19 / 34
VSゴブリン
第十九話 チーフの選択
しおりを挟む
人はそいつをゴブリンチーフと呼んだ。
たしかにふつうのゴブリンとは見た目からして違う。
一般ゴブリンが身長百五十センチほどなのに対し、三メーターを超えるどっしりとした巨体だ。
顔つきもいかめしく、腕も丸太のように太い。
そして気配は寂として、山のように重たい。
町民の恐れようは並ならぬものだった。
「あたしも本で読んだだけで、見るのははじめてなんだけどね……」
アンはツバを飲み込み、言った。
「ゴブリンの中でも、真に料理を極めた者だけが成長してゴブリンチーフになるんだって」
それのなにが恐ろしいんだ?
「あまりに料理がおいしすぎて、いちどチーフの料理を食べたらもう二度とふつうの食事じゃ満足できない舌になっちゃうそうよ」
なんだそりゃ。食わなきゃいいだけだろ。
「なに言ってんのよ! おいしいものタダで食べられるのよ! 食べなきゃ損じゃない!」
うーん……たしかに!
「ウガー(しかし驚いたな……)」
ゴブリンチーフはあごを指でさすり、まじまじと周囲を見渡し言った。
「ウガー(人間と会話ができると聞いて飛んできたが、まさか本当だとは)」
どうやらこいつは仲間のゴブリンに呼び出されて来たらしい。
様子からして、これまでの経緯も聞かされているようだ。
「ウガー(みんな、集まってくれ)」
チーフはゴブリンたちにそう言って、自分のそばに集まらせた。
そして、
「ウガー(まずは謝罪しよう)」
「ギギッ!(ええっ!? 謝るんですか!?)」
「ウガー(ああ。聞けば、我々の勝手な解釈で、個人のご家庭に大変なご迷惑をかけていたそうじゃないか。わたしも若いころはよく街に行って料理をした。共有財産だと勝手に思い込んでな)」
「ギー!(で、でも……あいつらみんなで食ってよろこんでたし……)」
「ウガー(いいから謝るんだ!)」
「ギギー!(うっ……はい)」
チーフはおれたちの方に向き直った。ゴブリンたちも同様にし、
「ウガー(申し訳ない)」
「ギギー!(すみませんでした!)」
深々と頭を下げた。
……なんか、モンスターのくせにすごいマトモだぞ!
やたら勝負したがる人間なんかよりよっぽどしっかりしてらあ!
それに対して、
『いまさら謝って済むかー! 人ン家の食料めちゃくちゃにしやがって!』
『そうだそうだー! 賠償しろー!』
「ウガー(言葉もない。この通りだ)」
『いいから金で払えよー! 謝ったって一文にもならねえんだよー!』
『死んで詫びろー!』
うわあ、下手に出た途端すげえ上からになりやがった!
見た目だけで言やぁどう見たってゴブリンどもの方がケダモノなのに、こうなるとこっちがモンスターだぞ。
そんな騒乱の中、
「あんたたち落ち着きなさいよ!」
アンがあいだに入り、叫ぶように言った。
「そんな騒いだってしょうがないでしょ! そりゃいままでのこと考えたら対価を求めるのは当然かもしれないけど、相手はモンスターなのよ! お金なんてあるわけないじゃない!」
『それじゃどうしようってんだ!』
「料理勝負よ!」
『な、なんだって!?』
「あたしたちは人間よ! 人間には誇り高い決着方法、料理勝負があるわ!」
『ふざけんな! ゴブリンチーフに勝てる人間なんてこの世にいねえよ!』
「いいえ、ここにいるわ!」
そう言ってアンのやろう、おれをご指名しやがった!
「お、おれかよ!」
「そうよ! ショーンズ・キッチンのオーナー親子を倒したあんたならきっと勝てるわ!」
『おい、マジかよ! ショーンズ・キッチンのクロッコオーナーっつったら、あっちじゃ随一のプロだぜ!』
『息子のシロッコもとんでもねえ腕だって話だぜ! そういや負けたって聞いたけど、まさかこの少年が倒したってのか!?』
『おいおい、やれんじゃねえか!?』
街のヤツらは目の色輝かせてやんややんや言いやがった。
おいおい、冗談だろ? おれは姉さんの手伝いしてただけのド素人だぜ?
「ウガー(すまない、料理勝負というものがなんなのか、聞かせてもらっていいかな?)」
チーフは怪訝そうに訊いた。
そういやこいつらゴブリンは料理勝負を知らねえのか。
「えっとね、料理勝負っていうのは——」
アンは手短に説明した。
するとチーフはすぐに飲み込み、
「ウガー(なるほど……つまりは賭け勝負ということだね。ふうむ……)」
と考え込んだ。
「どうすんのよ。あたしら人間はそれでケリがつくわよ」
とアンは急かすように言った。しかし、
「ギギー!(おい姉ちゃん、チーフはきっと受けないぜ!)」
「なんでよ」
「ギー!(チーフは料理をおもちゃにしたり、賭け事とかするのが大嫌いなんだ!)」
「えー、そうなの!?」
「ギー!(ああ、見てな! いまにノーと言うからよ!)」
とゴブリンは言い放った。
だが、
「ウガー(おもしろい、やってみようか)」
「ギギッ!?(ええっ!?)」
「ウガー(賭けの内容は、わたしが勝ったらこれまでの罪を不問にし、今後一年間、この街の料理を指揮する。そのかわり負けたら労働によって罪をつぐなう。これでどうだろう)」
「いいわよ! それで決定!」
アンは即答した。
おいおい、いいのかよ。おめえの街じゃねえんだぞ。
「それじゃ、ジャッジカモーン!」
アンがそう叫ぶと、突如白い稲妻が落ち、荘厳な服装のハゲ親父——ジャッジが現れた。
「久しぶりだなコトナリ少年! そしてアン少女!」
「おひさー!」
アンのヤツずいぶんな軽口だな。一応相手は料理の神様だぜ?
「さて、今回はどのような勝負をするのだ?」
「うん、そこのゴブリンチーフと————」
「なるほど、人間とモンスターの勝負か! おもしろいではないか! それでお題はなんだ!」
「あ、まだ決めてなかった!」
おいおい、適当だな。
ジャッジを呼んじまったってことはもう後戻りできねえんだぞ。
「う~ん、どうしましょ。この場合どっちが決めるのかしら」
ちゃんと考えてからはじめようぜ~。料理すんのはおれなんだしよ~。
と、おれが呆れていると、
「なあ、おれも参加させてくれないか!?」
およ? アカトがなんか張り切ってるぞ?
「ウガー(ほう、ふたりと勝負……ということかな?)」
「……おれは食材のこともろくにわからないクズだ。ただ適当に包丁振り回してるだけの、料理人なんて言えねえダメやろうだ。だからあなたと勝負するような資格はないかもしれない……だけど、参加したいんだ! おれも料理がしたいんだ!」
「ウガー(ほう……)」
「おれはゴブリンのテストを受けて、大切ななにかを教わった気がする! まだハッキリとはわからないが、すごく大切ななにかを! それがいま、つかめそうなんだ! だから頼む! おれとも勝負してくれ!」
「ウガー(うむ、いいじゃないか。わたしは君のように熱意ある男が好きだ。ぜひいっしょに料理をしよう)」
「あ、ありがとう!」
「ウガー(ところで……ひとつ料理のお題を思いついたんだが、よろしいかな?)」
お? いい案があるのか?
「ウガー(“最高の夕食”というのはどうだろう)」
はあ? お題って、料理の種類じゃねえのかよ。
ふつうハンバーグだのラーメンだの、そーゆー決め方すんだぜ。
ジャッジ、どうなんだよ。
「ふむ……おもしろいではないか」
え、有りなの?
「料理の種類ではなく、テーマに沿って作る。なんとも趣があってよろしい! 汝ら相違はないか!?」
う~ん……別にかまわねえけど……
「あたしもいーわよ!」
「おれもだ!」
「よし! それでは闘技場を準備せよ!」
こうしておれたちは勝負をすることになった。
お題は“最高の夕食”。
制限時間は一時間。
この街には闘技場がないので、近くの広場に簡易オーブンセットを用意し、食材を並べた。
ゴブリンチーフ、アカト、そしておれの三人が、それぞれ別のキッチン台に待機する。
そして!
「料理勝負、開始ーーーーッ!」
ジャッジが巨大な砂時計をひっくり返し、勝負がはじまった。
「よし、行くぜ!」
「ウガー(わたしも食材を選ばせてもらうとしよう)」
アカトとチーフがまず食材を選びに行った。
「これと、これ、あとこれだ!」
「ウガー(うむ、いいダイコンだ。すばらしい食材ばかりじゃないか)」
どうやらふたりは作るものが決まっているらしい。
選択に迷いがない。
頭の中に材料がインプットされているんだろう。
ああ、おれかい? おれは動かねえよ。
だってなに作ればいいかぜんぜんわかんねーもん。
なんだよ最高の夕食って。バカじゃねえの?
「まずは下ごしらえだ!」
おっ、アカトのやろうずいぶん気合い入ってんじゃねえか。
いったいなにを作るんだ?
「まずは肉に塩、コショウをまぶし、よく揉み込む! そしてフライパンをよく熱し、バターをひいて両面を焼き焦がす!」
おお! うまそうなステーキだ!
つーか分厚すぎんだろ! 四、五センチくらいはあるぞ!
「側面も軽く焦がし、火から上げる!」
「ウガー(ほう、レアにしてもかなり生焼けだな……)」
「まだだ! こいつをオーブンに入れ、香草とタマネギのみじん切りを乗せて……火を消す!」
「ウガー(なるほど! 余熱のみであたためるわけか!)」
「ああそうさ! だからおれは肉汁が逃げないよう、表面を焦がしたんだ!」
「ウガー(いやはや、なかなかおもしろいじゃないか。これはたのしみだ)」
ほー? チーフとやらはずいぶん余裕じゃねえか。
勝負ってより、料理をたのしんでるみてえだ。
あれかな? 絶対に勝つと思って余裕なんか?
「さあ、おれはしばらく見てるだけだ! 次はあなたのわざを見せてもらおう!」
「ウガー(ああ、と言ってもあまり自慢するようなことはないがね)」
そう言ってチーフは小鍋に水を入れ、湯を沸かした。
「ウガー(たしかパンやライスは用意してもらえるんだったね?)」
「うむ! すでに用意してある! 特別こだわりがあるなら自ら作るがよい!」
とジャッジが答えた。すると、
「ウガー(いや、あればいいんだ。むしろこだわらない方がいい)」
なんだそれ? パンとか米とか、こだわった方がいいに決まってんじゃねーか。
まさかわざとまずくしようってのか?
「ウガー(ふつうのでいいんだ。ふつうので)」
チーフはダイコンを輪切りにし、それをさらに細切りにした。
そして絹ごし豆腐を手のひらに乗せ、サイコロ状に切っていく。
それらを小鍋に入れ、乾燥ワカメを水で戻し、それも入れた。
さらにはネギを輪切りに切っていく。
おい……これってもしかして……
「ウガー(ははは、ちょっと具材が贅沢すぎたなか? わたしは欲張りだからなあ)」
トントントンと小気味よい音とともにネギが刻まれ、ほどよい量ができたところで、
「ウガー(さて、鍋を火から上げて……)」
そこに、味噌を溶いた。
やっぱそうだ! あれ味噌汁じゃねえか!
最高の夕食で味噌汁!? この大勝負でただの味噌汁!?
しかもそれだけじゃねえ!
「えっ!? それ入れちゃうの!?」
アンが大声を出すほど驚くものがサラサラと入った。
なんとそれは「うま味調味料」!
「ウガー(ああ、おいしいからね。これを使うとダシを取る必要もないし、簡単でいいんだ)」
「だけどあんたいいの!? アカトはあんな豪華なお肉用意してたのよ! せめてもっとこだわって作ったらどうなの!?」
「ウガー(いいや、十分こだわってるさ)」
はあ~? なにがどうこだわってるっつーんだ?
ならもっとダシを選ぶとか、すげえわざを使うとか、いろいろあるじゃん。
どう見ても手抜き料理だろ。
「ギギー!(ち、チーフ! 言いにくいんですが、おれももう少し凝った方がいいかと……)」
「ウガー(はあ、どうしてだい?)」
「ギー!(あの人間の言う通り、これではあまりに質素です! ただのご家庭味噌汁じゃないですか!)」
「ウガー(ははは、君もまだまだ青いな)」
「ギギー!(……)」
「ウガー(わたしはね、彼がこの勝負に参加すると聞いて、このお題を選んだんだ。なぜだと思う?)」
「ギギー!(わ、わかりません……)」
「ウガー(彼ならわかってくれるからさ)」
「ギー!?(そ、それはどういうことでしょうか!?)」
「ウガー(正直、この料理はかなりの大ばくちさ。たぶんほとんどの料理に負けてしまうだろう。だけど、わたしは賭けたんだ。彼が本物の料理人であることにね)」
そう言ってチーフはアカトをちらりと見た。
一瞬だが、ふたりの視線が交差する。
それを見てゴブリンが、
「ギギッ!(はっ……! も、もしかして……そういうことですか! ですがしかし……人間ごときにチーフの心がわかるでしょうか!)」
「ウガー(もしわかってもらえないようなら、わたしの目が節穴だったってことさ。そのときは勝負する価値もなかったとあきらめよう)」
「ギギギー!(ち、チーフ……!)」
……こいつらなに言ってんだ?
賭けがどーだの、心がどーだの、さっぱり意味わかんねえ。
あーもうなんだっていいや! おれもさっさと作ろう! どーせおれの勝ちは決まってんだ!
みなさんせいぜいがんばっておくんなせえ!
たしかにふつうのゴブリンとは見た目からして違う。
一般ゴブリンが身長百五十センチほどなのに対し、三メーターを超えるどっしりとした巨体だ。
顔つきもいかめしく、腕も丸太のように太い。
そして気配は寂として、山のように重たい。
町民の恐れようは並ならぬものだった。
「あたしも本で読んだだけで、見るのははじめてなんだけどね……」
アンはツバを飲み込み、言った。
「ゴブリンの中でも、真に料理を極めた者だけが成長してゴブリンチーフになるんだって」
それのなにが恐ろしいんだ?
「あまりに料理がおいしすぎて、いちどチーフの料理を食べたらもう二度とふつうの食事じゃ満足できない舌になっちゃうそうよ」
なんだそりゃ。食わなきゃいいだけだろ。
「なに言ってんのよ! おいしいものタダで食べられるのよ! 食べなきゃ損じゃない!」
うーん……たしかに!
「ウガー(しかし驚いたな……)」
ゴブリンチーフはあごを指でさすり、まじまじと周囲を見渡し言った。
「ウガー(人間と会話ができると聞いて飛んできたが、まさか本当だとは)」
どうやらこいつは仲間のゴブリンに呼び出されて来たらしい。
様子からして、これまでの経緯も聞かされているようだ。
「ウガー(みんな、集まってくれ)」
チーフはゴブリンたちにそう言って、自分のそばに集まらせた。
そして、
「ウガー(まずは謝罪しよう)」
「ギギッ!(ええっ!? 謝るんですか!?)」
「ウガー(ああ。聞けば、我々の勝手な解釈で、個人のご家庭に大変なご迷惑をかけていたそうじゃないか。わたしも若いころはよく街に行って料理をした。共有財産だと勝手に思い込んでな)」
「ギー!(で、でも……あいつらみんなで食ってよろこんでたし……)」
「ウガー(いいから謝るんだ!)」
「ギギー!(うっ……はい)」
チーフはおれたちの方に向き直った。ゴブリンたちも同様にし、
「ウガー(申し訳ない)」
「ギギー!(すみませんでした!)」
深々と頭を下げた。
……なんか、モンスターのくせにすごいマトモだぞ!
やたら勝負したがる人間なんかよりよっぽどしっかりしてらあ!
それに対して、
『いまさら謝って済むかー! 人ン家の食料めちゃくちゃにしやがって!』
『そうだそうだー! 賠償しろー!』
「ウガー(言葉もない。この通りだ)」
『いいから金で払えよー! 謝ったって一文にもならねえんだよー!』
『死んで詫びろー!』
うわあ、下手に出た途端すげえ上からになりやがった!
見た目だけで言やぁどう見たってゴブリンどもの方がケダモノなのに、こうなるとこっちがモンスターだぞ。
そんな騒乱の中、
「あんたたち落ち着きなさいよ!」
アンがあいだに入り、叫ぶように言った。
「そんな騒いだってしょうがないでしょ! そりゃいままでのこと考えたら対価を求めるのは当然かもしれないけど、相手はモンスターなのよ! お金なんてあるわけないじゃない!」
『それじゃどうしようってんだ!』
「料理勝負よ!」
『な、なんだって!?』
「あたしたちは人間よ! 人間には誇り高い決着方法、料理勝負があるわ!」
『ふざけんな! ゴブリンチーフに勝てる人間なんてこの世にいねえよ!』
「いいえ、ここにいるわ!」
そう言ってアンのやろう、おれをご指名しやがった!
「お、おれかよ!」
「そうよ! ショーンズ・キッチンのオーナー親子を倒したあんたならきっと勝てるわ!」
『おい、マジかよ! ショーンズ・キッチンのクロッコオーナーっつったら、あっちじゃ随一のプロだぜ!』
『息子のシロッコもとんでもねえ腕だって話だぜ! そういや負けたって聞いたけど、まさかこの少年が倒したってのか!?』
『おいおい、やれんじゃねえか!?』
街のヤツらは目の色輝かせてやんややんや言いやがった。
おいおい、冗談だろ? おれは姉さんの手伝いしてただけのド素人だぜ?
「ウガー(すまない、料理勝負というものがなんなのか、聞かせてもらっていいかな?)」
チーフは怪訝そうに訊いた。
そういやこいつらゴブリンは料理勝負を知らねえのか。
「えっとね、料理勝負っていうのは——」
アンは手短に説明した。
するとチーフはすぐに飲み込み、
「ウガー(なるほど……つまりは賭け勝負ということだね。ふうむ……)」
と考え込んだ。
「どうすんのよ。あたしら人間はそれでケリがつくわよ」
とアンは急かすように言った。しかし、
「ギギー!(おい姉ちゃん、チーフはきっと受けないぜ!)」
「なんでよ」
「ギー!(チーフは料理をおもちゃにしたり、賭け事とかするのが大嫌いなんだ!)」
「えー、そうなの!?」
「ギー!(ああ、見てな! いまにノーと言うからよ!)」
とゴブリンは言い放った。
だが、
「ウガー(おもしろい、やってみようか)」
「ギギッ!?(ええっ!?)」
「ウガー(賭けの内容は、わたしが勝ったらこれまでの罪を不問にし、今後一年間、この街の料理を指揮する。そのかわり負けたら労働によって罪をつぐなう。これでどうだろう)」
「いいわよ! それで決定!」
アンは即答した。
おいおい、いいのかよ。おめえの街じゃねえんだぞ。
「それじゃ、ジャッジカモーン!」
アンがそう叫ぶと、突如白い稲妻が落ち、荘厳な服装のハゲ親父——ジャッジが現れた。
「久しぶりだなコトナリ少年! そしてアン少女!」
「おひさー!」
アンのヤツずいぶんな軽口だな。一応相手は料理の神様だぜ?
「さて、今回はどのような勝負をするのだ?」
「うん、そこのゴブリンチーフと————」
「なるほど、人間とモンスターの勝負か! おもしろいではないか! それでお題はなんだ!」
「あ、まだ決めてなかった!」
おいおい、適当だな。
ジャッジを呼んじまったってことはもう後戻りできねえんだぞ。
「う~ん、どうしましょ。この場合どっちが決めるのかしら」
ちゃんと考えてからはじめようぜ~。料理すんのはおれなんだしよ~。
と、おれが呆れていると、
「なあ、おれも参加させてくれないか!?」
およ? アカトがなんか張り切ってるぞ?
「ウガー(ほう、ふたりと勝負……ということかな?)」
「……おれは食材のこともろくにわからないクズだ。ただ適当に包丁振り回してるだけの、料理人なんて言えねえダメやろうだ。だからあなたと勝負するような資格はないかもしれない……だけど、参加したいんだ! おれも料理がしたいんだ!」
「ウガー(ほう……)」
「おれはゴブリンのテストを受けて、大切ななにかを教わった気がする! まだハッキリとはわからないが、すごく大切ななにかを! それがいま、つかめそうなんだ! だから頼む! おれとも勝負してくれ!」
「ウガー(うむ、いいじゃないか。わたしは君のように熱意ある男が好きだ。ぜひいっしょに料理をしよう)」
「あ、ありがとう!」
「ウガー(ところで……ひとつ料理のお題を思いついたんだが、よろしいかな?)」
お? いい案があるのか?
「ウガー(“最高の夕食”というのはどうだろう)」
はあ? お題って、料理の種類じゃねえのかよ。
ふつうハンバーグだのラーメンだの、そーゆー決め方すんだぜ。
ジャッジ、どうなんだよ。
「ふむ……おもしろいではないか」
え、有りなの?
「料理の種類ではなく、テーマに沿って作る。なんとも趣があってよろしい! 汝ら相違はないか!?」
う~ん……別にかまわねえけど……
「あたしもいーわよ!」
「おれもだ!」
「よし! それでは闘技場を準備せよ!」
こうしておれたちは勝負をすることになった。
お題は“最高の夕食”。
制限時間は一時間。
この街には闘技場がないので、近くの広場に簡易オーブンセットを用意し、食材を並べた。
ゴブリンチーフ、アカト、そしておれの三人が、それぞれ別のキッチン台に待機する。
そして!
「料理勝負、開始ーーーーッ!」
ジャッジが巨大な砂時計をひっくり返し、勝負がはじまった。
「よし、行くぜ!」
「ウガー(わたしも食材を選ばせてもらうとしよう)」
アカトとチーフがまず食材を選びに行った。
「これと、これ、あとこれだ!」
「ウガー(うむ、いいダイコンだ。すばらしい食材ばかりじゃないか)」
どうやらふたりは作るものが決まっているらしい。
選択に迷いがない。
頭の中に材料がインプットされているんだろう。
ああ、おれかい? おれは動かねえよ。
だってなに作ればいいかぜんぜんわかんねーもん。
なんだよ最高の夕食って。バカじゃねえの?
「まずは下ごしらえだ!」
おっ、アカトのやろうずいぶん気合い入ってんじゃねえか。
いったいなにを作るんだ?
「まずは肉に塩、コショウをまぶし、よく揉み込む! そしてフライパンをよく熱し、バターをひいて両面を焼き焦がす!」
おお! うまそうなステーキだ!
つーか分厚すぎんだろ! 四、五センチくらいはあるぞ!
「側面も軽く焦がし、火から上げる!」
「ウガー(ほう、レアにしてもかなり生焼けだな……)」
「まだだ! こいつをオーブンに入れ、香草とタマネギのみじん切りを乗せて……火を消す!」
「ウガー(なるほど! 余熱のみであたためるわけか!)」
「ああそうさ! だからおれは肉汁が逃げないよう、表面を焦がしたんだ!」
「ウガー(いやはや、なかなかおもしろいじゃないか。これはたのしみだ)」
ほー? チーフとやらはずいぶん余裕じゃねえか。
勝負ってより、料理をたのしんでるみてえだ。
あれかな? 絶対に勝つと思って余裕なんか?
「さあ、おれはしばらく見てるだけだ! 次はあなたのわざを見せてもらおう!」
「ウガー(ああ、と言ってもあまり自慢するようなことはないがね)」
そう言ってチーフは小鍋に水を入れ、湯を沸かした。
「ウガー(たしかパンやライスは用意してもらえるんだったね?)」
「うむ! すでに用意してある! 特別こだわりがあるなら自ら作るがよい!」
とジャッジが答えた。すると、
「ウガー(いや、あればいいんだ。むしろこだわらない方がいい)」
なんだそれ? パンとか米とか、こだわった方がいいに決まってんじゃねーか。
まさかわざとまずくしようってのか?
「ウガー(ふつうのでいいんだ。ふつうので)」
チーフはダイコンを輪切りにし、それをさらに細切りにした。
そして絹ごし豆腐を手のひらに乗せ、サイコロ状に切っていく。
それらを小鍋に入れ、乾燥ワカメを水で戻し、それも入れた。
さらにはネギを輪切りに切っていく。
おい……これってもしかして……
「ウガー(ははは、ちょっと具材が贅沢すぎたなか? わたしは欲張りだからなあ)」
トントントンと小気味よい音とともにネギが刻まれ、ほどよい量ができたところで、
「ウガー(さて、鍋を火から上げて……)」
そこに、味噌を溶いた。
やっぱそうだ! あれ味噌汁じゃねえか!
最高の夕食で味噌汁!? この大勝負でただの味噌汁!?
しかもそれだけじゃねえ!
「えっ!? それ入れちゃうの!?」
アンが大声を出すほど驚くものがサラサラと入った。
なんとそれは「うま味調味料」!
「ウガー(ああ、おいしいからね。これを使うとダシを取る必要もないし、簡単でいいんだ)」
「だけどあんたいいの!? アカトはあんな豪華なお肉用意してたのよ! せめてもっとこだわって作ったらどうなの!?」
「ウガー(いいや、十分こだわってるさ)」
はあ~? なにがどうこだわってるっつーんだ?
ならもっとダシを選ぶとか、すげえわざを使うとか、いろいろあるじゃん。
どう見ても手抜き料理だろ。
「ギギー!(ち、チーフ! 言いにくいんですが、おれももう少し凝った方がいいかと……)」
「ウガー(はあ、どうしてだい?)」
「ギー!(あの人間の言う通り、これではあまりに質素です! ただのご家庭味噌汁じゃないですか!)」
「ウガー(ははは、君もまだまだ青いな)」
「ギギー!(……)」
「ウガー(わたしはね、彼がこの勝負に参加すると聞いて、このお題を選んだんだ。なぜだと思う?)」
「ギギー!(わ、わかりません……)」
「ウガー(彼ならわかってくれるからさ)」
「ギー!?(そ、それはどういうことでしょうか!?)」
「ウガー(正直、この料理はかなりの大ばくちさ。たぶんほとんどの料理に負けてしまうだろう。だけど、わたしは賭けたんだ。彼が本物の料理人であることにね)」
そう言ってチーフはアカトをちらりと見た。
一瞬だが、ふたりの視線が交差する。
それを見てゴブリンが、
「ギギッ!(はっ……! も、もしかして……そういうことですか! ですがしかし……人間ごときにチーフの心がわかるでしょうか!)」
「ウガー(もしわかってもらえないようなら、わたしの目が節穴だったってことさ。そのときは勝負する価値もなかったとあきらめよう)」
「ギギギー!(ち、チーフ……!)」
……こいつらなに言ってんだ?
賭けがどーだの、心がどーだの、さっぱり意味わかんねえ。
あーもうなんだっていいや! おれもさっさと作ろう! どーせおれの勝ちは決まってんだ!
みなさんせいぜいがんばっておくんなせえ!
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件
森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。
学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。
そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
異世界TS転生で新たな人生「俺が聖女になるなんて聞いてないよ!」
マロエ
ファンタジー
普通のサラリーマンだった三十歳の男性が、いつも通り残業をこなし帰宅途中に、異世界に転生してしまう。
目を覚ますと、何故か森の中に立っていて、身体も何か違うことに気づく。
近くの水面で姿を確認すると、男性の姿が20代前半~10代後半の美しい女性へと変わっていた。
さらに、異世界の住人たちから「聖女」と呼ばれる存在になってしまい、大混乱。
新たな人生に期待と不安が入り混じりながら、男性は女性として、しかも聖女として異世界を歩み始める。
※表紙、挿絵はAIで作成したイラストを使用しています。
※R15の章には☆マークを入れてます。
異世界帰りの底辺配信者のオッサンが、超人気配信者の美女達を助けたら、セレブ美女たちから大国の諜報機関まであらゆる人々から追われることになる話
kaizi
ファンタジー
※しばらくは毎日(17時)更新します。
※この小説はカクヨム様、小説家になろう様にも掲載しております。
※カクヨム週間総合ランキング2位、ジャンル別週間ランキング1位獲得
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
異世界帰りのオッサン冒険者。
二見敬三。
彼は異世界で英雄とまで言われた男であるが、数ヶ月前に現実世界に帰還した。
彼が異世界に行っている間に現実世界にも世界中にダンジョンが出現していた。
彼は、現実世界で生きていくために、ダンジョン配信をはじめるも、その配信は見た目が冴えないオッサンということもあり、全くバズらない。
そんなある日、超人気配信者のS級冒険者パーティを助けたことから、彼の生活は一変する。
S級冒険者の美女たちから迫られて、さらには大国の諜報機関まで彼の存在を危険視する始末……。
オッサンが無自覚に世界中を大騒ぎさせる!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる