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VS王

最終話 異世界カレー王

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 おれは勝った。

 おれは王になった。

 この国最大の権力を手に入れ、ありとあらゆる自由を許された。

 そうなったら、やることはひとつだ。

「あははは! このドラゴンステーキおいしーわねー!」

「このカルパッチョも最高じゃぞい!」

 それは食うこと! 贅を尽くし、世界中の豪華なメシを味わうこと!

 おれたちはそりゃあもう食いまくった。
 毎日好きなものを好きなだけ食い、行きたい店に行き、気に入ったシェフは王宮に呼んで専属で雇ったりした。

 金に糸目はつけねえ。なにせ膨大な国家予算が使い放題だ。
 王権と別で政治部があるとはいえ、ヤツらはしょせん庶民にすぎねえ。
 王が黒と言えばすべて黒になり、白と言えば白になる。
 文句のあるヤツはクビにしちまえばいい。

 もちろん挑戦者はたびたび現れた。
 月に三度は王位争奪戦が起こる。
 だがおれの完成された大腸菌殺法は隙がなく、カレーで頂点に立ち続けるおれは、いつしか「カレー王」と呼ばれるようになった。

 そうして暮らすこと、はや五年——

「……うん、やっぱこれね」

 キュウリの漬物で茶漬けをかっこみ、アンが言った。

「サバはやっぱり塩焼きに限るのう!」

 サバの塩焼きの皮を箸でパリッとつつき、身をつまみながらカリンが言った。

 おれたちは贅沢に飽きていた。
 高価なメシはそりゃあうまいが、五年も続けりゃ慣れがくる。
 むしろつまらねえ粗食に懐かしみを覚え、大金を払うのがバカバカしくなる。

 そんなんで結局、ご家庭の味に落ち着いた。
 おれはわざわざ四畳半の茶の間を作り、丸テーブルと座布団を敷いて、主婦が家計簿を気にして作るような献立を愛するようになった。

「結局、こーゆーのが一番なのよね」

「ああ、そうだな」

「魚に塩振って焼くだけで十分じゃ!」

 そう、十分だ。人間、贅沢なんていらない。
 自然の恵みは特別なことをしなくても十分うまいし、旬のものとなれば世界一の銘酒めいしゅも敵ではない。

「あーあ、もっと早く気づけばよかったわね」

「……そうだな」

 アンの言う通りだ。
 もっと早く気づけばよかった。

 おれたちはハチャメチャに金を使った。
 国庫がどれほどなのかも考えず、政治家の文句を跳ね除け暴挙を続けた。

 結果、財源が消失した。

 この国はいま金欠だ。
 本来なら必要な工事の金や、さまざまな外交に使う交際費もろくにねえ。
 なぜならおれたちがぜんぶ使っちまったからだ。

 ……あれだな。酒を覚えたのがまずかったな。
 メシも高級なもんはいくらでも高くなるが、酒は天井知らずだ。
 大して味の変わらねえワインが、これは年代物でございますよと言って、一本でアパート一棟ほどのお値段を要求してくることもある。

 でもアンが飲みてえって言うしさあ。
 おれもバカだから、いいよいいよ高えのはうめえからな、な~んて言って、オレンジジュースの方がうめえと思いながら「やっぱいい酒は違うねえ!」とか言ったりしてさあ。

 はー、まいったね。おかげで借金まみれだ。

「ねえ、あんたこの国どうするつもり?」

 どうするったってなあ……

「隣国からの請求がうるさいそうじゃぞ」

 食いもんいっぱい輸入してっからなあ……借金で。

「最近挑戦者も現れないしね」

 そうなんだよなぁ。そこなんだよなぁ。

 もし王位争奪戦になれば、わざと負けて王位を捨てることができる。
 そうすりゃ借金ともどもおさらばだ。
 新しく王になったヤツには申し訳ねえが、おれたちは晴れてきれいな体で庶民に戻ることができる。

 働くのはいやだが、こうなったらもう仕方がない。
 若いうちならやり直しがきくし、そもそも働きもしねえでメシ食ってるのがおかしいんだ。

 ただ、そのためには挑戦者が必要だ。

 おれは強すぎた。
 先代のレーター・ノクニキヤが十年無敗の強さを誇っていたところでおれが勝ち、さらにおれ自身も三年間無敗であり続けた。

 こうなると挑もうってヤツがいなくなる。
 王への挑戦は生涯にいちどと決まっており、負けたら永久ノーチャンスだ。
 となると容易に手は出せない。

 もうここ二年、料理勝負をしていない。

 来てほしくねえって思ってるときにはバンバン来やがったくせに、来てほしくなったら来ねえんだもんなあ……

 ……なんて思っていると、

『待て! ちゃんと受付けして挑め!』

 おや? なんだか部屋の外が騒がしいぞ?

『王に直接お会いしようだなんて無礼だぞ! そもそも本当に知り合いなのか!?』

「そうよ! あいつ絶対に許さないんだから!」

 んん? なんか知り合いが来てるらしいぞ?
 女の声だが……

「なんか許さないとか言ってるわね」

「おぬし女でも作ったか?」

「バカ言うなよ。バリバリの童貞だぜ」

「でしょうねえ」

「そうじゃろうなあ」

 こ、こいつら……

 ……まあいいや。それより客だ。
 おれの知り合いで女ってだれだろう。そんなのアンとカリンくらいしかいないはずだが……

 と考えているうちに、声がどんどん近くなり、扉が勢いよく開き、

「見つけた! この悪党!」

 と美女が顔を出した。
 それを見た瞬間おれとアンは、

「あーーーーッ!」

 と、そろって声を上げた。

「お、おめえは……オロシィ・ポーンズ!」

 そうだそうだ、こいつがいたよ!
 かつておれがショーンズ・キッチンのオーナーだったときに店の権利を賭けて戦った、ラーメン屋の店長オロシィ・ポーンズがよお!

「よくもあんなことしてくれたわね! おかげで大変だったのよ! お金はないどころか支払いばっかりで、とんでもない借金したんだから!」

 オロシィは眉をこれでもかと吊り上げ、息荒く捲し立てた。
 そうそう、おれ金もってトンズラこいたんだよな。
 各所へ支払う分も、従業員の給料も丸ごとかっさらって、ドマイナスの店舗を明け渡した。
 なつかしいなぁ……

「あれから五年、必死に働いて節約して、やっとトントンまで持っていったわ! だけど腹の虫が収まらない! あなたが王になったって聞いて、絶対に倒してやるって決めたのよ!」

 ……おや? 倒す?

「聞けばお題はフリーだそうじゃない! だったらわたしは全力のラーメンで勝負するわ! まさか逃げたりはしないでしょうね!?」

 ……えーっと、

「料理勝負?」

「そうよ!」

「もしかして王位を賭けて?」

「あたりまえじゃない! わたしが苦労した五年分、国庫から返してもらうわ!」

 それを聞いて、おれたちは呆気に取られたような顔を見合わせた。
 ちょっぴりまぶたをパチクリさせて、三人そろってニヤ~っと笑った。

 そしておれは立ち上がり、室内でありながらお天道様に照らされるような気持ちでビシリと言った。

「おう! 勝負だ!」
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