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VS貴族

第二十四話 伝説の破壊竜

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 ほどなくして地震は収まった。

 だが立ち上がる者はほとんどいない。
 大半がしゃがみ込んだまま、デビルマウンテンの頂上を見続けている。

 そこには、巨大なドラゴン。

『ああ、終わりだ……世界は滅亡するんだ……』

『伝説の破壊竜が舞い戻った! きっと皆殺しにされるんだ!』

 なんだよ、世界が滅亡するとか、伝説の破壊竜とか、わけわかんねえよ。

「そっか、あんたは異世界人だから知らないのね」

 アン、おまえは知ってるんだな?

「ええ、この世界の人間ならみんな知ってるおとぎ話よ」

 おとぎ話?

「三千年前、いちど世界は滅んだと言われてるわ」

 それは、こんな話だった。

 三千年前、この世界はいま以上に繁栄はんえいしていた。
 人類は不思議な道具を作り出し、それを使って戦争をしたり、多くの野生動物やモンスターを狩猟していた。

 そんなあるとき、デビルマウンテンに巨大なドラゴンが現れた。

 大地が揺れ、世界が暗雲に包まれ、白い稲妻とともに山頂へと降り立った。

 そいつは世界を焼き尽くした。
 巨体が歩けば鋼鉄の塔は蹴り崩され、炎をひとつ吐けば国がひとつ滅び、あらゆる兵器は不思議な光で防がれた。

 やがて文明が崩壊すると、ドラゴンは再びデビルマウンテンに乗り、天へと消えていった。

 残された人類はわずか一割にも満たなかった。

 それから人類は多くの苦難をて復興を遂げた。
 以来ドラゴンはある種神聖なものとして扱われるようになり、人々はドラゴンを殺しすぎるとまたヤツが現れると想像した。

 が、やはり美食において外せるものではなかった。

 いつからか、こんなことが言われるようになった。

 ——ドラゴンを殺しすぎるな。ドラゴンを殺しすぎれば、いつかまたヤツが戻ってくる。

「あたしも子供のころ聞かされて、よくある神話かなにかだと思ってたわ」

 アンは震える声で言った。
 そしてアカトも、

「おれも……まさか本当にこんなことが起こるなんて思いもしなかった……」

 なるほど、古めかしいおとぎ話か。
 日本でいう桃太郎みてえなもんだろう。
 あるいは古事記のような伝承か。
 とにかく信じられねえようなお話が本当だったってわけだ。

 ……てことはマジで世界が滅ぶわけ!?

「だって伝説とまったくおなじ状況だもの! 大きな地震、暗雲、白い稲妻と巨大なドラゴン! こんなのドラゴンデビルが再来したとしか思えないわ!」

 ど……ドラゴンデビル!?

「ああ! そんなに人間はドラゴンを殺しすぎてしまったの!? ドラゴンデビルの怒りに触れてしまったの!?」

 ドラゴンデビル……

「コトナリ! アン! とにかく遠くへ逃げよう! 海や川がいいかもしれない! ドラゴンデビルは炎を吐くという!」

 ドラゴンデビル………………

「コトナリ! なに変な顔してんのよ! ドラゴンデビルに襲われないよう逃げるわよ!」

 う~ん…………

「なあ、ちょっといいか?」

「なによ!」

「その……ドラゴンデビル?」

「そうよ!?」

「えっと……デビルドラゴンじゃなくてドラゴンデビル?」

「それがなによ!」

「……あのさ、なんかおかしくねえ?」

「はあ!?」

「いや、だってさ……あいつはドラゴンなんだろ? たぶん悪魔のようなドラゴンってことでドラゴンデビルなんだろ?」

「それがなんなのよ!」

「それって変じゃねえか? だったらふつうデビルドラゴンだろ。ドラゴンデビルじゃ、悪魔のようなドラゴンじゃなくて、ドラゴンのような悪魔になっちまうだろ」

「そんなこと知らないわよ!」

「いやいや、なんか気持ち悪いよ」

「気持ち悪くてもなんでも昔からそう呼ばれてるんだからしょうがないじゃない!」

「でも考えてもみてくれよ。たとえばミートパイって、肉の入ったパイだからミートパイだろ? これがパイミートだったらパイの入った肉になっちまうじゃん」

「う~ん……たとえがよくわからないわ」

「じゃあえ~っと……男子トイレって男子のトイレだから男子トイレだろ。これがもしトイレ男子だったら——」

「あんたさっきからなんなの!?」

「えっ?」

「この大変なときに名前がどうだのなんだの! あんたなに!? そんなに名前が気になるの!? あんたドラゴンデビルのなんなの!? 親戚!? おいっ子がキラキラネームできょどってる童貞!?」

「いや、なんとなく……」

「あたしにそれ言ってどうなんの!? なに、あたしが名前決めたわけ! あたしに文句言えば改名できるの! あーはいはい! わかりました! あんたの言う通りあれはドラゴンデビルじゃなくてデビルドラゴンです! はいはい、デビルドラゴン、デビルドラゴン! これでいい!? 満足した!?」

 む、ムカつく!

「おい! こっちに飛んでくるぞ!」

 アカトがデビルマウンテンの方を指差した。
 すると偶然か必然か、例のドラゴンがこっちの方面へ飛んできていた。

『に、逃げろーー!』

『きゃあーーーー!』

 人々はパニックになり、一目散に駆け出した。
 それと同時にアンとアカトも走り出し、

「コトナリ! あたしたちも逃げるわよ!」

「おい、なに立ち止まってる!」

 背中ごしに言ってきた。

 だけどよお……おれ、納得いかねえよ。
 だっておかしいじゃん! デビルのドラゴンだろ!? だったらデビルドラゴンだろ!?
 それがドラゴンデビルだと!?

「翻訳!」

 おれはいちかばちか翻訳の魔法を使った。
 ヤツはちょうどおれたちの真上を通り過ぎようとしていた。

 いまなら会話できるかもしれねえ!

「おーい! そこのドラゴンちょっと待てー!」

 おれは全力で叫んだ。
 相手ははるか空の上だ。
 声なんて届かないかもしれねえ。

 だが!

「ガオー!(おや、わしのことかの?)」

 お、気づいた!

「そーだよー! おめえだよー! ちっとこっち来てくれー!」

「ガオー!(なんじゃろ?)」

 よっしゃ! 降りてきたぜ! しかしでっけえなー! 横幅だけでもジャンボジェットくれえあるぜ!

 そいつはおれの斜め上で止まった。
 ほおー、不思議なもんだ。翼をはためかせてねえのに空中で止まってやがる。
 魔法かなにかで浮いてんのか?

「おう! こんちわ!」

 おれはまずあいさつをした。あいさつは人間の基本だぜ。

「ガオー!(ごきげんよう。しかしおぬし、翻訳の魔法を使っておるな。クリスタル・レジェンド界の人間は魔法が使えんはずじゃが……おや? この感じ、もしや日本人かの?)」

「なんでもいいよ! それよりちょっといいか!?」

「ガオー!(うむ、急いでおるから手短にの)」

「おめえなにしに来たんだ!?」

「ガオー!(ひさびさにこの世界の様子を見ようと思っての。わしはドラゴンの神じゃからな。ドラゴンが苦しんどらんか確認しにきたのじゃ)」

 はえー、やっぱそうなんだ。じゃあ場合によっては世界を滅ぼすってわけね。
 そりゃまいったぜ。

 っと……いまはそれどころじゃねえ! このムカムカをぶちまけねえと!

「ところでよお! おめえ名前なんてーんだ!?」

「ガオー!(それは……困ったのう。わしは決まった名前がないのじゃ。その世界、その国々で好き勝手呼ばれておる。というかおぬし、名乗りもせず名を尋ねるとは失礼ではないか?)」

「あ、ごめーん! おれ、コトナリ! よろしくー!」

「ガオー!(うむ、よろしい)」

「そんでさあ! おめえドラゴンデビルって呼ばれてるんだけど、どう思うー!?」

「ガオー!(なに!? ドラゴンデビル!?)」

「そー!」

「ガオー!(デビルドラゴンではなく、ドラゴンデビル!? わしはドラゴンなのに!?)」

「なー! おかしいよなー!」

「ガオー!(おかしいぞい!)」

「ほら! やっぱおかしいって!」

 おれは建物の陰に隠れるアンとアカトに言ってやった。
 あいつら逃げようとしたけど、おれがドラゴンを呼び止めたのを見てこっそり覗き見してやがった。

「ちょっと! 隠れてるんだから話しかけないでよ!」

「いいからこっち来いよ! やっぱおかしいっつってんぞ!」

 そう言われ、アンはしぶしぶ歩いてきた。
 アカトは震えたままひっそりしている。なるほど、こりゃ童貞だぜ。

「な、なによ……」

 アンの足は震えていた。
 上空にいるのは厄災やくさいの竜だ。

 そいつが言った。

「ガオー!(おい! わしはこの世界ではドラゴンデビルと呼ばれているのか!?)」

「そ、そうだけど……」

「ガオー!(ううむ! ムカつく! デビルなどという可愛げのないネーミングをつけられるもの気に入らんが、それ以上にドラゴンが先にくるのが気になる! ふつうドラゴンデビルではなくデビルドラゴンじゃろ!)」

「し、知らないわよ……」

「ガオー!(おぬしは気にならんのか! おかしいじゃろ! たとえば川魚は川の魚だから川魚じゃろ! これがもし魚川だったら魚の川で、魚の話をしていたのに川の話になってしまうではないか! あべこべじゃろうが!)」

「う~ん……たとえがよくわからないわ」

「ガオー!(ならえ~っと……今日のカニ座の運勢は今日のカニ座の運勢じゃろ! これが運勢のカニ座の今日だったら——」

「ねえ、ちょっといいかしら?」

「ガオー!(なんじゃ!)」

「それ、あたしに言ってどうするの?」

「ガオー!(えっ?)」

「さっきっからあたしに文句言ってるけど、あたしがあんたの名付け親に見える? あたしが世界の言葉を作ってる大貴族だとでも思ってる? もっとしかるべきとこに言いなさいよ」

「ガオー!(うーむ、たしかに)」

「うーん、たしかに」

 おれとドラゴンは同時に納得した。
 そりゃそうだ。アンに文句言ったってはじまらねえ。
 おれもどうかしてたぜ。

「ガオー!(して、それはどこじゃ?)」

「うーん……王都じゃない? たしか書物や歴史を管理する大書記官がいたはずよ」

「ガオー!(そうか……よし、わかったぞい! コトナリ! 少々手伝ってくれんかの!?)」

 え、なになに?

「ガオー!(わしも魔法は多々使えるが、あいにく翻訳の魔法は苦手なのじゃ! いっしょに来て、言葉が通じるようにしてくれんかの!?)」

 お、いいぜ! 文句言いに行くんだな! おれも気になってしょうがねえところだ!

「ガオー!(助かるぞい! では背中に乗るのじゃ! ちょうどいいくぼみがあるぞい!)」

 おっ! 体が浮き上がる! これが魔法の力か!

「ねえねえなにそれ! おもしろそう! あたしも行きたーい!」

「ガオー!(うむ、おぬしも乗るがよい!)」

「やったー! きゃっ! おもしろーい! ふわふわするー!」

「おーい! アカト! おめえも来いよー!」

「お、おれは遠慮しとくよ!」

「なに怖がってんのよ! 真っ青な顔しちゃって! だから童貞なのよー!」

「そーだそーだ!」

「ガオー!(おお、言われてみれば童貞くさい顔しとるのお!)」

「う、うるさいなあ! わかったよ! 行くよ! ……おっ、あわわわわわ! キンタマが浮く! うわあーー!」

「ガオー!(よし、全員乗ったの! それじゃ行くぞい! 王都はどっちじゃ!)」

「あっちよ!」

「ガオー!(おぬしら、よくつかまっておるんじゃぞ!)」

「おおー!」

「きゃあーー!」

「わあああーー! キンタマ浮くーーーー!」
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