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VSゴブリン

第十八話 料理とは

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「おい! 聞こえるかこの緑色ハゲ!」

 おれはゴブリンどもに向かって叫んだ。
 すると、

「ギー!?(えっ! 人間の言葉がわかるぞ!?)」

「ギギー!?(こりゃどーなってんだ!?)」

 よしきた! 翻訳の魔法で会話ができるようになったぞ!

「こ、これはどういうことだ! ゴブリンの言葉がわかるぞ!」

 アカトが目を白黒させて言った。
 周りの観衆も同様に慌てふためいている。
 そこでおれは言ってやった。

「翻訳の魔法さ」

「翻訳の魔法!?」

「いろいろあってさ。おれは別の世界から来たんだけど、そのとき神様から他言語を理解できるようになる魔法をもらったんだ」

「そ、そんなことあるのか……!?」

 とアカトは驚いていたが、

「あー! そういえばおかしいと思ったわよ!」

 アンは手をポンと叩き、

「だってあんた、異世界人なのになぜか言葉がわかったものね! そういやあんたと話してると違和感あると思ったら、そーゆーことだったのね!」

「ううむ、にわかには信じられんが……」

 アカトはあごに手を置いてうなり、

「だが事実そうなっているし、本当に魔法なんてものがあるんだろう! よし、わかった!」

 アカトはぎゅっと拳を握り、キッとゴブリンどもを睨みつけた。
 そしてビシッと指を差し、

「おい、ゴブリン! それ以上その人を苦しめるのをやめろ!」

「ギー?(苦しめる? なに言ってんだ?)」

「家の食材を勝手に使われて困ってるだろう!」

「ギギ~?(家の食材……? いまは昼時だし、ちょうどいい時間だぜ? 料理してなにが悪いんだ?)」

「料理がしたかったら店で買え! 自分の食料を使え! 当然のことだろう!」

「……ギギッ?(店……? 自分の食料……? もしかしてこの食料はその人間の個人的財産なのか?)」

「あたりまえだろう!」

「ギー!(ああ~! それでわめいてたのか! どうりでいやがると思った!)」

「ギギー!(おいおい、じゃあおれたちもしかして、いままでもずっと個人の食料を料理してたってのか!?)」

「ギギー!(あっちゃ~! そりゃしまったな! 知らねえで料理しまくっちまった!)」

「ギー!(いやいや、ふつうわかんねえよ。だって食料っつったらライフラインに直接関わる共有財産だぜ? 娯楽品や特別な食材ならともかく、食料の所有権を個々で分ける方がおかしいだろ。飢え死にを許容してるようなもんだ)」

「ギギギー!(そうだよなあ。それにみんな集まってバクバク食ってたしなぁ)」

 ゴブリンどもは向かい合ってあれこれ話していた。
 どうやらヤツら、食材が個人の持ち物ではなく、街全体の所有物だと思っていたらしい。

 話を聞くとこうだった。

「ギー!(いやさ、おれたちは料理が大好きなわけよ。んで、あんたら人間はヘッタクソじゃん? たまに腕のいいヤツもいるけど、たいがいは食材をまずくする悪手ばっか打つしさぁ)」

「ギー!(そこでおれたち、見本を見せてやってたんさ。おれたちは大好きな料理ができる。あんたらはうまいものが食えるうえに勉強にもなる。ウィンウィンだろ?)」

「ギギー!(せっかくならおいしく食べてほしいもんなぁ。そりゃおれたちが食べるわけじゃないし、あくまで他人事だけど、まずくしちゃ食材がかわいそうじゃん)」

「ギー!(胃に入っちまえばおんなじってバカがたまにいるけど、おなじ量、おなじ命をいただくんだ。どうせならおいしく食べてあげなきゃ)」

 う~ん……なんか言ってることすごいマトモな気がする。
 なんとなく理屈はわかるし、精神論的にもけっこう崇高すうこうなものを感じる。
 だからって勝手に人ン家の食材使っていいわけじゃないけどさ。

「なんにしてもだ!」

 アカトはやや気圧されつつも、振り切るように真っ向から言った。

「おまえたちのやったことは許されることではない! その罪つぐなってもらおう!」

「ギー!(ええ~? だってあんたら人間も個人の食料うまそうに食ってたぜ?)」

「ギー!(だれがどう見ても共有財産だと思うに決まってんジャン。そりゃ、知らないで勝手なことしたおれたちも悪いけどさア)」

「ギー!(おれ見たぜ。あんたが真っ先にケバブサンドに食いつくところを)」

「うぐっ!」

 アカトがぐぬぬと押し黙った。
 あーあ、負けてんじゃん。さっさと殺しちまえよ、こんな緑色の気持ち悪いモンスター。

「う、うるさい! こうなったら料理勝負だ!」

「ギギッ!?(料理勝負!? なんだそれは!)」

「料理のお題と制限時間を決めて、どちらがうまいものを作れるか勝負するんだ! おれが勝ったら罪をつぐなえ!」

「ギギー!(ほー? おもしろいじゃねえか。それでもしおれたちが勝ったらどうなるんだ?)」

「……そのときは罪を不問にしよう!」

「ギギー!(いいぜ! やってやろう!)」

 おいおい、アカトのやろう、料理勝負を挑みやがったぞ。
 そんで了承されちまった。

『おい、あんた勝手に話進めてるけど大丈夫なのか!?』

 当然街の住民は黙っていなかった。
 それに対しアカトは、

「安心しろ! おれは負けない!」

 と強気を返した。
 ホントかねぇ? たしかにこいつが山で作ってくれた味噌鍋はすげえうまかったけど、たったいま食ったケバブサンドもかなりのもんだったぜ。

 そう思っていると、

『あ、おめえハンターのアカトじゃねえか! まだ料理やってんのか!?』

「ああ! 山の食材でずっと修行を続けていた!」

『そーかい! おめえなら任せてもいいかもしんねえな!』

『なになに? この人ハンターなの? 料理できるの?』

『おうよ! ハンター・アカトっつったら、レストラン“やまなみ”の元料理長だ!』

 街の住民が言うには、アカトの腕はかなりのものだったらしい。
 それがなんで山でハンターやってんだ?

「ゴブリンのせいさ……」

 ゴブリンの?

「おれは街一番の腕を誇っていた……だけどゴブリンの料理よりうまいものが作れなかった……だから、修行に出たんだ。より食材と密着できるように……食材のことを知れるように!」

 なるほど、それで山ごもりしてたのか。
 あんまり意味なさそうだけど……

「それじゃあ勝負だ!」

 アカトは意気揚々と目の前のゴブリンに言った。
 すると、

「ギギー!(ちょいと待ちな!)」

「なんだ! 怖気おじけづいたのか!」

「ギー!(いや、そうじゃねえ。ただ話を聞くに、このまま勝負したら不公平だと思ってよ)」

「なにが不満だ!」

「ギー!(だってあんた、たぶんおれたちと勝負できるほどの腕がねえだろ)」

「な、なんだと!?」

 おー、怒ってる怒ってる。
 そりゃこんなケダモノにそんなこと言われちゃ怒るよなぁ。

「おれの料理を見てもそんなことが言えると思うな!」

「ギギー!(まあまあ、落ち着きなって。賭けを伴う勝負をするんだろ? 少しは慎重になったらどうだい)」

「ぐっ……!」

「ギー!(ちょいとテストをしてやるよ。それに合格したら本番勝負と行こうじゃねえか)」

 ゴブリンはそう言うと、仲間に言って食材を探させた。
 そしてふたりの前にまな板が置かれ、そこにふたつ、魚の“さく”が置かれた。

「これは……?」

「ギー!(カワマグロの赤身だ。海で暮らしていたマグロがなにかの拍子ひょうしで川に迷い、そのまま繁栄したものと言われている。味は海水のマグロよりやや落ちるが、素人にはわからない程度だ。虫のたぐいはなく、新鮮なら生食なましょくも問題ない)」

「これでいったいなにを……」

「ギー!(こいつで刺身を作ってもらう。納得のいく味なら勝負を受けよう。包丁はおれの愛刀を貸してやる)」

 そう言ってゴブリンがカバンから皮のさやに包まれた包丁を取り出した。

 へー、モンスターのくせに包丁持ってんだ。
 しかも愛刀だって。
 生意気だなぁ。どうせろくな切れ味じゃねえだろ。

 と思いきや、

 ——シュラッ!

 抜いた瞬間、風が鳴った。
 切れるはずのない空気が裂けたかのような錯覚を覚えた。

 それは幻想だ。
 実際にはただ包丁が宙に触れただけに過ぎない。

 だが、その場にいた全員の脳裏にそんなまぼろしが浮かぶほど包丁はするどかった。

 ゴクリと人間たちののどが鳴る。

 ゴブリンは包丁の背を逆手に持ち、アカトに差し出した。

「ギギー!(大事に使ってくれ)」

「あ、ああ……」

 アカトは緊張の面持ちでそれを受け取った。
 あまりに見事な包丁だったせいか、わずかに手が震えている。
 完全に気圧されている。

 そこに、

「なーに緊張してんのよ! 別に魚切るだけでしょ!」

 アンがエールを送った。
 するとアカトはピシッとまっすぐになり、

「そ、それもそうだな! よし、いくぞ!」

 トストスと包丁を使い出した。
 いまので気が紛れたらしい。顔から固さが抜けていた。

「たかが魚切るだけだ! なにを考えることがある!」

 長方形のさくに、左の方からまっすぐ縦に、やわらかく連続で切った。
 ごくシンプルな包丁遣いだ。

 だが、おれにはなにか違和感があった。
 ただ切るだけ……わざわざそんなテストをするだろうか。
 なにか特別な意図があるんじゃないのか?

「よし、できたぞ!」

 アカトは包丁をスッと刺身の下にくぐして持ち上げ、料理用の皿に載せ替えた。
 小皿にしょうゆとワサビを垂らし、あとは食うだけ。

 それを見たゴブリンは、

「ギー!(……貸してみな)」

 アカトから包丁を受け取り、そいつも刺身を作り出した。

 だが、様子が違う!

「ぬ!? 斜めに!?」

 アカトはまっすぐ縦に包丁を入れていた。
 だがゴブリンは斜めに切った。
 しかも切る動作が大きい。
 包丁の根本ねもとの方で刃を入れ、刃全体で引くように切っている。

 そうして切ったものを皿に盛った。
 ふたつの異なる切り口の刺身が並んだ。

 アカトの刺身はシンプルだ。
 厚みは小指の半分ほどで、すべておなじ大きさに切り揃えてある。
 それに対しゴブリンのものは断面が広く、厚みもアカトのものよりやや薄い。

「ギー!(食べ比べてみな)」

 近くにいたおれとアンは箸を手渡され、試食することになった。
 でもおんなじ魚だぜ? 食ってどうなるってんだ。

「とりあえず食べてみましょ」

 おれたちはまずアカトの刺身を食った。
 ネタが新鮮で、しっとりとうまい。
 これといって文句のないすばらしい刺身だ。

「で、次はゴブリンの斜め切り……と」

 別にただ切り方が違うだけじゃねえか。
 いったいなにが違うってん………………!

「なにこれ! 全然違うわ!」

「ゴブリンの方が断然うめえ!」

「な、なんだって!?」

 アカトがショックで叫んだ。

「おなじ魚だぞ! 味が変わるわけないじゃないか!」

「だけど本当に違うのよ! ゴブリンのお刺身の方が味がしっかりしてて、なめらかで、全体的においしいわ!」

「それに比べたらおめえの刺身はカスだぜ!」

「そ、そんな!」

 アカトは飛び込むように自分の刺身を手づかみで食べ、次にゴブリンの刺身を口にした。
 すると、

「ンッ! ぜんぜん違う!」

 やはりおれたちと同意見だった。

「なぜだ! なぜおなじ魚なのにこんなにも味が変わるんだ!」

「ギギー!(切り方の問題さ)」

「切り方の問題!?」

「ギー!(いいか、まず味の感じ方だが、おれは面積の広い“そぎ切り”にした。その方が舌に触れる面が広く、味をよく感じる)」

「そぎ切り……!」

「ギー!(対してあんたの切り方は“平造ひらづくり”だ。まあ、これは問題ではないがな。マグロの身はやわらかく、どちらかといえば平造りの方が一般的だろう。そこを批判するつもりはない)」

 じゃあなにが問題なんだ?

「ギー!(問題は切り方だ! おれの切り方とあんたの切り方の最も違うところは、引き切りをしているかどうかだ!)」

 引き切り!?

「ギー!(いいか、刺身を切るときは、刃全体を使って引くように切るんだ。そうすると断面が潰れず、こころよい舌触りの刺身が出来上がる。だが、あんたはただトストスと切った。ネギでも刻むみたいにな。その結果がそれだ!)」

 ああっ! アカトの刺身から赤い汁がにじみ出てる!

「ギー!(見ろ! いいかげんに切るからうま味が抜けちまってるじゃないか! おれの包丁がいくら切れるからって、あんなやり方じゃ料理がだいなしになっちまうんだよ!)」

「うっ……ぐうううっ!」

「ギー!(このド素人め! なにが勝負だ! 食材の気持ちも考えず、適当に包丁使いやがって! さっき“ただ切るだけ”なんて言ってたな! バカやろう! あんたら人間はみんなそうだ! 味つけだの食材の鮮度だのばかりに気を取られて、料理の本質がなにひとつわかっちゃいねえ! いいか! ただ切るんじゃない! ただ切ることこそが料理なんだ! ただ焼くんじゃない! ただ焼くことがすでに料理なんだ! そんなこともわからねえくせに料理を語るんじゃねえッ!)」

「うわあああああーーーーッ!」

 おいおい、アカトのヤツ崩れ落ちちまったぞ。
 モンスターごときに言い負かされて情けねえやろうだ。
 たかが刺身切るくらいでこんな見せつけられちゃって、これじゃお話にならねえ。

 つーか料理勝負とか言ってないでまず対話したらどうなんだ?
 いまは言葉が通じるんだぜ?
 なーんかこの世界の感覚って地球と違うんだよなぁ。

「ギー!(それで、勝負だって? ああいいぜ? やりたきゃやってやるよ! どうなんだい? そんな腕でおれたちと勝負するってのかい!?)」

「く……ううっ!」

「ギー!(なんとか言ったらどうなんでい!)」

 と、ゴブリンがアカトに啖呵たんかを切っていると、

「ウガー(おいおい、やめなさい。料理は争いの道具じゃないぞ)」

「ギギッ!(そ、その声は……チーフ!)」

 ゴブリンがチーフと呼び、振り返った。
 なんとそこには三メーターを超えるであろう巨大なゴブリンが立っていた。

 それを見て、町民が叫んだ。

『ご、ゴブリンチーフだ! ゴブリンチーフが来たぞ!』

『この街はもう終わりだーーーーッ!』
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