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第29話 それは朝日とともに
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いやあ~、やっぱベッドはいいね。
ふかふかの布団でゆっくりすると、体もこころも癒されるぜ。
ベッドを発明したヤツを尊敬するよ。おれァそいつに礼が言いたくなっちまった。
でもむかしのひとなんだろ。おれが生まれる前からベッドはあったからな。
会いたくたって会えねえし、いねえもんはしょうがねえ。
ご本人には言えねえが、代わりに屋上に上がって、高々と昇る朝日に向かって、
「ありがとーー!!!」
って言ってやったよ。
はー、スッキリした。気持ちがいいねえ!
「相変わらずおもしろいヤツだな」
ふと、背後から女の声がした。
およ、ヒットリーミ女王さんじゃないすか。なにしてんすか?
「朝の見回りだ。夜の見張りが交代する時間に、こうして顔を見て回っている」
へー、マメなひとなんだねえ。
そういやちょこちょこ弓矢を持って、外側を見てるヤツがいる。
あれが見張りか。ご苦労なこった。
「なにごとだー!」
お、ひとり剣を持って走ってきたぞ。
「女王様! いまこの辺りでなにやら叫ぶ声が!」
「ああ、それならこいつだ」
「へ?」
「たしかベンデルといったな。きさま、なぜ”ありがとう”などと叫んでいたんだ?」
はー、そんなこともわかんねえのか。
ンなもん、ベッドを作っただれかに感謝したに決まってんじゃねえか。
相手がいねえから代わりにお日様に言ってたんだよ。
ほかになにがあるってんだ。
「あははははは! そうか! まったくおもしろいヤツだ!」
バカに笑ってやがる。
いったいなにがおもしれえってんだ。ありがとうは会話の基本だぞ。
こんな教養のねえヤツがリーダーで大丈夫かね。おれ心配になっちゃうよ。
「フフフ。ところできさまには聞きたいことがあったんだ。話したいから少し待っていろ」
話? 構わねえけどいったいなにを話そうってんだ?
昨夜の料理の感想? 酒がうまかったかどうか?
ううん……どっちだ?
それからややあって、見張りの装備を持った男たちが続々屋上に登ってきた。
そいつらは女王とともにミーティングをしたあと、いま見張りを務めているヤツらと交代し、逆に夜勤をやっていたヤツらが集まってきた。
「きさまら、つらい仕事をご苦労だったな」
女王は貫禄がありつつも、穏やかでやさしげな声をかけた。
男どもはピシッと整列してたが、それを聞いた途端、顔がわずかにふにゃりと緩みやがった。
みなさんゾッコンですねえ。
ま、たしかにこれほどの美女に気遣いされたら悪い気はしねえけどよ。
「なにか異常はあったか?」
「はい、そこの男が大声を上げたこと以外にはとくに!」
「そうか、ありがとう。みなゆっくり休むといい」
「はっ! それでは失礼いたします!」
隊長らしき男がやり取りを終え、夜勤は去っていった。
そして女王はおれの元に歩み寄り、威厳たっぷりな笑みで言った。
「待たせたな」
「いいよ、別に予定ねえから」
「フフッ……そうか。ところで、昨夜あのオンジーとかいう勇者が言っていたが、きさま、トリガー・スキルで魔王を撃退したというのは本当か?」
はあ? 昨日オンジーが言っても信じなかったじゃねえか。なにをいまさら聞こうってんだ。
「ほかのヤツなら信用せんが、きさまは別だ。きさまはバカに正直のようだからな」
なんで? そりゃおれは正直モンだけどよ。
「フフフ……まさかわたしの前で、酒をくれ、菓子をくれ、などと言うヤツがいるとは思わなかった。愚か——と言ってしまえばそれまでだが、わたしは愚かな男が好きなのだよ。たいていの男はわたしを前にすると畏まってしまってつまらん。しかしきさまはひどく愚かで、バカに正直だ」
なんだこいつ。バカにしてんのか褒めてんのかわかんねえな。
「で、質問の答えだが……あの話は本当なのか?」
ああ、おれがドラゴンをぶっ殺して魔王を撃退した話ね。
「本当さ。じゃなきゃおれたちとっくにおっ死んでる」
「ではきさまのトリガー・スキル”無敵泣き虫”とやらは?」
うっ……それはちっと嘘だ。
本当は”無敵うんこ漏らし”なのに嘘を混ぜちまってる。
上から出る涙と、下から出るクソじゃ、大違いだ。
「どうした、苦い顔をして。答えられないのか」
「そりゃあ……」
「……ふっ、正直者め。やはり嘘なのだな。だがその様子だと、巨大なドラゴンを倒し、魔王を撃退したのは事実のようだ。いったいどのようにして戦ったのだ?」
「ええっとそれは……」
おれはどう答えていいかわからなかった。
だって言えないじゃん! 実はクソ漏らしパワーなんです、なんてよ!
ううーん、ううーん……どうしよう、なんて答えよう。
いけねえ、考えてたらクソしたくなってきたぜ。
でもここで便所なんて行ったら逃げるみてえでバツが悪いしなあ……
と、そんなふうに答えあぐねいていると、
「女王様! 魔物が!」
「なに?」
見張りの慌てる声に女王は振り向き、そいつのところへ行った。
「魔物がどうした」
「それが……ものすごい大群が移動してくるのです!」
「なんだと!?」
そう言って外を眺めた女王は、
「なっ……」
と声を漏らした。
はたしてどんくれえの大群なのか。気になるからおれにも見して。
「げえっ!」
おいおい、すげえ数じゃねえか。
遠くの地平を、とんでもねえ大群がこっちに向かって歩いてきやがる。
下手すりゃ数千匹はいるぜ。
飛行タイプもかなりいる。
まあ、昨日ちらっと聞いた話だと、ナーガスには二千人近い戦士がいるっつーから、抑えられねえ数じゃねえ。
ただ死傷者は出るだろうな。
魔王と戦う前に戦力の損失は痛えだろう。
が、それで済む話じゃなかった。
「女王様! こちらも!」
「なに!?」
別の方向から声がした。
見るとそっちにゃもっとでけえ大群が遠く見えた。
こりゃちっとやべえぞ。
そして、それは二方向にとどまらない。
「こっちもです!」
「向こうからも来ます!」
前、うしろ、右、左、ぜんぶの方角から魔物の大群が迫ってきやがる。
「状況をまとめろ!」
女王が血相を変えて怒鳴った。すると兵士どもはビシッと直立し、
「東! ざっと見て三千と思われます!」
「南! に、二千ほどが三団!」
「北東! 五千、四千、三千、計およそ一万二千!」
「き、北! ……七、八千くらいかと!」
「あ、合わせて約三万!」
と震え声で叫んだ。全員顔色が悪い。
中には泣き出しそうなヤツまでいた。
まあ、無理もねえ。実はおれもかなりビビってる。
正直この数はやべえ。
勇者ってのは数十匹を数人で狩ることが多いから、よく多勢に無勢でも勝てると勘違いされる。
だがそれは状況を把握し、有利な状態を作り、作戦を練って先制攻撃するからだ。
今回は違う。堂々と正面からだ。
こっちは二千、向こうは三万。
まともにやっても勝ち目はねえぞ……
「魔物が来るまで二、三時間というところか……」
女王は固い表情で静かにつぶやき、ぎゅっと目をつぶった。
どうする。逃げるか? それとも玉砕覚悟で戦うか?
一分か、二分か、女王はじっと動かず押し黙っていた。
すげえ緊張が、空気が潰れそうなほど重くのしかかり、時間をずいぶん長く感じさせた。
兵士どものツバを飲み込む音がゴクリと聞こえてきやがる。
その緊張を打ち破るように女王の目がカッと開き、
「早鐘を鳴らせ! 全軍これを迎え撃つ!」
おお、やる気か。
だが勝ち目はあんのか? 勇猛と無謀は別だぜ?
「膨大な敵だが、こんなもの魔物全体のごく一部だ! 魔王を討つとなれば、これより恐ろしい戦いが待っている! この程度で逃げ出すようでは話にならん! 行くぞ! きさまらのいのち、わたしに預けろ!」
その威勢を受けた兵士どもの目が強く輝き、
「おおー!」
と叫んだ。女王の意志が伝播したみてえに燃えてやがる。
はー、これがカリスマってやつか。おっもしれえなあ。
「おい、ベンデル! もちろんきさまも戦うだろう!?」
はあ? なに言ってやがる。あったりめえじゃねえか!
こちとらたった三十人で魔王を倒そうなんて考えたクソバカやろうだぜ!
二千も仲間がいりゃ何倍だ!? えーと……いっぱい多いぜ!
余裕ぶっこきまくりだっつーの!
ただ、ひとつ気になることがあんだよな~。
「なあ女王さんよ」
「なんだ?」
「特別な日にゃ酒を振る舞うっつってたよな。これに勝ったら特別かい?」
「ぷっ、わははははは! こんなときまで酒か! いいだろう! 存分に飲め! ただしかならず勝てよ!」
よっしゃあ! 約束だぜ!
いやー、こりゃ勝ちだよ! なんたってお酒ちゃんが待ってる以上、負けるわけがねえからな!
おれは強えぜ! クソ魔物どもに目に物見せてやらあーー!
ふかふかの布団でゆっくりすると、体もこころも癒されるぜ。
ベッドを発明したヤツを尊敬するよ。おれァそいつに礼が言いたくなっちまった。
でもむかしのひとなんだろ。おれが生まれる前からベッドはあったからな。
会いたくたって会えねえし、いねえもんはしょうがねえ。
ご本人には言えねえが、代わりに屋上に上がって、高々と昇る朝日に向かって、
「ありがとーー!!!」
って言ってやったよ。
はー、スッキリした。気持ちがいいねえ!
「相変わらずおもしろいヤツだな」
ふと、背後から女の声がした。
およ、ヒットリーミ女王さんじゃないすか。なにしてんすか?
「朝の見回りだ。夜の見張りが交代する時間に、こうして顔を見て回っている」
へー、マメなひとなんだねえ。
そういやちょこちょこ弓矢を持って、外側を見てるヤツがいる。
あれが見張りか。ご苦労なこった。
「なにごとだー!」
お、ひとり剣を持って走ってきたぞ。
「女王様! いまこの辺りでなにやら叫ぶ声が!」
「ああ、それならこいつだ」
「へ?」
「たしかベンデルといったな。きさま、なぜ”ありがとう”などと叫んでいたんだ?」
はー、そんなこともわかんねえのか。
ンなもん、ベッドを作っただれかに感謝したに決まってんじゃねえか。
相手がいねえから代わりにお日様に言ってたんだよ。
ほかになにがあるってんだ。
「あははははは! そうか! まったくおもしろいヤツだ!」
バカに笑ってやがる。
いったいなにがおもしれえってんだ。ありがとうは会話の基本だぞ。
こんな教養のねえヤツがリーダーで大丈夫かね。おれ心配になっちゃうよ。
「フフフ。ところできさまには聞きたいことがあったんだ。話したいから少し待っていろ」
話? 構わねえけどいったいなにを話そうってんだ?
昨夜の料理の感想? 酒がうまかったかどうか?
ううん……どっちだ?
それからややあって、見張りの装備を持った男たちが続々屋上に登ってきた。
そいつらは女王とともにミーティングをしたあと、いま見張りを務めているヤツらと交代し、逆に夜勤をやっていたヤツらが集まってきた。
「きさまら、つらい仕事をご苦労だったな」
女王は貫禄がありつつも、穏やかでやさしげな声をかけた。
男どもはピシッと整列してたが、それを聞いた途端、顔がわずかにふにゃりと緩みやがった。
みなさんゾッコンですねえ。
ま、たしかにこれほどの美女に気遣いされたら悪い気はしねえけどよ。
「なにか異常はあったか?」
「はい、そこの男が大声を上げたこと以外にはとくに!」
「そうか、ありがとう。みなゆっくり休むといい」
「はっ! それでは失礼いたします!」
隊長らしき男がやり取りを終え、夜勤は去っていった。
そして女王はおれの元に歩み寄り、威厳たっぷりな笑みで言った。
「待たせたな」
「いいよ、別に予定ねえから」
「フフッ……そうか。ところで、昨夜あのオンジーとかいう勇者が言っていたが、きさま、トリガー・スキルで魔王を撃退したというのは本当か?」
はあ? 昨日オンジーが言っても信じなかったじゃねえか。なにをいまさら聞こうってんだ。
「ほかのヤツなら信用せんが、きさまは別だ。きさまはバカに正直のようだからな」
なんで? そりゃおれは正直モンだけどよ。
「フフフ……まさかわたしの前で、酒をくれ、菓子をくれ、などと言うヤツがいるとは思わなかった。愚か——と言ってしまえばそれまでだが、わたしは愚かな男が好きなのだよ。たいていの男はわたしを前にすると畏まってしまってつまらん。しかしきさまはひどく愚かで、バカに正直だ」
なんだこいつ。バカにしてんのか褒めてんのかわかんねえな。
「で、質問の答えだが……あの話は本当なのか?」
ああ、おれがドラゴンをぶっ殺して魔王を撃退した話ね。
「本当さ。じゃなきゃおれたちとっくにおっ死んでる」
「ではきさまのトリガー・スキル”無敵泣き虫”とやらは?」
うっ……それはちっと嘘だ。
本当は”無敵うんこ漏らし”なのに嘘を混ぜちまってる。
上から出る涙と、下から出るクソじゃ、大違いだ。
「どうした、苦い顔をして。答えられないのか」
「そりゃあ……」
「……ふっ、正直者め。やはり嘘なのだな。だがその様子だと、巨大なドラゴンを倒し、魔王を撃退したのは事実のようだ。いったいどのようにして戦ったのだ?」
「ええっとそれは……」
おれはどう答えていいかわからなかった。
だって言えないじゃん! 実はクソ漏らしパワーなんです、なんてよ!
ううーん、ううーん……どうしよう、なんて答えよう。
いけねえ、考えてたらクソしたくなってきたぜ。
でもここで便所なんて行ったら逃げるみてえでバツが悪いしなあ……
と、そんなふうに答えあぐねいていると、
「女王様! 魔物が!」
「なに?」
見張りの慌てる声に女王は振り向き、そいつのところへ行った。
「魔物がどうした」
「それが……ものすごい大群が移動してくるのです!」
「なんだと!?」
そう言って外を眺めた女王は、
「なっ……」
と声を漏らした。
はたしてどんくれえの大群なのか。気になるからおれにも見して。
「げえっ!」
おいおい、すげえ数じゃねえか。
遠くの地平を、とんでもねえ大群がこっちに向かって歩いてきやがる。
下手すりゃ数千匹はいるぜ。
飛行タイプもかなりいる。
まあ、昨日ちらっと聞いた話だと、ナーガスには二千人近い戦士がいるっつーから、抑えられねえ数じゃねえ。
ただ死傷者は出るだろうな。
魔王と戦う前に戦力の損失は痛えだろう。
が、それで済む話じゃなかった。
「女王様! こちらも!」
「なに!?」
別の方向から声がした。
見るとそっちにゃもっとでけえ大群が遠く見えた。
こりゃちっとやべえぞ。
そして、それは二方向にとどまらない。
「こっちもです!」
「向こうからも来ます!」
前、うしろ、右、左、ぜんぶの方角から魔物の大群が迫ってきやがる。
「状況をまとめろ!」
女王が血相を変えて怒鳴った。すると兵士どもはビシッと直立し、
「東! ざっと見て三千と思われます!」
「南! に、二千ほどが三団!」
「北東! 五千、四千、三千、計およそ一万二千!」
「き、北! ……七、八千くらいかと!」
「あ、合わせて約三万!」
と震え声で叫んだ。全員顔色が悪い。
中には泣き出しそうなヤツまでいた。
まあ、無理もねえ。実はおれもかなりビビってる。
正直この数はやべえ。
勇者ってのは数十匹を数人で狩ることが多いから、よく多勢に無勢でも勝てると勘違いされる。
だがそれは状況を把握し、有利な状態を作り、作戦を練って先制攻撃するからだ。
今回は違う。堂々と正面からだ。
こっちは二千、向こうは三万。
まともにやっても勝ち目はねえぞ……
「魔物が来るまで二、三時間というところか……」
女王は固い表情で静かにつぶやき、ぎゅっと目をつぶった。
どうする。逃げるか? それとも玉砕覚悟で戦うか?
一分か、二分か、女王はじっと動かず押し黙っていた。
すげえ緊張が、空気が潰れそうなほど重くのしかかり、時間をずいぶん長く感じさせた。
兵士どものツバを飲み込む音がゴクリと聞こえてきやがる。
その緊張を打ち破るように女王の目がカッと開き、
「早鐘を鳴らせ! 全軍これを迎え撃つ!」
おお、やる気か。
だが勝ち目はあんのか? 勇猛と無謀は別だぜ?
「膨大な敵だが、こんなもの魔物全体のごく一部だ! 魔王を討つとなれば、これより恐ろしい戦いが待っている! この程度で逃げ出すようでは話にならん! 行くぞ! きさまらのいのち、わたしに預けろ!」
その威勢を受けた兵士どもの目が強く輝き、
「おおー!」
と叫んだ。女王の意志が伝播したみてえに燃えてやがる。
はー、これがカリスマってやつか。おっもしれえなあ。
「おい、ベンデル! もちろんきさまも戦うだろう!?」
はあ? なに言ってやがる。あったりめえじゃねえか!
こちとらたった三十人で魔王を倒そうなんて考えたクソバカやろうだぜ!
二千も仲間がいりゃ何倍だ!? えーと……いっぱい多いぜ!
余裕ぶっこきまくりだっつーの!
ただ、ひとつ気になることがあんだよな~。
「なあ女王さんよ」
「なんだ?」
「特別な日にゃ酒を振る舞うっつってたよな。これに勝ったら特別かい?」
「ぷっ、わははははは! こんなときまで酒か! いいだろう! 存分に飲め! ただしかならず勝てよ!」
よっしゃあ! 約束だぜ!
いやー、こりゃ勝ちだよ! なんたってお酒ちゃんが待ってる以上、負けるわけがねえからな!
おれは強えぜ! クソ魔物どもに目に物見せてやらあーー!
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