いんだ。頭か?」
J・B 「性格です」
――数分後
シテツは息を切らせながら戻ってくるとレジ袋を先生に渡した。
先生はすぐにタバコを取り出して火をつけた。
シテツ 「あの…。お金……」
先 生 「は、何の?」
シテツ 「タバコと…。飲み物代…」
先 生 「普通に考えてお前持ちだろ」
先生はレジ袋からスポーツドリンクを取り出すと舌打ちした。
先 生 「お前、風呂上りこんなの飲んでんの?」
シテツ 「えっ…。水分補給に……」
先 生 「風呂上りはドクター・ピーマンだろ」
シテツ 「売ってませんでした……」
先生はスポーツドリンクを飲みながら椅子にどっかりと座った。
先 生 「結論から言うと…。俺には無理だ」
先生の言葉にシテツは固まった。
先 生 「ジャクリーンから聞いたが、性格が悪いのは治せない」
シテツ 「違います…。風邪です……」
先 生 「頭が悪いのは自分でなんとかしろ」
シテツ 「いや…。だから…。風邪だって……」
先 生 「はい、おしまい」
先生は椅子から立ち上がり出ていこうとした。
シテツ 「診察…」
先 生 「話を聞くって言ったろ。聞いたからおしまい」
シテツ 「そんな…。あんまりだよ……」
シテツは両手で顔を押さえた。
そんな彼女をほっといて先生は再び歩を進めた。
J・B 「先生…。彼女を診察してもらえませんか?」
ジャクリーンの言葉に先生は足を止めた。
先 生 「反論できる、パシリに行ける、泣く元気もある。診る要素ゼロだぞ?」
J・B 「ココに居られるのが面倒臭いんです」
先 生 「だ~か~らぁ、性格悪いのは治せないんだって」
J・B 「診るふりでいいので、とにかくうるさくて嫌なんです」
シテツ 「(涙声)酷いよ…。そんなに…。言わなくても……」
二人の会話を聞いていたシテツは耐えきれず、ついに大声で泣きだ
してしまった。
先 生 「……。ったく、しょうがねぇな!」
先生はシテツの腕を掴んだ。
先 生 「オラ来い、診てやるから泣くな」
シテツ 「(涙声)ごめんなさい……」
先生はシテツを診察室へと引っ張っていった。
第三話 ② へ続く…
シテツとコクテツは一緒にソファに座りテレビを見ていた。
シテツがチラリと窓を見ると外は激しい嵐で本来の景色はまともに
見ることができなかった。
シテツ 「やっぱ今日は休みにして正解だね」
コクテツ「普通の人はこんな日に外に出ないよ」
二人がバケツを返したような豪雨を眺めていると、玄関のチャイム
が鳴った。
姉 妹 「?」
再びチャイムが鳴ると、バンバンとドアを激しく叩く音が玄関から
聞こえてきた。
シテツ 「誰か来たのかな…」
コクテツ「普通じゃない誰かだね…」
その後もドアを叩く音は鳴り止むことはなかった。
―轍洞院家・玄関―
金属バットを持ったシテツとショットガンを持ったコクテツが玄関
に恐る恐る近づいっていった。
激しく叩かれるドアに手を掛けたシテツは姉に目で合図を送った。
コクテツは小さくうなずき、銃口をドアに向けた。
シテツが勢いよくドアを開けた。
外には全身ずぶ濡れになって肩を震わせたケイが立っていた。
シテツ 「ケイ?」
ケ イ 「ゴメン…。泊めて……」
シテツは彼女の震える肩を抱き中へと入れた。
―轍洞院家・リビングルーム―
毛布にくるまったケイにコクテツが温かいお茶を出した。
ケ イ 「ありがとうございます……」
ケイの隣に座ったシテツは重く張り付いた赤い頭巾から覗く彼女の
青ざめた顔を見た。
シテツ 「大丈夫?」
ケイは答えようとしたが激しく咳込んだ。
ケ イ 「ちょっとキツイ……。てか、寒い……」
コクテツ「この雨じゃ風邪引いたんじゃない?」
ケ イ 「かもしれない……」
ケイは何度も咳込んだ。
コクテツ「布団準備するから今日はもう寝なよ」
ケ イ 「すみません……」
コクテツは足早に部屋を出て行った。
シテツ 「でも、こんな日に来るなんてどうしたの?」
ケ イ 「学校辞めたのママにバレて…。家を追い出された……」
シテツ 「言ってなかったの!」
ケ イ 「だって、アタシの人生だよ…。何で誰かにお伺い立てしなきゃ…」
ケイは激しく咳込んだ。
コクテツが戻ってきてケイに肩を貸し立たせた。
コクテツ「布団用意できたからこっちへ」
ケ イ 「すみません……」
二人はゆっくりと部屋を出て行った。
―轍洞院家・シテツの部屋(朝)―
翌朝、シテツはベッドから起きると肩を震わせた。
シテツ 「寒っ…」
―轍洞院家・リビングルーム(朝)―
台所ではコクテツとケイが朝食の準備をしていた。
コクテツ「手伝ってもらってゴメンね」
ケ イ 「いえ、居候させてもらうならこのくらいやりますよ」
コクテツ「風邪はもう大丈夫?」
ケ イ 「はい、調子が良すぎて誰かにうつしたかもなんて思っちゃいましたよ」
布団にくるまったシテツがのそのそと入ってきた。
コクテツ「しーちゃん…。だよね?」
シテツ 「うん……」
コクテツ「何で布団お化けになってるの」
シテツ 「超寒いから……」
シテツが大きく咳込むとケイは持っていた人参を落とした。
ケ イ 「……。マジかよ……」
コクテツ「かも、じゃなかったね……」
青ざめる台所の二人をよそにシテツはソファへと倒れこんだ。
コクテツとケイは食事の準備を止め彼女の元へと駆け寄った。
ケイは布団の中に埋まったシテツの顔を出そうと彼女の頭を両手で
掴んだ。
ケ イ 「熱っち!」
彼女は瞬間的にシテツの頭から両手を放し何度も振った。
コクテツ「こりゃ病院行かなきゃね」
シテツ 「でも…。デンシャは……」
コクテツ「私一人で何とかするよ」
シテツ 「いや…。大丈夫……」
シテツは無理に起き上がったが、そのまま振り子のように反対側に
倒れた。
コクテツ「うん。ダメだね」
ケ イ 「アタシ、代打で出ましょうか?」
コクテツは手に息を吹きかけているケイを見た。
コクテツ「いいの?」
ケ イ 「はい、居候なんでできることはやりますよ。それに、シーにできる仕事
ならできますよ」
コクテツ「なるほどね、凄く助かるよ」
シテツ 「ケイの言葉…。後半意味が分かんないんだけど……」
ケ イ 「熱のせいじゃない?」
コクテツは紙とペンを持ってきて簡単な地図を描いた。
コクテツ「はい病院の地図」
シテツ 「つまり…。一人で行けと……」
コクテツ「始発までにケイちゃんの制服の衣装合わせをしなきゃいけないから」
シテツ 「私の使えばいいじゃん……」
コクテツとケイは顔を見合わせた。
コクテツ「カゼ菌付いてそう…」
ケ イ 「ちょっとサイズが大きそう…」
コクテツとケイは同時にうなずいた。
コクテツ「ハイ却下! という訳で私たちは出るね」
コクテツとケイはシテツを置き去りにして部屋を出て行った。
シテツ 「おいコラ! ケイ、アンタの方が背が高いでしょうが! なんで私の服の
方がサイズがデカいの!」
シテツがソファから飛び起き怒鳴るとコクテツがひょこっと入り口
から顔を覗かせた。
コクテツ「そんだけ怒れれば病院までは行けそうだね」
姉に言われてシテツは布団から飛び出して立ち上がっていた自分に
ハッとした。
コクテツ「じゃ、気を付けてね」
彼女は笑顔で手を振るとすぐに顔を引っ込めた。
シテツ 「私…。病人のはずだよね?」
シテツは渋々地図を手に取った。
―クリニック前(朝)―
南極調査隊のような格好のシテツは手にした地図から目を上げた。
シテツ 「ココなの……」
彼女の前に佇む目が痛くなるような鮮やかすぎる黄色の建物には
Happy Yellow Clinic
と書かれた看板が出ていた。
―クリニック・ロビー(朝)―
シテツは建物の中に入り受付に向かった。
シテツ 「すみません、診察をお願いします」
彼女は受付のカウンターで本を読んでいた看護師のジャクリーン・
ブラック(J・B)に話しかけた。
J・B 「適当に座って待ってて」
シテツ 「はい」
本を読んだまま顔を見ずに答えた彼女に言われるがままにシテツは
近くの椅子に腰を掛けた。
しかし、彼女しか居ないロビーで何分待っても呼ばれなかった。
痺れを切らせた彼女は再びカウンターに向った。
シテツ 「すみません、いつごろ診てもらえますか…」
ジャクリーンは露骨にため息をついて本を閉じた。
J・B 「そのうち呼ぶわ」
シテツ 「いや、そのうちって全然呼ばないじゃないですか」
ジャクリーンはチラリと時計を見た後カウンターに置かれた手帳を
開いて目を落とした。
J・B 「先生今はお風呂に入ってる」
シテツ 「はい? じゃ、じゃあ出たら診てもらえるんですね」
J・B 「今日は朝の入浴の後は散歩に出て、帰ってシャワー浴びて昼食。その後
は映画鑑賞、ティータイム、プラモ造り、ジムでトレーニング、入浴、
夕食、ゲーム、読書、そして就寝」
シテツ 「診察の時間は?」
J・B 「無いわ」
シテツはしばらく黙って腕を組んだ。
シテツ (ついてないな…。休診日か)
彼女は今日診てもらうことを諦めた。
シテツ 「じゃあ、明日お願いします」
ジャクリーンは再び手帳を見た。
J・B 「明日は…。朝から釣りね、その日のうちにその動画を上げる予定だから
大変そうね」
元々熱くなっていたシテツの頭はすぐに沸騰した。
シテツ 「ソレおかしいでしょ! 熱が出ててもそのスケジュール帳がおかしいのは
分かるよ!」
J・B 「そう、熱があるなら病院にでも行きなさい」
シテツ 「コ コ が そ う で しょ !」
ジャクリーンは怒るシテツを無視して本を読み始めた。
シテツ 「じゃあ、予約します! それなら診てもらえるでしょ」
J・B 「うるさいわね…。そんなのしないわよ」
本を読んだままの彼女に拒否されたシテツは燃え尽きたようにその
場にペタンと座り込んだ。
J・B 「そのうち誰かが呼ぶから待ってて」
激しく怒って疲れたシテツの身体にジャクリーンのダメ押しの言葉
が鋭く突き刺さった。
放心状態となったシテツの周りで静かに時間は過ぎていった。
やがて、彼女はほのかに漂い始めた石鹸の香りに気が付いた。
J・B 「あら? 先生、どうされました」
ジャクリーンが声を掛けた方を目を向けたシテツ。そこには黄色い
ジャージを着た長髪の男が立っていた。
先 生 「ジャクリーン、俺のタバコ知らないか?」
彼の問いかけにジャクリーンは小さく笑った。
J・B 「嫌ですね、散歩のときに買いに行くって言ってたじゃないですか」
先 生 「…! あぁ、そうだそうだ。やっちまったなぁ、風呂上がりの一本を計算
してなかった」
シテツ (先生? 散歩? 風呂上がり? ……この人か!)
シテツは立ち上がり先生に頭を下げた。
シテツ 「お願いします! 診察をしてください!」
先生とジャクリーンは呆気にとられた。
先 生 「お前、誰?」
シテツ 「患者です」
先 生 「お前のような元気な患者が居るか」
シテツ 「今、メチャメチャ無理してます」
先生は手を払い彼女に帰るようにアピールした。
しかし、シテツも頭を下げ続け一歩も引かなかった。
すると先生はポンと手を叩いた。
先 生 「分かった。お前の熱意に免じて話を聞こう」
シテツ 「ありがとうございます!」
先 生 「ただし! 相談料としてタバコと飲み物を買ってこい」
シテツ 「えっ…。風邪っ引きの病人ですよ?」
先 生 「じゃ帰れ」
先生は再びシテツに向け手を払った。
シテツ 「分かりました…。飲み物は何が」
先 生 「お前のセンスに任せる。タバコはナナホシストライク」
シテツ 「……はい」
シテツはトボトボとロビーを出て行った。
先 生 「で、あの子どこが悪いんだ。頭か?」
J・B 「性格です」
――数分後
シテツは息を切らせながら戻ってくるとレジ袋を先生に渡した。
先生はすぐにタバコを取り出して火をつけた。
シテツ 「あの…。お金……」
先 生 「は、何の?」
シテツ 「タバコと…。飲み物代…」
先 生 「普通に考えてお前持ちだろ」
先生はレジ袋からスポーツドリンクを取り出すと舌打ちした。
先 生 「お前、風呂上りこんなの飲んでんの?」
シテツ 「えっ…。水分補給に……」
先 生 「風呂上りはドクター・ピーマンだろ」
シテツ 「売ってませんでした……」
先生はスポーツドリンクを飲みながら椅子にどっかりと座った。
先 生 「結論から言うと…。俺には無理だ」
先生の言葉にシテツは固まった。
先 生 「ジャクリーンから聞いたが、性格が悪いのは治せない」
シテツ 「違います…。風邪です……」
先 生 「頭が悪いのは自分でなんとかしろ」
シテツ 「いや…。だから…。風邪だって……」
先 生 「はい、おしまい」
先生は椅子から立ち上がり出ていこうとした。
シテツ 「診察…」
先 生 「話を聞くって言ったろ。聞いたからおしまい」
シテツ 「そんな…。あんまりだよ……」
シテツは両手で顔を押さえた。
そんな彼女をほっといて先生は再び歩を進めた。
J・B 「先生…。彼女を診察してもらえませんか?」
ジャクリーンの言葉に先生は足を止めた。
先 生 「反論できる、パシリに行ける、泣く元気もある。診る要素ゼロだぞ?」
J・B 「ココに居られるのが面倒臭いんです」
先 生 「だ~か~らぁ、性格悪いのは治せないんだって」
J・B 「診るふりでいいので、とにかくうるさくて嫌なんです」
シテツ 「(涙声)酷いよ…。そんなに…。言わなくても……」
二人の会話を聞いていたシテツは耐えきれず、ついに大声で泣きだ
してしまった。
先 生 「……。ったく、しょうがねぇな!」
先生はシテツの腕を掴んだ。
先 生 「オラ来い、診てやるから泣くな」
シテツ 「(涙声)ごめんなさい……」
先生はシテツを診察室へと引っ張っていった。
第三話 ② へ続く…
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文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。
そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。
工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。
むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。
“特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。
工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。
兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。
工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。
スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。
二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。
零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。
かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。
ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。
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