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壊れる未練の鎖
しおりを挟む「……あ、あの……ブルーベル? こ、これは……その露出が高すぎる……と……思うんですが……」
湯浴みの後、着せられる寝間着や下着が、此処に来てからの物と明らかに違った。
綺麗なのだけれども……露出が高い。
今まで着せてもらっていた寝間着は露出が低くて上品。
下着も上品な物が多かった。
いや、別に今着せてもらった下着と寝間着が品がないとか、そういう訳ではないのだけれども――
――すごい恥ずかしい!!――
白い綺麗なレースや刺繍が入っている下着に、寝間着。
レースや刺繍は綺麗なのだけれども、露出が高くて恥ずかしい、すごい恥ずかしい。
「大丈夫です、とても良くお似合いです」
「いや、そういうのではなくて……」
にこにこと笑っているブルーベルが何か怖い。
会話もいつもと違ってなんか噛み合わない。
「いや、あのその」
「御后様が、ご懐妊なされた暁には盛大に国をあげて祝いをいたしますので」
――ギャー?!――
――ちょ、ちょっと待って待って?!――
――そんなの聞いてない、心の準備全然できてない!!――
――というか式まだ挙げてないし準備だって……ってそういう問題でもなーい!!――
ブルーベルの言葉に私の頭の中は大混乱。
現実逃避とかできる状態じゃない。
「では、御后様、ごゆっくりと」
ブルーベルは笑顔のまま部屋を出て行った。
ブルーベルの善意から来る満面の笑みがこれほど怖いものだとは私は思わなかった。
私はとりあえず、ベッドのに腰を掛けて頭を抱える。
「……どうしよう」
正直逃げたくなった。
陛下には非常に悪いのだが、まだ私は陛下の事を完全に好きに――愛していない。
陛下は愛してると何度も私に言ってくれてはいるけれども――
馬鹿な私は未だ裏切られた事を引きずってて、その言葉がそうでなくなる日が怖くてどうしても、愛することができない。
私は深いため息をついた。
陛下の行動や考えが理解できない。
いや、多分理解しようとしてないだけかもしれない。
相手の事を知れば知る程――
裏切られた時の痛みが増すから、知りたくないのかもしれない。
――いつまで、引きずってるの……――
――復讐すると決めたはず――
――なのに、過去をどうして引きずるの?――
何度も自分に問いかける。
でも、私は上手く自分の心と折り合いをつけることも、前を向くこともできない。
――臆病者――
私が私を責める。
馬鹿な私を私が責める。
それが苦しくてたまらない。
「――ストレリチア、どうした?」
「ふぎゃ?!」
気が付いたら陛下に顔を覗き込まれていて、私は変な声を上げてベッドに倒れこんだ。
「……ストレリチア、その何だ。随分と……うむ、美しいな。その恰好はどうした?」
陛下が私の服装に疑問を抱いているのに、私は違和感を覚えた。
「その……ブルーベルが……」
「……成程、確かに私は其方を『愛でる』と言った――のを早とちりしたのだろう、私に非がある、ブルーベルを責めてくれるな」
「……」
――一体どこで聞いたのだろう……というか陛下が言ったのかなぁ何か……――
陛下の言葉に私は遠い目をする。
「まぁ、愛でやすい恰好だから、良いか」
――私はちっとも良くありませんが?!――
愉快そうに笑う陛下が何か怖い。
そんな事口が裂けても言えないけども。
「……」
思い返せば、此処で自傷行為をしてしまった時が陛下が私の体にわりと触れたが、それ以降は、殆ど抱き枕みたいな扱いになっている。
抱き枕みたいな扱いにも最初は慣れなかったが、今はもう何か慣れてしまった。
が、それはそれとして、陛下が何をやるのかさっぱり分からない。
ブルーベルが勘違いして言った内容ではないにしろ、少し怖い。
ぐるぐると考えていると、陛下がいつの間にか寝間着に着替えていた。
相変わらずだが、袖から見える褐色の引き締まった腕綺麗な手、綺麗な指。
戦い慣れしてるとはとても思えない体つきだ、いや筋肉はついてるし引き締まってはいるのだが、暑苦しいという感じはなく綺麗に見える。
「ストレリチア」
「は、はい?!」
名前を呼ばれて私は飛び上がりそうになった。
「そう怖がる事はない、最初其方にした時のようにするだけだ」
「い、いえ、そう、言われましても……」
最初の時と言われても、泣いてたことしか殆ど記憶にない。
触れられていたのは何となく覚えているけど、ただ、泣いてた方の記憶が強くて覚えていない。
ベッドに寝かせられて、陛下が私を抱きしめてくれている。
心臓の音が五月蠅い。
顔が熱い。
「ストレリチア」
名前を呼ばれる度に、心臓がより五月蠅くなる。
唇の感触が首筋に伝わる。
手が肌を撫でる感触が伝わって何か細い物が体に纏わりついて――
――細い物?!――
普通の糸よりも細い物体。
暗くて良く見えない、暗闇に慣れるのを待つには少々時間がかかる。
私は暗視の魔術を小声で唱えた。
そして自分の体を見て、目を疑う。
体にまとわりついている細い物体は金色の髪の毛だった。
そして錯覚などではなく、髪の毛は動いていた。
「へ、陛下?」
思わず声を出してしまう。
「……ストレリチア、其方。何時になったら二人きりの時位私の名を呼んでくれるのだ。まさか、忘れたという訳ではあるまい?」
陛下の声が何処か嫉妬しているように聞こえた。
「い、いえ、そのような事は……」
「……」
何となく嫉妬していますと言わんばかりの空気が漂っている気がするが、できれば気のせいだと思いたい、いや本当。
「?!」
覚えていないが、前回絶対触っていないであろう箇所まで触ってきた。
お腹に。
というかパンツのの上らへんだから色々と危機感が芽生える。
「へ、陛下その、流石にそこは――!!」
慌てふためくが、陛下にがっちりと抱きしめられてるし、陛下の手の力が強すぎてどうにもできない。
その上、ますますご機嫌斜め、嫉妬してます、そんな空気が増す。
――どうしろと!?――
正直陛下の考えている事は非常に分かりづらい。
陛下は私に、何を求めているのか、分からない。
「ストレリチア」
「は、はい」
「だから、何故私の名を呼ばぬ」
不満、嫉妬、そう言った色んな物が混じり合った声。
「いえ、その……」
本当は――分かっている。
私は怖いのだ、再び裏切られて捨てられるのが怖いのだ。
陛下の気持ちが受け止めれない、信じられない。
私は誰かを愛するのが、怖い。
愛した後、裏切られるのが、怖い。
今も立ち直れない、自分が、惨めで、みっともない。
後一歩、後一歩踏み出せばいいだけなのに。
その一歩が、踏み出せない。
踏み出すことができれば私はきっと――
迷う事無く、前を向けるはずなのに、それができない。
一歩を踏み出すきっかけが分からない。
陛下の呆れのため息が聞こえる。
怖かった。
愛想をつかされたんじゃないかと。
「リチア」
親しい人から呼ばれる私の愛称を陛下が口にした。
心臓がどくんと脈打つ。
「リチア――私は其方の事を愛している。其方が年老いてもずっとそばにいると約束しよう、だから――」
「私を愛してくれ。其方が愛してくれるなら私は命などいらぬ。其方を裏切った男へ残る愛情を、未練を、その全てを私にくれないか。」
その言葉に、私の心の中で、何かが砕けた音がした。
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