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婚約者の弟が姉を好き過ぎて困る件について

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「最近、婚約破棄ものが流行っているらしい」

 世の中、間違っているよな。イケメンで勉学ができた第二王子が婚約破棄をして廃嫡された。それも先月のことなのに…

 なぜか、その後に続いて有名どころの奴らが婚約破棄を立て続けに起こしている。理解できないわ。婚約破棄なんて流行するもんじゃないだろ。

「おっ、ついに俺の姉である公爵令嬢に婚約破棄を突きつけると?」

 奴は右の口の端を釣り上げた後にそう言ってきた。

「そんな訳ないだろ。実際にやったら、殺されるだろ。俺の家って伯爵だぞ」

「おい、おい、婚約破棄のために生まれてきた婚約破棄伯爵様とあろうものが何を言っているんだよ」

「なんだよ! 婚約破棄伯爵って!?」

「知らんのか? 異世界、悪役令嬢学園所属の婚約破棄伯爵は有名なキャラやぞ」

 どこにそんな変な学園が存在しているんだよ。聞いたことないわ。って、異世界なのかよ!?

「どこの異世界だよ!? 聞いたことないわ。それに悪役令嬢学園って」

「知らないのか。悪役令嬢学園は完璧な悪役令嬢を育成するために創立そうりつした高貴なる学舎まなびやの女学園だ」

「いや、いや、そこって女子校だろ!? なんで、俺が婚約破棄伯爵として所属しているんだよ」

「TS転生や」

 TS転生してるいのかよ。って、転生かよ。

 「TS転生!? 俺、死んでいるの!? しかも女性になるの」

「そうや、そして婚約破棄伯爵。いや、改め、婚約破棄女伯爵には妹がいたんだ」

「いや、くそ妹ブームにのらなくて、いいんだよ」

「流行りは重要だ。俺の話を聞け」

 頭が痛くなってきたわ。なんで、俺がコントみたいにこいつにツッコミをしないといけないんだよ。

「聞くかよ。話を戻させてくれよ。だから、最近、婚約破棄が流行していてさ」

「流行に乗りたいんだろ? ヒュー、婚約破棄伯爵は違いますな。さてと姉上のところに行こう」

 あ、姉上のところに行くって? 何、ニヤニヤしているんだこいつは…

「待てよ!? なんで、ここでお前の姉の話に繋がるんだよ」

「いや、いや、いや。この昨今の婚約破棄ブームの流れにおまえものろうということだろ?」

 そう言って、こちらを見ながらまだ笑ってやがる。

「あー、婚約破棄が流行っているんだ。先輩の第二王子も婚約破棄して廃嫡されたし、幼馴染の子爵も婚約破棄して学園を追放された。そろそろ、次は俺かなって?」

「なわけあるか。って、そろそろもクソもないわ」

「まぁ、落ち着けよ。婚約破棄伯爵。いや婚約破棄女伯爵?」

「俺に聞くな。そして、そんな伯爵おらんわ」

 婚約破棄伯爵なんていたら、貴族として子孫を残せないわ。どんだけ、リスキーなんだよ。もし、仮にそんな名前のやつがいたとしても相手の親御さんが婚約なんて許すかよ。

「また、また、そんな戯言はどうでもいいからイメトレしようぜ」

「イメトレってなんだよ」

「え? 知らんの? イメージトレーニング。『婚約破棄伯爵がお送りする素敵な婚約破棄を今夜、あなたに』のイメージトレーニング」

 本当に驚愕したって顔をして、何を言っているんだこいつは!?

「なんだそれ!? イメージトレーニングはわかったけど。後半、おかしいだろ!?」

「まぁ、まぁ、落ち着けよ。ひとまず、イメトレやろ?」

「ああ、やればいいんだろ。やれば…」

 きっと、こいつに何を言っても通じないんだろな。流石に10年以上の交流があるからわかるわ。もう、めんどくさいからサクッとやって終わらせよ。

「じゃ、俺は婚約破棄される側の令嬢をやるから。そっちは婚約破棄する伯爵でよろしく頼むわ。あと、設定は卒業式の会場としてな。さっそく、やろか」

「おい、おい、こんな広場でやるのかよ」

って、自宅でやるんじゃないのかよ。まだ、ここ学園の中なんですけど。しかもカップルが待ち合わせで使っている噴水前だぞ。絶対に後から顰蹙ひんしゅくをかうやつだろ。

「おっ、公爵家でやるか? 確か、今の時間だと姉上は部屋にいるだろうからその部屋でやろうか」

「やるか。誤解されたらどうするんだ。俺の人生が詰むぞ」

「またまた、婚約破棄伯爵は人生が詰むことなんて考えてないって。だって、婚約破棄をするような奴だぞ。まともな訳ないわ」

「そら、そうだけどさ」

 俺は奴の言葉に同意はする。でもさ、だったらよ。そんな役を俺に押しつけるなよと思わざるを得なかった。もう何もかも、面倒めんどうくさい。いや、面倒めんどうくさくなってきたわ。さっさと終わらせてここを一刻もはやく離れよう。よし、そうしよう。

「ひとまず、ここを卒業式会場としてどんなセリフを言えばいいんだよ」

 俺はそう言って確認を取るために奴にそう尋ねる。

「公爵である親の地位を笠に着た暴虐はもはや看過できない状況である。本日をもってお前との婚約を破棄とする!」

 なるほどね。悪役令嬢に対する婚約破棄ね。って、公爵!?

「公爵って、本当に俺の設定が入っているだろ。他の人に聞かれたらどうすんだよ!!」

「大丈夫だ。さっき、ここら辺を公爵家の関係者以外には立ち入り禁止にしたから」

「おい、ここって学園だよな。公平な身分制度を謳ってなかったけ?」

「王がいて、奴隷がいるこの国で公平な身分制度って、どんなジョーク。ウケるわ」

 心底に面白いのか。馬鹿みたいに笑い転げていやがる。もう、こいつが次期公爵とか考えたくないわ。ああ、早く、このくだらない状況を終わらせよ。

「くそ、やればいいんだろ?」

 こんなくだらないのは早めに終わらせるに限るから、さっさとセリフを適当に言って終わらせよう。

「こうしゃくであるおやのちいをかさに…」

「心がこもってないぞ。やり直しだ!!」

 って、面倒(めんどう)くさいな。もう少しだけ、声を大きく出すか。

「公爵である…」

「もっとだ。もっとできるはずだ。おまえならできる。さぁ、演技をしろ。すごく、ちょうどいいタイミングだから!!」

「公爵である親の地位を笠に着た暴虐はもはや看過できない状況である。本日をもってお前との婚約を破棄とする!」

 ちょうどいいタイミングね。え? ちょうどいいタイミングってなんだよ。俺が腹の底から声を出して前を見るとそこには…

「私の何がいけなかったのでしょうか。でも、そこまで言われたら…」

 なんでいるの。このバカの姉である俺の婚約者。いや、バカなのは俺の方か。
ああ、その美人の顔から滴る涙。ああ、完全に誤解されている。

「おまえ、姉上になんてことを」

 怒り心頭と言わんばかりに顔を真っ赤にして俺の首に腕を持ってきて、襟をつかんできた。

「ちょ、ちょ、嘘だろ? おまえが言えって」

「まさか、姉上の前で本当に言うとは」

 何、驚愕の表情を作っているの!? むしろ、こっちが驚愕だわ。

「姉上、こんなクソ野郎のことは放っておいて、家に帰りましょう」

 そう言って、奴は俺の襟から手をはなした。そして、そのまま、オレの婚約者の腕を取って帰路に着こうとする。いや、待てよ。

「いや、いや、クソ野郎はおまえだろ。次期公爵のクソ野郎!! 今のは違うんだ。俺はハメられたんだ」

 俺は慌てて、彼女に駆け寄りながら、そう叫ぶが、

「お、浮気した奴がよく言うセリフ。さすが、婚約破棄を本当にした人は違うね。ウケる」

 と野郎は俺の顔を見た後に顔に満面の笑みを浮かべながらそう言ってきた。くそ、この姉バカの所為で誤解されたのに…

「お前がそれを言うな!」
 
 互いの思いが通じ合うと言われている名門貴族が集まる学園にある有名な噴水前で、俺の声が虚しく響き渡るのだった。
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