DOLL GAME

琴葉悠

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第七章:自分の意志で

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 試合翌日、ライカは目を覚ました。その日は不気味なほどに静かだった。
 ライカはぼんやりとリビングへと歩いていく。
 テレビを付けると、連合軍が派遣され一体の「DOLL」を破壊する活動を行っていることがニュースになっていた。
 その後に避難地域が指定され、ライカのいる場所もその地域に入っていた。
「……だから、静か、なんだ」
 ライカは避難地域に目をやり、何かを探してから安堵する。
「……良かった、お父さん達の病院は戦闘区域近くじゃ、ないんだ……」
「みゃぁ」
「あ……ごめんね、ごはん用意するから」
 ライカはわたあめ用の器にキャットフードを盛り、もう一個の器にミルクを注ぐ。
 わたあめの前にそれらを置くと、わたあめは嬉しそうにミルクを舐め、キャットフードを食べた。
『先ほどの発表によりますと、連合軍が東方地区のセントラルシティに「DOLL」部隊を増強することが決定したそうです。今後、戦闘は更に激化するものと予想されます』
「……人が、たくさん死ぬ……」
 ライカはそう言うと、テレビを消して自分の部屋に戻った。

 部屋に戻り、ライカはドアを閉めてベッドの方へと近づく。
「ルギオンさんは、私を殺すつもりはないから……此処には来ないだろうな……」
 ライカはフォルトの言ったことを思い出しながら、これからの事を考え始めた。
「……どうして、身体が震えるんだろう……」
 震える身体を抱きしめて、ベッドの上に座り込む。
 自分の手をじっと見つめて、力を込めて握りしめた。

 あの瞬間、ライカはルギオンを殺そうとしたのだ。
 死ぬのが怖かったから、殺したのが許せなかったから、彼自身の行為が許せなかったから、彼の存在が怖かったから、この世界から消したくなった。
 ライカがそんなことを考える自分が許せなかった。
 そして、その時の事を思い出すことで、自分が「DOLLGAME」で相手を徹底的に倒すのかを考えてしまう。
 それが怖かったのだ。

 ライカは、始めの頃は「DOLLGAME」相手をできるだけ傷つけずに倒そうとしていた。
 しかし、それは不可能だとすぐに悟ってしまった。
 相手を必ず戦闘不能に追い込まなければならない、もしくはギブアップに追い込まなければ勝利にはならない。
 それ故、ライカは思いついたのだ。相手に恐怖を与える存在になることを。
 だから徹底的に相手を破壊することにした。
 彼女が恐怖の的になるのにはそれ程時間は掛からず、リベリオンの名は知れ渡った。
 自分を偽りだした彼女は、何処までが本物で、何処までが演技なのか、その境が時折解らなくなるようになった。
 時折、相手を破壊するたびに、楽しみを感じるようになるのはそう遅いことでは無く、早いものだった。

 ライカは自分の中にある争いを好む感情に気づく。
 そして、それに耐えきれず、家を飛び出した。

 家からいなくなったライカに気づいたフォルトは敢えて探すことはせず、グリーンプラントの本部に移動した。
 グリーンプラント本部に着くと、フォルトは迷うことなく社長室へと向かう。
 社長室のドアを開けると、レイヤが其処に立っていた。
「レイヤ」
「どうした、フォルト」
「ライカがいなくなった」
「何!」
 レイヤは立ち上がり捜索願を出そうとしたが、フォルトは其れを止める。
「止めておけ」
「どうしてだ……!」
 掴み掛かってくる勢いのレイヤを宥めるようにフォルトは言う。
「今の彼女に必要なのは俺たちじゃない。家族だ」
「……家族、つまり家族のいる病院に行ったと?」
「だろうな」
 フォルトはポケットから写真を取り出した。
「ライカは、ソロネとは違いすぎる。乗り越えるまでの時間が短すぎた」
「短すぎた?」
「ああ」
 フォルトはソロネの写真を眺めながら続ける。
「ライカは戦闘行為を行う年齢が幼すぎた。ソロネの用に精神が大人になる手前で大人になることを強要された為大人を演じることもできないままそれを続けていた。それが結果として戦闘の中で本人の知らない内に歪んでいき、戦闘を好む手前まで来た」
「……戦闘を、好む」
 言葉を繰り返すレイヤに対し、フォルトは頷きながら話を進める。
「ライカにそれに気づかなかった、それに気づいてしまったんだろう。殺されるんじゃないかという恐怖の中で『殺されたくなければ壊してしまえば済むことだ』という思考が身体を支配し、錯乱した中でルギオンを殺そうとした。俺は、ライカにそんなことをして欲しいとは思わない。お前はどうだ?」
「私だって嫌だ!」
 ライカが人殺しをするという事を想像したレイヤは身体を震えさせた。
 身体を震えさせるレイヤを見て、フォルトは苦笑しながらも直ぐに真面目な表情に戻る。
「まぁ、そう言うこともあって、ライカには人殺しは俺もして欲しくない。だが、ルギオンと戦うのは避けられないだろう」
「どうしてだ?」
「レイヤ、お前が今のルギオンを倒せるか?」
 フォルトに言われてレイヤは考え始めた。自分がルギオンを倒せるかどうかを。

 レイヤは戦闘行為を嗜み程度は今でもやっていた。
 今も彼女の「DOLL」は存在し、改良が加えられているが、戦争をするためのものではなく「DOLLGAME」をする為のものであった。
 ルギオンの「DOLL」タナトスの用に純粋に戦闘用、破壊行為の為に作られた物とは目的から違う。
 ルギオンもこの数十年の内に違法な仕事を行って戦闘能力を飛躍的に向上させてきたはず。そして、レイヤの腕は本気手前ライカと引き分けるのが精一杯の腕前だ。

 レイヤは考えがまとまったのか、静かに溜息をついた。
「無理だな」
「だろう? おそらく勝てるのはライカだけだ」
「……全戦全勝、常勝無敗の向かうところ敵なしのライカだけか」
 レイヤはがっくりと項垂れる。
「しかし、今のライカでは負けることは目に見えている」
 フォルトはそう言って写真を懐にしまった。

 フォルトは窓の外の景色を眺めた。
 遠くの町から煙が立ち上り、赤い炎が見えた。
「近いうち此処までくるだろうか」
「此処には攻撃はしないだろう、ソロネの思い出の場所だ」
「研究所は?」
「……格納庫を地下に移動させた、被害は最低限にできるようにしたから大丈夫だ」
「そうか」
 フォルトはそう言ってレイヤの方を向く。
「レイヤ、ルギオンはどうすれば救える?」
「……どういう事だ?」
 フォルトが突然言い出したことに、レイヤは戸惑った。
「ソロネは、ルギオンを救いたかったんじゃないか? ソロネは、ルギオンが狂ってしまった理由の根底にあるものを知ってしまった。だからこそルギオンの行為を止め、救いたかった。それを伝える意味で、俺を庇ったんじゃないかと考えているんだ」
「……深読みしすぎじゃ、ないのか?」
「庇った件は深読みかもしれないが、ソロネがルギオンを救いたかったのは事実だと思う」
 フォルトはそう言うと、レイヤに詰め寄るように近寄った。
「レイヤ、頼みがある」
「……何だ?」
 フォルトがレイヤの耳元で囁くと、レイヤは目を見開いた。
「正気か?」
「彼女が何を選ぶか大体解る。だから、その為の準備だ。できるか?」
「できるが……お前が無事かどうかわからんぞ?」
「構わない。どうせ俺はそうそう簡単に死ねない『失敗作』だ」
 「失敗作」と言う言葉に反応し、レイヤは顔を悲哀の色に染める。
「……ソロネとライカが泣くぞ」
「後で殴られてもいい。だから頼む」
 レイヤは、深い溜息をついてから静かに頷いた。



 病院に着いたライカは、急ぎ足で父親のいる病室に向かった。
 病室のドアを開けると、アレフとレイカ、ラルフが揃っていた。
「ライカ、どうしたの?」
 レイカは優しい声でライカを迎える。ライカは安堵の表情を浮かべてレイカに抱きついた。
「あらあら」
 レイカは自分に抱きついているライカの頭を撫で、優しく抱きしめ返す。
「ライカ、どうした?」
 ラルフが心配そうにライカに尋ねると、ライカは静かに首を頷いた。
「……色々ありすぎて、疲れちゃった」
「嫌な事でもあったのか?」
「……嫌って言うか……怖いことがたくさんあって」
 そう言ったライカをレイカは優しく抱きしめたまま、頬を撫でる。
「ライカは恐がりだものね」
「確かにな」
 ラルフは口元に弧を描かせて、ライカを笑う。
「昔、ホラー映画のシーンが怖くて布団被って脱水症状起こしたくらいだからな」
「その話はやめてってば!」
 ライカは顔をふくらませてラルフを睨み付ける。
 ラルフは苦笑を浮かべて肩をすくめた。
「……ねぇ、お母さん。その内この病院も避難地区に入るのかな」
「さぁ……お父さんはどう思う?」
 レイカは困った顔をして、アレフの方を向く。アレフは読んでいた本を置いてライカとレイカを見て考える仕草をした。
「そうだな……近い内にこの病院も避難地区に指定されるかもしれないな」
「やっぱり……戦争、だから」
 ライカが不安そうに言うとアレフは静かに頷いた。

 アレフはベッドから起きあがり窓の外に目をやった。
「……しかし、この地区は比較的安全だと言っている連中がいる」
「え?」
 驚くライカを見てアレフは小さな棚から何冊かの本を取り出す。
「実際に戦争を体験した『DOLL』の乗り手、元『人形師』達の話でな、このグリーンプラントの地区は奇跡的に戦争での被害が少なかった場所らしい」
「それとこれが……」
「ソロネ、知っているだろう?私の母親、お前の祖母の姉にあたる人物の事を」
 ライカは小さく頷き、レイカから手を離すとアレフの元に近寄っていった。
「ソロネ伯母さんは凄腕の『人形師』であると同時に看護師でもあり社会福祉士でもあった。だから弱者救済の為に政府の役人以上に奮闘していたんだ。戦争で居場所を失った人達の為に」
 アレフは病院の近くにある花畑を見下ろす。
「ソロネ伯母さんが作った花畑がある病院、それが此処。ソロネ伯母さんがつとめていた病院が此処なんだ」
「お父さんは、会ったことあるの?」
「私が生まれる前にソロネ伯母さんは死んでいる。祖母さんとソロネ伯母さんは年が離れてたからな。祖母さんが十歳の時ソロネ伯母さんは二十六歳だ。それにソロネ伯母さんが死んだのは三十歳の時、祖母さんは十四歳。私は生まれてもいないよ」
「生まれるどころか、影も形もない時期だね」
「全くだ」
 ライカとアレフは顔を見合って苦笑する。
 花畑から視線を完全にずらすと、本を手に取りライカに見せる。
「この本の写真に、あの機体と似た『DOLL』が写っている。その『DOLL』はこの地区は襲撃しなかったそうだ。病院とかがある地区は決して襲撃しなかった、とな」
「どうして……」
「さてな」
 アレフは、戸惑うライカの頭に手を乗せる。
「それどころか、病院を襲撃しようとする軍をソロネ伯母さんの『DOLL』と一緒に撃退したそうだ。お前には言ってないがソロネ伯母さんは戦争時の『人形師』の中でも唯一人を殺さなかった『人形師』だ」
「人を殺さなかった……『人形師』?」
 ライカは本に載っている写真を見て呟いた。
 青い色の「DOLL」が病院の近くに座っている場面が写っていた。
 「DOLL」の足下にはブラウスとスカート姿の女性が立っており、子ども達と遊んでいた。
「この女の人が、ソロネさん?」
「そう、私の伯母さん。ソロネさんだ」
 その場面の拡大写真があり、其処には満面の笑顔で遊ぶ子ども達を、微笑みを浮かべて見つめる女性がいた。
「ソロネさんは……戦争とか怖くなかったのかな……」
「怖かったと思うわ」
 レイカが写真を見るライカの髪を優しく撫でる。
「誰だって戦争は怖いもの……でも、ソロネさんはみんなを守りたかったから戦ったんじゃないかしら」
「守りたかった……」
 ライカはその言葉を呟いてからうつむいた。

 しばらく無言になってから、ライカはレイカの顔を見上げた。
「お母さん、私、自分が怖い。戦争が怖い」
「どうして、自分が怖いの?」
 レイカは優しく微笑みながら問いかける。
「色んな人を、平気で傷つけられる人間になったんじゃないかって……そう考えてしまう、自分がそんな人間になったと思うのが……怖い」
 身体を震えさせるライカを、レイヤは優しく包み込む。
「そんなことはないわ。貴方はとても優しい子よ。だって……そんな風に人の事を考えてあげられるのだから……」
「ライカ、本当に酷い人間は、そんなことを考えないぞ」
 ラルフもライカも髪をぐしゃぐしゃにする勢いで撫でる。
「お前は優しいから、自分の行いに耐えきれないだろうな。だが、それを忘れるな。人を傷つけると言うことの意味を」
 ライカは静かに頷き、外を見た。

 遠くの町が赤々と燃え、煙が出ているのが解った。
 人がいないはずの地区だが、避難し遅れた人がいないかどうかが気になった。
「……攻撃されなくても、避難地区になりそうだな」
 アレフの呟きが、ライカにはとても悲しい物に聞こえた。

 ソロネさん、貴方はどうして「人形師」になることを選んだんですか。
 誰を救う為に「人形師」になったんですか。
 患者を救いたかった? それとも人を?
 誰も答えをくれないけれど、私は私の答えを見つけます。
 貴方が選んだように、私も選ばなければならないから。

 ライカは唇を噛み締める。
「ライカ、覚えておけ」
「何?」
 アレフを見て、ライカは首を傾げた。
「限界を越えるというのは人の限界でもあり自分の限界でもある。結局は人は誰かを越える前に自分を越えなければならない。今までの自分を越えてこそ一歩先に進める。解るか?」
「まぁ……一応」
 意味がわからないと言いたげなライカに、アレフはニコリと笑った。
「つまり、何かを越えるのに必要なのは自分自身だ。最後に何かを乗り越えるのは自分自身だ。だから、迷うな」
 ライカは驚きの表情を浮かべて周囲を見渡した。
 頷くラルフに、微笑むレイカ、そして真剣な表情を浮かべるアレフ。三人とも、ライカを見つめていた。
 その眼差しは暖かく、優しいものだった。



 ライカは、遠くの町を静かに眺めた。
 赤々と燃える町がライカの目に映る。

 ルギオンさんを止めよう。
 これ以上人が死ぬ前に、あの人が自分自身を殺してしまう前に、止めよう。
 殺さなくていい、試合と同じく倒せばいいんだ。
 あの人が他の人を傷つけないように、他の人に殺されないように倒せばいいんだ。
 ソロネさんが自分の意思で全てを決定したように、私も自分で決めなくてはいけない。だから決めた。
 今は、迷わないと。ルギオンさんを倒すと決めた。
 できるかどうかはやってみないと解らない。
 でも、頑張れば止められるはず。

 ライカは静かに目を閉じて、息をする。
「お父さん、私――……」
「フィーネさん! いますか!」
 ライカが最後まで言葉を紡ぐ前に、血相を変えた看護師が病室内に入ってきた。
「此処も避難地区に指定されました。今すぐ避難を開始しましょう!」
「解りました。レイカ、荷物をまとめてくれ」
「はい」
 ライカは遠くを見つめてから、歯を食いしばり、避難の準備を開始した。

 荷物をまとめ終えるとラルフに持たせて避難を開始する。
「あ、そうだ……わたあめ」
「あ、あの子猫か?」
「ごめん、一度戻るから、先に避難所に行ってて。すぐ、すぐ行くから」
 ラルフにそう言うと、ライカは急いで自動操縦車に乗り病院を後にした。

 家に入ると、ライカはリビングで幸せそうに丸くなっているわたあめを発見する。
「わたあめ……」
「みゃおん?」
 可愛らしい声で鳴くわたあめを抱き寄せると、ライカは安堵の息をつく。
「わたあめ、少しの間だけお家とお別れだよ。でも大丈夫、すぐ帰ってこれるからね」
「みゃう」
 ライカは優しくわたあめを撫でながら、ソファーの上に置き、必要とする物だけをバッグに詰め込む。
 詰め込み終わると、ソファーの上に置いた綿飴を抱きかかえて家を出、鍵を掛ける。
 そして、名残惜しそうに家を見つめてから自動操縦車に乗って避難所に急いだ。

 避難所に着くと、表で待っていた家族を確認する。
「ライカ!」
「ラルフ、わたあめをお願い!」
「へ?」
 間抜け顔をするラルフにライカは腕の中のわたあめを押しつけた。
「みゃう!」
「あら、可愛い猫ちゃん」
 レイカがラルフの代わりにわたあめを受け取り、抱きかかえて咽を撫でる。わたあめは満足そうに咽を鳴らした。
「どうしたんだよ」
「私ちょっと行かなきゃいけない所があるの。だから、わたあめ預かってて」
「行かなきゃいけないって……どうしたんだ?」
「やることがあるの。私にしかできないことを」
 必死に訴えるライカに、ラルフは呆然とするが、ラルフの前にアレフが出てライカを見下ろす。
「お前にしかできないのか?」
「うん、私にしかできないの」
「じゃあ、行きなさい。悔いがないようにな」
 アレフに言われ、ライカは満面の笑みを浮かべて頷いた。
「うん! じゃあ行ってきます!」
 ライカはそう言うとラルフ達に手を振って自動操縦車に乗り込んで避難所を後にした。

 避難所から出て行く自動操縦車を見送ると、ラルフは深い溜息をついた。
「知らないフリをするのも大変だ、全く」
「あの子が知らないことを望んでいるんだ。言ってくれるその日まで黙っておこう」
 アレフが言うとラルフは呆れたような息を吐き、肩をすくめる。
「やれやれ、困ったもんだぜ全く」
「ライカ……必ず帰ってきなさいね……」
「そうだな……」
「……帰ってきなさい、マリオネットとしてではなく、私達の娘ライカとして」
 レイカは周囲の人に聞こえぬように言った。

 自動操縦車に乗ったライカは、外を眺めていた。
 避難する人などが往来する道路。
 戦争が近くにあることを実感した。
「……止めなきゃ」
 これから戦争を止めに行く自分を奮い立たせるように呟くと、目的地が示された画面を見た。
 車の小さなモニターには「目的地:グリーンプラント研究所」と映し出されていた。



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