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VS王
第二十九話 王を討つ
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ナトマキィとの戦いからおよそ一ヶ月。
おれたちは王都のグルメをこれでもかと堪能していた。
「やっぱここのビーフシチューが一番おいしいわね」
「わしは大通りのイタリアンが一番好きじゃ」
名のある店はだいたい通った。
どの店もよそじゃ味わえないすばらしい料理ばかりで、本当に王都に来てよかったと心から思う。
——もっとも、いいのは味だけじゃない。
「お会計、四十万ケインとなります」
都会のレストランは安くない。
最低でも四人で十万ケイン、下手すると一食で百万ケイン取られることもある。
だが文句は言えねえ。
だってそういう店を選んでるのはおれたちだ。
「あーおいしかった! コトナリ、夜はどこで食べる?」
アンはいつも通りニコニコ言った。
毎日豪華な食事を腹いっぱい食ってゴキゲンだ。
だが、おれは内心焦っていた。
「なあアン……そろそろメシのランクを落とさねえか?」
「なんで?」
「いや、金がさ……」
そう、金がやばかった。
ここ一ヶ月の豪遊は財布の中身をゴリゴリ削っていた。
おれもバカだった。
今日という今日までなにも考えずアンの行きたい店についていき、金は売るほどあるんだからなどと言って気にせず使っていたが、先ほど「そういえばいくら残ってるんだ?」と確認して、数えた瞬間血の気が引いた。
「もしかして……お金ないの?」
アンが目のくぼむような声で言った。
こいつにとって金は宝であり、最も愛すべきものだ。
それがなくなったとなれば絶望するのも無理はない。
だが、まだデッドラインには立っていない。
「残り……五百万ケインだ」
おれはごく深刻に言った。
王都に着いたときは五千万以上あったのに、ほんのひと月でこんなに減ってしまった。
一般市民が使っていい額じゃねえ。
このペースで使えば長くて一週間、下手すりゃ数日でスッカラカンになる。
「それって……もう贅沢できないってこと?」
「ああ。ふつうの大衆食堂で食うか、どこかアパートを借りて自炊しよう。それに職も探さなきゃな」
おれはたぶん、ふつうのことを言ったと思う。
金がなくなる前にホテル住まいをやめ、安定した生活を求めるのは当然だろう。
本来ならもっと早くそうすべきだったが、五百万という大金が残っていただけよしとすべきだろう。
だが、アンは常識の外にいる。
「いやよ! あたしそんなのいや!」
「な、なに言ってんだ!」
「だってせっかく王都に来たのよ! 贅沢しないなんて耐えられないわ! それに働くのも絶対いや! 家事だってやりたくないし、毎日遊んで暮らしたいの!」
お、おめえ……どうかしてんじゃねえか?
それじゃどうやって暮らすってんだ。
「あんたがなんとかして!」
はあ!?
「だってそうでしょ! あたしはあんたが金持ちだからいっしょにいるの! お金のないあんたなんか、なんの価値もないのよ! 毎日十万、百万使える生活を提供してちょうだい!」
な、なんちゅう!
「おいおい、それはないんじゃないか?」
アカトはおれたちのあいだに割って入り、
「金のあるなしで人の価値を決めるなんてひどいじゃないか。それに人間は働かざる者食うべからずと言って、どうやったってタダじゃ生きていけない。そもそもこんな贅沢三昧が異常なんだ。コトナリの言う通り、部屋と仕事を探して堅実に暮らすべきだ」
ところが、
「うっさいわね! あんただれのお金でごはん食べてんのよ!」
「うっ……!」
「あたしらが払ってあげてるからでしょ! ホテル代だってこっちが出してあげてるんでしょ! 下僕のくせに人間ぶって話すんじゃないわよ! 文句があるなら出て行って!」
「ううっ!」
うわあ、ひでえ。アンは本当に口も性格も悪いな。
「そうじゃぞアカト!」
さらにカリンがずいと背伸びし、
「話を聞けば、アンは豪遊するために王都へ来たんじゃろう? ならもっともっと豪遊すべきじゃ! わしもこの生活が気に入っとる! 人間の料理は味があって最高じゃからのう!」
そういやこいつドラゴンだもんな。
ふだんの食事は生肉だ。
塩も砂糖も振らねえで、ただそのまま肉にかぶりつく。
それが人間のメシなんか知っちまったら、もう元には戻れねえだろう。
「そういうことじゃコトナリ! なんとかするのじゃ!」
なんとかって言われてもなぁ……
つーかふつうのメシだって十分うまいぜ。もっと節制しようよ。
「なに言ってるのよ! 十分節制してるじゃない! 服だってセールで買った一着千ケインの安物よ!」
そういやこいつ、食いもんにはバカみてえに金使うくせに、おしゃれはしねえよな。
宝石のひとつもつけねえしよ。
「だってあたしが宝石よりきれいなんだからお金かける必要ないじゃない。美人はなに着てもきれいなんだから」
う~ん……おっしゃる通りなんだけど……中身は汚ったねえなぁ。
「ねえコトナリ。あたしといっしょにいたくないの? こんなにかわいくてフレンドリーな美少女ほかにいないわよ?」
そりゃあ……おれだっておめえに離れられるのはいやだけど……
「なんとかしてよ」
そう言われてもなぁ……
「コトナリ! 男ならなんとかするのじゃ!」
う~ん……継続的に大金を使えるようにするにはどうすれば……
「あっ、そうだわ!」
アンがひらめいたって顔でポンと手を叩き、
「王になるってのはどうかしら!」
お、王になる……?
「どういうことじゃアン!」
「王は大金持ちでしょ! だからこの国の王になって、好き放題国庫を使うのよ!」
「おお! それは名案じゃ!」
こ、こいつらバカなんじゃねえか!?
ドラゴンのカリンはともかく、アンはどうかしてるぞ!
と思いきや、
「なるほど……それなら一応可能だな」
えっ!? アカトまで!?
「もっとも、王に勝てればだがな……」
ん? 王に勝つ? どういうこと?
「ああ、そういえば君は異世界人だから知らないのか。この国の王は料理勝負で決まるんだ」
はあ!?
「民以食為天——食こそが人間にとって最も大切なことであり、民を統べる王は料理上手でなければならない。その考えから、王は王位をかけた料理勝負を断れない決まりになっている。月ごとに上限はあるがな」
へえ~、そりゃイカレてんな。
でもそれじゃ王様がバンバン変わっちまうじゃねえか。
政治はどうなってんだ?
「王権と政治はまた別にあってな。まあ、たしかに王がよく変わるというのはその通りだ。実際、十年前までは頻繁に王が変わっていた」
十年前までは……?
「当代、レーター・ノクニキヤが王位を手にして以来、十年間変わっていない」
ほお? てことは相当強えんだな。
「十年無敗の男だからな」
なるほど……強敵ってわけか。
でもそいつをぶっ倒せばおれが王様になれるんだな?
「コトナリ! 王になりましょう!」
「そうじゃ! 王になって贅沢するのじゃ!」
……よし! やってみるか!
「そうと決まればレッツゴーだぜ!」
こうしておれたちは王宮に向かった。
ドでけえ立派な王宮は、当然軍が警備している。
門前にはものものしく武装した兵と、お堅い感じの検問が待っていた。
「なんのご用で?」
おれは検問で問われ、やや緊張しながらも、
「王に料理勝負を挑みに」
と答えた。すると、
「というと……王位を求めて、ということですね?」
「ああ」
「わかりました。それではこちらに記入をお願いします」
なんだ、けっこうすんなりじゃねえか。
王様が変わる変わらねえの勝負だから、もっと審査とかいろいろあるかと思ったぜ。
聞けば今月は挑戦者がいなかったから待ちもねえらしい。
こりゃ本当に王様になっちまうかァ!?
なんて思っていると、
『王のお帰りだー!』
検問の近くにいた兵士が大声で叫んだ。
そして街の方面から一台の豪華な馬車が、幾人もの護衛とともにゆっくり走ってくる。
それが、検問の前で止まった。
「ずいぶんと薄汚いガキがおるな」
窓が開き、目つきの悪い中年が顔を見せた。
「おお? この四人組、見覚えがあるな。このあいだナトマキィを打ち破ったコトナリというガキじゃないか」
ほう……おれをご存知かい。光栄なこった。
「それがわが王宮になんの用だ?」
「はっ、この者は王に料理勝負を挑みに!」
と検問が深く頭を下げると、
「わしに料理勝負を……? グフフ……グフフフ……」
ああ? なに笑ってんだおっさん。
口からヨダレ垂らして、目の色をぐにゃりとゆがめ、なにがそんなにおもしれえってんだ。
「そうかそうか。それはたのしみだ。勝負はいつだ?」
「はい、一週間後です!」
「ククク……一週間後か。グフフフフフ……」
そう言うと、なんと王は扉を開き、おれに向かい合った。
どっしりとした体躯。
やや中肉中背だが、それ以上に異様な貫禄があり、どこか殺伐としている。
歳は五十代後半といったところか。
目つきは針のように鋭く、笑う口からはおとぎ話のオオカミを思わせる悪辣さを感じた。
そいつが、口を開いた。
「挑戦者、コトナリよ」
おれはじっと身構えた。
無意識に相手を睨んでいた。
「せいぜい残りの一週間、うまいものでも食うがいい」
そう言って扉が閉まり、馬車は去った。
おれは得体の知れない気迫から解放され、ホッと肩の力を抜いた。
「あれが……レーター・ノクニキヤ」
アンがゴクリと息をのみ、言った。
なるほど、十年間無敗の男か。
たしかにすごそうだ。
だけど残りの一週間うまいものでも食えってどういうことだ?
まるでおれが一週間後に死ぬみてえじゃねえか。
「ねえ、コトナリ……あいつがこの十年、どうやって勝ち続けたか知ってる?」
いや、知らねえ。
「KO勝ちよ」
なに!?
「あいつはこの十年、挑戦者をすべてKO勝ちで制してるの。つまり、挑んだ者はみんな死んでるってことよ」
……なんだと!?
おれは稲妻に打たれたような衝撃に襲われた。
KO勝ち!? みんな死んでる!?
まさか……おれとおなじタイプの料理人!?
「お題はカレーか!?」
おれは切羽詰まった声で言った。
おなじタイプの料理人なら、使うのは大腸菌——すなわちクソだ。
おれは大量の大腸菌保持者だから、おそらく耐性・クソを持っている。
とはいえ敵も同様だった場合、こちらもただでは済まない。
少なくとも無傷ではいられないだろう。
だが、予想は違った。
「いいえ、海鮮料理よ」
ほう……? だがそれでどうやってKOを?
「わからない……ただ王は、王だけが唯一許された特別な食材を使うことができるの」
王だけが許された特別な食材!?
「ええ。それはあまりにおいしくて、王だけが口にできる特別な魚。一般人は触れることも許されない究極の魚」
なんだそれは! いったいどんな魚なんだ!
「それは……」
それは……!?
「………………フグよ!」
ふ、フグだと!? フグだとおおおおーーーーッ!?
おれたちは王都のグルメをこれでもかと堪能していた。
「やっぱここのビーフシチューが一番おいしいわね」
「わしは大通りのイタリアンが一番好きじゃ」
名のある店はだいたい通った。
どの店もよそじゃ味わえないすばらしい料理ばかりで、本当に王都に来てよかったと心から思う。
——もっとも、いいのは味だけじゃない。
「お会計、四十万ケインとなります」
都会のレストランは安くない。
最低でも四人で十万ケイン、下手すると一食で百万ケイン取られることもある。
だが文句は言えねえ。
だってそういう店を選んでるのはおれたちだ。
「あーおいしかった! コトナリ、夜はどこで食べる?」
アンはいつも通りニコニコ言った。
毎日豪華な食事を腹いっぱい食ってゴキゲンだ。
だが、おれは内心焦っていた。
「なあアン……そろそろメシのランクを落とさねえか?」
「なんで?」
「いや、金がさ……」
そう、金がやばかった。
ここ一ヶ月の豪遊は財布の中身をゴリゴリ削っていた。
おれもバカだった。
今日という今日までなにも考えずアンの行きたい店についていき、金は売るほどあるんだからなどと言って気にせず使っていたが、先ほど「そういえばいくら残ってるんだ?」と確認して、数えた瞬間血の気が引いた。
「もしかして……お金ないの?」
アンが目のくぼむような声で言った。
こいつにとって金は宝であり、最も愛すべきものだ。
それがなくなったとなれば絶望するのも無理はない。
だが、まだデッドラインには立っていない。
「残り……五百万ケインだ」
おれはごく深刻に言った。
王都に着いたときは五千万以上あったのに、ほんのひと月でこんなに減ってしまった。
一般市民が使っていい額じゃねえ。
このペースで使えば長くて一週間、下手すりゃ数日でスッカラカンになる。
「それって……もう贅沢できないってこと?」
「ああ。ふつうの大衆食堂で食うか、どこかアパートを借りて自炊しよう。それに職も探さなきゃな」
おれはたぶん、ふつうのことを言ったと思う。
金がなくなる前にホテル住まいをやめ、安定した生活を求めるのは当然だろう。
本来ならもっと早くそうすべきだったが、五百万という大金が残っていただけよしとすべきだろう。
だが、アンは常識の外にいる。
「いやよ! あたしそんなのいや!」
「な、なに言ってんだ!」
「だってせっかく王都に来たのよ! 贅沢しないなんて耐えられないわ! それに働くのも絶対いや! 家事だってやりたくないし、毎日遊んで暮らしたいの!」
お、おめえ……どうかしてんじゃねえか?
それじゃどうやって暮らすってんだ。
「あんたがなんとかして!」
はあ!?
「だってそうでしょ! あたしはあんたが金持ちだからいっしょにいるの! お金のないあんたなんか、なんの価値もないのよ! 毎日十万、百万使える生活を提供してちょうだい!」
な、なんちゅう!
「おいおい、それはないんじゃないか?」
アカトはおれたちのあいだに割って入り、
「金のあるなしで人の価値を決めるなんてひどいじゃないか。それに人間は働かざる者食うべからずと言って、どうやったってタダじゃ生きていけない。そもそもこんな贅沢三昧が異常なんだ。コトナリの言う通り、部屋と仕事を探して堅実に暮らすべきだ」
ところが、
「うっさいわね! あんただれのお金でごはん食べてんのよ!」
「うっ……!」
「あたしらが払ってあげてるからでしょ! ホテル代だってこっちが出してあげてるんでしょ! 下僕のくせに人間ぶって話すんじゃないわよ! 文句があるなら出て行って!」
「ううっ!」
うわあ、ひでえ。アンは本当に口も性格も悪いな。
「そうじゃぞアカト!」
さらにカリンがずいと背伸びし、
「話を聞けば、アンは豪遊するために王都へ来たんじゃろう? ならもっともっと豪遊すべきじゃ! わしもこの生活が気に入っとる! 人間の料理は味があって最高じゃからのう!」
そういやこいつドラゴンだもんな。
ふだんの食事は生肉だ。
塩も砂糖も振らねえで、ただそのまま肉にかぶりつく。
それが人間のメシなんか知っちまったら、もう元には戻れねえだろう。
「そういうことじゃコトナリ! なんとかするのじゃ!」
なんとかって言われてもなぁ……
つーかふつうのメシだって十分うまいぜ。もっと節制しようよ。
「なに言ってるのよ! 十分節制してるじゃない! 服だってセールで買った一着千ケインの安物よ!」
そういやこいつ、食いもんにはバカみてえに金使うくせに、おしゃれはしねえよな。
宝石のひとつもつけねえしよ。
「だってあたしが宝石よりきれいなんだからお金かける必要ないじゃない。美人はなに着てもきれいなんだから」
う~ん……おっしゃる通りなんだけど……中身は汚ったねえなぁ。
「ねえコトナリ。あたしといっしょにいたくないの? こんなにかわいくてフレンドリーな美少女ほかにいないわよ?」
そりゃあ……おれだっておめえに離れられるのはいやだけど……
「なんとかしてよ」
そう言われてもなぁ……
「コトナリ! 男ならなんとかするのじゃ!」
う~ん……継続的に大金を使えるようにするにはどうすれば……
「あっ、そうだわ!」
アンがひらめいたって顔でポンと手を叩き、
「王になるってのはどうかしら!」
お、王になる……?
「どういうことじゃアン!」
「王は大金持ちでしょ! だからこの国の王になって、好き放題国庫を使うのよ!」
「おお! それは名案じゃ!」
こ、こいつらバカなんじゃねえか!?
ドラゴンのカリンはともかく、アンはどうかしてるぞ!
と思いきや、
「なるほど……それなら一応可能だな」
えっ!? アカトまで!?
「もっとも、王に勝てればだがな……」
ん? 王に勝つ? どういうこと?
「ああ、そういえば君は異世界人だから知らないのか。この国の王は料理勝負で決まるんだ」
はあ!?
「民以食為天——食こそが人間にとって最も大切なことであり、民を統べる王は料理上手でなければならない。その考えから、王は王位をかけた料理勝負を断れない決まりになっている。月ごとに上限はあるがな」
へえ~、そりゃイカレてんな。
でもそれじゃ王様がバンバン変わっちまうじゃねえか。
政治はどうなってんだ?
「王権と政治はまた別にあってな。まあ、たしかに王がよく変わるというのはその通りだ。実際、十年前までは頻繁に王が変わっていた」
十年前までは……?
「当代、レーター・ノクニキヤが王位を手にして以来、十年間変わっていない」
ほお? てことは相当強えんだな。
「十年無敗の男だからな」
なるほど……強敵ってわけか。
でもそいつをぶっ倒せばおれが王様になれるんだな?
「コトナリ! 王になりましょう!」
「そうじゃ! 王になって贅沢するのじゃ!」
……よし! やってみるか!
「そうと決まればレッツゴーだぜ!」
こうしておれたちは王宮に向かった。
ドでけえ立派な王宮は、当然軍が警備している。
門前にはものものしく武装した兵と、お堅い感じの検問が待っていた。
「なんのご用で?」
おれは検問で問われ、やや緊張しながらも、
「王に料理勝負を挑みに」
と答えた。すると、
「というと……王位を求めて、ということですね?」
「ああ」
「わかりました。それではこちらに記入をお願いします」
なんだ、けっこうすんなりじゃねえか。
王様が変わる変わらねえの勝負だから、もっと審査とかいろいろあるかと思ったぜ。
聞けば今月は挑戦者がいなかったから待ちもねえらしい。
こりゃ本当に王様になっちまうかァ!?
なんて思っていると、
『王のお帰りだー!』
検問の近くにいた兵士が大声で叫んだ。
そして街の方面から一台の豪華な馬車が、幾人もの護衛とともにゆっくり走ってくる。
それが、検問の前で止まった。
「ずいぶんと薄汚いガキがおるな」
窓が開き、目つきの悪い中年が顔を見せた。
「おお? この四人組、見覚えがあるな。このあいだナトマキィを打ち破ったコトナリというガキじゃないか」
ほう……おれをご存知かい。光栄なこった。
「それがわが王宮になんの用だ?」
「はっ、この者は王に料理勝負を挑みに!」
と検問が深く頭を下げると、
「わしに料理勝負を……? グフフ……グフフフ……」
ああ? なに笑ってんだおっさん。
口からヨダレ垂らして、目の色をぐにゃりとゆがめ、なにがそんなにおもしれえってんだ。
「そうかそうか。それはたのしみだ。勝負はいつだ?」
「はい、一週間後です!」
「ククク……一週間後か。グフフフフフ……」
そう言うと、なんと王は扉を開き、おれに向かい合った。
どっしりとした体躯。
やや中肉中背だが、それ以上に異様な貫禄があり、どこか殺伐としている。
歳は五十代後半といったところか。
目つきは針のように鋭く、笑う口からはおとぎ話のオオカミを思わせる悪辣さを感じた。
そいつが、口を開いた。
「挑戦者、コトナリよ」
おれはじっと身構えた。
無意識に相手を睨んでいた。
「せいぜい残りの一週間、うまいものでも食うがいい」
そう言って扉が閉まり、馬車は去った。
おれは得体の知れない気迫から解放され、ホッと肩の力を抜いた。
「あれが……レーター・ノクニキヤ」
アンがゴクリと息をのみ、言った。
なるほど、十年間無敗の男か。
たしかにすごそうだ。
だけど残りの一週間うまいものでも食えってどういうことだ?
まるでおれが一週間後に死ぬみてえじゃねえか。
「ねえ、コトナリ……あいつがこの十年、どうやって勝ち続けたか知ってる?」
いや、知らねえ。
「KO勝ちよ」
なに!?
「あいつはこの十年、挑戦者をすべてKO勝ちで制してるの。つまり、挑んだ者はみんな死んでるってことよ」
……なんだと!?
おれは稲妻に打たれたような衝撃に襲われた。
KO勝ち!? みんな死んでる!?
まさか……おれとおなじタイプの料理人!?
「お題はカレーか!?」
おれは切羽詰まった声で言った。
おなじタイプの料理人なら、使うのは大腸菌——すなわちクソだ。
おれは大量の大腸菌保持者だから、おそらく耐性・クソを持っている。
とはいえ敵も同様だった場合、こちらもただでは済まない。
少なくとも無傷ではいられないだろう。
だが、予想は違った。
「いいえ、海鮮料理よ」
ほう……? だがそれでどうやってKOを?
「わからない……ただ王は、王だけが唯一許された特別な食材を使うことができるの」
王だけが許された特別な食材!?
「ええ。それはあまりにおいしくて、王だけが口にできる特別な魚。一般人は触れることも許されない究極の魚」
なんだそれは! いったいどんな魚なんだ!
「それは……」
それは……!?
「………………フグよ!」
ふ、フグだと!? フグだとおおおおーーーーッ!?
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