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19 ふたたび田楽舞
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ふたたび田楽舞
ぴい、ひゃらり。
笛の音が軽妙に弾む。
とん、とん。
調子を合わせる鼓の音も軽やかだ。
風流笠を頭に乗せた男女が、体をくねらせながら舞う。
優美でいて、そこはかとなく洒脱。
踊り子たちの華やいだ笑顔が、清新な空気をもたらす。
総勢二十人余。みな若くて、初々しい。
それぞれの動きが見事なまでに揃っていて、崇高な芸術作品を観ているようですらあった。
ところは京、朝廷きっての権臣千種忠顕の屋敷である。
大勢の来賓たちが酒と女を侍らせながらの乱痴気騒ぎに興じている。
その中には、忠顕とは親友といってもいいバサラ大名、佐々木道誉の姿もある。その傍らでは、野夫然とした垢ぬけない風貌を愛想笑いで崩す楠木正成や赤松円心ら、鎌倉倒幕に功のあった者たちの顔も見える。
そして――ひどくつまらなそうにひとり杯を傾けつづける新田義貞の姿も.その中にあった。
北条一門の壮絶な集団自決で鎌倉幕府が滅んだ後、天下のまつりごとは京の朝廷の手に移っていた。
平安の昔、醍醐・村上両天皇が展開した親政――延喜・天暦の治を理想に掲げる後醍醐天皇の新政はしかし、当初から波乱含みのものとなった。
後醍醐は王政復古の理想実現を急ぐあまり、公家衆――それも、忠顕らごくひと握りの権臣たちを重用し、武士たちを蔑ろにした。楠木や新田、それに足利尊氏ら一部の功臣たちはまだしも、多くの武士たちは働きに見合う恩賞を得られず、早くも新政への不満を募らせ始めている。
そんな歪みもどこ吹く風とばかり、忠顕ら権臣たちはわが世の春を謳歌していた。連日連夜の宴三昧に世の人々も呆れ果て、いつしか新政はすっかり求心力を失ってしまっていた。
そして、京を頽廃が支配した。
それは、ちょうど鎌倉幕府が滅亡への坂道を転がり落ちようとしていた頃とよく似ていた。それを滅ぼした側の彼等が、そのことにまるで気付いていなかったのは、まことに皮肉としかいいようがない。
いや、誰もが気付いていなかったわけではない。
実際に兵を動かし、戦場を駆け廻って倒幕を果たした武士たちは、そのことに気付いていた。足利尊氏(高氏改め)も佐々木道誉も楠木正成も、そして新田義貞も――。
彼等はみな、この新政が長くは持たぬであろうことを察していた。それを実現させるために命を削った日々を懐かしみ、大きな虚しさを感じながら、この国の行く末をそれぞれに考え始めていた。
そのような心境で、田楽舞など楽しめるはずもない。
ひとり、またひとりと席を立ち、いつしかその場には公家たちだけが残って、相も変わらぬ馬鹿騒ぎを繰り広げつづけていた。
義貞は、そんな中でなおもひとり杯を重ねつづけている。
なんとなく時機を逃して帰りづらかったということもある。だが、それ以上に、所用のためと称して早退した足利尊氏が去り際、義貞の耳元でぽつりと囁いた言葉が、耳にこびりついて離れなかった。
――六波羅や鎌倉で死んで行った者たちに申し訳が立ちませぬな。
尊氏は憤懣を秘めた口調で、そう言ったのである。
それは、まさに義貞の日頃の思いと合致するものだった。
彼は文字どおり命を賭けて鎌倉幕府と戦い、敵味方に多くの戦死者を出して、その犠牲の上に現在の新政をもたらした。人の死に優劣を付けるつもりはないが、敵ながら北条一門の死にざまは天晴れなものであり、鎌倉武士は最後にその存在価値を示したといえただろう。とりわけ朋友金澤貞将の奮闘ぶりと、その清々しい最期の姿は、今なお瞼の裏にしっかりと焼き付いている。彼の首を断ち斬った時の感触は、今なお忘れることがない。
彼等の犠牲は、尊いものであった。
そうでなければならなかった。
そうであるためには、後を受ける自分たちが素晴らしいまつりごとを行わなければならなかった。
それが勝ちを得て生き残った者たちの使命であるはずだった。
世の中は、そうやって廻っているものであり、そういうものであるべきだった。
だが――。
今、目の前で乱痴気騒ぎに耽っている愚かな者たちの有様は、どうだ。
彼等に死んで行った者たちの思いを引き継ぐ気概があるか。
その資格はあるか。
言うまでもなく、答えは「否」であった。
そして、自分は今、そうした連中の一員に堕している。
内心の思いはどうあれ、少なくとも形の上では、彼等とともに酒を飲み、女を侍らせ、田楽舞に興じている。
いったい今の俺はなんだ。
ここで何をしているのだ。
言いようのない鬱屈が、この場から立ち去る気力さえも失わせていた。
目の前の現実から逃れるために、さらに杯を重ねていく。
だが、いくら飲んでも酔うことができない。
意識は冴え、押し寄せる悲しみや怒り、もどかしさといった感情を止める力を、この酒はまったく持っていなかった。
――どうにもうまくいかぬわ、金澤殿。
亡き朋友に心の内で語りかけて、ふと視線を上げる。
ほとんど見ている者もいなくなった中でも、田楽舞はつづいている。
まるで、どのような状況下にあっても動じず踊りつづけることが自分たちの矜持なのだといわんばかりの冷静さで、ただひたすら踊っている。
その一座の最後方に、ひとりの少女の姿を見止めた。
楚々とした雰囲気を持つ、可憐なその少女は、舞の途中、ちらちらと義貞のほうへ視線を送っているようだった。
――美しい女子だな。
義貞は感嘆したが、同時に、
――俺はあの女子を知っている。
という確信にも似た思いを抱いた。
――俺はたしかにどこかであの女子に会っている。だが、いったいどこで?
鎌倉にいた頃、当時の執権だった北条高時に一度か二度、大規模な宴席へ招かれて田楽舞を見たことはあった。だが、もともと舞曲に興味のない義貞は、あまり真剣に彼等の踊りを見ていなかった。だから、踊り子のひとりひとりまで覚えているはずはない。だが、今目の前にいる少女には、たしかな見覚えがあった。
不思議なのはしかし、それだけではなかった。
少女は時折、義貞に向かって小さく微笑みかけた。
その笑顔を見た時、義貞はなぜか無性に心が落ち着き、癒されるのを感じたのだ。
見覚えがあるといっても、明らかに知人ではない少女の、その笑顔は、義貞に何か懐かしさにも似たやすらぎを感じさせるのだった。
――そういえば。
義貞は、唐突に思い出していた。
――金澤殿、貴殿もたしか田楽舞はあまり好きではなかったな。ともに執権館に招かれていた時、いつも詰まらなそうな顔をしていた。
義貞は記憶を呼び起こしながらも、食い入るようにじっと彼女の顔を見詰めている。
なぜだろう。彼女を見ていると、亡き旧友の在りし日の面影が、次々と思い出されてくる。まるで彼女の存在が幽冥境を異にしたふたりを結び付けているかのように。
――貴殿が生きていれば、天下はいったいどうなっていたのだろうな。
ふと、そんなことを胸の内で語りかけてみる。
もし早い段階で貞将が執権の座に着き、長崎父子を放逐して幕政の立て直しに着手していたら……。
主上の二度目の蜂起は、なかったかもしれない。
あったとしても、貞将のもとでひとつにまとまった幕府は、それを跳ね返していただろう。いや、赤橋守時など一門の勇将が脇を固め、義貞や足利尊氏、それに佐々木道誉など諸国の武士が同じ方向を向いた新しい幕府は、朝廷とも融和的な関係を築きながら、今とはまったく違う、新しい世の中を生み出していたに違いなかった。
そこで見る田楽舞ならば、あるいはもっと楽しめたのではないか。
そんな夢想じみた考えを、義貞は苦笑交じりに打ち消した。
――逃げるのは、まだ早いか。
新政は始まったばかりなのだ。
新たな世を作るのは、これからだ。
――ここで投げ出しては貴殿に合わせる顔がないな、金澤殿。
武士も公家も民百姓も、目の前にいる田楽一座の少女たちも、みなが笑って暮らせる世を作る。それを果たせずして、なんのためのいくさであったか。なんのための犠牲であったか。
――やってやるさ。
先程まで彼の心を支配していた悲しみや怒り、もどかしさ――そんな鬱屈した感情が、急速に晴れていく。代わって、形容しがたい安らぎが彼の体内を支配していった。
その不思議な感覚に、彼は酔った。
この心地よい感覚に、いつまでも包まれていたい。
このまま時が止まってほしいとさえ、彼は思った。
安らぎは、やがて眠気を誘う。
宴は既に跳ねている。忠顕は未だ酒杯を離さず、時折、道誉の調子外れな高笑いが部屋中にこだましたが、そんな彼等を横目に見ながら、千種家の従僕たちは手際よくその場を片付け始めていた。
――今日も長い一日であった。
ふーっと大きく息を吐いて、義貞は目を閉じた。
微睡の中で、彼は夢を見た。
貞将と酒を酌み交わしながら、田楽舞を愉しんでいる。
その場に居並ぶ誰の笑顔にも、一点の曇りもない。
北条高時も、赤橋守時も、大仏貞直や足利尊氏も。
父貞顕も、弟貞冬も、そして長崎父子も――。
みなが屈託のない笑顔で相語らいながら、田楽舞を見ていた。
一座の中に、ひときわ目を引く美しい少女がいる。
少女が時折向けてくる可憐な微笑みに、貞将が手を振って応じる。
そのさまをからかうように、義貞は軽く小突いてみせる。
貞将は面映ゆげに笑いながら、義貞を小突き返す。
襖の隙間から差し込むやわらかな陽光が、そんなふたりを白く浮かび上がらせる。
それは義貞が強く願い、ついに叶うことのなかった、鎌倉の夢であった。
ぴい、ひゃらり。
笛の音が軽妙に弾む。
とん、とん。
調子を合わせる鼓の音も軽やかだ。
風流笠を頭に乗せた男女が、体をくねらせながら舞う。
優美でいて、そこはかとなく洒脱。
踊り子たちの華やいだ笑顔が、清新な空気をもたらす。
総勢二十人余。みな若くて、初々しい。
それぞれの動きが見事なまでに揃っていて、崇高な芸術作品を観ているようですらあった。
ところは京、朝廷きっての権臣千種忠顕の屋敷である。
大勢の来賓たちが酒と女を侍らせながらの乱痴気騒ぎに興じている。
その中には、忠顕とは親友といってもいいバサラ大名、佐々木道誉の姿もある。その傍らでは、野夫然とした垢ぬけない風貌を愛想笑いで崩す楠木正成や赤松円心ら、鎌倉倒幕に功のあった者たちの顔も見える。
そして――ひどくつまらなそうにひとり杯を傾けつづける新田義貞の姿も.その中にあった。
北条一門の壮絶な集団自決で鎌倉幕府が滅んだ後、天下のまつりごとは京の朝廷の手に移っていた。
平安の昔、醍醐・村上両天皇が展開した親政――延喜・天暦の治を理想に掲げる後醍醐天皇の新政はしかし、当初から波乱含みのものとなった。
後醍醐は王政復古の理想実現を急ぐあまり、公家衆――それも、忠顕らごくひと握りの権臣たちを重用し、武士たちを蔑ろにした。楠木や新田、それに足利尊氏ら一部の功臣たちはまだしも、多くの武士たちは働きに見合う恩賞を得られず、早くも新政への不満を募らせ始めている。
そんな歪みもどこ吹く風とばかり、忠顕ら権臣たちはわが世の春を謳歌していた。連日連夜の宴三昧に世の人々も呆れ果て、いつしか新政はすっかり求心力を失ってしまっていた。
そして、京を頽廃が支配した。
それは、ちょうど鎌倉幕府が滅亡への坂道を転がり落ちようとしていた頃とよく似ていた。それを滅ぼした側の彼等が、そのことにまるで気付いていなかったのは、まことに皮肉としかいいようがない。
いや、誰もが気付いていなかったわけではない。
実際に兵を動かし、戦場を駆け廻って倒幕を果たした武士たちは、そのことに気付いていた。足利尊氏(高氏改め)も佐々木道誉も楠木正成も、そして新田義貞も――。
彼等はみな、この新政が長くは持たぬであろうことを察していた。それを実現させるために命を削った日々を懐かしみ、大きな虚しさを感じながら、この国の行く末をそれぞれに考え始めていた。
そのような心境で、田楽舞など楽しめるはずもない。
ひとり、またひとりと席を立ち、いつしかその場には公家たちだけが残って、相も変わらぬ馬鹿騒ぎを繰り広げつづけていた。
義貞は、そんな中でなおもひとり杯を重ねつづけている。
なんとなく時機を逃して帰りづらかったということもある。だが、それ以上に、所用のためと称して早退した足利尊氏が去り際、義貞の耳元でぽつりと囁いた言葉が、耳にこびりついて離れなかった。
――六波羅や鎌倉で死んで行った者たちに申し訳が立ちませぬな。
尊氏は憤懣を秘めた口調で、そう言ったのである。
それは、まさに義貞の日頃の思いと合致するものだった。
彼は文字どおり命を賭けて鎌倉幕府と戦い、敵味方に多くの戦死者を出して、その犠牲の上に現在の新政をもたらした。人の死に優劣を付けるつもりはないが、敵ながら北条一門の死にざまは天晴れなものであり、鎌倉武士は最後にその存在価値を示したといえただろう。とりわけ朋友金澤貞将の奮闘ぶりと、その清々しい最期の姿は、今なお瞼の裏にしっかりと焼き付いている。彼の首を断ち斬った時の感触は、今なお忘れることがない。
彼等の犠牲は、尊いものであった。
そうでなければならなかった。
そうであるためには、後を受ける自分たちが素晴らしいまつりごとを行わなければならなかった。
それが勝ちを得て生き残った者たちの使命であるはずだった。
世の中は、そうやって廻っているものであり、そういうものであるべきだった。
だが――。
今、目の前で乱痴気騒ぎに耽っている愚かな者たちの有様は、どうだ。
彼等に死んで行った者たちの思いを引き継ぐ気概があるか。
その資格はあるか。
言うまでもなく、答えは「否」であった。
そして、自分は今、そうした連中の一員に堕している。
内心の思いはどうあれ、少なくとも形の上では、彼等とともに酒を飲み、女を侍らせ、田楽舞に興じている。
いったい今の俺はなんだ。
ここで何をしているのだ。
言いようのない鬱屈が、この場から立ち去る気力さえも失わせていた。
目の前の現実から逃れるために、さらに杯を重ねていく。
だが、いくら飲んでも酔うことができない。
意識は冴え、押し寄せる悲しみや怒り、もどかしさといった感情を止める力を、この酒はまったく持っていなかった。
――どうにもうまくいかぬわ、金澤殿。
亡き朋友に心の内で語りかけて、ふと視線を上げる。
ほとんど見ている者もいなくなった中でも、田楽舞はつづいている。
まるで、どのような状況下にあっても動じず踊りつづけることが自分たちの矜持なのだといわんばかりの冷静さで、ただひたすら踊っている。
その一座の最後方に、ひとりの少女の姿を見止めた。
楚々とした雰囲気を持つ、可憐なその少女は、舞の途中、ちらちらと義貞のほうへ視線を送っているようだった。
――美しい女子だな。
義貞は感嘆したが、同時に、
――俺はあの女子を知っている。
という確信にも似た思いを抱いた。
――俺はたしかにどこかであの女子に会っている。だが、いったいどこで?
鎌倉にいた頃、当時の執権だった北条高時に一度か二度、大規模な宴席へ招かれて田楽舞を見たことはあった。だが、もともと舞曲に興味のない義貞は、あまり真剣に彼等の踊りを見ていなかった。だから、踊り子のひとりひとりまで覚えているはずはない。だが、今目の前にいる少女には、たしかな見覚えがあった。
不思議なのはしかし、それだけではなかった。
少女は時折、義貞に向かって小さく微笑みかけた。
その笑顔を見た時、義貞はなぜか無性に心が落ち着き、癒されるのを感じたのだ。
見覚えがあるといっても、明らかに知人ではない少女の、その笑顔は、義貞に何か懐かしさにも似たやすらぎを感じさせるのだった。
――そういえば。
義貞は、唐突に思い出していた。
――金澤殿、貴殿もたしか田楽舞はあまり好きではなかったな。ともに執権館に招かれていた時、いつも詰まらなそうな顔をしていた。
義貞は記憶を呼び起こしながらも、食い入るようにじっと彼女の顔を見詰めている。
なぜだろう。彼女を見ていると、亡き旧友の在りし日の面影が、次々と思い出されてくる。まるで彼女の存在が幽冥境を異にしたふたりを結び付けているかのように。
――貴殿が生きていれば、天下はいったいどうなっていたのだろうな。
ふと、そんなことを胸の内で語りかけてみる。
もし早い段階で貞将が執権の座に着き、長崎父子を放逐して幕政の立て直しに着手していたら……。
主上の二度目の蜂起は、なかったかもしれない。
あったとしても、貞将のもとでひとつにまとまった幕府は、それを跳ね返していただろう。いや、赤橋守時など一門の勇将が脇を固め、義貞や足利尊氏、それに佐々木道誉など諸国の武士が同じ方向を向いた新しい幕府は、朝廷とも融和的な関係を築きながら、今とはまったく違う、新しい世の中を生み出していたに違いなかった。
そこで見る田楽舞ならば、あるいはもっと楽しめたのではないか。
そんな夢想じみた考えを、義貞は苦笑交じりに打ち消した。
――逃げるのは、まだ早いか。
新政は始まったばかりなのだ。
新たな世を作るのは、これからだ。
――ここで投げ出しては貴殿に合わせる顔がないな、金澤殿。
武士も公家も民百姓も、目の前にいる田楽一座の少女たちも、みなが笑って暮らせる世を作る。それを果たせずして、なんのためのいくさであったか。なんのための犠牲であったか。
――やってやるさ。
先程まで彼の心を支配していた悲しみや怒り、もどかしさ――そんな鬱屈した感情が、急速に晴れていく。代わって、形容しがたい安らぎが彼の体内を支配していった。
その不思議な感覚に、彼は酔った。
この心地よい感覚に、いつまでも包まれていたい。
このまま時が止まってほしいとさえ、彼は思った。
安らぎは、やがて眠気を誘う。
宴は既に跳ねている。忠顕は未だ酒杯を離さず、時折、道誉の調子外れな高笑いが部屋中にこだましたが、そんな彼等を横目に見ながら、千種家の従僕たちは手際よくその場を片付け始めていた。
――今日も長い一日であった。
ふーっと大きく息を吐いて、義貞は目を閉じた。
微睡の中で、彼は夢を見た。
貞将と酒を酌み交わしながら、田楽舞を愉しんでいる。
その場に居並ぶ誰の笑顔にも、一点の曇りもない。
北条高時も、赤橋守時も、大仏貞直や足利尊氏も。
父貞顕も、弟貞冬も、そして長崎父子も――。
みなが屈託のない笑顔で相語らいながら、田楽舞を見ていた。
一座の中に、ひときわ目を引く美しい少女がいる。
少女が時折向けてくる可憐な微笑みに、貞将が手を振って応じる。
そのさまをからかうように、義貞は軽く小突いてみせる。
貞将は面映ゆげに笑いながら、義貞を小突き返す。
襖の隙間から差し込むやわらかな陽光が、そんなふたりを白く浮かび上がらせる。
それは義貞が強く願い、ついに叶うことのなかった、鎌倉の夢であった。
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時代劇大賞のエントリーに相応しい作品ですね。会話が現代口調ではないところに共感を持てます。私は新田義貞のファンですが…それに滅ぼされるのでしょうか…別の展開があるのでしょうかねぇ…頑張って下さい。
ありがとうございます。
新田義貞は僕もとても好きな武将の1人です。権謀術数渦巻く時代に数少ない好漢。同じ匂いを持つ本作の主人公の親友にするなら彼しかない!と思いました。
ここから物語はいよいよ破滅に向かって突き進みます。今後の展開にもご期待いただければ幸いです。
よろしくお願いします。