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VS料理ゴロ

第二十三話 飲み干す一杯

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 おれたちは闘技場に上がった。

 まだジャッジは残っていた。そして食材も十分にそろっている。

「よう、ずいぶんひでえ勝負があったもんだな」

 おれは登りしな、ジャッジに言った。

「われはあくまで神判ジャッジでな。悪しきは人の心と覚えよ」

 ジャッジはがんとした真顔で言った。それが仕事だとでも言いたげに。

「そーかい、そりゃけっこうなこった」

「だが……」

 ジャッジの口が小さくほころび、

「汝のような男もいる」

「……まあな」

 おれたちはニヤリと微笑みを交わした。
 きっとこいつにも立派なキンタマがついていることだろう。
 おれはカタキンだがな。

「さあ、お題はどうする!」

 おれはキッチン台の前に立ち、オウムに言った。
 すると、

「好きにしろ!」

「なに!?」

 受け手のくせに好きにしろだと!?

「おれはどんな料理でも勝つ! たとえおまえのオリジナル料理だろうと、一発で見抜いて凌駕りょうがしてみせよう! それがおれのプライド! おれの必殺オウム返し!」

 こいつ……やはり只者じゃねえ!

 ふつうなら得意料理を選ぶ!
 お題を決めるのは受け手なんだから、てめえの有利な料理を選べばいい!

 だって遊びじゃねえ! 勝てば大金、負ければ大損って大勝負だ!
 勝負師ならわずかでも勝つ可能性を上げなきゃならねえ!

 それを好きにしろだって!?

「どうした! なんだっていいぞ!」

 このやろう……ナメやがって!

「いいぜ! 決めさせてもらう! お題はスープカレーだ!」

「なに!?」

 この発言にはオウムだけでなく、観客全員もどよめいた。

『スープカレーだって!? 有利なオリジナル料理じゃなくて!?』

『てめー本気で救う気があんのか!』

『相手はあのオウムだぞ!』

 そして当然、アンもアカトも、

「ちょっとあんた! それでどうやって勝つの!? まさか勝算もなしに挑んだの!?」

「ま、負けたらおれ、売られちまうんだぞ!?」

 おうおう、ずいぶん大騒ぎしてやがるぜ。
 なに? オリジナル料理にしねえのかって?

 バカ言うなよ。おれにオリジナル料理なんてもんありゃしねえ。
 それにもしあったとしても、きっと負ける。

 ヤツの腕は本物だ。観察眼は神業かみわざの領域に達している。
 まともにやり合えば有利どころかボロ負けになる。

 ——だからおれも邪道じゃどうを選んだのさ!

「おう、心配するな」

 おれは闘技場のすみっこ、両手を縛られ座り込む美女——カツニシオに言った。
 その、不安に沈む顔がふと持ち上がり、おれを見上げた。

 おれはニカッと言ってやった。

「すぐに父ちゃんの元に帰れる。だから安心しておれが勝つところを見てな」

 瞬間、涙目の笑顔が咲いた。
 潤んだ声で小さく、しかし元気に「はいっ!」と聞こえた。

 ……よし、やってやるぜ!

「さあどうだ! スープカレー勝負、逃げるのか!?」

「バカを言うな! おまえそっくりのスープカレーを作り、圧勝してやる」

「つーことだぜ! ジャッジ!」

「うむ!」

 ジャッジがうなずき、巨大な砂時計が現れた。

「それではお題はスープカレー! コトナリ少年が勝てばカツニシオを解放する! オウムが勝てばアカト・ガラシィを得る! 制限時間は一時間! 勝負はじめーーーーッ!」

 ジャッジが砂時計をひっくり返した。
 勝負開始だ!

「うおおおっ!」

 おれはまず寸胴で湯を沸かし、同時にスパイスを選んだ。
 いつものターメリック、クミン、コリアンダー、チリパウダー、そしてタマネギとバターだ。

「ほう……いまのところふつうだな」

 オウムは相変わらず“けん”だ。
 おれの方向性を見定めている。

「まずはタマネギを炒める!」

 おれはフライパンを熱し、バターをしいた。
 そしてタマネギをみじん切りにして炒めた。
 これには多少時間がかかる。
 カレーに適していると言われるアメ色タマネギは最低でも三十分、できれば四十分はほしいところだ。
 さすがのオウムも制限時間には敵わず、行き先不明のままタマネギを炒めはじめた。

 へっ……これが罠とも知らずによ。

 おれはひたすらタマネギを炒め続けた。
 当然別の動きはねえ。
 だってつきっきりでヘラを動かさなきゃならねえんだ。
 まねっこするには恐ろしく難儀なんぎだろう。

「しまった! オウム返しを封じるつもりだな!」

 お、気づいたかい?
 てめえはこれから三十分、おれといっしょにだらだらフライパンの前に縛られるんだ。
 どうだい、短い残り時間でオウム返しができるかな?

 へへへ、ついでにあおっとくか。

「おい、オウム返しっつったっけなあ。そんなクソダセえわざ使わねえで好きに作ったらどうだい?」

「な、なんだと!? おれのオウム返しをダサいだと!?」

「だってただのまねっこだろ?」

「ふざけるな! オウム返しはおれのプライドだ! 相手とおなじ土俵どひょうで勝つのがおれの美学だ! オウムの異名、とくと見せてやる!」

 おお、張り切っちゃって。プライドの高えヤツだなあ。
 そんなにカッカしたら観察眼が鈍っちまうぜ?
 あんまり慌てねえよう気をつけた方がいいぞ?

「さーて、そろそろかな」

 炒めはじめて四十分、残り時間十五分のところでおれは言った。
 アメ色タマネギの完成だ。

「やっとスパイスか!」

 オウムは辟易へきえきしていた。
 なにせやろうはおれの動きがなければ予測もできない。

 だが、さすがはプロフェッショナル。

「どうだい! どんなカレーか予測できねえだろ!」

 おれは勝ち誇った声で言ってやった。
 いまからじゃ具材の用意もできまい。

 と思いきや!

「いいや! 読めたぞ!」

「なに!?」

「ここまでやって具材に手をつけないということは、具なしにするつもりだな! だがこれほど大事な勝負でそんな味気ないことをするとは思えん! 具がないことを利点にするはずだ! そこから導き出される答えは——飲むスープカレーだ!」

「な、なんだと!?」

「スープカレーはスープと名がつくとはいえ、飲み物ではない! 具材をたのしみつつ、スプーンですするか、ライスをくぐらせて食べるものだ! それをおまえは、皿に口をつけてゴクゴク飲めるものに仕上げようとしているな!」

 ご、ご明答だぜ!

「いいだろう! おれも飲み干す一杯で勝負してやる!」

 直後、オウムは風を巻いて走った。
 残像を残す光の線みてえに食材を選び、キンタマの揺れ猛々たけだけしくめぐり、戻ってすぐにタマネギをかき混ぜた。

「おれはあと二分タマネギを炒めねばならん! 残るは十分そこら! だがそれだけあれば十分だ!」

 炒めながら同時に別の作業を並行した。
 リンゴを切ってすり下ろし、混ぜやすくしている。

 こいつ……なんて恐ろしいやろうだ!
 まさかタマネギ炒めてるだけで食い方まで見抜いちまうとはよ!

 その通り、おれのスープカレーは飲み干すスープだ!
 そのためにあえて具材は入れない!

 だが、ひとつ見誤っている!

「どりゃあああああーーッ!」

 おれはフライパンにスパイスをぶちこんだ。
 そしてでたらめにかき混ぜていく。

「なに!? そんなにスパイスを入れるのか!? それじゃメチャクチャに辛くなるぞ!」

「へっ、黙っててめえの料理を作ってろよ!」

 オウムは唖然あぜんとしていた。
 さすがのヤツもこの大量スパイスまでは想像できなかっただろう。

 そして——秘密の隠し味も!

「ムッ! おまえいま、なにをした!」

「なんのことだい?」

 おれは服の内側に隠したどこでもポケットから手を離し、うそぶいた。
 ほー、あの一瞬の動作に気づくとは大したやろうだ。

 だがぜんぶは見えなかったようだな。
 なにせ制限時間に追われて集中してるんだ。
 細かいことまでは観察できめえ。
 これも計算の内だぜ。

「いま、なにか黒いものをフライパンに入れたように見えたが……」

「気のせいじゃねえか?」

 おれは素知らぬ顔でかき混ぜ続けた。
 これだけ混ざっちまえばわからねえだろ。
 それにスパイスでにおいも消えた。
 証拠はどこにも残っていない。

「なにかおかしい! まさかこのおれが読み違えを……!?」

 ああそうさ。てめえは読み違えをしている。
 スープカレーを飲ませるのは合ってるが、“なにを飲ませてえのか”までは理解してねえ。

 おれが飲ませるのは“クソ”だ! そしてその中で踊り狂う大腸菌だ!

 おそらくふつうに勝負したら勝てねえ!
 どんな料理も予測され、それを上回る実力でねじ伏せられていただろう!
 実際そうなっていた!

 だが! それはあくまで常識の範囲でのこと!

 クソを料理に入れる文化はねえッッ!

「クソッ……とにかくもう作り切るしかない!」

 ヤツは慌てながらも完成に向かって走った。
 おれはときどき便所に行くのがメンドくさくてポケットにぶちこんでいたクソを混ぜながら、今後も一定量のクソをストックしておくべきだなと思った。

 そして!

「そこまで!」

 ジャッジが終了を宣言した。
 おれたちはキッチン台から離れ、睨み合う視線で火花を散らした。

「コトナリ少年! 先に食すか! あとに食すか!」

「先にもらうぜ!」

 おれの台の前にヤツのスープカレーが置かれた。
 やや広めのコーヒーカップに、茶色い液体が入っている。
 その中心にちっちぇえ葉っぱがいろどりよく浮かんでいた。

「じゃ、いただくぜ」

 おれはそいつをぐいっとやった。
 熱いが、ほどよく冷めており、ゴクゴクいける。

「んっ! うめえ!」

 こりゃいいぜ!
 カレーのしっかりとした辛味と同時に、リンゴやハチミツの甘み、そしてほかにもなにか入れてるらしい複雑なうま味を感じる!

「どうだ! 飲みやすいだろう!」

「ああ! 絶品だ!」

 おれはそのまま一気に飲み干した。
 飲まずにはいられなかった。
 まるで引き込まれるような味わいは、飲んでも飲んでもあとを引き、おかわりがほしいとさえ思った。

「これがおれの“飲み干す一杯”だ! この味を超えられるか!」

 超えられるかだって?
 へっ、無理だぜ! こんなうめえもの、おれには作れねえ!

 だが! おれは勝つ!

「おい、オウム!」

「なんだ!」

「おれのスープカレーも飲み干す一杯だ! ちっと辛えがひと息でやってくんな!」

「ほう! あのスパイスを大量にぶち込んだカレーが飲み干す一杯だと!? 笑わせてくれる!」

「ごたくは食ってから言え!」

 おれはヤツの台にスープカレーを置いた。
 本来ふつうの皿で出すつもりだったが、ヤツのアイデアがよかったのでコーヒーカップをパクった。

「さあ、飲んでみな!」

「へっ、まずかったらコテンパンにけなしてやる!」

 そう言ってヤツは取手をつかみ、

「ゴクゴクゴクゴクーーーーッ!」

 いった! 飲みやがった!

 バカめ! そいつはクソ汁だ!
 生産地おれ、生産者おれの、超膨大な大腸菌が含まれた最強最悪の飲み物だ!

 人間は大量の大腸菌を摂取するとエンドトキシン・ショックを起こす!
 臓器不全におちいり、最悪死に至る!

 そしておれの大腸菌は常人の一兆倍! そんなものを一気飲みすれば——!

「ウギャアアアアアアアアーーーーッ!」ゴボゴボゴボボボボボーーーーッ!

 よしっ!

「大変! オウムが血ゲロを吐いてぶっ倒れたわ!」

 アンが前のめりになって叫んだ。
 それに続いて数人の観客が闘技場に飛び込み、オウムの体を取り巻いた。

『息してないぞ!』

『心臓も止まってる!』

『し、死んでる!』

「コトナリ! これはどういうことかしら!」

「天罰だ!」

「天罰!?」

「おそらく料理を利用して女を奪おうなんてしたから、神が罰を与えたんだ!」

「なるほど、そういうことね! でもこうなると勝敗はどうなるのかしら!」

 おう、ジャッジ! どうなんだい!

「ううむ、またしても事故死か。だがこうなっては仕方がない。この勝負オウムの戦闘不能により、コトナリのKO勝ちとする!」

「よっしゃあああああーーーーッ!」

「やったわねコトナリ!」

『見ろ! カツニシオの縄が消えたぞ!』

『解放されたぜ!』

 観客たちがよろこびの声を上げた。
 そこには自由になった美女が、感動のあまり涙を浮かべていた。

『お、お父さん……』

『カツニシオ……カツニシオーー!』

『お父さーん!』

 親子が抱き合い、そこかしこから歓声が聞こえた。

「よかった……勝ってくれて……」

 アカトはひとり、ため息を吐くみてえに言った。
 おいおい、てめえのことばっか考えて最低かよ。だから童貞なんだぜ?

「フフフ、コトナリ……」

 なんだよアン、そんなニコニコして。一銭も儲かってねえのにめずらしいな。

「……今日のあんた、ちょっとだけかっこいいかもね」

 うほっ!? おいおい、おめえなに言ってんだよ! そんなおめえ、おいおい、おほー!

「言っとくけど別に好きになったわけじゃないからねー!」

「わかってる! わかってるよー! いひひ!」

 いやー、いいことはするもんだね! アンにこんなこと言われちまうしよお!
 まったく、この世界に転生してよかったぜ!

『ありがとうございます! おかげで娘が返ってきました!』

『ありがとう! 本当にありがとう!』

「ほら、しゃっきりして! ふたりがお礼に来たわよ!」

「あ、どうもどうも! あはは!」

 おれはもう有頂天だった。
 みんなも笑顔で、まるで世界じゅうがしあわせに包まれていると錯覚さっかくするほどだった。

 そんなとき——

「あれ? 地震?」

 大地が揺れた。

 震度は二か三くらいか。
 グラグラと長く揺れている。

 そして空が急に曇った。

 青い部分をすべて埋め尽くし、真夜中のような暗雲が敷き詰められた。

「な、なにこれ……なにか変よ!」

 アンがそう言った直後、揺れが激しくなった。

「きゃあ! 立ってられない!」

 全員地べたに這いつくばった。
 そこらじゅうからミシミシと不穏な音が鳴った。

『おい! あれを見ろ!』

 ひとりの男が遠くを指差した。

『あれは……デビルマウンテン!』

 それは富士山に似たかたちの、周囲より飛び抜けてでかい山だった。

 その上空だけ雲がない。
 そのかわり白い稲妻がごうごうと降り注いでいる。

 そして、

『ああっ!』

 山頂に一匹の巨大なドラゴンが降り立った。
 遠くからはシルエットしかわからない。
 だが大山に乗って姿かたちが視認できるほどの巨体だ。
 映画の大怪獣並みだろう。

「そ、そんな……まさかデビルマウンテンの伝説が本当に!?」

 デビルマウンテンの伝説!? なんだそれ!

「お、終わりよ! 世界は終わりよ!」

 な、なんだって!? そりゃどーゆーことだ!?

 いったいこれからなにが起ころうってんだ!?
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