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真祖に嫁入り~どうしてこうなった~

心地よい眠り ~無知のままでは何時か崩壊する~

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 ルリはベッドに寝っ転がっていた。
 世話役であるヴィオレとアルジェントは現在部屋にいない。
 一人の時間だ。

「ルリちゃん」

 もう聞きなれた声に、ルリは起き上がり、声がした窓の方を見る。
 窓に寄りかかるようにグリースがいた。
「グリース」
 グリースはベッドに近づき、腰をおろす。
「ルリちゃんどうだい?」
「そろそろ外出たいー」
 ルリはグリースに背中から抱き着きながら、不満を言う。
 ここ最近庭にも出させて貰えてない現状にルリは不満があった。
「やれやれ、あいつらの過保護もここまで来るとなぁ」
 グリースは苦笑してルリの頭を撫でる。
 頭を撫でられる感触が心地いい、下心を感じない、まるで妹や娘を撫でるような手だ。
 真祖も髪や頬を撫でたりするが、やっぱり何か違う。
 アルジェントはそもそもそういう感じで頭を撫でることはないし、頬を撫でることはない、化粧水を顔につける時等触ったりするが、そういう意味合いで触ってくることはない。
「まぁ、薬ができたら外に出られるようになるからそれまで辛抱してくれよ」
「友達にも会えるようになる?」
「なるとも」
「良かったー……待てよ、薬で会えるようになっても、真祖が私を外に出してくれなかったらダメじゃん!!」
 ルリは頭を抱えた。

 グリースは薬を作っているらしい。
 ルリが外に出ても人間にも吸血鬼にも襲われなくするための薬を。
 グリースは何か特殊らしく人間にも吸血鬼にも襲われない、ルリとは違い。
 その違いを研究して今薬を制作中なのだ。
 完成したら、ルリはそれを服薬すれば外に出ても問題なくなる。
 何せ、ルリの家族と、ルリの友人と、上級役人以外真祖の妻の顔は知らないし、吸血鬼の国では、真祖とアルジェントとヴィオレ、後真祖がルリの世話役にさせようとした者達以外ルリが真祖の妻であることを知らない。
 外に出たところで、それを言わなければルリはただの人間、もしくは日光等に強い吸血鬼と勘違いされる。
 だが、肝心なのは真祖がルリを外に出して良いという許可を出すか否かだった。

「あーそうだよなぁ、ヴァイスの奴やたら警戒してるからなぁ」
 グリースはぽりぽりと頬をかく。
 ルリはぼすんとベッドに横になった。
「わー! 外出たいー!!」
 ルリは駄々をこねる。
 真祖が中々庭に出る許可も出してくれないのでルリは相当不満を抱えていた。

 人間と違って日の光を浴びないと体が脆くなるということはない、だがずっと出ないと精神的に色々とイライラしてくるのだ。

「そうだね、外に出たいよね」
 寝っ転がったルリの頬をグリースが撫でる。
 ルリはグリースのその手を握る。
 温かく、ほっそりとした綺麗な手だ。
 男性的とも女性的ともいいづらい、不思議な手。
「……」
 アルジェントは手を握るなどしてくれない、真祖の手は大きくて冷たい。
 慣れ親しんだ温もりに近くてルリは少しだけ気分が落ち着いた。
「落ち着いた?」
 グリースはそう言ってもう片方の手で頭を撫でてきた。
「……うん」
 ルリは返事をして、小さく頷く。
「よしよし、いい子いい子」
 ルリは頭を優しく撫でられていると、不思議と安心して眠たくなってきた。
 声もアルジェントや真祖みたく圧を感じることがなく、心地よかった。
 ルリは眠気に誘われるまま、目を閉じた。


「……お休みルリちゃん」
 グリースは慈愛を込めたまなざしをルリに向けながら、彼女の髪を撫でる。
 ルリはすぅすぅと夢の中に入っている。
 暫くは何があっても目を覚まさないだろう。
 例えば、怒鳴り声を上げる等しても。

「グリース……!!」

 グリースは明らかに自分に敵意と殺意を向けてくる、部屋に入ってきた存在――アルジェントの方を見て呆れ表情と哀れみの表情を向ける。
「お前本当俺の事嫌いだよな」
 グリースは呆れたようにアルジェントに向かって言った。
「ルリ様から離れろ、今すぐにだ!!」
 アルジェントはグリースの問いかけには答えず、違う言葉を発した。
「まったく、これだからむっつり従者君は……」
 グリースはぶつぶつと文句を言いながら、ルリの頭を優しく撫でて毛布をかけてからベッドから離れた。
 窓によりかかり、アルジェントを見る。
 怒り心頭のようだが、この間の様に周囲の温度を低下させるようなヘマはしていない。
 この間の失敗で少しは学んだように思える。

 グリースがアルジェントの主であるヴァイスから聞いた話では、アルジェントは基本殆どの事柄に「無関心」らしい。
 人間の国での事が原因らしい、周囲を見捨てて吸血鬼の国に亡命した事がアルジェントは未だに心に引っかかっているとのことだ。
 その為か、何かあった時の事も考えて周囲に対して「無関心」になることで自分の心を守るようになった。
 その為、責任者になっていた時でも基本無関心だった、アルジェントが反応することは主であるヴァイスの事くらいだった。
 だが、ある日その「無関心」の檻は壊された。
 ルリだ。
 ヴァイスにルリの情報を見せられ、その姿を見た瞬間「恋」などしたことのない、「無関心」で心を閉ざしていたアルジェントのそれは壊れた。
 一目で恋に落ちた。

 知れば知る程愛おしくなり、恋しくなり、映像などのコピーをもらうと、仕事がない間は寝る間も惜しんでその映像に見入っていたのをグリースはバレないように覗き見していた。

 アルジェントは「絶対零度のアルジェント」と呼ばれる程、冷たく、他者に関心も持たず、主である真祖ヴァイスにのみ従うと言われていた人物だ。
 ただ、その時からグリースは割と嫌われていた、過去に主に危害を加えた者として。
 そして今はグリースもルリを愛しているという事実から、アルジェントのグリースへの敵対心と殺意は当初と比べ物にならないレベルで厄介なものになっていた。

 主の妻であるから、主であるヴァイスがルリを愛するのは自然な事と考えている為、主に危害を加えた上、横から主の妻であり自分にとって最愛の人を掻っ攫おうとしている存在に見えるグリースが、アルジェントにとっては憎くてたまらない存在なのだろう。
 アルジェントがきっと何より腹立たしいのは、ルリがグリースに心を許しているように見える現状だろう。
 自分達よりも、主であるヴァイスよりも心を許されるなど、そんなのは決して認めてはならない。
 そう思ってアルジェントはきっと自分を酷く憎んでいるんだろうと、グリースは考えた。

「俺の意見なんて聞きたくないだろうけど、ルリちゃんを庭でもいいからもっと外に出してあげろ。相当精神的に不安定になってるぞ」
 グリースはアルジェントに対して咎めるように言う。
 アルジェントはグリースを睨みつけたまま、無言だった。
「あっそ、じゃあ俺後でヴァイスの奴に直談判するわ」
「……!!」
 アルジェントはその言葉に反応した、やめろと言わんばかりの表情を浮かべている。
 グリースはそれを見て、呆れたような口調で続けた。
「お前さ、ルリちゃんの悪口とか言ってる連中、見つけては警告したり、半殺しにしたりするの止めたら? ヴァイスの奴、何やってもダメなの分かってるから何も言わないけど、遠回しにルリちゃんの立場悪くしてるんだぜそれ?」
「……貴様に何が分かる!! 部外者の貴様に!!」
 アルジェントは怒鳴った。
「はいはい、俺はその通り部外者です。でも、部外者だから言ってるんだよ。ルリちゃんの立場は非常に不安定だ。何せルリちゃんは名家の家の出でもない、何か優れた物や事をやった存在でもない、ルリちゃんは『世界で初めて見つかった不死人の女性』というだけだ、他の連中が知っているのはな」
「何が言いたい!?」
 アルジェントは更に声を荒げた。
「……ヴァイスの奴には言っているが、ルリちゃん、どうも『世界で初めて見つかった不死人の女性』だが、他の『不死人の女性』とは異なるようだ」
「当たり前だ、ルリ様と他の者を――」
「何も分かってねぇな、他の不死人になった女達、まず第一にルリちゃんみたく強いフェロモンを出してる奴は一人もいねぇ」
「……何?」
 グリースの言葉に、アルジェントは眉をひそめた。
「出していても微量だ、他の不死人の男達みたくな。制御して全くフェロモンを出してない俺とも違うしな」
「……」
 グリースの言葉を、アルジェントは無言のまま聞いているようだ。
「そして何より、ルリちゃんのは中毒性がヤバイ」
「……どういう、事、だ?」
「血も、体液も、フェロモンも、一定の時間以上近くにいる、一定の量の摂取する、吸収する、なんかしたらその時点で中毒症状が出る」
「馬鹿な、そんな、そんな訳が――」
 アルジェントは否定しようとし、必死に考えているようだった。
「アルジェント、ヴィオレ、お前ら二人――」

「俺がルリちゃんを実家に帰らせた一週間の間やたら感情の制御ができなくなってなかった?」

「……!!」
 アルジェントは口に手を当て、視線をさまよわせていた。

 グリースはしっかり「見ていた」、ルリが居ない部屋で嘆き、ルリの写真や映像を見て今まで以上に焦がれ、嘆き、求めるアルジェントの姿を。
 いない間、ルリの悪口を言った連中を、殺したアルジェントの姿を。
 ヴィオレも、ルリのいない部屋をせわしなく何度も訪れ、何度も繰り返し掃除をして、埃一つないそこを何度も拭いて、ベッドメイキングをして、ルリの衣服を見てため息をつき、それ以外の場所ではヴァイスの命令がない限り、まったく何もやる気が起きず自室の棺の上でぐったりしていた。

 ヴァイスは、この間暴走して血を大量に吸ったのが原因か、ルリの血以外殆ど飲めなくなってしまった。
 他の血を飲むと拒絶反応でも起きたかのように吐き出してしまうようになったのだ。
 その為か、夜今では偶にルリから血を吸わせてもらっている。
 ルリはこの事は知らない為「我儘な真祖だなぁ」とぼやきつつ血を吸わせている。

「……さて、これで分かったろう。ルリちゃんの特異性、人間政府や他の連中に知られたらどうなる?」
「!!」
「そう、ルリちゃんの立場が危うくなるのと、ルリちゃんをなんとしても手に入れようとする輩が大量にでてくる」
 グリースの言葉に、アルジェントは何も言えなくなっていた。
「だから覚えておけ、ルリちゃんの立場を危うくする真似はやめろ、後俺が憎いだろうがこれらを解決するには完全な部外者である俺がいないと不味いっていうのがヴァイスの判断でもある」
「……!! ……だが……私は貴様が憎くてたまらない!! 何故お前なのだ……!!」
 グリースの言葉に、アルジェントは忌々し気に心情を吐露した。
「何故私では真祖様、そして何よりルリ様の御力になれないのだ……!!」
「……」
 グリースは愛に狂っているアルジェントを見つめた。

 こいつは可哀そうな奴だ、と。


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