風の声 森の唄

古紫汐桜

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出会い

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 出会いは入学式だった。
憧れのキャンパスライフに胸を躍らせ、学校の講堂を探していた。
広いキャンパスで迷子になっていると
「何をしている?」
と、背中から声を掛けられて振り返った。
そこに立っていたのは、スーツに身を包み身綺麗にしていた恭介だった。
(すっごいイケメン!)
唖然として見ていると
「新入生だろう?講堂は向こうだ」
恭介はぶっきらぼうにそう言うと、美咲に背を向けて歩き出した。
思わず見惚れていた美咲は、ハッとして恭介を追い掛けて
「ちょ……ちょっと待って下さい。あっちって指さしただけじゃわからないですよ!」
と、恭介の腕にしがみついた。
美咲は可愛らしい顔立ちもそうだが、性格も明るく無邪気な事から、同年代はもとより年上年下問わず、男性からは可愛がられて来た。
なので、道に迷った美咲を置いてさっさと歩き出す恭介に驚いていた。
「はぁ?」
綺麗な顔立ちに銀縁眼鏡をしているせいか、なんだか少し冷たい感じがする恭介に睨まれて、美咲は一瞬怯んだ。
「私……酷い方向音痴なんです」
俯いて呟いた美咲に、恭介は深い溜め息を吐くと
「着いて来い」
とだけ言って歩き出した。
美咲はちょっと(本当はかなり)怖い恭介の背中を見つめて歩いていると、履き慣れないヒールに足首が痛んだ。
靴擦れがおきてしまったようだ。
しかし、少しでも歩くペースを変えたら置いて行かれると思い必死に歩いていると、恭介が『遅い!』とでも言いたけげに振り向いた。
美咲は又、怒られる! と思い小さくなると
「お前……足、どうした?」
と呟かれた。
「え?」
「右足、さっきから引き摺っていないか?」
ぽつりと聞かれ
「靴擦れしたみたいで……」
と、苦笑いして答えた。
すると恭介は突然美咲に歩み寄り、ふわりと美咲の身体を抱き上げたのだ。
「きゃ~!」
突然の事で悲鳴を上げると
「うるさい! 耳もとで叫ぶな! 足が痛いんだろう? 講堂の医務室まで運んでやるから、ジッとしていろ」
そう言われて、美咲はお姫様抱っこされた姿で医務室まで運ばれてしまったのだ。
その時、美咲は恭介を「もしかしたら、この人が私の王子様なのかもしれない」と、そう思ったのだ。
美咲は小さな頃から、物語の中に出てくる王子様に憧れていた。
自分がピンチの時に現れて、颯爽と助けてくれるカッコいい王子様。
周りからは「いい加減に目を覚ませ」と言われているが、祖母から子供の頃に聞かされていた「運命の赤い糸」を、美咲はずっと信じていた。
恭介は美咲を医務室へと運ぶと、名前も告げずにさっさと医務室から去ってしまった。
美咲は医務室に居た保健婦に恭介の名前を聞き出すと、翌日から猛アタックを開始したのだ。
文学部の自分が、生物学部の恭介の授業が受けられる筈もなく…。
それでも、こっそり授業に参加しては恭介にアピールし続けていた。
周りの人達から、「顔は良いけど変わり者」と言われている恭介を追い掛ける美咲を、彼女の友達は心配していた。
色々な人に告白されているのに、美咲は
「双葉教授以外とは付き合いません!」っと突っ撥ねて恭介を追い掛けて4年目になってしまった。
(大学も今年で卒業なのに……)
黙々と山の植物を調べている恭介の横顔を見つめ、美咲はそう思いながら溜め息を吐いた。
せめて、一緒に写真だけでも撮ってくれたら良いのに……と思い、ふと気が付いた。
恭介は集中すると、何も見えなくなる。
山の中の植物や木に触れながら、何やらメモしている恭介の横顔は集中していて自分が居るのを忘れているようだ。
だったら、今がチャンスでは無いだろうか?と。
 美咲は鞄からそっとスマホを取り出し、恭介の横顔を撮った。
真剣な眼差しを植物に向ける恭介の横顔が、美咲は胸がギュッと締め付けられるように痛む。
この眼差しは……自分に向けられる事は無い。どんなに望んでも、届かない想い。
切なさに『キュッ』と唇を噛み締め、美咲は俯きかけた顔を上げる。
(まだ、振られた訳じゃない!)
そう自分に言い聞かせ、美咲は恭介の横顔を見つめた。
届かないなら、手を伸ばして掴めば良い。
近付くて遠い横顔に、美咲はせめて写メにだけでも二人で写りたいと考え、自撮りするようにフレームに恭介と自分の顔を入れて写メを撮り始めた。
一方、植物と山の土壌の状態を調べていた恭介は、カシャカシャと不快な電子音に集中力を消され、音のする方へと視線を向けた。
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