Satanic express 666

七針ざくろ

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第二話 ~幸福の価格~ ②

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―郊外の山(夜)―

       雲一つない満天の星空の下。名もなき山の山頂には柔らかなギター
       の音色が響いていた。
       トーマスに寄り掛かりアコースティックギターを奏でるコクテツ。
コクテツ「付き合わせてゴメンね」
トーマス「ガウ」
       微かな風を頬に感じながらコクテツは静かに演奏を続けた。
トーマス「グルル」
コクテツ「そう? ありがとう。ずっと一人で弾いてたから誉められたことなんて
     ないんだ」
       しばらくの間二人はギターの音色に身を委ねた。
コクテツ「……。これ、独り言だから気にしないで」
       コクテツは突然口を開いた。
コクテツ「正直、参っちゃったよ…。しーちゃんがあんな銭ゲバになるなんて…。
     ま、しーちゃん自身よりも新しく雇ったっていうお猿さんの影響なんだ
     ろうけどさ…。あの子人に影響されやすいから、自分で分かってないん
     だよね…。ただ…。このままじゃ、あの子自身がそうなっちゃう」
       コクテツは突然演奏を止め、ギターを地面に大きく振り下ろし叩き
       壊した。
コクテツ「一日…。一日あれば……」
       息を切らせたコクテツは真っ二つに割れたギターを見ていた。
トーマス「ガウ」
       トーマスは首筋に穴を開けコクテツに乗るように促した。
コクテツ「そうだね…。ありがとう」
       コクテツはトーマスを撫でると中に乗り込んだ。



―轍洞院家・玄関前(夜)―

       トーマスからコクテツが降りた。
コクテツ「ありがとう」
トーマス「ガウ」
       トーマスはコクテツが家へと入るまで外で待っていた。



―轍洞院家・トーマスの車庫(夜)―

       コクテツを見送ってからしばらくして、トーマスは中身が詰まった
       ゴミ袋を大量に咥えて帰ってきた。
       車庫の入り口のシャッターを閉めると、彼は一心不乱に持ってきた
       ゴミ袋を食べ始めた。



―轍洞院家・シテツの部屋(朝)―

コクテツ「しーちゃん! 早く来て!」
       慌てた様子のコクテツの声にシテツはベッドから飛び起きた。



―轍洞院家・トーマスの車庫(朝)―

       寝ぼけ眼のシテツがやってきた。
シテツ 「朝から何……!」
       彼女の目の前には酷くやつれてぐったりとしたトーマスの横に
       寄り添うコクテツの姿があった。
シテツ 「どうしたの!」
       シテツも慌ててトーマスの元に駆け寄った。
コクテツ「夜にお腹が減って、生ごみを食べてお腹壊したって」
シテツ 「はぁ?」
コクテツ「理由はともかくこれじゃ走れないよ」
シテツ 「……。リーヴさんに連絡してくる」
       シテツは車庫から走って出て行った。
トーマス「ガゥ…」
コクテツ「行けって…。そんな状態で置いていける訳ないよ」
トーマス「ガ…。ガゥ…」
コクテツ「しーちゃんの為…」
       コクテツはトーマスのこけた頬に額を当てた。
       シテツが息を切らせて戻ってきた。
シテツ 「リーヴさんが回復次第出してくれって」
コクテツ「無理! 今日は一日安静って伝えといて」
       コクテツはスッと立ち上がりシテツの手を取った。
コクテツ「しーちゃん、トーマスの事お願い」
シテツ 「どういう事?」
コクテツ「どうしても行かなければいけない所があるの」
       コクテツは真っ直ぐにシテツの目を見た。
シテツ 「分かった」
コクテツ「ありがとう」
       コクテツはシテツに頭を下げると真っ直ぐ車庫を出て行った。



―轍洞院家・玄関(朝)―

       駆け足でやってきたコクテツは部屋着を脱ぎ捨てながら自分の部屋
       へと向かっていった。



―轍洞院家・物置(朝)―

       迷彩色の戦闘服に身を包んだコクテツが扉を開けて入ってきた。
       彼女は迷わず壁に掛けてある釣竿を手に取った。



―密林の湖畔―

       コクテツは霧が立ち込める薄暗い森の中の湖畔に来ていた。
       彼女は手早く釣り具を準備して、標的を狙う狙撃手のように静かに
       竿を構え暗い水面を見た。
コクテツ「トーマス……。仮病で良かったのに…」
       思ったことを呟きながら彼女は竿を振った。
コクテツ「貰ったこの一日大切に使うよ」
       仕掛けが湖に入ると大きな波紋が立った。



―轍洞院家・トーマスの車庫(夜)―

コクテツ「ただいま」
       回復したトーマスに寄り添っていたシテツはコクテツの声がした方
       に駆け寄っていった。
シテツ 「おか…。何なのその恰好?」
       ドロドロの戦闘服に釣りの道具というコクテツの格好にシテツは目
       を丸くした。
コクテツ「今日お休みになったから釣りに行ってたの」
シテツ 「は? トーマスの薬とか貰いに行ったんじゃないの?」
コクテツ「なんでそうなるの? 龍のお医者さんなんて知らないし、それにたかが
     食あたりでしょ?」
       シテツはコクテツの胸ぐらを掴んで詰め寄った。
シテツ 「そんな事なら午後から動かせたよ! 今日一日でどんだけ損したと思っ
     てるの!」
       コクテツは大きなため息をついた。
コクテツ「分からない」
       シテツの手にさらに力が籠った。
コクテツ「今日得たお金で何を失ったかなんて考えたくない」
       シテツの手からスッと力が抜けた。
コクテツ「今日はプラマイゼロ。ここ最近では良い収益だよ」
       コクテツはシテツの手を下ろさせた。
コクテツ「今日は疲れたから私はもう寝るね。ご飯はしーちゃんが食べたいものを
     食べればいいよ」
       コクテツはシテツに背を向け車庫から出て行った。
       シテツは呆然とその背中を見ていた。
トーマス「ガウ…」
       トーマスの呼びかけに彼女はハッと振り向いた。
トーマス「グルル」
シテツ 「そう…。分かった。じゃあ私はご飯食べに行くね」
トーマス「ガウ」
       シテツはトーマスに手を振ると車庫を出て行った。



―イストシティ駅・入り口(朝)―

       掃除をしているリーヴの前に大きな水槽を持ったシテツとクーラー
       ボックスを担いだコクテツがやってきた。
リーヴ 「おや、シテツさん。それと…」
コクテツ「サタニックエクスプレス社長の轍洞院コクテツです。リーヴさんです
     ね、シテツの方からお話は聞いています」
       コクテツとリーヴは握手をした。
リーヴ 「それで、その水槽は?」
コクテツ「駅の設備としてここに置かせてください」
リーヴ 「はい…。どうぞ」
       シテツは一度水槽を床に置き、物置からキャスター付きの引き出し
       ラックを持ってきた。そしてその上に水槽を置き中に水を入れた。
コクテツ「あっ、ついでに新入社員の紹介をさせてください」
シテツ 「えっ! 新人なんて聞いてないよ」
       コクテツはクーラーボックスの中から白く大きなオタマジャクシを
       出して水槽に入れた。
コクテツ「紹介します。今日からイストシティ駅長のおタマです」
シテツ 「駅長?」
リーヴ 「いや、私が…」
       コクテツは人差し指を立て横に振った。
コクテツ「社長は私。人事の最終決定権は私が持ってます」
リーヴ 「理不尽ですね。私がどれほど収益を上げたかお分かりではないのですか」
シテツ 「そうだよ、そんなオタマジャクシじゃ駅長なんて」
       コクテツは立てた人差し指をシテツに向けた。
コクテツ「猿じゃ不安だったのは誰?」
       シテツはコクテツから目を逸らした。
コクテツ「ま、反対されるのは分かってたから案は用意してあるよ。……お得意の
     力での奪い合い」
リーヴ 「あまり良い言い方ではないですね」
コクテツ「綺麗に言うなら駅長決定戦かな。私とおタマはん対あなたとしーちゃん
     で一か月間の運営対決を行おうって話。この間はトーマスには完全自走
     してもらって私としーちゃんは各陣営の運営に回ってもらうつもり」
       リーヴとシテツは互いの顔を見合った。
リーヴ 「いいでしょう」
コクテツ「それじゃあ、陣地の割り振りだけど。おタマはんは水槽から動けないか
     らイストシティはこっち陣地でお願い。後は隣り合う駅を管理した方が
     いいだろうから、西のニュインはそっちで。もう一つは、北のブクロか
     南のグッズリバーどっちがいい?」
リーヴ 「でしたらブクロで」
コクテツ「では私たちイストシティとグッズリバーをサタニックイースト。あなた
     方ニュインとブクロをサタニックウェストとして一か月間別運営で営業
     する。これでいい?」
リーヴ 「ええ、結構ですよ」
コクテツ「では、健闘を」
       コクテツとリーヴは再び握手をした。



―ニュイン駅・駅舎(朝)―

       静かに駅舎内を巡回しているシテツとリーヴ。
シテツ 「とんでもないことになりましたね…」
リーヴ 「なぁに、今まで通りで良いんですよ。箱はボロくても中がしっかりして
     いれば機能するんです。ルールさえしっかりしていれば良いんです」
       二人の前に大きな荷物を持った老人が居た。
リーヴ 「ほら、何も変わらない」



―イストシティ駅・入り口(朝)―

       コクテツは水槽越しにおタマをあやしていた。
コクテツ「頑張ろうね~」
おタマ  コポコポ…
       おタマはコクテツに答えるように口から小さな泡を吐き出した。
モーノ 「運転士さん、ご苦労様」
       声を掛けられたコクテツが振り返るとモーノが立っていた。
コクテツ「あっ、この前の帽子の人! おはようございます」
モーノ 「覚えてるのか?」
コクテツ「もちろん! そうだ、名前教えて。毎回帽子の人じゃ嫌でしょ?」
       モーノは黙って小さくうなずいた。
モーノ 「モーノ・レイルだ」
コクテツ「モーノ君だね。私はコクテツ、今度から名前で呼んでいいよ」
モーノ 「そりゃどうも」
       モーノは歩き出そうとしたが足を止めて辺りを見回した。
モーノ 「あの猿は?」
コクテツ「西に居る。今日から一か月間は東西で別運営なの」
モーノ 「そりゃ良かった。あの猿好きじゃないんだよ」
       彼の言葉にコクテツは笑った。
コクテツ「だよね。だから左遷したの」
       今度は彼女の言葉にモーノが笑った。
モーノ 「で、代わりは?」
       コクテツはおタマが入った水槽を指差した。
モーノ 「うわっ…。何だコイツ、オタマジャクシ?」
コクテツ「そう、おタマはんだよ」
おタマ  コポコポ…
       コクテツはおタマの泡を見てうなずいた。
コクテツ「これから皆様に心地よい駅にしたいのでご意見があればどんどん言って
     ください。だって」
モーノ 「そうか…。じゃあ、かなり有るんだが良いか?」
おタマ  コポッ…
コクテツ「引き出しの中に紙とペンが入ってるから書き出してください。だって」
モーノ 「……。通訳感謝するよ」
       モーノは水槽の下のラックからメモ帳とペンを取り出して問題点の
       リストを作っていった。
       それを横から見つめていたコクテツはハッとした。
コクテツ「コレは彼女にも手伝ってもらわないと…」
       コクテツはスマホを取り出し電話を掛けた。
コクテツ「もしもーし、久しぶり! 突然悪いんだけど、ちょっと手伝ってほしい
     事があって…。うんそう、デンシャ関係で……。本当! ありがとう。
     それで具体的には…」
       コクテツは電話をしながらその場をフラッと立ち去った。



                           第二話 ③ へ続く…
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