上 下
5 / 5

変わる事、変われない事~幸せな日々~

しおりを挟む



「アベルお前正気か?」
「安心しろ、正気だ。エミリアの告げるのは別離の言葉だ」
「何? 言ってなかったのか?」
「完全にはな」
 アベルは椅子に座りなおして、グラスを傾け、中の葡萄酒を飲み干す。
「それでエミリアは晴れて自由だ、私と添い遂げられる」
「……分かったお前がそう言うなら」
 アベルの言葉に、しぶしぶバージルも納得した。




「ようこそ、ガロウズご夫妻!」
 二週間後、私はバイロン辺境伯様の所へアベル様と向かいました。
「ブルース様、私の我儘を聞き入れてくださり、感謝します」
「いいんだいいんだ、それよりもアレクシスの脱走癖が悪化しててね」
「……分かりました、ではお願いします」
 屋敷の中に案内されると、応接室で従者の方に体を抑えつけられているアレクシスがいました。

――ああ、貴方は現実逃避を繰り返しているのですね――

「アレクシス――」
「エミリア助けてくれ!! こいつ等は私を殺す気だ!!」
「……現実逃避は止めてください、貴方は私を捨てましたでしょう?」
「ちがう!! お前が何も言わないから不安だったんだ!! 今だって愛しているんだ!!」
 心からの言葉なのは分かりますが、私にとってはアレクシス自身に都合の良い言葉にしか聞こえませんでした。
「――幼い頃、貴方は虫や蛇を捕まえては私に見せにきましたよね?」
「……? あ、ああそれがどうした?」
「私はそれに『いやです、やめてください』と言ったのに、貴方はなんども繰り返した、それに何度も拒否の言葉を言っても貴方は止めなかった、だから私は貴方に拒否の言葉を言うのは止めました」
「そ、そんな子どもの頃の――」
「貴方の誕生日に、贈り物を持って私は貴方に『アレクシス、大好きよ』と言ったのに貴方は『嘘をつけ!』と冷やかし続けました。だから私は貴方に『好き』というのも止めました」
 淡々と事実を述べます。
 アレクシスの顔が真っ青になっていきます。
「アレクシス――」

「――全部、貴方が招いたことよ。貴方は私を信じてくれなかったから、私は貴方を信じられなくなった。だからもう、あの時終わっていたの」

「そしてどうか、自分のしたことをちゃんと見つめなおして、現実を見て」

「もう、私と貴方は終わったの。貴方を愛していた気持ちはあの日貴方の言葉で死んだの。だから、お終いなのよ」

 目からつぅと一筋の涙が零れるのが分かりました。
 それをアベル様が拭ってくださいました。

 それを見たアレクシスはがくりとうなだれたようでした。

「さようなら、アレクシス、どうか幸せになってください。自分がしたことを償った上で――」

 私はそう言い終わると、アベル様と部屋を後にしました。


 その後、ベティさんと話をしましたが、こちらの話は全く聞いてもらえず、罵られる一方だったのでブルース様が会話を打ち切り、彼女を独房へと連れて行きました。
 アレクシス程でなくても、自分がしてきたことの重さを理解して欲しかったのですが――残念でした。




「もう、帰るのか?」
「要件はこれだけだ――だが、土産を用意してくれるとは思わなかった、すまない私からの土産が葡萄酒二本だけなのにな」
 アベルがそう言うと、ブルースは首を振った。
「王族御用達の葡萄酒だろ?! だから気にするな!」
「そうか」
「エミリアちゃんは?」
「疲れて寝ている、ではな」
「ああ」
 アベルはそう言って馬車に乗り込むと、すぅすぅと眠っているエミリアに毛布を掛けてやり、そのまま走らせた。


 後日、アベルとエミリアの元にアレクシスの態度が変わったと報告があった。
 仕事を覚えようと必死になり、脱走などしなくなったそうだ。
 それからさらに月日がたったある日、二人の元へバイロン辺境伯からとある茶葉が届いた。
 それはアレクシスが購入したものだという。

『何も気づかなくて、ごめんエミリア。それからお幸せに』

 と、メッセージカードが添えられていた。
 アベルは人は変わるものだなと少しだけ感心した。


 だが、変わらないものもいる。
 アレクシスとは違い、ベティ・ルネス。
 彼女は何度も脱走を繰り返し――ついにはワイバーンの群れの餌食となったそうだ。
 そして骨だけになった亡骸をルネス家に返されたという。

 そのことを聞いたエミリアは、悲壮の色に染まった顔をして、静かに涙を流していた。




「エミリア、可愛いエミリア」
「何ですか、アベル様。それと可愛いというのはそのお恥ずかしいので……」
「可愛いらしく美しい君をそう言って何がダメなのかね?」
 アベル様は大体こういって私の少し恥ずかしいという気持ちに歯止めをかけてしまいます。
 いつも私の傍にいて、日々を過ごしてくださることがとても楽しいと感じています。

 アレクシスは人が変わり、勤勉で真面目になり、結婚が決まったそうです。

 お祝いを送りたいというと、アベル様は――

『以前のままの彼なら私は嫌だが、彼は変わった。ともに選びましょう』

 と、いって共に祝いの品を選びました。
 茶葉のお返しに、アベル様は様々な果実のジュースの詰め合わせを送りました。

『葡萄酒が好きなのだが、妻となる方はお酒が飲めない方らしいからね』

 そう言った事も調べて選んでくださいました。


 でも、新しい人生を歩んでいるアレクシスの事を聞くたびに。
 ベティ嬢も、真面目に働いて、脱走何てしなかったら人生をやり直せたかもしれないとそう思ってしまいます。

 男癖が悪く、多くの令嬢からひんしゅくをかっていた彼女ですが。
 私は死んでほしかったわけではありません。

 ただ、真面目に人生を歩んで欲しかっただけです。




「エミリア」
 色々と考え込むエミリアに声をかける。
「アベル様?」
「君が重荷を負う必要はないのだよ」
 そう言ってアベルはエミリアの額に口づけをした。
「アベル様」
「私の大切なエミリア」
 一見すると表情は殆ど変わっていないが、アベルには嬉しそうにほほ笑んでいるのが見えた。

「愛しているよ」
「私もです、アベル様」

 そう言って二人は頬に口づけを交わした。


 アベルにとって、人は悪意のあるものだった。
 けれども、親友ともがそうではないと教えてくれた。
 そしてその親友とも愛娘エミリアを愛した。

 けれども歳の差からためらってしまった。
 結果、彼女は元婚約者から傷つけられた。

 だから、二度と、傷つけられないようにと守るをアベルは誓ったのだ。

 周囲はエミリアとアベルの子を早く望んでいるが、アベルはその気はないし、エミリアも同じだ。

 ゆっくりと自然に任せていけばいい。
 できればその時、できなければその時――

 そう思いながら、二人は幸福で穏やかな日々を過ごしている。




「アベル様」
 いつものようにアベル様の名前を呼びます。
「何だいエミリア」
「私、とても幸せです」
 私が微笑んで言うと、アベル様も微笑み返してくれました。
「私もだよ、エミリア」
 アベル様とどうか幸せに過ごせますように、私は祈りを込めてアベル様に口づけをしました――







 人嫌いの不老公爵と、表情乏しい令嬢は――妻を愛する不老公爵と、家族の前で表情豊かになる令嬢はいつまでも幸せに暮らしたそうです。










 めでたしめでたし
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(4件)

桐生桜月姫
2021.11.29 桐生桜月姫

胸に響くお話しでした。
やっぱりいじめは良くありませんね。
主人公ちゃん、幸せそうで何よりです。

琴葉悠
2021.11.30 琴葉悠

ありがとうございます、そう言っていただけて嬉しいです!
いじめはよくありませんね!
主人公を幸せにしたかったのでそう言ってくださり嬉しいです!

解除
とまとさん
2021.11.29 とまとさん

元婚約者は改心して良かった。

琴葉悠
2021.11.30 琴葉悠

そう言っていただけるとうれしいです!
感想ありがとうございます!

解除
月華
2021.11.29 月華

改心した独りには新たなる人生を。
歪んだままの独りには命の尽きるざまぁを。
そしてヒロインには心から幸せと言える生涯を。
サラッと読めて読後感も良く面白かったです。

ただ、疑問というか質問?
ヒーローの不老は永遠なんでしょうか(不死?)
だとしたら家族や友人達をずっと見送り続ける人生は幸せなのかな??と。
人魚の肉を食べて不老不死になった男は何百年と生きる内にその「生」を嘆いてしまい、
最後は自らを狭い洞窟に埋めてもらいその中で今も孤独に生き続けている・・・というような昔話を思い出してしまいまして・・・

琴葉悠
2021.11.29 琴葉悠

感想ありがとうございます。

ヒーローである、アベルはあくまで不老長寿なので永遠ではありません。
なので、ヒロインであるエミリアが死んでしばらくしたら同じように死にます。
不老だけにしたのはそういう意味もあります。
なのでご安心を!

解除

あなたにおすすめの小説

出来の悪い令嬢が婚約破棄を申し出たら、なぜか溺愛されました。

香取鞠里
恋愛
 学術もダメ、ダンスも下手、何の取り柄もないリリィは、婚約相手の公爵子息のレオンに婚約破棄を申し出ることを決意する。  きっかけは、パーティーでの失態。  リリィはレオンの幼馴染みであり、幼い頃から好意を抱いていたためにこの婚約は嬉しかったが、こんな自分ではレオンにもっと恥をかかせてしまうと思ったからだ。  表だって婚約を発表する前に破棄を申し出た方がいいだろう。  リリィは勇気を出して婚約破棄を申し出たが、なぜかレオンに溺愛されてしまい!?

私、侯爵令嬢ですが、家族から疎まれ、皇太子妃になる予定が、国難を救うとかの理由で、野蛮な他国に嫁ぐことになりました。でも、結果オーライです

もぐすけ
恋愛
 カトリーヌは王国有数の貴族であるアードレー侯爵家の長女で、十七歳で学園を卒業したあと、皇太子妃になる予定だった。  ところが、幼少時にアードレー家の跡継ぎだった兄を自分のせいで事故死させてしまってから、運命が暗転する。両親から疎まれ、妹と使用人から虐められる日々を過ごすことになったのだ。  十二歳で全寮制の学園に入ってからは勉学に集中できる生活を過ごせるようになるが、カトリーヌは兄を事故死させた自分を許すことが出来ず、時間を惜しんで自己研磨を続ける。王妃になって世のため人のために尽くすことが、兄への一番の償いと信じていたためだった。  しかし、妹のシャルロットと王国の皇太子の策略で、カトリーヌは王国の皇太子妃ではなく、戦争好きの野蛮人の国の皇太子妃として嫁がされてしまう。  だが、野蛮だと思われていた国は、実は合理性を追求して日進月歩する文明国で、そこの皇太子のヒューイは、頭脳明晰で行動力がある超美形の男子だった。  カトリーヌはヒューイと出会い、兄の呪縛から少しずつ解き放され、遂にはヒューイを深く愛するようになる。  一方、妹のシャルロットは王国の王妃になるが、思い描いていた生活とは異なり、王国もアードレー家も力を失って行く……

その断罪、三ヶ月後じゃダメですか?

荒瀬ヤヒロ
恋愛
ダメですか。 突然覚えのない罪をなすりつけられたアレクサンドルは兄と弟ともに深い溜め息を吐く。 「あと、三ヶ月だったのに…」 *「小説家になろう」にも掲載しています。

【完結】「お迎えに上がりました、お嬢様」

まほりろ
恋愛
私の名前はアリッサ・エーベルト、由緒ある侯爵家の長女で、第一王子の婚約者だ。 ……と言えば聞こえがいいが、家では継母と腹違いの妹にいじめられ、父にはいないものとして扱われ、婚約者には腹違いの妹と浮気された。 挙げ句の果てに妹を虐めていた濡れ衣を着せられ、婚約を破棄され、身分を剥奪され、塔に幽閉され、現在軟禁(なんきん)生活の真っ最中。 私はきっと明日処刑される……。 死を覚悟した私の脳裏に浮かんだのは、幼い頃私に仕えていた執事見習いの男の子の顔だった。 ※「幼馴染が王子様になって迎えに来てくれた」を推敲していたら、全く別の話になってしまいました。 勿体ないので、キャラクターの名前を変えて別作品として投稿します。 本作だけでもお楽しみいただけます。 ※他サイトにも投稿してます。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。

(完結)義妹は婚約破棄を喜んだ?ーねぇ、それで幸せになれたの?

青空一夏
恋愛
アイリス・ウィルソン公爵令嬢は、王女様だった母のクリスタルが亡くなってから環境が一変してしまった。 父親が、囲っていた愛人と子供を屋敷に連れて来て再婚したからだ。 屋敷で居場所のないアイリスは、王太子妃候補に選ばれるが・・・・・・ すっきりざまぁ。因果応報の世界。11話からは、BL要素あり。腐女子の方にも地雷かも。ご自衛ください。 ※不快感を感じられた方がおりましたら申し訳ありません(❁ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾⁾

屋敷のバルコニーから突き落とされて死んだはずの私、実は生きていました。犯人は伯爵。人生のドン底に突き落として社会的に抹殺します。

夜桜
恋愛
【正式タイトル】  屋敷のバルコニーから突き落とされて死んだはずの私、実は生きていました。犯人は伯爵。人生のドン底に突き落として社会的に抹殺します。  ~婚約破棄ですか? 構いません!  田舎令嬢は後に憧れの公爵様に拾われ、幸せに生きるようです~

婚約破棄されたので王子様を憎むけど息子が可愛すぎて何がいけない?

tartan321
恋愛
「君との婚約を破棄する!!!!」 「ええ、どうぞ。そのかわり、私の大切な子供は引き取りますので……」 子供を溺愛する母親令嬢の物語です。明日に完結します。

異世界転移して恋人に捨てられたら、伯爵様に見初められました

琴葉悠
恋愛
神薙優衣は異世界転移の際スキル「癒やし」を与えられた女子高生。 しかし、恋人が「魅了」のスキルを持つため、同じスキルの異世界人や他の異世界人(女性達)と出て行ってしまう。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。