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偽りの忘却

声が、出ない ~目覚めの代償~

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 グリースは結晶に額を押し付け、結晶の表面をなぞる。
 冷たく、硬い感触が伝わる。
「……統合じゃなく、もう少し休んでいるよう言えばよかったのかな……」
 グリースはそう言って、目を閉じて結晶の中で微動だにしないルリへ問いかける。
「……」
 グリースは結晶に背もたれるようにしてその場にしゃがんだ。
「……」
 来た道は鋭い茨が道を完全にふさいでいる。
 自分だけが戻るのは簡単だ、だが次ここに来れる保証はない。
 また、結晶にした二つのルリの人格が崩壊しないという保証もない。
 アルジェントが中々終わらないことに苛立って勝手な真似をしないとよいのだがと思いながら深いため息をつく。
「……ルリちゃん」
 返事はない。
「……ねぇ、ルリちゃんはどうなりたかったの、どう生きたかったの?」
 返事が返ってこないのを分かってグリースは問いかける。
「家族の傍で、仕事をする? それとも一人で暮らして働き始める? それとも友達の誰かとシェアハウスしながら働いたり、夢を探したりしたかった?」
 グリースはルリの方を見ず、しゃべり続けた。
「……たくさん想像できたよね、夢を見れたよね。事故に会うまでは、不死人になるまでは」
 グリースは遠い目をしながら言う。
「不死人になって盟約で、ヴァイスの妻にされて自分の夢を探すことも、自由を謳歌することも、家族と幸せに過ごすことも、友達と過ごすことも、色んな可能性が」

「無くなった」

「君の手のひらから零れ落ちた、今まであった物が砂になって消えてしまった、与えられる物と要求される事ばかり」
 グリースはうずくまった。
「……あーあ、過去の自分殴りたい、そんな盟約入れさせるなって今からでも無かったことにしたい。人間政府の研究所全部爆破したい、そして不死人解放してあげたい、でも」

「今の俺にはできないことだ、『みんな仲良く幸せに暮らしました』なんて御伽噺ってわかってる」

「そんなことがあったら俺は此処に居ない。多分歴史も今と違う道になってる」

「……ハッピーエンドだって笑って言えるのは本当一握り、大抵がビターエンドかバッドエンドかノーマルエンドだよ」

「……今は二回目の最低最悪のバッドエンド見せられてる気分だよ」
 グリースの頬を涙が伝い、足元に落ちる。
 雫はシミになったが、すぐ消えた。
「……ごめんよ」
 グリースは声を震えさせながら謝罪した。

『……グリースが悪いわけじゃない……』

 グリースは声に振り向くと、ルリは目を開けて結晶をまるでガラス越しに見ているかのように手を当てグリースを見下ろしている。
 グリースは立ち上がり、結晶に手を当て、ルリを見る。
 ルリの表情は愁いを帯びている、目も生気がまだ弱く、光も弱弱しい。
『……せっかく彼女達が頑張ってくれたけど、私がダメだった……』
「傷が深いんだ、自壊を選ぼうとする位に。だからルリちゃんは悪くない」
『……目を覚ますのが怖い……ずっとここにいたい』
「……」
『……分かってるんだ……ここに引きこもり続けてるとゆっくり壊れていくことも……』
 ルリは泣きそうな笑い顔でグリースに言う。
『もう、大分、壊れちゃってるから……』
 結晶の中のルリをよく見ればうっすらと全身にヒビが入ってるのがグリースには分かった。
「……そこから出れない?」
『出たら体が壊れちゃう、だってあの子たちが居ないんだもの』
「……」
 グリースは懐から二つの青い結晶を取り出した、瑠璃色のそれにはよく見れば小さな人が眠っているようにみえた、一つはルリそっくりの女性、もう一人は幼い子ども。
『それ……もしかして……』
「彼女たちの精神が壊れる前に結晶化させたものだよ」
『……』
 グリースはルリを見据えた。
「……俺もあの二人の事言えねぇわ、ルリちゃんに苦しい道を歩むことを進めてるんだからな」
 グリースは自分への侮蔑を込めて言葉を吐き出した。
『……いいよ、でも……どうなるか分からない……』
「……ごめんよ、許してくれとは言わない、俺の事を嫌っても呪ってもいい」
 グリースの言葉にルリは首を振った。
 結晶にヒビが入る、中から液体が噴き出す。
 高い音を立ててて結晶体は壊れ、ルリが出てくる。
 ルリは立ってられないのかその場にしゃがみ込んだ。
 グリースもしゃがみ、二つの瑠璃色の結晶をルリに渡した。
 ルリはそれを大切に抱え込むと、結晶はルリの体に吸収された。
 ルリの体のヒビは一旦薄まったが、一気に全身にヒビが入った。
「……」
 グリースはそのルリに術をかけた、ヒビが悪化しないようにと。
 ルリは目を開け、何か口を動かしたが、グリースには届くことなく、グリースはそのままはじき出された。

 ばちっと目を開け、グリースは唇を離す。
 ルリはまだ目を開けない。
「おい、グリース!! ルリ様はどうなんだ!?」
 アルジェントが声を荒げて近づいてきた。
「……」
 グリースは静かにするようにアルジェントに動作だけで指示した。
 アルジェントは口を閉ざす。
 呼吸音が少し乱れる。
 ルリの口が動き、ゆっくりと目が開かれる。
「ルリちゃん?」
 ルリの唇が動く、目の生気は弱弱しい、だが、何かに驚いたように目は開かれ、ルリは自分の喉に手を当てた。
「ルリちゃん……まさか声が……?!」
 ルリは必死に喉に手を当てたままだ。

――声が、出ない、どう、して?――

 ルリは声が何故でないのかわからなかった、どうして声が出ないのか。
 そして体を動かすのが酷く辛いのも分からなかった。


「ルリちゃん、声が出ない以外に何かおかしいところあるかい?」
 グリースが問いかけると、ルリはスマートフォンを操作して文字を打ち込んでグリースに見せた。
「『体を動かすのがすごく辛い』……か、じゃあちょっと診るね」
 グリースは灰色の目を赤く変色させて、ルリの体と精神両方の様子を見る。
「……グリース、どうなのだ」
 ヴァイスが尋ねた、酷く不安の色に染まった声をしていた。
「……体には一切異常はない、つまり精神の問題だ、統合する時、体全身にヒビが入ったのを見たから、そのヒビは多分『傷』と『諦め』に関係しているんじゃないか?」
「……どういう事だ?」
 アルジェントが苛立った様子でグリースに問いかけてきた。
「――『自分が何を言っても無駄、自分の意思は無視される』」
「……」
 グリースの言葉にルリが反応する。
「『抵抗しても無駄、諦めて好きにさせて置けば痛いことも苦しいこともない』」
「……」
「……ルリちゃんの心に深くついた傷だ、どんなに後で行動変えてもまたそうなるんじゃないかと言う不安が消えなかった」
「……」
「これは時間をかけないと治らないし、ルリちゃんが治そうと思わないと治らない、両方が努力しないといけない事例だ」
「そ、そんな……!!」
「……ルリちゃんは今のままでいい?」
「……」
 ルリはゆっくりとスマートフォンを操作した。

『この方がみんなが都合がいいから、もうこれでいい』

 ルリの目は諦めの色で染まっていた。
 治りたい、治したい、そう言う気力は全く見られなかった。
「……そう」
 グリースはルリの頭を撫でて、ルリの事を否定しなかった。
「グリース貴様それでいいのか?!」
「黙れ、俺らがルリちゃん追い込んでるんだぞ、更に無理強いしろっていうのか?」
 怒鳴るアルジェントをグリースが睨みつけた。
「……」
 ルリはスマートフォンを操作して文字を表示させた。

『もう、みんなのすきにしていいよ、わたし、もうつかれた』

 ルリはスマートフォンを枕の横に置き、遠い目をしていた。
 少しすると、目を閉じ眠りに落ちた。
「……で、どうする。あ、このままでいいとか、ルリちゃんのこと好きにできるから今のでいいとか抜かしたら俺頭部破壊する勢いで殴るからな?」
 グリースは二人を冷たい表情で見る。
「そんな訳ないだろう!!」
「怒鳴り声あげるな、少しくらい静かに喋れ、ルリちゃんが疲れて眠ってるのまで妨害すんのか?」
「ぐ……」
 アルジェントは唇を噛んだ。
「……ルリを治すにはどうすればいい?」
「分かったらとっくに言ってるわ? 今のまま対応しつづけてもルリちゃんは戻らないだろうし、どうすりゃいいのか俺が聞きたい!!」
「この役立たずが!」
「うるせぇ諸悪の根源二号!!」
 グリースは怒鳴りつけてきたアルジェントに怒鳴り返す。
「ぐ……」
「――無理にリハビリといって体を動かさせるのも得策じゃないだろう、普通なら動かさせた方がいい、だがルリちゃんの場合『体を動かすよう要求』されているとなって動けはするけど良くならないだろう」
「……ならどうすればよい」
「だから俺が知りたいっての!! もう一回精神の中に潜れっていうのも無しな、ルリちゃんの精神、入る度に難易度が上がってルリちゃんの精神までたどり着ける気がしないんだよ今」
「……」
「今は様子見だ」
 グリースは立ち上がってルリに毛布を掛ける。
「人間政府の所にちょっくら邪魔してくる、正直行きたくないが、情報はどっかから漏れているからな、それも含めて行ってくるからマジお前らふざけた行動すんなよ!!」
 グリースはそう言って姿を消した。

「アルジェント」
「何でしょうか」
「下がれ」
「畏まりました」
 アルジェントは部屋から姿を消した。
 ヴァイスは眠るルリに近寄り頬を撫で、そして唇に手を当てる。
 そしてかがみ、薄紅の唇にそっと口づけをした。
「――もうよい、私はこれでいい、声も体も他の者には見せぬ、聞かせぬ、私の愛しの妻よ――」
 ヴァイスの暗い呟きを聞く者は誰もいない。



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