踊り雀

國灯闇一

文字の大きさ
上 下
8 / 11

♦ 8

しおりを挟む
 雀たちはケンゴロウの名前を呼びながらあちこち捜し回っていきます。特に見えにくい建物の裏は入念に調べました。飼い犬や川にいたカエルにも聞いてみましたが、ケンゴロウの手がかりはありません。
 ポツポツと落ちてくる空の涙が温度を奪ってきます。長時間の捜索は大人の雀でも息が上がっていました。野良猫や人間の子供にちょっかいをかけられたりして、捜索も思うように進みません。他の班と出くわし、一度捜した場所をまた調べてみようとなり、捜索範囲を交換して指定された捜索場所へ向かいました。
 イザラメはため息をつきました。集合時間が迫っていたのです。
 ケンゴロウは諦めるしかない。ケンゴロウとの思い出がふわりと浮かんで滲んでいく感覚が、イザラメの胸を締めつけていきました。うつむき、声を押し殺して泣くイザラメは、突然響いた大きな音に驚きました。
 裏路地に置かれていたごみ箱が倒れた音でした。蓋が取れ、空き缶が道に散らばりました。「いつつ……」と声を漏らしながら、ごみ箱からハクが転がり出てきました。はたとイザラメと目が合うと、ハクは散らばった空き缶を一瞥いちべつし、気まずそうに口を開きました。
「どどどうしよう。僕、こんなに大きいもの、直せないよ」
 あたふたするハクは、たばこの灰や缶に残っていた飲み物で体中を汚していました。
 イザラメは視線を落としてくくっと唸ると、豪快に笑い出しました。ハクは何がそんなにおかしいのかわからず、戸惑いました。イザラメはひとしきり笑うと、先ほどまで打ちひしがれていた様子はなくなっていました。
「ハク。ありがとう。お陰で目が覚めた」
「え?」
「いや、なんでもない。早く見つけてやろう」
「うん!」
 ハクは力強く頷きました。

 イザラメが駆け出そうとした時でした。路地裏から見上げた空に一つの影。
「イザラメ?」
 助走をつけたイザラメが途端に足を緩めたことに、ハクは首を傾げました。
「鷹だ」
「え?」
 ハクはイザラメと並び、空を見上げます。電線が走る宙の向こうで、鷹らしき影が空を飛んでいました。
「三羽もいる」
「複数の鷹に襲われることは稀だ。好んで単独行動をする鷹が同じところにいるってことは」
「ッ!? あの近くにケンゴロウがいる?」
「みんなに知らせに行こう」

 ハクとイザラメは一度、連絡地に戻りました。捜索に出ていた仲間の雀を招集し、捜索隊のリーダーに複数の鷹がいたポイントを伝えました。すると、リーダーは即断し、息巻いて指示を飛ばしました。班の一つは別働で引き続き捜索し、二羽の雀を連絡地に滞留。残った雀たちでケンゴロウがいると思われるポイントに向かいました。
 緊張した面持ちで現地に向かう時も、話は続けられていました。一番肝心のケンゴロウの救出です。
 救出は一瞬のミスが命取りになります。素早くかつ冷静に、事を運ばなければなりません。そのためには、あらゆる場面を想定しておく必要がありました。まずはケンゴロウがポイント地点にいるかどうか。ケンゴロウが生きているかどうか。ケンゴロウがどれだけ動けるか。考えうるパターンごとに、行動の仕方を確認し合いました。

 とても辛い話も聞かされ、ハクの心はグシャグシャになりそうでした。
 覚悟はしていたつもりでした。でも、実際に死んだ雀を見たことのなかったハクは、大人たちの話を半分も理解できないくらいに不安の渦に飲まれていたのです。それでも行かないという選択肢はありませんでした。自分でもわからない衝動がハクを突き動かしていたのです。

 捜索隊はポイントに辿り着きました。鷹たちはまだ周辺に留まっていました。
 建物と建物の間にある室外機の上に固まっていた捜索隊は、各自最終確認に入っていました。範囲を絞り、素早く効率よく捜索しなければ、それだけ時間がかかってしまいます。時間を追うごとに鷹に見つかる危険がありました。
 冷静になれと言われても、早まる鼓動を抑えられそうにありませんでした。
 ですが、ただ一つ。何度も作戦を耳にしているうちに、自分の中で明確になっていくものがありました。みんなで楽しそうに食事をする光景。活気ある雀の踊る姿。声高々に歌うみんなの姿は、あの日塞ぎ込んでいたハクにわずかながら生きる力をくれました。楽しい光景にほんのりと悲しみの影がちらつくのは嫌だったのです。
「これが最後のチャンスだ。必ず捜し出すぞ!」
 リーダーが活を入れると、雀たちはさながら決戦に向かう戦士のように声を上げました。

 雀たちはそれぞれ三羽一組で飛び立ちました。どの雀も行き交う人々の頭の上近くを飛ぶようにしているみたいでした。
 大人雀たちが言うには、鷹は決まって高い場所から見渡す傾向があるそうです。鷹は遠くからでもよく見える目を持っているため、離れた場所からでも獲物を狙うことができるのです。それでも見逃してしまうこともあるようで、特に人や車などが多く通るところや細い道などの建物が死角になりやすい場所では、いくら目のいい鷹でも難しいようです。

 ハクとイザラメは全感覚を集中させていました。緊張を感じる暇もないほど、目に入るものに注意を払いながら捜し回ります。時にはケンゴロウの名を呼び、返事を期待しました。
 イザラメは住宅の庭に入り、並べられた鉢植えの間にも体を入れていきました。ハクは一階の屋根に留まり、色々な角度から見渡してみます。カーポートの屋根や駐輪場、排水溝、物置と建物の隙間。あらゆるところに視線を向けていると、か細いうめき声がかすかに聞こえてきました。
「ケンゴロウ!」
 ハクは鋭く声を張り上げました。
 また聞こえてきます。
「イザラメ! イザラメ!」
「どうした!」
 向かいの家の門柱に飛び移ったイザラメが返事をしました。
「声が聞こえる!」
「! ケンゴロウか?」
「うん! 間違いない!」

 同じ捜索班の一羽の雀を呼び、ケンゴロウの声が聞こえたという家に集まりました。
 雀たちは喉が切れるかと思うくらいケンゴロウの名を呼びます。
「ほら、また聞こえた!」
「ああ、でもどこからだ?」
 大人雀であるオウギも、ハクがケンゴロウの声を聞いた家を重点的に捜し始めました。そこは他の家と違っていました。雑草が高く生えており、家の外壁はくすんでいました。

 普段は絶対にやらない行為でした。イザラメとハクは草むらの中に入っていきました。オウギはハッとして口を開きましたが、喉元まで出かかっていた制止を飲み込みました。危険を承知で捜索に出ている現状です。覚悟なしでは見つけられるものも見つけられないと思い、オウギも続きました。
 三羽の雀はケンゴロウを呼び続けながら草を押しのけていきます。どんどん声は近づいていました。硬い葉も構わず強引に進んでいくと――――草むらの中にぐったりと横たわっているケンゴロウがいました。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

リトル・ヒーローズ

もり ひろし
児童書・童話
かわいいヒーローたち

フラワーキャッチャー

東山未怜
児童書・童話
春、中学1年生の恵梨は登校中、車に轢かれそうになったところを転校生・咲也(さくや)に突き飛ばされて助けられる。 実は咲也は花が絶滅した魔法界に花を甦らせるため、人の心に咲く花を集めに人間界にやってきた、「フラワーキャッチャー」だった。 けれど助けられたときに、咲也の力は恵梨に移ってしまった。 これからは恵梨が咲也の代わりに、人の心の花を集めることが使命だと告げられる。   恵梨は魔法のペンダントを預けられ、戸惑いながらもフラワーキャッチャーとしてがんばりはじめる。 お目付け役のハチドリ・ブルーベルと、ケンカしつつも共に行動しながら。 クラスメートの女子・真希は、恵梨の親友だったものの、なぜか小学4年生のあるときから恵梨に冷たくなった。さらには、咲也と親しげな恵梨をライバル視する。 合唱祭のピアノ伴奏に決まった恵梨の友人・奏子(そうこ)は、飼い猫が死んだ悲しみからピアノが弾けなくなってしまって……。 児童向けのドキワクな現代ファンタジーを、お楽しみいただけたら♪

こちら第二編集部!

月芝
児童書・童話
かつては全国でも有数の生徒数を誇ったマンモス小学校も、 いまや少子化の波に押されて、かつての勢いはない。 生徒数も全盛期の三分の一にまで減ってしまった。 そんな小学校には、ふたつの校内新聞がある。 第一編集部が発行している「パンダ通信」 第二編集部が発行している「エリマキトカゲ通信」 片やカジュアルでおしゃれで今時のトレンドにも敏感にて、 主に女生徒たちから絶大な支持をえている。 片や手堅い紙面造りが仇となり、保護者らと一部のマニアには 熱烈に支持されているものの、もはや風前の灯……。 編集部の規模、人員、発行部数も人気も雲泥の差にて、このままでは廃刊もありうる。 この危機的状況を打破すべく、第二編集部は起死回生の企画を立ち上げた。 それは―― 廃刊の危機を回避すべく、立ち上がった弱小第二編集部の面々。 これは企画を押しつけ……げふんげふん、もといまかされた女子部員たちが、 取材絡みでちょっと不思議なことを体験する物語である。

ファー・ジャルグ 北の国のお話

日比谷ナオキ
児童書・童話
アイルランドに存在する妖精、ファー・ジャルグの話を元に、作成した話です。本来は絵本として作成したものなので、非常に短い作品です。 ある北の国の話。北の国の森には、真っ赤な帽子と真っ赤なマントを羽織った不思議な精霊、ファージャルグがいるのです。彼は度々人の前に姿を現して、いたずらをするのですが、旅人が森で迷ったりしている時は助けてあげたりします。そんな精霊と、ある二人の男のお話です。

Sadness of the attendant

砂詠 飛来
児童書・童話
王子がまだ生熟れであるように、姫もまだまだ小娘でありました。 醜いカエルの姿に変えられてしまった王子を嘆く従者ハインリヒ。彼の強い憎しみの先に居たのは、王子を救ってくれた姫だった。

子猫マムと雲の都

杉 孝子
児童書・童話
 マムが住んでいる世界では、雨が振らなくなったせいで野菜や植物が日照り続きで枯れ始めた。困り果てる人々を見てマムは何とかしたいと思います。  マムがグリムに相談したところ、雨を降らせるには雲の上の世界へ行き、雨の精霊たちにお願いするしかないと聞かされます。雲の都に行くためには空を飛ぶ力が必要だと知り、魔法の羽を持っている鷹のタカコ婆さんを訪ねて一行は冒険の旅に出る。

たっくんがバイトをやめてくれない

月山 歩
児童書・童話
幼なじみで彼氏のたっくんが、バイト先で少しずつファンを増やしていると知ったイチカが、バイトをやめてって言ってしまう。でも、断られて、初めてのケンカ。 本当は頑張るたっくんを応援したいのに。

忠犬ハジッコ

SoftCareer
児童書・童話
もうすぐ天寿を全うするはずだった老犬ハジッコでしたが、飼い主である高校生・澄子の魂が、偶然出会った付喪神(つくもがみ)の「夜桜」に抜き去られてしまいます。 「夜桜」と戦い力尽きたハジッコの魂は、犬の転生神によって、抜け殻になってしまった澄子の身体に転生し、奪われた澄子の魂を取り戻すべく、仲間達の力を借りながら奮闘努力する……というお話です。 ※今まで、オトナ向けの小説ばかり書いておりましたが、  今回は中学生位を読者対象と想定してチャレンジしてみました。  お楽しみいただければうれしいです。

処理中です...