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第37話 魔夜中の訪問者
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おれとカレーノは適当な兵士を捕まえ、女王を呼び出してもらった。
そしてキレジィらしき人影がナーガスに向かっていると話すと、
「うむ、やはりそいつは犬と女なのだな」
どうやら夜勤の見張りから報告が届いていたらしく、すでに少数ながら兵の用意をしていた。
「たしかそのキレジィというのは、きさまらをナーガスに来るよう提言した魔族だったな」
「ああ、もしかしたら味方かもしれねえ。なにせここにひとが生き残っていることを教えてくれたんだからな」
「ふむ……ならばきさまらに用があるのかもしれん。ともに来てもらおう」
そんなわけでおれたちは数十人の兵士に連れられ、北門の外に出た。
女王は防壁の上で側近数名を備え、見下ろしている。
そこに、キレジィがやってきた。
「おおう……」
おれは思わず声を漏らした。
美しかった。
どこまでも広がる地平、無限の星々の中を、一匹とひとりの闇が、ゆっくりと歩いてくる。
妙齢とも、少女ともとれる青い肌の女が黒い狼にまたがり、小さな鈴を鳴らすように肩を揺らす。
脚を開いて獣に乗っているから、うっすら野生味を感じるが、それ以上にしっとりとした、やわらかな風を感じる。
黒いマントがたなびき、髪がそよぐ。
幼げな美女の赤い瞳が、闇の空の下でくっきりと透き通る。
兵士どもは固唾を飲んだ。
女のカレーノでさえ息をのむほどだった。
キレジィは門から十数歩のところまで来ると、ふわりと黒狼から降り、頭を小さく撫でた。
兵士どもが我に返り、がしゃりと剣の柄に手を掛ける。
だが、キレジィはなにごともないかのように横髪を掻き、
「よい夜ですね」
澄んだ声で言った。
「月は明るく、星はまたたき、まるで昼よりも明るい」
ほお、なんだか詩的なやろうだ。
ほかの魔族が荒っぽかったから、どんなもんかと思ったが、なんとも乙女チックじゃねえか。
「ベンデルさん。あなた方と会うのはこれで二度目ですね」
「おう、あんときゃナーガスに行けって教えてくれてありがとよ。おかげでうめえ酒が飲めたぜ」
「ウフフ……それはよかった」
キレジィは花が咲くような笑顔を見せた。
こりゃ人間よりかわいいんじゃねえか? ほんわかして気持ちが和むぜ。
「ところでキレジィさんよ、こんな夜中になんの用だい」
「あら、どうしてわたくしの名を?」
「あんたといっしょにいたイヴォージィとかいうのが言ってたじゃねえか」
「ああ、そうでしたか」
そううなづくと、キレジィはどこかの国のお姫様みてえに微笑み、小さく頭を下げながら言った。
「改めまして、わたくしはキレジィ。このブラック・ドッグはクロと申します」
「そうかい。おれはベンデル・キーヌクト。こっちはカレーノ・クワレヘンネンだ」
「それはそれは、ご丁寧にありがとうございます」
「んで、なにしに来たんだい? まさか挨拶だけしに来たわけじゃねえだろう?」
「はい、もちろん」
キレジィは腹の上で手を重ね、ふと、強い眼をした。
「ベンデルさん、あなたの戦い見させていただきました」
「……それで?」
「無敵の力。連続してのスキル。やはりあなたは人類の希望です。あなたにしか魔王を倒すことはできません。どうかわたくしに魔王討伐のお力添えをさせてください」
途端、兵士どもがどよめいた。
魔族は魔王の部下——それはもはや周知の事実だ。
おれたちから女王に話してあるから知ってるだろうし、今日の戦いでヴィチグンがそう叫んでいたのを聞いている。
その、魔族であるはずのキレジィは、魔王を倒す手助けがしてえと言っている。
「きさまは魔王の仲間ではないのか」
頭上から女王さんの声が聞こえた。
キレジィはゆっくりとかぶりを振り、落ち着いた声で言った。
「わたくしどもは……魔王の子です」
「なに!?」
「わたくしは父が許せないのです。父を滅ぼさなければならないのです。だから、この方に希望を託しにここへ来たのです」
キレジィはまっすぐに女王を見つめ返していた。
今夜の星空のように曇りない瞳が、闇を浴びてキラキラ輝いている。
しかしまさか魔王の子供だったとはよ。おったまげたぜ。
まあ、いろいろと納得がいくけどよ。
魔王のような無敵の体、そして魔物を操る力、なにより見た目がおんなじだ。
ただ、わかんねえことがある。
「ほかの魔族は魔王に従ってたぜ。おめえは親父のなにが許せねえんだ?」
「それは……話せば長くなります」
キレジィはふっと目を伏せ、
「中でお話させてください」
「中で、だと?」
女王の眉間に濃いしわが寄った。
「バカを言うな! きさまのような得体の知れん者を街に入れるはずがなかろう! ここで話せ!」
「それはいけません。外ではいつ見回りのワイバーンが現れるかわかりません。どうか中に入れてください」
「ふざけるな! そう言って侵入し、悪さをするつもりだろう! 第一、魔王の娘を信用できるか!」
「そんな……」
ううん、そうだよなあ。女王さんの言うことはもっともだ。
おれだったらかわいいし信じて入れちゃってたけど、敵の娘で、しかも魔物もいっしょなわけだしなあ。
しょんぼりしちゃってかわいそうだなあ。
「ぐるるる……」
女王の喝に反応してか、ブラック・ドッグのクロがいかめしく唸った。
「クロ、違うよ!」
慌ててキレジィはしゃがみ込み、狼の頭を撫でながら、
「大丈夫だよ。このひとたちは敵じゃない。わたしが悪いの」
と静かに微笑んだ。
するとクロはおとなしくなり、キレジィの手をぺろぺろと舐めた。
おおう、なんてあったけえ光景だ。どう見ても悪党にゃ見えねえ。
とりあえず入れてやりゃいいのに。
おれもナーガスに行くよう教えてもらったし、罠を仕掛けるような感じじゃねえけどなあ。
しかし女王さんは疑り深い。
「本当に敵でないというのなら証拠を見せろ」
「証拠……ですか」
難しいこと言うなあ。証拠ったって、この状況でなにが見せられるっつーんだ。
おれがあの子の立場だったらなにも思いつかねえ。
ほら見ろ、固まっちまった。
落ち込むみてえな困り顔して、うつむいちまった。
そんでやっと口を開いたかと思うと、
「証拠は……ありません」
これだ。そうなるわな。
「ならダメだ」
「どうかお願いします。敵ではないのです」
「だからその証拠を見せろと言っているのだ」
「うっ……」
キレジィの瞳がじわっと潤んだ。
あああ、泣きそうじゃねえか! 見てらんねえ!
「女王さんよ! とりあえず入れてやったらどうだよ! かわいそうじゃねえか!」
「バカ者! 涙は女の武器だ! 男はすぐにだまされるかもしれんが、あいにくわたしは女だ! そんなもので揺れ動くと思うか!」
そ、そういや聞いたことある。男は涙でイチコロだって。
そ、そうなのか……?
キレジィは押し黙った。
涙をこらえているのか、頭を下げ、微動だにしねえ。
前髪がさらりと目を隠しているから、表情もわからねえ。
それが、動いた。
「これで……」
キレジィはごくりとつばを飲み込み、ぎゅっと胸の前で拳を握った。
よく見ると小さく震えている。
……なにするつもりだ?
「これで、どうでしょう」
「なっ!?」
き、キレジィのヤツ、着てるもんの一切を取っ払いやがった!
なにしてんだ! こんな、男が山ほどいる前でなに考えてやがる!
みんなどよめいたぜ。
だってたまんねえぞ。
おれは女の裸をはじめて見たけどよ、青い肌とボディラインがすげえきれいだ。
それに、その……男ならいろいろ思わあ。
しかしこいつ、恥ずかしくねえのか? 堂々と真正面向けて隠しもせず……
あ、でも顔の青色がやけに濃く見える。もしかして人間でいう赤面ってヤツか?
それに目を伏せて、少し横向いて……
「バカ! なにじっくり見てんのよ!」
あわっ! カレーノがおれの両目を塞ぎやがった!
手をどかせ! おれにも見せてくれ!
「見ての通り、武器は持っていません」
「……それで?」
「わたくしの体は魔王同様無敵ですが、戦う力はありません。もっとも、この子が戦えば、一匹でこの場にいるみなさんを殺せるでしょう」
「それのなにが証拠だ」
「これがわたしの戦力すべてです。火薬や刃物は持っていません。クロに戦わせるつもりもありません。どうか、信じてください……どうか」
その言葉のあと、カレーノののどから震えるような吐息が漏れ、おれの目を塞ぐ手がゆるんだ。
ふう、やっと裸ちゃんが拝めるぜ。
おれは指のあいだからはっきりとそれを見た。
しかし見えたのは艶かしい姿なんかじゃなかった。
キレジィはひざまづいていた。
地べたにはいつくばり、頭を土草の上に深々と降ろし、
「どうか、お願いします」
と必死に懇願していた。
こいつ、こんなことまで……
「なにしてるのよ、もう!」
カレーノがいたたまれない顔で飛び出し、地面に落ちたマントをキレジィの背中にかけた。
「そんなことして信用されるわけないじゃない! ていうかダメよ! 女の子がこんな格好しちゃ!」
「……ごめんなさい。でもほかに、なにも思いつかなくて」
「謝ってもしょうがないじゃない! とにかく早く服を着て! ほら!」
「……カレーノさんは信じてくださるのですか?」
「わかんないわよそんなの! でも、敵も味方も関係ないわ! おなじ女じゃないの!」
カレーノはキレジィの体を隠すようにしゃがみ、脱ぎ捨てられた服を差し出した。
すると、キレジィの赤い目がハッと見開き、ふるふると揺れた。
そして、
「……す、すみませ、ううっ……」
カレーノの胸に飛び込み、顔をうずめた。
小さな嗚咽が聞こえる。
こいつ……泣くほど恥ずかしいのに、信じてもらえる方法が思いつかねえからって、あんな姿に……
その青い肩をクロが舐めた。
くぅん、くぅん、と悲しさを共有するような声で鳴き、なぐさめているのがわかった。
お、おれ、見てらんねえ!
「女王さん! どうすんだ! おれァ信じるぜ!」
おれは振り向き、城壁の上に向かって叫んだ。
女王は腕組み黙っている。
地上の兵士どもが小さくささやき合った。
「かわいそうに」
「こんなことで女王様が信じるはずがない」
くそっ、キレジィはあんなことまでして脱ぎ損だってのかよ! どうにかなんねえのかよ!
おれは怒りにも似た歯痒さに震えた。
こうなったらまた剣を向けてでも、と思った。
だが、
「条件がある!」
女王が口を開いた。
「その犬コロには首輪と口輪、それと前足に枷をつけ無力化する! いいな!」
女王さん!
「じゃあ、入れてくれんだな!?」
「ただし牢屋にだ! わたしは微塵も信用していない! それに、そんなところで泣かれていても困るからな!」
そしてキレジィらしき人影がナーガスに向かっていると話すと、
「うむ、やはりそいつは犬と女なのだな」
どうやら夜勤の見張りから報告が届いていたらしく、すでに少数ながら兵の用意をしていた。
「たしかそのキレジィというのは、きさまらをナーガスに来るよう提言した魔族だったな」
「ああ、もしかしたら味方かもしれねえ。なにせここにひとが生き残っていることを教えてくれたんだからな」
「ふむ……ならばきさまらに用があるのかもしれん。ともに来てもらおう」
そんなわけでおれたちは数十人の兵士に連れられ、北門の外に出た。
女王は防壁の上で側近数名を備え、見下ろしている。
そこに、キレジィがやってきた。
「おおう……」
おれは思わず声を漏らした。
美しかった。
どこまでも広がる地平、無限の星々の中を、一匹とひとりの闇が、ゆっくりと歩いてくる。
妙齢とも、少女ともとれる青い肌の女が黒い狼にまたがり、小さな鈴を鳴らすように肩を揺らす。
脚を開いて獣に乗っているから、うっすら野生味を感じるが、それ以上にしっとりとした、やわらかな風を感じる。
黒いマントがたなびき、髪がそよぐ。
幼げな美女の赤い瞳が、闇の空の下でくっきりと透き通る。
兵士どもは固唾を飲んだ。
女のカレーノでさえ息をのむほどだった。
キレジィは門から十数歩のところまで来ると、ふわりと黒狼から降り、頭を小さく撫でた。
兵士どもが我に返り、がしゃりと剣の柄に手を掛ける。
だが、キレジィはなにごともないかのように横髪を掻き、
「よい夜ですね」
澄んだ声で言った。
「月は明るく、星はまたたき、まるで昼よりも明るい」
ほお、なんだか詩的なやろうだ。
ほかの魔族が荒っぽかったから、どんなもんかと思ったが、なんとも乙女チックじゃねえか。
「ベンデルさん。あなた方と会うのはこれで二度目ですね」
「おう、あんときゃナーガスに行けって教えてくれてありがとよ。おかげでうめえ酒が飲めたぜ」
「ウフフ……それはよかった」
キレジィは花が咲くような笑顔を見せた。
こりゃ人間よりかわいいんじゃねえか? ほんわかして気持ちが和むぜ。
「ところでキレジィさんよ、こんな夜中になんの用だい」
「あら、どうしてわたくしの名を?」
「あんたといっしょにいたイヴォージィとかいうのが言ってたじゃねえか」
「ああ、そうでしたか」
そううなづくと、キレジィはどこかの国のお姫様みてえに微笑み、小さく頭を下げながら言った。
「改めまして、わたくしはキレジィ。このブラック・ドッグはクロと申します」
「そうかい。おれはベンデル・キーヌクト。こっちはカレーノ・クワレヘンネンだ」
「それはそれは、ご丁寧にありがとうございます」
「んで、なにしに来たんだい? まさか挨拶だけしに来たわけじゃねえだろう?」
「はい、もちろん」
キレジィは腹の上で手を重ね、ふと、強い眼をした。
「ベンデルさん、あなたの戦い見させていただきました」
「……それで?」
「無敵の力。連続してのスキル。やはりあなたは人類の希望です。あなたにしか魔王を倒すことはできません。どうかわたくしに魔王討伐のお力添えをさせてください」
途端、兵士どもがどよめいた。
魔族は魔王の部下——それはもはや周知の事実だ。
おれたちから女王に話してあるから知ってるだろうし、今日の戦いでヴィチグンがそう叫んでいたのを聞いている。
その、魔族であるはずのキレジィは、魔王を倒す手助けがしてえと言っている。
「きさまは魔王の仲間ではないのか」
頭上から女王さんの声が聞こえた。
キレジィはゆっくりとかぶりを振り、落ち着いた声で言った。
「わたくしどもは……魔王の子です」
「なに!?」
「わたくしは父が許せないのです。父を滅ぼさなければならないのです。だから、この方に希望を託しにここへ来たのです」
キレジィはまっすぐに女王を見つめ返していた。
今夜の星空のように曇りない瞳が、闇を浴びてキラキラ輝いている。
しかしまさか魔王の子供だったとはよ。おったまげたぜ。
まあ、いろいろと納得がいくけどよ。
魔王のような無敵の体、そして魔物を操る力、なにより見た目がおんなじだ。
ただ、わかんねえことがある。
「ほかの魔族は魔王に従ってたぜ。おめえは親父のなにが許せねえんだ?」
「それは……話せば長くなります」
キレジィはふっと目を伏せ、
「中でお話させてください」
「中で、だと?」
女王の眉間に濃いしわが寄った。
「バカを言うな! きさまのような得体の知れん者を街に入れるはずがなかろう! ここで話せ!」
「それはいけません。外ではいつ見回りのワイバーンが現れるかわかりません。どうか中に入れてください」
「ふざけるな! そう言って侵入し、悪さをするつもりだろう! 第一、魔王の娘を信用できるか!」
「そんな……」
ううん、そうだよなあ。女王さんの言うことはもっともだ。
おれだったらかわいいし信じて入れちゃってたけど、敵の娘で、しかも魔物もいっしょなわけだしなあ。
しょんぼりしちゃってかわいそうだなあ。
「ぐるるる……」
女王の喝に反応してか、ブラック・ドッグのクロがいかめしく唸った。
「クロ、違うよ!」
慌ててキレジィはしゃがみ込み、狼の頭を撫でながら、
「大丈夫だよ。このひとたちは敵じゃない。わたしが悪いの」
と静かに微笑んだ。
するとクロはおとなしくなり、キレジィの手をぺろぺろと舐めた。
おおう、なんてあったけえ光景だ。どう見ても悪党にゃ見えねえ。
とりあえず入れてやりゃいいのに。
おれもナーガスに行くよう教えてもらったし、罠を仕掛けるような感じじゃねえけどなあ。
しかし女王さんは疑り深い。
「本当に敵でないというのなら証拠を見せろ」
「証拠……ですか」
難しいこと言うなあ。証拠ったって、この状況でなにが見せられるっつーんだ。
おれがあの子の立場だったらなにも思いつかねえ。
ほら見ろ、固まっちまった。
落ち込むみてえな困り顔して、うつむいちまった。
そんでやっと口を開いたかと思うと、
「証拠は……ありません」
これだ。そうなるわな。
「ならダメだ」
「どうかお願いします。敵ではないのです」
「だからその証拠を見せろと言っているのだ」
「うっ……」
キレジィの瞳がじわっと潤んだ。
あああ、泣きそうじゃねえか! 見てらんねえ!
「女王さんよ! とりあえず入れてやったらどうだよ! かわいそうじゃねえか!」
「バカ者! 涙は女の武器だ! 男はすぐにだまされるかもしれんが、あいにくわたしは女だ! そんなもので揺れ動くと思うか!」
そ、そういや聞いたことある。男は涙でイチコロだって。
そ、そうなのか……?
キレジィは押し黙った。
涙をこらえているのか、頭を下げ、微動だにしねえ。
前髪がさらりと目を隠しているから、表情もわからねえ。
それが、動いた。
「これで……」
キレジィはごくりとつばを飲み込み、ぎゅっと胸の前で拳を握った。
よく見ると小さく震えている。
……なにするつもりだ?
「これで、どうでしょう」
「なっ!?」
き、キレジィのヤツ、着てるもんの一切を取っ払いやがった!
なにしてんだ! こんな、男が山ほどいる前でなに考えてやがる!
みんなどよめいたぜ。
だってたまんねえぞ。
おれは女の裸をはじめて見たけどよ、青い肌とボディラインがすげえきれいだ。
それに、その……男ならいろいろ思わあ。
しかしこいつ、恥ずかしくねえのか? 堂々と真正面向けて隠しもせず……
あ、でも顔の青色がやけに濃く見える。もしかして人間でいう赤面ってヤツか?
それに目を伏せて、少し横向いて……
「バカ! なにじっくり見てんのよ!」
あわっ! カレーノがおれの両目を塞ぎやがった!
手をどかせ! おれにも見せてくれ!
「見ての通り、武器は持っていません」
「……それで?」
「わたくしの体は魔王同様無敵ですが、戦う力はありません。もっとも、この子が戦えば、一匹でこの場にいるみなさんを殺せるでしょう」
「それのなにが証拠だ」
「これがわたしの戦力すべてです。火薬や刃物は持っていません。クロに戦わせるつもりもありません。どうか、信じてください……どうか」
その言葉のあと、カレーノののどから震えるような吐息が漏れ、おれの目を塞ぐ手がゆるんだ。
ふう、やっと裸ちゃんが拝めるぜ。
おれは指のあいだからはっきりとそれを見た。
しかし見えたのは艶かしい姿なんかじゃなかった。
キレジィはひざまづいていた。
地べたにはいつくばり、頭を土草の上に深々と降ろし、
「どうか、お願いします」
と必死に懇願していた。
こいつ、こんなことまで……
「なにしてるのよ、もう!」
カレーノがいたたまれない顔で飛び出し、地面に落ちたマントをキレジィの背中にかけた。
「そんなことして信用されるわけないじゃない! ていうかダメよ! 女の子がこんな格好しちゃ!」
「……ごめんなさい。でもほかに、なにも思いつかなくて」
「謝ってもしょうがないじゃない! とにかく早く服を着て! ほら!」
「……カレーノさんは信じてくださるのですか?」
「わかんないわよそんなの! でも、敵も味方も関係ないわ! おなじ女じゃないの!」
カレーノはキレジィの体を隠すようにしゃがみ、脱ぎ捨てられた服を差し出した。
すると、キレジィの赤い目がハッと見開き、ふるふると揺れた。
そして、
「……す、すみませ、ううっ……」
カレーノの胸に飛び込み、顔をうずめた。
小さな嗚咽が聞こえる。
こいつ……泣くほど恥ずかしいのに、信じてもらえる方法が思いつかねえからって、あんな姿に……
その青い肩をクロが舐めた。
くぅん、くぅん、と悲しさを共有するような声で鳴き、なぐさめているのがわかった。
お、おれ、見てらんねえ!
「女王さん! どうすんだ! おれァ信じるぜ!」
おれは振り向き、城壁の上に向かって叫んだ。
女王は腕組み黙っている。
地上の兵士どもが小さくささやき合った。
「かわいそうに」
「こんなことで女王様が信じるはずがない」
くそっ、キレジィはあんなことまでして脱ぎ損だってのかよ! どうにかなんねえのかよ!
おれは怒りにも似た歯痒さに震えた。
こうなったらまた剣を向けてでも、と思った。
だが、
「条件がある!」
女王が口を開いた。
「その犬コロには首輪と口輪、それと前足に枷をつけ無力化する! いいな!」
女王さん!
「じゃあ、入れてくれんだな!?」
「ただし牢屋にだ! わたしは微塵も信用していない! それに、そんなところで泣かれていても困るからな!」
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