揺れる想い

僥倖

あれから幾つもの季節を、優里と過ごして来た。
初めて優里に触れた日。
ずっと長塚の影に怯えていた俺に、優里は優しく
「聡だから、全部許したんだよ……」
そう言って、優しく抱き締めてくれたのを覚えている。
　いつの日も、どんな時でも、優里は俺から 目を逸らさずに居てくれた。
どんなにかっこ悪い俺を見せても、優里はいつだって俺の隣に居てくれた。
「さ～とし」
と呼ぶひまわりのような優里の笑顔に、俺はどれだけ救われて来ただろう。
　そんな優里が今、『田上』から『田川』に苗字が代わり、俺達は手を繋いで式場に向かって歩いている。
場所は小高い山の上に立つ小さな洋館風のレストランを貸し切り、小さな結婚式を挙げる。
『みんなとゆっくり過ごしたい』という優里の願いを叶えるべく、あちこち探し回り小さなチャペルを兼ね備えたこのレストランを見付けた。
レストランの敷地に入ると煉瓦で敷き詰められた道が続き、数歩歩いた先にレストランの入り口がある。
チャペルは結婚式を挙げる人、又は予定している人しか入れない、レストランのお店の披露宴会場の先にある通路から中庭に出た先にある。
整備された中庭で、式に参加した人達と記念写真を撮るのもこのお店の売りだった。

　優里とは幾度となく喧嘩したりしたけど、不思議と別れが選択肢に入る事は無かった。
むしろ、優里は無自覚な人タラシなので、同じ大学に通い、無理矢理お互いの両親を説得して同棲までしてここまでやっと辿り着いた……というのが本音だ。
今ではお互いの両親が仲良しで、互いの家や俺達の住むアパートに行き来する程の仲になっている。
まぁ、俺達の同棲や結婚にめちゃくちゃ協力的だったお袋には感謝しかないけどな。
優里にとって、良き理解者であり良き相談相手にもなってくれているみたいで、曾祖母の代から受け継がれているらしい指輪を、あの日、初めて家に遊びに来た日に優里にプレゼントしていたんだそうだ。
あの日から、優里の左手薬指には小さな花をモチーフにした指輪がはめられていた。
(高校時代は、アクセサリー禁止なのでネックレスに掛けて持ち歩いていた)
　会場に到着して、新郎新婦の控え室に到着すると、大切そうに5年間優里が肌身離さず着けていた指輪を外して、指輪ケースに入れて鞄の中にしまっていた。
アクセサリー自体はそんな高価な物では無いらしいが、曾祖母の代から田川家の嫁として認められた人に受け継がれている指輪を外すと
「なんか……本当に田川家に嫁ぐんだなぁ～って、実感しちゃう」
そう呟いて、優里は何も着いていない左薬指を眺めている。
「その指輪はどうなるんだ？」
タキシードに着替えながら聞くと
「私達に男の子が産まれたら、その子の彼女で『田川家の嫁にしたい』と思った子にプレゼントするんですって」
優里もウエディングドレスに身を包み、そう答えた。