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癒やし係開始!~恋愛に鈍感な彼女~
しおりを挟む美咲はしばらく頭を抱えていたが、帰る術などないことを決めて腹をくくる。
「分かりました! 最初にどなたを癒やせば宜しいのでしょうか?」
「それは──」
「俺だ」
男と同じくらい長身で、がたいがよく、傷だらけの男が入ってきた。
美咲は硬直する。
威圧感が半端なかったからだ。
「龍牙様」
「龍牙?」
傷だらけの壮年に見える男は龍牙と呼ばれた。
「この組織のトップの御方だ」
「え゛」
美咲は、最初下っ端のヴィラン達の相手をするかと思っていたが、なんといきなりトップの相手をさせられる事になり、硬直した。
「しかし、美咲は配置されたばかりで……」
「構わん」
美咲は息を飲む。
「娘」
「は、はい。何でしょう」
「膝を貸せ」
「は、はあ……」
美咲は膝を貸せというのは、膝枕のことかなと思い正座した。
すると、龍牙は何も言わずに、膝枕の上に頭をのせた。
「……」
「……」
沈黙が部屋を包む。
美咲は自分を見定めているのだと判断し、次の一手を考えた。
そして、出たのが──
「いつもお仕事お疲れ様です」
と、頭を撫でたのだ。
黒く長い髪を梳くように、頭を撫でていた。
「どうか、この一時だけゆっくりしていって下さいね」
そう言ってしばらく膝枕をしながら頭をなで続けた。
しばらくして龍牙が起き上がろうとしたので、美咲は頭を撫でるのを止めた。
「娘」
「は、はい」
「以後も励め」
「は、はい!」
そう言って龍牙は出て行った。
「問題は無しということだ。癒やし係頼んだぞ」
「は、はい!」
黒炎に言われ、美咲は頷いた。
黒炎が仮面を被り、部屋を出て行くと、ヴィラン達が我先にと入ってきた。
「お願い膝枕してくれー!」
「おい、俺が先だ!」
「ゴロゴロしてー!」
「順番通りやりますから、はい、並んで下さい!」
そう言うと、ヴィランとは思えない態度で彼らは並んだ。
「はい、膝枕ですねー」
「あと、頭撫でてくれー!」
「はい、よしよし、頑張ってますねー」
「ううー俺、これで頑張れそう!」
10分程して交代して行く。
「ゴロゴロして──‼」
「はい、ゴロゴロー」
猫っぽいヴィランが喉をだしたので、喉を撫でてあげる。
ごろんと仰向けになったのでなでなでと腹を撫でる。
「頑張るいい子だねー」
「うにゃー!」
同じように10分程して交代していく。
「肩を揉んで下さらないでしょうか」
「はい、いいですよー……わ、すごい肩こり、大変ですねぇ」
「そうなんですよ、研究開発は本当大変で……」
「お疲れ様です……」
15人程癒やして、約150分。
二時間以上が経過していた。
ブラック企業で培った体力があるが、それでも疲れ始める頃だった。
「休憩だ、一端ここまで」
黒炎がやって来て中断させた。
「ふぅ……」
疲れた息を吐き出すと、黒炎は仮面をつけたまま言った。
「10人程で止めればよかったな、すまない」
「いいえ、前の会社に比べたら……うふふふ……」
黒い笑みを浮かべる美咲を見て、黒炎はブラック企業滅ぶべしと思った。
「何かして欲しいことはないか?」
「えっと……」
ぎゅ~~っと腹が鳴った。
「そういえばご飯食べてなかったです……ご飯が食べたいです」
「分かったすぐ用意をしよう、何か注文は?」
「白いご飯と、味噌汁が欲しいです」
「分かった」
黒炎が出て行くと、黒服に身を包んだ者達が入ってきて椅子やテーブルなど色々と持ち込んだ。
そのうち一人が美咲の手を取って立たせ椅子に座らせた。
「飲み物は?」
「麦茶を下さい」
「畏まりました」
美咲がそういうと、すぐ冷たい麦茶が用意された。
美咲は麦茶を飲むと、普段自分が飲んでいるものよりも美味しく感じられた。
「環境が変わったからかな……」
そう呟くと、扉が開き黒炎が料理を運んできた。
温かい白米のご飯に、豆腐とわかめの味噌汁、ゴボウサラダに、焼き鮭。
それが目の前に置かれ、美咲は黒炎をちらりと見る。
「食べてくれ」
「じゃあ、いただきます」
美咲はそう言って食事を取り始めた。
「美味しい……!」
味噌汁に口をつけて美咲は声を上げる。
「どなたが作ってくれたんですか?」
「……私、だ」
「へ?」
「私だ」
「えー⁈」
悪の組織で働いている人が料理上手という事実に驚いたが、趣味とか色々ありそうだし、まぁいいかと納得した。
「とても美味しいです、有り難うございます」
「ああ、そうか。うん」
黒炎は仮面をつけたまま、髪の毛を弄っていた。
照れ隠しなのかな、と思いながらも食事を続けた。
「ご馳走様でした」
美咲は手を合わせる。
「美咲」
「何でしょう黒炎さん」
「君の食事、これから作っていいかな?」
「え⁈ いいんですか⁈」
「美味しそうに食べる君の姿が料理した人間としては冥利に尽きる」
「わー! 嬉しい‼ 私料理苦手だから本当に‼ 有り難うございます‼」
「……もう一時間ほど休憩してくるといい、そしたら再開だ。呼びに行こう」
「分かりました!」
美咲は部屋へと戻る。
そして、少し疲れたので仮眠を取ることにした。
「黒炎様」
「何だ」
「……あの、美咲様に全く伝わってないかと」
「分かっている、だがそれでいい」
「いいのですか⁈」
黒炎は配下に驚かれる。
「私が独占してはだめだろう、彼女はこの組織の為にある」
「そうですが……」
「やはりそういう関係になると黒炎様でも独占したくなるのですか?」
「私も人だ、独占したくもなる」
黒炎はそう言って「癒やし部屋」を後にした。
「黒炎、良い人材を見つけたな」
謁見の間で龍牙に黒炎はそう言われる。
「龍牙様勿体ないお言葉です」
「だが良いのか、お前はあの娘を好いている」
上司である龍牙に言われて首を振る。
「良いのです、組織の為ですから」
黒炎はそう言ってその場を立ち去った。
「蟲番、グリーレー」
「何ですかボス」
「何すか、ボスぅ」
黒炎が居なくなった謁見の間で、龍牙は他の幹部二人を呼ぶ。
「あの二人がくっつくよう上手く立ち回れ」
「いいんですかぁ?」
「その方が組織に有益だ」
「わかりましたよ」
「了解っす」
二つの影が消えて、龍牙は立ち上がり謁見の間を後にした。
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