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真祖に嫁入り~どうしてこうなった~
現状について ~愛される君~
しおりを挟むアルジェントが朝ルリの世話に向かうと、忌々しい事にグリースが居た。
「ほれ、お前の主人が破いたルリちゃん着ていたネグリジェ、処分するなり、縫い直すなりしてくれ」
グリースはそう言って破かれたネグリジェとキャミソールを渡してきた。
デザインや、色などからルリに昨晩着たものだと分かった。
主が破いたとはどう言う意味なのか、一体昨夜何があったのかと問おうとした。
「えー面倒くせぇ。俺一旦帰るから、お前の主人にでも聞けよ。あ、ルリちゃんいつもより遅く寝たんだから起こすなよ」
グリースはそう言って姿を消した。
アルジェントは悩んだ、破かれかたから修繕するのは少し厳しい、となれば処分するのが妥当なのだが――
最愛の女性が纏っていた物、どうしても捨てがたかった。
幸い、今ルリは寝てるし、ヴィオレはいない。
アルジェントは気づかれぬよう、自分の部屋の隠してある鍵のかかった宝箱の中に転移させた。
そして、ふうと息を吐く。
誰にもバレないはずだと、術も複雑にして主でも読み解けないようにしていると、自分に言い聞かせる。
落ち着いてからルリの部屋に戻り、ベッドに近寄って、眠っているルリの顔を覗き込む。
この調子だとあと一、二時間は眠ったままだろう。
ルリは寝息を立てながら、眠っている。
薄紅色の無防備な唇が目に入る。
自分と眠っている最愛の人以外いない状況だったためか、アルジェントは手を伸ばしてしまった。
柔らかな唇に触れる。
普段リップクリームを塗る際にも、触れているが、それとは違う意味で無防備な唇。
――口づけをしたい――
欲望が顔を出す。
アルジェントはそれはいけないと抑え込む。
先ほどルリの唇に触れた指で己の唇を触る。
僅かに甘い香りがした。
――嗚呼、嗚呼、愛おしい、恋しい、愛して、お慕いして、おります――
アルジェントは感情に歯止めがかからなくなってきたのを感じ、ルリの部屋から出て行った。
愛しい人は目覚めるのにはまだ時間がある、それまでにいつもの状態に戻そうと、自室へと戻った。
朝、ルリは目を覚ました。
時計を見るといつもより遅い時間帯だ。
でも誰もいない。
部屋にいるのは自分一人。
ルリは毛布をはいだ、パジャマを着ていた。
昨日の真祖の暴走で、ネグリジェとシャツを破かれ、着替えたのを思い出した。
アルジェントとヴィオレに見られたら、何か言われそうだと思いルリはベッドから出て着替えることにした。
二人がいると、少々おしゃれな服なので緊張するが、自分一人だから好きな服を選べる。
正確には着てて楽な服が選べるだが。
自分が家から持ってきた服に着替える。
動きやすく、それでいてそれなりにおしゃれで、汚れても大丈夫そうな恰好。
着替え終わると、ルリはベッドに戻って腰をかけた。
ふうと息を吐く。
昨夜は何か色々とあった。
会話だけかと思ったらキスされたり、抱きしめられたと思ったら首から血がどばってでる感じで噛みつかれたり等色々あった。
キスは予想外だったので抗議した、多分キスも当分されないだろう、ちょっと恥ずかしいからしないで欲しい。
抱きしめられる、まぁ、嫌いじゃないのでいいことにしておく。
噛みつかれる、吸血は我慢するが、暴走して噛みつかれるというか食われるのはできれば勘弁願いたい、かなり痛かったので。
グリース曰く、不死人は死ぬレベルの怪我なら痛みは感じない、死なないレベルの怪我なら痛みを感じる。
つまり、あの噛みつかれるのは死なないレベルなので痛いのだ、ただ完全に捕食する状態ではなかったから痛かったらしい。
本気で捕食してたら痛みを感じず、「あ、食われてる」ってなると聞いた。
食われたい訳じゃないので個人的に嫌な情報だと思った。
かなり怖い情報だからだ。
痛みを感じない状態で、体を貪られているなんて、ぞっとする。
痛みを感じている状態で貪り食われるのはもっと嫌だが、それでも嫌だ。
現在、自分(ルリ)の立場は相変わらず微妙なままだ。
配下に見せれるわけではない、人間政府は真祖に嫁入りさせたものの、「不死人初の女性」という貴重性からどうにかして手元に戻したいようだ。
グリースから聞いた話では、今割と見た目は綺麗な「不死人の女性」が少し前に見つかったらしい。
初めて聞いた。
政府は一度、自分とその女性を交換しないかと真祖に持ち掛けていたのを初めて知った。
真祖の答えは、自分がここにいるのが答え。
つまり、断った――というか激怒してそれを言い出した連中の首が飛んだそうだ。
比喩ではない、そのまんまの意味で、首が胴体と引き裂かれたのだ。
グリース曰く、当分肉を食べる気が失せる程の惨状だったらしい。
そこまで真祖を激怒させておいて、未だに自分を手元に戻したいというのは頭がおかしいんじゃないかと思った。
初だろうが、そうじゃなかろうがどっちも「不死人の女性」なのだから差はない。
そう思いたい、差があったら困る。
そしてグリースは人間の国にいる「不死人」の扱いについてはぐらかしてきた。
それで想像できた、ロクな扱いをされてないと。
真祖もそれをなんとなく理解しているのか、自分を返すという気は毛頭ないらしい。
ロクな扱いされたいわけじゃないが、ロクな扱いをされていない他の「不死人」が可哀そうに思える。
グリースは「不死人」の扱いとかの対応は自分と真祖に任せておけばいいと言っていた。
実際ルリには人を動かす力はない、魔術も使えない。
真祖の妻、という立場だけ。
公に決して出ることのない、存在。
ルリは再度ため息をつく。
ベッドに倒れ込み、天井を見る。
人間だった頃は、大学でとりあえず勉強して、どうなるか分からない将来について友達と悩んでいた。
家で、介護とか多少はあったが自由に過ごしつつ、母親に甘えて、子どもでいられた。
けれど事故が原因で自分は「不死人」となった。
そして真祖の「妻」になった、というかされた。
妻の立場になったから何かしたということはない。
世話役に与えらえれた自室でほぼ一日部屋から出されることなく過ごすことがほとんどだ。
国民に顔を見せると言うこともなく、配下に顔を見せると言うこともなく、また政治的な発言をさせられるということもなく、意見を求められるということもない。
ほとんどの人が自分を「お飾り」で「名前だけ」の存在だと言うだろう。
ルリも自覚しているし、別にそれでいいと思っている。
ルリは見知らぬ者が怖いところがあるから、大勢に顔を見せる必要がないのは楽だ。
政治的な発言など怖くてできない、自分は今まで対して頭がよくないただの一般人なのだ、そういう発言はそういう勉強をしてきた者にさせればいい。
そしてある意味一番重要事項、ルリは未だ誰かを愛してはいない。
つまり、恋もしていないのだ。
そういう意味で好きになっていない。
ルリは自分が異性愛者か、同性愛者か、はたまた両方共なのか、それとも愛さないタイプなのか分からないのだ。
だから、これから誰かを愛するかもしれないし、愛さないかもしれない。
それが予測できないのだ。
だが、それ以上にルリを悩ませているものがあった。
ルリは今、二人の男と、一人の性別不明から愛されている状態だと知った。
二人は実際に自分にそう言ったから知っていたが、もう一人は彼の主人から教えられて知った。
真祖は誰を愛するか楽しみだとは言っていたが、愛を求めない気はないと言っているので悩みの種だ。
グリースは愛している、と言ってくれたが、愛の見返りは求めないと言った、正直一番楽なのだが、彼の立場が非常に厄介なのでこれも頭が痛くなる。
最後に、アルジェント、彼はルリに直接言ってはいないが、ルリを愛して愛の見返りを求めているらしい、真祖が余計なライバルを増やすような嘘を言うわけがないので確実に事実だ。
アルジェントは、それを自分の主である真祖にバレているのに全く気付いていないらしいのだ。
なので、この事は気づかないフリをしておくと決めている、特に真祖からばらされたことは絶対の秘密だ。
じゃないとアルジェントは自害しかねない。
「ああ、もう、こんなことなら恋愛の一つや二つしておくんだった!!」
ルリは自棄になってそう叫ぶ。
「確かに、初恋位は経験しておいた方がちょっとは楽だったかもしれないねぇ」
グリースの声にルリは起き上がって窓を見る。
窓にグリースが寄りかかっていた。
グリースは窓から離れるとルリに近づいてきて、隣に腰を下ろした。
「体調はどう?」
「まぁ、いつも通り。風邪とかも引かないし……まぁたまに見る変な夢を今日は見たけど」
「変な夢?」
グリースは少しばかり真面目な表情で問いかけてきた。
「そう、見る時は内容は全く同じ変な夢――」
「私のお腹が大きくなってて……多分私妊娠した夢なんだと思う、そんな私に人っぽい影が『早く、現世でも』っていう夢」
「……」
ルリの夢の内容を聞いて、グリースは何か考え込むような仕草をした。
そして舌打ちした。
何か心当たりがあるように感じた。
「グリース?」
「ん? いや、ちょっと変な夢だと思っただけだよ」
グリースの言葉に違和感があった、何かを隠している。
けれども、ルリはそれを聞く勇気はなかった、グリースが隠している何か怖い事を明らかにするんじゃないかという予感がしたからだ。
「……そう」
「まぁ、変な夢だし、気にすることないって」
グリースはそう言ってルリの頭を撫でてきた。
何故か分からないが、グリースに撫でられると非常に心地が良い、安心する。
母親に撫でられているのと同じ感じがして気分が落ち着く。
「ねぇ、ルリちゃん、頬にキスしていい?」
「んー……ほっぺならいいや」
ルリは口じゃないからいいと思ってそう答える。
グリースは慈愛に満ちた優しい表情を浮かべたまま、そっとルリの頬に口づけをしてきた。
その口づけは、ルリにとって不快感もなければ、恥ずかしさもない、気が楽で、心地よい頬へのキスだった。
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