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第33話 悪逆非道

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 時間がねえ——というのがいま一番の感想だ。

 敵十五万に対し味方は二千。それもスタートの時点の話で、たぶんそこそこやられてるだろう。
 なぜか魔物がふつうより弱えが、それで数の優位がくつがえるとは思えねえ。

 いちどきに戦える数は一定でも、向こうは次々と新品が来やがる。
 しかしこっちはある程度の人数を順繰り順繰りして表面を守っているから、いずれ体力の限界が来る。

 いや、もう来はじめている。
 その証拠が南の陥落かんらくだ。
 オンジーが塞ぎに行ったからなんとかなったが、このままだとそこらじゅうで穴が開くだろう。

 穴が開けば突入される。
 中を引っ掻き回されれば陣形は崩壊する。
 つまり、二カ所同時に穴が開けば、それでもうナーガスは終了。
 おれたち全員みなごろしだ。

「ちくしょう! ちくしょう!」

 おれの隣にいた兵士が泣きながら剣を振るった。

「やっぱり人類は終わりなのか! おれたちは死んじまうのか!」

 ——いや、終わらねえよ。少なくともまだ終わっちゃいねえ。
 おれたちは生きている。
 そしておれがここにいる。

 おれのスキル”無敵うんこ漏らしビクトリー・バースト”さえ発動できりゃこんなヤツら一網打尽にできる。
 オート・スキル”うんこ吸収チャージ・ザ・ダークネス”で二千人分のクソをぶっこいて、大群の端から端まで灰にしてしまえる。

 問題は場所だ。
 ここじゃひとに見られてクソが漏らせねえ。
 なにか……なにか方法はねえのか! せめて考える時間がほしい!

 そんなおれの願いが通じたのか——

「ガオオ……」

 おれの目の前にいる魔物どもの攻撃が止んだ。

「なっ……?」

 どーゆーこった? まさか神通力じんつうりき? なんでこいつら動きを止めたんだ?

 それはおれの前だけじゃなかった。
 右でも、左でも、そこかしこで魔物は動きを止めていた。

「いまだ! 叩っ切れー!」

 そんな声がこだまし、兵士どもは汗だくだくになりながら、わずかに前進した。
 足元は魔物の死体だらけだが、それでも陣形を補強するのに前へ出る必要があった。

 しかしなぜだ。なぜこいつらは止まっている。
 まさか腹減って動けねえとか言うんじゃねえよな?

「おい、前へ出るぞ!」

 そうだれかに急かされたが、おれは立ち止まり、よく観察することにした。
 観察は戦いの基本だ。
 偶然有利なことが起きたからって、なにも考えずラッキーでござんすじゃ、罠にかかって殺されちまう。魔物ってのは意外と頭がいいんだ。
 それがわかってるからオーンスイの勇者は全員足を止め、呼吸を整えるように前を見ていた。

 魔物どもは舌を出してうつむいていた。
 はあ、はあ、と荒い呼吸をし、中には崩れ落ちるヤツもいた。

 なんだ? すげえ疲れてやがる。
 戦闘中だってのにこっちを見もしねえ。
 妙に悲しげな声で、

「ガオオ、ガオオ」

 と、わめいてやがる。
 まさか本当に疲れてるのか? だからこいつら弱えのか?

 しかし、さっきまでの猛烈ないきおいはいったい……

「なにをしている魔物ども! 立ち上がって人間を殺せ!」

 数キロ先、群れの向こうから魔族ヴィチグンの声が飛んできた。
 高いゾウ型魔物の背中で、赤い瞳が夜の稲妻みてえにギラっと輝いた。

 すると——

「ガオオオオッ!」

 それに呼応するように魔物どもが起き上がった。
 そして妙に震える腕や前足を持ち上げ、再び人間に牙を向いた。

 こ、これは……

「操られてやがる!」

 オーンスイ勇者のひとりが言った。

「クソ漏らし! てめえもあの赤い目を見ただろ!」

「ああ!」

「おれ、わかっちまった! この魔物たち、長旅で疲れてるんだ!」

「どういうことだ?」

「おれたちも平原を越えるの大変だったろ! なんせ十日間だ! 途中魔物が襲ってこなかったらメシもなかったし、スライムで水分補給することもできなかった! でもこいつらもしかして、いや、きっとたぶんそうなんだ! メシも水も抜きで、ここまでずっと歩いて来たんだ! だからこんなに弱いんだ!」

 なるほど! そう考えりゃ合点がいく!
 よく見りゃそうだ! あそこに見える背の高えオーク!
 あいつらは人間みてえに汗をかく! だが、パッと見た感じほとんど汗かいてねえ!
 おかしいじゃねえか!
 人間も水を飲まねえでいると汗かかなくなるっつーが、そうなってんじゃねえのか!?

「ベンデル、なんか気に入らねえな!」

「ああ、気に入らねえ……」

 気に入らねえ。気に入らねえよ。
 敵のことだからどうだっていいか?
 いや、よくねえ!
 疲れ果ててボロボロになった仲間を無理やり操作し、痛かろうが苦しかろうが戦わせるなんて、やっていいことじゃねえ!

 気に入らねえなあ! まったくよお!

「とにかく行こうぜクソ漏らし! 敵が向かってくる以上、情けは無用だ!」

 そいつはそう言って前線に戻っていった。

 そうだ、その通りだ。
 こいつらは魔物だ。
 一匹でも多く殺さなきゃ、逆に人間が殺される原因になる。
 そう思い、おれも剣を振るった。

「ガオオオッ!」

 と、けたたましい吠え声が先にも増してとどろくが、いまならわかる。
 これは悲鳴だ。
 決して目的のために決死の覚悟で戦う意気込みなんかじゃねえ。
 やめてくれ、止めてくれ、助けてくれという悲痛の叫びだ。

 だが……ぶった斬るしかねえ!

「ごおおっ……」

 クソ! なんて断末魔だ!
 なんて悲しい声で鳴きやがる!
 こんな……こんなヤツらを殺さなきゃならねえなんてよ!

「西側陥落ーーッ! 西側陥落ーーッ!」

 突如背後から騎馬の声が響き渡った。
 なんてこった! 憂いてる場合じゃねえ!
 早くあのクソ魔族をぶっ殺さねえと!

 だがどこでクソを漏らせば! ど、どーすりゃいいってんだちくしょう!
 せめて壁があれば! みんなから身を隠し、視界を遮る壁があればよお!

 ……待てよ。あるじゃねえか。
 いまおれたちの目の前に、十五万匹という膨大な数が作り上げた魔物の壁がよ!
 あの中に突っ込みゃ人間には見られねえ!
 もう一刻の猶予ゆうよもねえ!

 い……行くしかねえッ!
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