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第51話 怒りの鉄拳

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 静かだった。

 ゲーリィの圧倒的な力を前に、だれもが沈黙していた。

 巨大な船を一撃で割り、目にも止まらぬ疾さで数多の兵を葬り、それでいて息ひとつ乱さない。
 この鬼神のごとき振る舞いは、勇ましい男たちの戦意をひと目で崩壊させた。

 睨みあえば、凍りついた。
 爛々らんらんと輝くまなざしを見れば、存在しないはずの向かい風が強く吹き、熱く肌を叩いた。

 震えちゃなんねえ。震えれば、その瞬間に死ぬ。
 怯えていると知られれば、たちまち胴をふたつに割られる。

 それほどの気迫が、殺意のように吹き荒れている。

 ちくしょう……だれも見てなきゃ戦えるってのに。
 クソさえ漏らせりゃ”無敵うんこ漏らしビクトリー・バースト”を発動させ、どんな相手だろうと勝てるってのによ……

 おれは剣を抜いた。万に一つの勝ち目を祈った。

 狙いはただひとつ。クソを漏らしても仕方がない状況を作ることだ。

 いくら無敵のスキルが発動するといっても、突然みんなの前でクソを漏らすわけにはいかねえ。
 世間にゃ”無敵泣き虫ビクトリー・クライ”で通ってる。

 なら、チャンスは防戦だ。
 強烈な攻めを必死に受け止め、死の恐怖で涙とクソを漏らしたということにすれば、なかなか合理的にパンツを汚せる。

 それだけが勝機だ。
 あとは、死ぬ前にそれが達成できることを祈るだけ。

 そう覚悟を決めたときだった。

「なにをしている」

 ゲーリィが言った。

「なぜスキルを発動しない」

「なに……?」

「おまえは無敵の力を持っているのだろう。炎を浴びても無傷でいられ、触れただけで相手を灰にするスキルがあるのだろう。なら、なぜ使わない」

 てめえ……なに言ってやがる。

「おれのスキルが発動すりゃあ、てめえなんざ剣ごしでも死ぬぜ」

 そうだ。おれのスキルは服や道具にも効果が伝播する。
 あいつの剣がおれに触れれば、たちまち剣を通してヤツの体に効果が及ぶ。
 それを、発動しろだなんて、自殺行為でしかない。

 だが、ゲーリィは笑った。

「いいや、死なん」

「……なぜだ?」

「おれの剣には力がこもっている」

 ヤツの巨大な二本の剣に、青い輝きが宿った。

「おれたち魔族は、魔王様のスキルの一部、不死身の肉体が遺伝している。おれは鍛錬たんれんすえ、剣に力を宿すことに成功した。直に斬られればともかく、剣と剣のぶつかり合いなら、おまえのスキルは止まるだろう」

「なぜそんなことが言える。試したわけでもねえのによ」

「勘だ」

「勘……」

「おれの勘が、剣でなら渡り合うと言っている」

 こいつ……恐ろしいやろうだ。
 たしかに剣が青く輝いてるし、スキルが伝播してんだろう。
 スキルってのはその辺ハッキリしねえから、そういうことができたっておかしくはねえ。

 けど、だからって断定はできねえ。触れれば一撃の最強スキルだ。
 いのちを賭けるにゃ根拠が少なすぎる。

 なのに、おれもそう感じている。
 こいつの言う通り、少なくとも剣と剣ならスキルが止まりそうな気がする。
 この男なら、そうしてしまうと思える。

「さあ、遠慮せずスキルを使え。身体能力も上がるはずだ。正々堂々、お互いのすべてを出して戦おうではないか!」

「なに……?」

 おれはその言葉にピキンときた。
 正々堂々だと? いのちのやり合いで? 世界を賭けた戦いで?

「そう、正々堂々とだ!」

 やろうは誇らしげに言った。
 まるで、それが正しいことであるかのように。それが正義かのように。

 虫唾むしずが走らあ!

「ざけんなクソやろう!」

 おれはブチ切れた。
 相手が到底敵う相手じゃねえことも忘れ、剣を地面に突き刺し、捨てた。

「なっ!?」

「ナメてんじゃねえぞ!」

 おれはやろうに向かって一目散に走った。頭に血が昇っていた。

「なにをするつもりだ!」

「こうするんだよ!」

 おれは怒鳴りながらゲーリィの顔面をぶん殴った。

 当然やろうは無傷だ。でけえ音はしたが、痛えのはおれの手だけだ。ダメージは与えてねえ。

 だが、ヤツは呆然としていた。

「なっ……なぜ」

「てめえがひとをナメくさったクソガキだからだよ!」

 おれはゲーリィの胸ぐらをつかみ、ぐいっと引き寄せ、顔面合わせで言ってやった。

「正々堂々だと!? 殺し合いにンなもんあるか! 戦いってのはてめえの出せる全力を出して、死なねえように、傷つかねえようにやるんだ! 人間も、動物も、みんな死にたくねえから必死にやるんだ! それが、正々堂々だと!? ざけてんじゃねえ!」

 ゲーリィの顔は、怯えはしないものの、それに近いものがあった。
 一歩間違えばキスしちまうような距離で、小さく言った。

「だ、だが……騎士とは正々堂々……ナメたわけではなく……」

「それがナメてるっつってんだよ!」

 おれはやろうを殴り飛ばした。やろうはまるで痛みを感じたようによろめいた。

 そんで、さらに言ってやった。

「いいか! 死んだらお終いなんだ! だから絶対に勝つんだ! だのにてめえらクソ魔族は不死身だから、いのちの重さってもんを、いのちの大切さってもんを知らねえんだ! だからそんな、相手を見下した態度になるんだ! 強えからって調子に乗りやがって! おれがそんなにザコに見えたか! てめえはそんなにえれえのか!」

「……」

「けっ! しょせんはてめえもクソ魔族じゃねえか! キレジィが魔物を道具扱いしねえヤツだって言ってたから、ちったあ骨のあるヤツかと思ったが、とんだ期待外れだぜ! このクソバカやろう!」

 そう言っておれはもう一発殴ってやった。

 ふー、言ってやった言ってやった。バカにされた分をぜんぶ吐き出してやったぜ。
 まったく、ナメやがって。これにりてもうふざけた態度を取るんじゃ——

 あーっと………………まずいな。

 おれは冷静になった。
 いや、冷静ってのは違えな。正気に戻った、かな?
 そしたらさあ、やっちまったってことに気づいちゃったよ。

 おれの~♪ 目の前に~♪ おっきな剣を持った目つきの悪いひとが~~、いる~~~~♪

「ちょっと言いすぎたかな!」

 おれはてへへと笑顔を作った。
 ゲーリィさんは深刻そうにおれを睨み、じっと黙っていらっしゃった。
 あちゃー、こりゃいけませんねえ。
 わたくしも大人なんですから、もう少し言い方ってもんがございましたわ。

「勝つことも大事だけど、やっぱ正々堂々戦うことも大事だよね! おれそーゆーの好きだわ! いいこと言うね~! 男はそうじゃなきゃねえ!」

「……」

「そいじゃさあ、今日は日取りが悪いし、突然だったしさあ。後日、日を改めて正々堂々やりやしょーや。そーだ、それがいい! それが正々堂々ってもんですよ!」

「すまなかった」

「へ?」

 ゲーリィは目をつぶり、左右の剣を地面に突き刺した。

「たしかにナメていた。おれは弱者をいたぶる気でいた」

「そ、そう? いいのよ~、気にしないで」

「おれはいのちの重さを、いのちの大切さをわかっていなかった」

「いいじゃないの~。いまわかったんでしょ~? あんま深く考えんなって」

「おれは……おまえのおかげで、本物の男を感じることができた。男がどう生きればいいのか、知ることができた」

 おれのおかげで?
 おやおや、もしやこれ、ずいぶんといい流れなんじゃねえか?
 ついカッとなっちまって失敗したと思ったが、逆に頭下げて感謝してやがる。
 もしかしてこいつ、仲間になってくれんじゃねえか? つーかこの感じだと舎弟しゃていじゃね?

 と、おれはだいぶ楽観的になっていた。実際そんな会話だった。

 ——が、ゲーリィはカッと目を見開き、

「本気でやろう!」

「えっ!?」

「おれは騎士として! いや! ひとりの男として、おまえを本気で殺す!」

「待って待って! 落ち着こう! まずは話そう!」

「いや、待たない! そんな失礼なことはしない! おれは全身全霊を込めて戦う!」

 ちょ、ちょっと待って! ちょちょちょ、ちょっと待ってーーーー!
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