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第46話 女のたくらみ

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「わずか数千で十万の城を……」

 女王さんは途切れるような声で言った。

「それも、ほんの一日で……」

 空気がしんみりとかげっていた。
 強大な魔物との戦いは想定していたが、まさかそんなバケモノが残っているとは思わなかった。
 元気が取り柄のおれでさえ、気が滅入めいっちまいそうだった。

 だが、かならずしも脅威じゃねえ。

「でも弟さんはに服してるんでしょう?」

 カレーノが希望にすがるように、前のめりになって言った。

「お母さんが亡くなって、それから十年、ずっといままで戦いに参加してないんでしょう? なら戦わないで済むかもしれないわ」

「そうですね……」

 キレジィは苦悩するように目をつむり、

「わからない、というのが本音です。あの子が母の死をどうとらえているのか。わたしとおなじように、自分たちのせいだと考えているのなら、あるいは……」

 言いながら、薄く目を開いた。視線はどこを見るでもなく、低く沈んでいた。

「できることなら、あの子とは戦いたくありません」

 フッと顔を横に逸らし、遠くを見つめた。

「あの子は悪い子じゃない……決して魔物を道具扱いしたりしないし、ひとを殺して笑うこともありません。ただただ魔王や母に戦果を報告して、褒めてもらうのをよろこんでいました。ただそれだけの子なのです」

 それだけの子……か。話を聞く分じゃ”あの子”なんてレベルの存在じゃねえけどな。
 まあ、姉にとっちゃ弟ってのはそんなもんだろう。
 おれもいつも強がって、姉さんに笑われてたっけ。

「……まあ、あとでじっくり考えるとしよう」

 女王さんは強気に腕を組み、いつもの調子で言った。

「ここまでいくさの準備を進めたんだ。いまさらなにが来ようと、止まるわけにはいかん。なんとしてでも勝つ。それに、いざとなればベンデルがいるしな」

 そうだな。たしかにおれの”無敵うんこ漏らしビクトリー・バースト”があれば、どんな相手だろうが触れただけで殺せる。
 そしておれにはオート・スキル”うんこ吸収チャージ・ザ・ダークネス”があるから、魔王だけじゃなく、常にスキルが発動できる。

 問題は、このことをどう話すかだよなあ。
 おれはクソ漏らしがトリガーだなんて話すのが恥ずかしいから”無敵泣き虫ビクトリー・クライ”といつわってきたけど、どっかでうまく説明しねえと。
 だって、おれがずっと無敵でいりゃあ、かなり有利に戦えるからよお。

「ほかに情報はあるか?」

「いえ、これですべてお話しました」

「そうか。それにしても……」

 女王さんはフーンと鼻からため息を吐くと、キレジィをまじまじ見つめ、言った。

「だいぶ汚れたな」

 キレジィは汚れていた。
 服も肌も、土埃つちぼこりの茶色い汚れが染みついている。
 愛犬のクロも毛並みが悪い。
 そりゃ、こんなところで洗濯も水浴びもしねえで閉じ込められてりゃ、そうなるに決まってる。

「ベンデル、きさまは戻れ」

「え、なんで?」

「いいから戻れ。ここから先はわたしとカレーノだけで話す」

「はあ? なんでおれをのけ者にすんだよ。おれがいちゃ邪魔だってえのか?」

「そうだ」

「んなっ!? なんでだよ!」

「説明する必要はない。さっさと失せろ」

 んがー! こ、このやろう、ずいぶんなこと言ってくれるじゃねえか!
 さてはこいつら、おれに隠れてこっそりうまいもんでも食うつもりだな!

「おれにも食わせてくれよ!」

「なんの話だ」

「なにがって、スッとぼけるつもりか!」

「はあ……きさま勘違いしているな」

 女王さんは苦しげに頭を抱え、

「きさまが想像しているようなことではない。とにかく戻れ」

「やだね! こう見えておれは勘がいいんだ! 肉だな! それもとびっきり希少でうんめえヤツだな! しらばっくれんじゃねーぞ!」

「ああもう、わかったわかった。そう騒ぐな。きさまには特別に、あとで酒を飲ませてやる」

「え、酒!?」

「酒が飲みたければ言う通りにしろ」

「はーい!」

 おれはルンルンうれしくなって、ニコニコスキップで立ち去った。
 だって、酒飲ませてもらえるんだぜ。
 おれ、なんでもゆーこと聞いちゃう!

 ……と思ったんだけどよお、やっぱ気になるじゃねえか。

 おれは階段を上り、ドアを開け、出ずに閉めた。
 これであいつらは、おれが上階に出たと思うだろう。
 そこでこっそり音を殺して地下に降り、通路脇の道具置き場に紛れ込んだ。

 くくくく……盗み聞きだぜ!

 おれは聞き耳を立てた。
 すると、女王さんたちの声が聞こえてきた。

「いいから来い」

「でも……」

「大丈夫よ。バレないわ」

「ですが、カレーノさん重くないでしょうか」

「わたし槍使いなのよ。こう見えて力持ちなんだから」

 んん? バレる? 重い?
 なんだ? カレーノの体重の話か? あいつ、もしかしてデブなのか?

「さ、行くぞ。おい、監視。これを知っているのはきさまだけだ。もしバレたら、きさまが話したとみなすからな」

「はい、決して他言無用で!」

 ぎいっと金属の軋む音がした。
 そして、階段の方に向かって女王さんとカレーノ、そしてフルフェイスの鎧をつけただれかが歩いていく。

「んっしょ、んっしょ」

 おや、カレーノのヤツ、なんか布に包まれたもんを抱えてやがんな。
 なんだろう。黒い毛みてえのがちらほら見えるが……

「大丈夫ですか? わたしもお手伝いしましょうか」

「ううん……だ、大丈夫」

 おっと、あの鎧、キレジィの声じゃねえか!
 つーことはカレーノの荷物は……まさかクロか!?

「おい、急げよ。わたしもいつ急な仕事が来るかわからんのだ」

「はーい。よいしょっ、よいしょーっ!」

 なんだなんだ? どうしてキレジィとクロを連れ出してんだ?
 しかもひとに見られねえようにこっそり隠してよ。

 ……気になる。すんごく気になる。

 ……よーし、尾行しよう! あとをつけて、なにをするのか見てやる!
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