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第27話 女王ヒットリーミ
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ナーガス城下町は生き生きとしていた。
広大な敷地内には三千人という大人数が暮らし、農耕によって安定した食糧を供給している。
街並みもきれいで、男はもちろん、女子供も仕事に精を出し、魔王の襲撃があったとは思えねえような顔でえっちらおっちら働いてやがる。
「どうだ、ナーガスは立派だろう。これもすべて女王様のおかげだ」
兵士が言うには、ナーガスはいま、ひとりの女によって管理されているらしい。
女王ヒットリーミ。
ナーガス王に嫁いだが、不幸にも先立たれ、以来すべての政治、治安、国防をひとりで治めている。
実力もさることながら、そのカリスマ性はナーガス王をはるかに超えるものがあり、女王のおかげでこの街の平和は保たれている。
そんな自慢話を聞かされながら兵士の引率で街を歩き、中央にあるナーガス城に入った。
これからその女王さんに会わせるとか言ってやがる。
めんどくせえ。
女王だのなんだのどーでもいいんだよ。
こっちは酒が飲めりゃいいんだ。
おれが行きてえのは食糧庫! それか酒場!
しかしさすがにそんなことを言うわけにもいかねえし、とりあえず言われた通り玉座の間へと顔を出した。
だだっ広い広間の奥に一段高い床があって、そこにでけえ椅子がひとつ置かれている。
……しかし質素だな。
玉座っつーとそこらじゅう豪華な装飾がしてあって、シャンデリアやら赤絨毯やらすげえんだろ?
おとぎ話じゃみんなそうだったぜ。
ここはただの広い部屋だ。
なーんか思ってたのと違うなあ。
部屋がこんなんじゃ、その女王ってのも汚らしいのが出てくんじゃねえのか?
ま、なんでもいいけどよ。
おれたちはうだうだ話したり、床に座り込んだりして女王を待った。
オンジーとカレーノが、偉いひとと会うんだからしっかりしろとかなんとか言ってたが、おれたちそれで言うこと聞く人間じゃねえからな。
なにせ魔物ぶっ殺して死ぬ死なねえの生活してる荒くれモンだ。
礼儀だ礼節だなんつーのは知ったこっちゃねえのよ。
おれたちに必要なのは腕だ。
腕力、技術、生き残る力。
「ピシッと整列!」みてーのはお上品な方々にお任せしてくれや。
それにどうせ女王なんて、せいぜい男がウハウハするお飾りだろ?
おれたちゃ実力のねえザコには頭下げねえんだ。
ま、酒くれんなら、ちっとくらいへーこらしてやっけどな。
なーんて思ったんだけどよ。
「きさまらがオーンスイの勇者か」
女王が現れた途端、空気が変わった。
奥の扉からひとりの女が顔を出した瞬間、だらりと崩れていた男どもが全身ぎくりと硬直し、ハッと息をのんだ。
猛獣のような気配だった。
年はおそらく三十代半ばだろう。
髪は赤く、肌は浅黒く、目つきは獲物を狙う鷹のように鋭い。
女王だってのにドレスなんか着ねえで、要所要所にアーマーを着けてやがる。
しかもけっこう使い込んでるらしい。
薄汚れた表面が、戦いの歴史を語るように、にぶい光を放っている。
こりゃあ……傑物だぜ。
おれは思わず見惚れちまった。
なんせ美しいんだ。
きれいとか、美人とかじゃねえ。”美しい”だ。
こんなに強く気高い女は見たことがねえ。
胸もやたらでけえし、よく見りゃケツもプリッとしてやがる。
ひょお~、大人の魅力だぜ~。
——ばしっ!
「いでっ!」
カレーノのヤツ、突然頭を叩きやがった! なにしやがる!
「なに赤くなってんのよ! だらしない顔して、ビシッとしなさいよ、ほら!」
え、おれそんなにだらしなかった?
いやあー、すんません。ビシッとします。
おれたちは全員しゃっきり立ち上がり、軍隊みてえにきれーな整列をした。
そんだけのカリスマ性が女王にはあった。
女王は金属入りのブーツで、どしゃ、どしゃ、と床を踏み歩き、玉座でどっかり足を組んで座った。
「少人数での長旅、苦労しただろう。聞けば馬もなく、手荷物だけでオーンスイから来たというではないか。よく無事だった」
その低い声に応える者はいなかった。
これが女かよって思うほどのプレッシャーだ。
美声だが、鉛のように重い。
舐めるような視線は、まさかそのつもりはねえだろうが、だれを殺すか選んでいるように見える。
口は笑ってるんだぜ? それで、これかよ。
さすがのオンジーもガチガチに緊張していた。
いつもこいつがリーダーぶって話すから、今回もてっきり受け答えしてくれっと思ったんだけどよ。
「しかし鳩を飛ばしたのは先週だが……ずいぶんと早く来たな」
鳩? なに言ってんだこいつ。鳩なんて知らねえぞ。
「は、鳩とはなんのことでしょう」
とオンジーが震え声で言うと、
「なに? 伝書鳩の手紙を読んで来たのではないのか?」
女王が言うには、ナーガスは魔王討伐のために、各所へ鳩を飛ばして増援を求めたらしい。
そんでオーンスイからの勇者がやけに早く着いたから疑問に思ってるそうだ。
「はい、実はおれたちは——」
オンジーはゴクリとツバを飲み、これまでの経緯を話した。
魔王が巨大なドラゴンに乗り、襲来したこと。
それをおれのトリガー・スキルで撃退したこと。
魔王を倒す旅に出て、増員ほしさにナーガスに来たこと。
そして途中、魔族イヴォージィとの戦闘があり、魔族キレジィにナーガスに行くよう言われたこと。
「ふむ……」
女王は男より太い腕を組み、言った。
「話はだいたいわかった。だが、協力はできん」
「なぜでしょうか」
「我々もきさまら同様、魔王を倒すために戦う準備をしている。余計な戦力は割けん」
女王にも魔王を倒す計画があった。
まず各地から戦力を集め、魔物と戦える状態を作る。
したら一気に魔王城まで突撃して、投石機と火薬を使い、城を破壊する。
そうすりゃ魔王は怒って前に出るだろうから、それを誘き寄せて、なんとかうまいこと捕らえてふん縛っちまう。
「魔王は不死身かもしれんが、戦う能力はないと聞く。ならば無力化してしまえばいい。そのあとでいくらでも殺す方法を探れる」
なるほど、バカじゃねえな。
たとえば水を切ろうとしても切れねえけど、凍らせりゃ切れるのとおなじで、トンチを効かせりゃ解決法はいくらでもある。
現実的なこった。
「そういうわけだ。きさまらが我々に協力するなら歓迎する。だが、発動が不確実なトリガー・スキルなどというものに我が軍を割くようなバカなまねはせん」
オンジーは、むぅ、と閉じた口の中でうなった。
おっさん、このひとの言う通りだよ。バカな計画したなー。
「そもそも一撃で生命を奪ううえ、無敵になるなどというスキルがあるなど、信じられん。多いのだ。いいかげんなことを言って取り入り、食糧や物資を不当にもらおうなどと考えるバカ者が」
フン、と女王がおれたちを見下すような目で見た。
たぶん疑ってんだろう。
ちと気に入らねえなあ。
けどここで楯突いて追い出されでもしたら酒飲めなくなっちまうしなあ。
うまいもんも食いてえし、ゆっくりしてえしよお。
「ベンデルとやら。本当なら泣いてみろ」
女王はおれをあごで示し、命令した。
おれの”無敵うんこ漏らし”は、涙を流せば無敵になる”無敵泣き虫”という嘘で伝わっている。
当然泣いたところで無敵にゃならねえし、まさかこんな美人の前でクソ漏らすわけにはいかねえ。
「えー、無理っす」
「できないか?」
「へえ」
「だろうな」
女王はフッと笑った。予想通りとでも言いたげだった。
横からオンジーが泣け泣けと小声で急かしてくるが、泣いてもダメなんだって。だってそれ嘘だもん。
「それで、どうする。ナーガス軍に入るか? そうすれば衣食住を提供してやるぞ」
「はいはーい、質問ー!」
おれは手を上げ、
「酒はあんのかい?」
「酒?」
女王は怪訝そうにおれを見つめた。
すげえ目力で、空気がビリビリっと震えやがった。
あまりの殺気に、傍にいた護衛のヤツらが一歩身を退き、おれの仲間たちも無音でざわついた。
「きさま、いまの状況をわかっているのか? なぜいま酒の有無を訊く」
「飲みてえからに決まってんだろ。バカかおまえ」
そう言うと、兵士どもが目ン玉おっ広げて口をあが~っと開けた。
オーンスイの勇者たちも変な声漏らして一歩退いてやがる。
なんだよ、酒があるか訊いただけじゃねえか。みんなも気になんだろ?
こわい顔してっけど、別に殺されやしねーって。
聞くはいっときの恥、聞かぬは一生の恥ってんだ。
常識だろ。
「クク……ははは!」
ほら見ろ、女王さん笑ってるぜ。
怒ってなんかねえよ。生まれつきあーゆう顔なんだろ。
その証拠に、迫力は残っちゃいるが、ニコニコ笑ってたのしそうに言った。
「おもしろいヤツだ。本来なら特別な日にしか振る舞わんのだが、今夜はきさまらのために用意させてやる」
わおー! そりゃありがてえ!
つまり本来なら飲めなかったってこったろ?
言ってみるもんだなあー! 言うだけはタダだしよ!
あ、そうだ! じゃあついでに、
「なあ女王さんよ! 甘い菓子と女便所もあるかい!?」
「は?」
おれはカレーノを指差し、
「こいつ甘いモンが好きなんだ! それと草原でクソできなくて困ってよお! な、頼むよ! 用意してくれよ!」
「バカー!!!」
バシイッ! とめちゃくちゃ強烈なビンタがおれの左ほほを引っ叩いた。
うおー、痛え!
なんだよカレーノのヤツ、顔真っ赤にして暴力振るって、おれァてめえのために言ってやったんだぜ?
「あははははは! 本当におもしろいヤツだ!」
ほら、女王さんにもバカウケだぜ。
それにこうまで言ってくれた。
「いいだろう、わたしも菓子は好きだ。酒よりも貴重だが、今夜は許してやる」
それを聞くと、カレーノは一瞬びっくりしたあと、ぱあっと明るくなって、
「あっ、ありがとうございます!」
と頭を下げた。
現金なヤツだなあ。怒ったりよろこんだり、クルクル忙しくねえかい?
ずっと笑っといてくれよ。
もう痛えのはいやだ。
ところでもうひとつの返事を聞いてねえぞ。
「女王さん、女便所は?」
「あんたねえ!」
バチーン! 二発目のビンタが右ほほにクリーンヒット! これで左右両方ゲットだぜ!
……いってえ~。
いー、たまんねえなあ。女ごころは変わりやすいっつーけどホントだぜ。
次から女と話すときゃ、ヘルメットを装備しといた方がよさそうだな。もしくは金網でも立てるか?
まったく、たまったもんじゃねえや。
広大な敷地内には三千人という大人数が暮らし、農耕によって安定した食糧を供給している。
街並みもきれいで、男はもちろん、女子供も仕事に精を出し、魔王の襲撃があったとは思えねえような顔でえっちらおっちら働いてやがる。
「どうだ、ナーガスは立派だろう。これもすべて女王様のおかげだ」
兵士が言うには、ナーガスはいま、ひとりの女によって管理されているらしい。
女王ヒットリーミ。
ナーガス王に嫁いだが、不幸にも先立たれ、以来すべての政治、治安、国防をひとりで治めている。
実力もさることながら、そのカリスマ性はナーガス王をはるかに超えるものがあり、女王のおかげでこの街の平和は保たれている。
そんな自慢話を聞かされながら兵士の引率で街を歩き、中央にあるナーガス城に入った。
これからその女王さんに会わせるとか言ってやがる。
めんどくせえ。
女王だのなんだのどーでもいいんだよ。
こっちは酒が飲めりゃいいんだ。
おれが行きてえのは食糧庫! それか酒場!
しかしさすがにそんなことを言うわけにもいかねえし、とりあえず言われた通り玉座の間へと顔を出した。
だだっ広い広間の奥に一段高い床があって、そこにでけえ椅子がひとつ置かれている。
……しかし質素だな。
玉座っつーとそこらじゅう豪華な装飾がしてあって、シャンデリアやら赤絨毯やらすげえんだろ?
おとぎ話じゃみんなそうだったぜ。
ここはただの広い部屋だ。
なーんか思ってたのと違うなあ。
部屋がこんなんじゃ、その女王ってのも汚らしいのが出てくんじゃねえのか?
ま、なんでもいいけどよ。
おれたちはうだうだ話したり、床に座り込んだりして女王を待った。
オンジーとカレーノが、偉いひとと会うんだからしっかりしろとかなんとか言ってたが、おれたちそれで言うこと聞く人間じゃねえからな。
なにせ魔物ぶっ殺して死ぬ死なねえの生活してる荒くれモンだ。
礼儀だ礼節だなんつーのは知ったこっちゃねえのよ。
おれたちに必要なのは腕だ。
腕力、技術、生き残る力。
「ピシッと整列!」みてーのはお上品な方々にお任せしてくれや。
それにどうせ女王なんて、せいぜい男がウハウハするお飾りだろ?
おれたちゃ実力のねえザコには頭下げねえんだ。
ま、酒くれんなら、ちっとくらいへーこらしてやっけどな。
なーんて思ったんだけどよ。
「きさまらがオーンスイの勇者か」
女王が現れた途端、空気が変わった。
奥の扉からひとりの女が顔を出した瞬間、だらりと崩れていた男どもが全身ぎくりと硬直し、ハッと息をのんだ。
猛獣のような気配だった。
年はおそらく三十代半ばだろう。
髪は赤く、肌は浅黒く、目つきは獲物を狙う鷹のように鋭い。
女王だってのにドレスなんか着ねえで、要所要所にアーマーを着けてやがる。
しかもけっこう使い込んでるらしい。
薄汚れた表面が、戦いの歴史を語るように、にぶい光を放っている。
こりゃあ……傑物だぜ。
おれは思わず見惚れちまった。
なんせ美しいんだ。
きれいとか、美人とかじゃねえ。”美しい”だ。
こんなに強く気高い女は見たことがねえ。
胸もやたらでけえし、よく見りゃケツもプリッとしてやがる。
ひょお~、大人の魅力だぜ~。
——ばしっ!
「いでっ!」
カレーノのヤツ、突然頭を叩きやがった! なにしやがる!
「なに赤くなってんのよ! だらしない顔して、ビシッとしなさいよ、ほら!」
え、おれそんなにだらしなかった?
いやあー、すんません。ビシッとします。
おれたちは全員しゃっきり立ち上がり、軍隊みてえにきれーな整列をした。
そんだけのカリスマ性が女王にはあった。
女王は金属入りのブーツで、どしゃ、どしゃ、と床を踏み歩き、玉座でどっかり足を組んで座った。
「少人数での長旅、苦労しただろう。聞けば馬もなく、手荷物だけでオーンスイから来たというではないか。よく無事だった」
その低い声に応える者はいなかった。
これが女かよって思うほどのプレッシャーだ。
美声だが、鉛のように重い。
舐めるような視線は、まさかそのつもりはねえだろうが、だれを殺すか選んでいるように見える。
口は笑ってるんだぜ? それで、これかよ。
さすがのオンジーもガチガチに緊張していた。
いつもこいつがリーダーぶって話すから、今回もてっきり受け答えしてくれっと思ったんだけどよ。
「しかし鳩を飛ばしたのは先週だが……ずいぶんと早く来たな」
鳩? なに言ってんだこいつ。鳩なんて知らねえぞ。
「は、鳩とはなんのことでしょう」
とオンジーが震え声で言うと、
「なに? 伝書鳩の手紙を読んで来たのではないのか?」
女王が言うには、ナーガスは魔王討伐のために、各所へ鳩を飛ばして増援を求めたらしい。
そんでオーンスイからの勇者がやけに早く着いたから疑問に思ってるそうだ。
「はい、実はおれたちは——」
オンジーはゴクリとツバを飲み、これまでの経緯を話した。
魔王が巨大なドラゴンに乗り、襲来したこと。
それをおれのトリガー・スキルで撃退したこと。
魔王を倒す旅に出て、増員ほしさにナーガスに来たこと。
そして途中、魔族イヴォージィとの戦闘があり、魔族キレジィにナーガスに行くよう言われたこと。
「ふむ……」
女王は男より太い腕を組み、言った。
「話はだいたいわかった。だが、協力はできん」
「なぜでしょうか」
「我々もきさまら同様、魔王を倒すために戦う準備をしている。余計な戦力は割けん」
女王にも魔王を倒す計画があった。
まず各地から戦力を集め、魔物と戦える状態を作る。
したら一気に魔王城まで突撃して、投石機と火薬を使い、城を破壊する。
そうすりゃ魔王は怒って前に出るだろうから、それを誘き寄せて、なんとかうまいこと捕らえてふん縛っちまう。
「魔王は不死身かもしれんが、戦う能力はないと聞く。ならば無力化してしまえばいい。そのあとでいくらでも殺す方法を探れる」
なるほど、バカじゃねえな。
たとえば水を切ろうとしても切れねえけど、凍らせりゃ切れるのとおなじで、トンチを効かせりゃ解決法はいくらでもある。
現実的なこった。
「そういうわけだ。きさまらが我々に協力するなら歓迎する。だが、発動が不確実なトリガー・スキルなどというものに我が軍を割くようなバカなまねはせん」
オンジーは、むぅ、と閉じた口の中でうなった。
おっさん、このひとの言う通りだよ。バカな計画したなー。
「そもそも一撃で生命を奪ううえ、無敵になるなどというスキルがあるなど、信じられん。多いのだ。いいかげんなことを言って取り入り、食糧や物資を不当にもらおうなどと考えるバカ者が」
フン、と女王がおれたちを見下すような目で見た。
たぶん疑ってんだろう。
ちと気に入らねえなあ。
けどここで楯突いて追い出されでもしたら酒飲めなくなっちまうしなあ。
うまいもんも食いてえし、ゆっくりしてえしよお。
「ベンデルとやら。本当なら泣いてみろ」
女王はおれをあごで示し、命令した。
おれの”無敵うんこ漏らし”は、涙を流せば無敵になる”無敵泣き虫”という嘘で伝わっている。
当然泣いたところで無敵にゃならねえし、まさかこんな美人の前でクソ漏らすわけにはいかねえ。
「えー、無理っす」
「できないか?」
「へえ」
「だろうな」
女王はフッと笑った。予想通りとでも言いたげだった。
横からオンジーが泣け泣けと小声で急かしてくるが、泣いてもダメなんだって。だってそれ嘘だもん。
「それで、どうする。ナーガス軍に入るか? そうすれば衣食住を提供してやるぞ」
「はいはーい、質問ー!」
おれは手を上げ、
「酒はあんのかい?」
「酒?」
女王は怪訝そうにおれを見つめた。
すげえ目力で、空気がビリビリっと震えやがった。
あまりの殺気に、傍にいた護衛のヤツらが一歩身を退き、おれの仲間たちも無音でざわついた。
「きさま、いまの状況をわかっているのか? なぜいま酒の有無を訊く」
「飲みてえからに決まってんだろ。バカかおまえ」
そう言うと、兵士どもが目ン玉おっ広げて口をあが~っと開けた。
オーンスイの勇者たちも変な声漏らして一歩退いてやがる。
なんだよ、酒があるか訊いただけじゃねえか。みんなも気になんだろ?
こわい顔してっけど、別に殺されやしねーって。
聞くはいっときの恥、聞かぬは一生の恥ってんだ。
常識だろ。
「クク……ははは!」
ほら見ろ、女王さん笑ってるぜ。
怒ってなんかねえよ。生まれつきあーゆう顔なんだろ。
その証拠に、迫力は残っちゃいるが、ニコニコ笑ってたのしそうに言った。
「おもしろいヤツだ。本来なら特別な日にしか振る舞わんのだが、今夜はきさまらのために用意させてやる」
わおー! そりゃありがてえ!
つまり本来なら飲めなかったってこったろ?
言ってみるもんだなあー! 言うだけはタダだしよ!
あ、そうだ! じゃあついでに、
「なあ女王さんよ! 甘い菓子と女便所もあるかい!?」
「は?」
おれはカレーノを指差し、
「こいつ甘いモンが好きなんだ! それと草原でクソできなくて困ってよお! な、頼むよ! 用意してくれよ!」
「バカー!!!」
バシイッ! とめちゃくちゃ強烈なビンタがおれの左ほほを引っ叩いた。
うおー、痛え!
なんだよカレーノのヤツ、顔真っ赤にして暴力振るって、おれァてめえのために言ってやったんだぜ?
「あははははは! 本当におもしろいヤツだ!」
ほら、女王さんにもバカウケだぜ。
それにこうまで言ってくれた。
「いいだろう、わたしも菓子は好きだ。酒よりも貴重だが、今夜は許してやる」
それを聞くと、カレーノは一瞬びっくりしたあと、ぱあっと明るくなって、
「あっ、ありがとうございます!」
と頭を下げた。
現金なヤツだなあ。怒ったりよろこんだり、クルクル忙しくねえかい?
ずっと笑っといてくれよ。
もう痛えのはいやだ。
ところでもうひとつの返事を聞いてねえぞ。
「女王さん、女便所は?」
「あんたねえ!」
バチーン! 二発目のビンタが右ほほにクリーンヒット! これで左右両方ゲットだぜ!
……いってえ~。
いー、たまんねえなあ。女ごころは変わりやすいっつーけどホントだぜ。
次から女と話すときゃ、ヘルメットを装備しといた方がよさそうだな。もしくは金網でも立てるか?
まったく、たまったもんじゃねえや。
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