ノック

國灯闇一

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扉前

職員室から戻っていました

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 別の日。僕は先生に集めた宿題のプリントを運ぶようにと指名され、職員室から戻っていました。授業が終わったらトイレに行こうと思っていたので、正直困ったのですが、先生は颯爽と教室から出ていってしまったのです。

 運び終えると、すぐさま近くの職員用トイレに駆け込み、難を逃れてホッとしながら廊下を歩いていました。
 その廊下は、生徒が頻繁に通る廊下ではないので、とてもひっそりしていたのです。階段を上ろうとした時でした。僕の耳は反響する声を拾ったのです。
「高柳が消えたってことは、やっぱりあれは本物ってことだろー」
 楽しそうな声でした。誰かは分かりませんでしたが、男子の声だったと思います。
「ただビビッて病んでるだけだって」
「ええー、そうかあ?」
「あんなのが本物なわけないだろ」
 僕はその階段を上れませんでした。だけど、話の内容が気になって、盗み聞きをしていたのです。
「じゃあお前やってみて」
「は、なんで?」
「おお!? ビビってる?」
「ビビるに決まってんじゃん」
「ビビってるってことは信じてるってことだろ?」
「違うって! 都市伝説は嘘だと思うけど、誰かサイコなヤツがやってるんじゃないかって」
「あー、愉快犯みたいな?」
「そうそう」
 男子達の声がとても楽しそうに躍り始めていました。
「いやいや、それこそねえだろ。ドラマじゃあるまいし」
「でも都市伝説よりはあり得るっしょ」
「次は誰が消えるかなー」
「西村じゃね?」
佐浜さはまとか一番消えそう」
 僕は自分の名前が出てきて、胸を掴まれるような気がしたのです。
「あいつ陰気だからなー」
「賭けしね? 次誰が消えるか」
「おし乗った!」
「何賭けんだよ」
「じゃあ購買のパン1個全員におごる」
「ペットボトル1本追加な」
「強気だねー」
「そうじゃなきゃ面白くないだろ? やるからにはスリリングじゃないと」
 僕は気が滅入り、聞かなきゃ良かったと思いながら、別の階段へ移動したのです。

 放課後になると、僕は教室にいました。
 本当は部活にいかなければならないのですが、体調が悪いと言って休ませてもらったのです。先生も事情は知っているので、特に言及されることもなく、すんなり休むことができました。
 日は赤づくのが早くなり、教室の中はオレンジの光に染まっていました。
 教室の中は誰もいません。校庭で活気のいい声がほのかに聞こえてきて、とても落ち着ける空間でした。
 カタッと音が鳴って視線を向けると、同じクラスの篠井一葉しのいかずはさんが教室に入ってくるところでした。視線が合うと、ポニーテールを揺らして僕に近づいてきたのです。

「あれ、佐浜君って水泳部じゃなかったっけ?」
「うん、今日は休ませてもらった」
 僕は苦笑いを浮かべて答えました。
「そっか。じゃあ私と同じだ」
「え?」
 篠井さんは椅子の横に足を向けて座ると、不敵な笑みを向けたのです。
「私も文芸部をサボってきたの」
「……僕はサボってないよ」
「ふふふふっ、冗談だって」
 篠井さんは見た目こそ大人しい印象でしたが、明るく親しみやすい性格のようで、分け隔てなく話せる人でした。
「ねえ、石浜君って家出してるの?」
「え?」
「この前愛佳が言ってたんだけど、栖原すはら駅前の緑葉りょくよう広場のベンチで座ってる石浜君がいたんだって。愛佳が『何してるの?』って声かけたら、歩き疲れたからちょっと休憩って言って別れたんだけど、塾が終わって駅前を通ったら、同じベンチにまだいたんだって。もし動いてなかったとしたら3時間もベンチにいたことになるんだけどさ、知ってた?」
「いや、初めて聞いた……」
「そっか、佐浜君達にも言ってないんだね」
「うん」
 僕はもしかして家に帰ってないのかと思いました。あの駅前の広場は、広々としていてドアは近くにありません。あそこにいれば、ノックされないと思ったのだと、すぐに悟ったのです。

 気まずい雰囲気が漂ってきて、少しの間、僕らは無言になりました。
 でも篠井さんはなぜかそこにとどまっていたのです。僕が疑問に思っていると、篠井さんは猫みたいな笑顔で切り出しました。
「ねね、佐浜君って『Branchブランチ』やってるの?」
「やってるけど」
「じゃあさ、フォローしてよ。私もフォローするから」
「うん、いいけど」
「やった! “琴葉”ってアカでやってるから検索してみて」
「分かった」
 僕は携帯のアプリを開き、画面に夢中になっていたのですが。

 ―――コンコンコン。

 ノックした音が聞こえ、僕は顔を振り上げました。教室の開いたドアの間から、教室を通り過ぎていく人が見えたのです。
 一瞬でした。僕には、その人が行方不明になっているはずの高柳君に見えたのです。
 僕は瞬きしたけど、教室の下窓にしっかり制服のズボンが見えていました。
 僕は思わず教室の外に走り出していました。走って廊下に出たけど、放課後の廊下を通る人影はどこにもなかったのです。
 教室に入ってしまったのかもしれません。ですが、ほんの数秒で、しかも走っている様子もなかったことは、下窓から見えていたので、姿を消すほどの時間はなかったように思えました。

「どうしたの?」
 振り向くと、とても不思議そうな篠井さんの顔がありました。
「今、高柳君がいたよね?」
「え?」
 篠井さんは廊下の左右を見ましたが、表情はまだ疑問を浮かべていたのです。
「いないみたいだけど?」
「でもさっき、廊下を通ってるのが見えてたよね。ノックが3回した後に」
「ノックって何? 何も聞こえなかったけど?」
 僕は混乱しました。さっきのハッキリした音が聞こえてないなんて、僕には信じられなかったのです。
「……大丈夫?」
 篠井さんは僕の顔色をうかがうように聞いてきました。全然大丈夫じゃなかったけど、僕には1つの答えしか口にできなかったのです。
「うん……大丈夫。気のせいだったみたい」
 僕は頬が引きつるのを感じながら、笑って取りつくろいました。自分でも感じられるくらい、体が冷たくなっていましたが、気のせいであると思い込むことにしたのです。
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