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VS山男
第十五話 男の進路
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このやろう、なにを言い出すかと思ったらアンを賭けて勝負だと!?
なにわけのわかんねえこと言ってんだ!
「おれは本気だ!」
アカトは顔を真っ赤にして叫んだ。
「おれは……この美しい女神に心底惚れてしまった! 頼む、勝負してくれ!」
は~、マジかよ。たしかアンって十六歳だぞ。
そりゃこの世界には成人だの未成年だのはねえんだろうけど、だからっていろいろやべえだろ。
そもそもアンはおれの女じゃねえし、賭けもクソもねえ。
つーかまず人間を賭けるって発想がイカれてる。
だがそれは地球の倫理観だった。
「いまどきめずらしいわねぇ」
アンが言うには、恋人を賭けての勝負はわりと頻繁にあったことらしい。
もっとも勝負で奪ったところですぐ破局するから、昨今じゃあまり起きないそうだが。
「どーするの、コトナリ」
え? おまえいいのかよ。
「内容次第よね。あたし、あんたみたいに調子乗ったクソガキも、こいつみたいにいい歳こいて童貞こじらせたロリコンも絶対イヤだけど、男ふたりの取り合いになるのはちょっとおもしろいじゃない?」
「うっ!」
「ぐぅっ!」
おれとアカトは同時に苦悶した。
こいつ……ふたり一気に振りやがった! それも口汚く!
「それで、あんたはあたしに見合うほどのもんを賭けるんでしょーねー?」
アンはうつむくアカトの前に立ち、ニヤニヤと顔を覗き込んだ。
こいつ、悪魔だ!
「お、おれは……金を賭ける」
「いくら~?」
「……全財産だ!」
「まあ!」
アンの目の色がぱあっと明るくなった。
そしてまず見せ金を用意するよう伝え、アカトは小屋の中に入り、金庫を開いた。
それはかなりの大金だった。
アンがよだれを垂らしながら数え、およそ一千万ケインあることがわかった。
「あらまあ~、あらあら~♪」
ひゅー、ご満悦だぜ。ホント金が好きだよなぁ。
「コトナリ、受けましょう!」
「おめえ、マジかよ……」
おれは乗り気じゃなかった。
アカトは命の恩人だし、しかも下山を手伝ってくれるっつーんだ。
そんなヤツとケンカなんかしたくねえし、第一おめえいまさっき振ったじゃねえか。
「あら、未来のことはわからないわよ。あたし料理のできる男に弱いのよね~」ニヤニヤ。
うわぁ、嘘ばっかり。金賭けさせるための演技だろそれ。
「り、料理のできる男に弱い!? コトナリ! 勝負してくれ!」
おめえもだまされんなよ! だから童貞なんだよ!
「ねえ~、コトナリまさか逃げるつもり~? あんたキンタマついてるんでしょ~?」
うっ……! そ、それはまあ……片方しかねえが……
「男なら逃げたりしないわよね~? それともタマなしかしら~。へ~、コトナリってキンタマないんだ~」
ち、違う! ちゃんとある!
「なら男らしく戦いなさいよ」
「そうだ! 男なら勝負だ!」
うぐぐ……こいつらふざけやがって……
とくにアカト、おれはおめえのためを思って言ってんだぞ。
勝ったところでアンはなびかねえ。
負けたら金を失うだけ。
こんなノーリターン、ハイリスク、おめえになんの得もねえんだ。
それなのに、
「はっ、負けるのが怖いのか! おなじ男として恥ずかしいな! もしかしたらオカマかもしれないぞ!」
こ、このやろう! そこまで言うならおれだって黙っちゃいねえ!
カタキンだろうと立派な男だってとこ見せてやる!
ただ、その前にひとつ心配がある。
「まさかおめえ、負けたからっておれたちを下山させねえなんてことねえよな?」
「あたりまえだ! おれには立派なキンタマがふたつもついてるんだ! 正々堂々を誓おう!」
そうか、なら遠慮はいらねえな! おれはさんざん止めたんだぜ!
「いいだろう! 勝負だ!」
「お題は!」
「好きなのに決めな! なんだろうが受けて立つぜ!」
へっ、なんでもかかってこいってんだ! どうせなに言われたって素人だぜ!
「ようし、なら味噌鍋だ!」
なに!? 味噌鍋!?
「ちょうどさっき“イヌネコケンタウロスハサミバルタンモドキ”を捕らえたところだ! イヌネコケンタウロスハサミバルタンモドキの肉は味噌鍋に最適だからな! 小屋のキッチンには山菜やキノコもあるし、どうせならイヌネコケンタウロスハサミバルタンモドキの味噌鍋といこう!」
え、なんだって?
「そうね! たしかにイヌネコケンタウロスハサミバルタンモドキの肉は味噌とよく合うわ!」
いぬねこけんた……え?
「コトナリ! イヌネコケンタウロスハサミバルタンモドキの肉を使った味噌鍋勝負! これでいいな!?」
なんだっていいよ! さっきから変な長い名前連呼しやがって! よく噛まねえな!
「コトナリ、絶対に勝ってね! 一千万よ! 一千万!」
はいはい、わかったわかった。なるべくがんばるよ。
「よし、ジャッジカモン!」
アカトが天高く手を伸ばし、上空から白い稲妻が飛来した。
毎度お馴染みジャッジの登場だ。
荘厳な服装のハゲ親父がベガ立ちで現れ、ギロリと重々しく言った。
「これは、コトナリ少年ではないか。そちらの男は……アカト・ガラシィ、料理勝負ははじめてのようだな」
「はい、よろしくお願いします!」
「うむ、礼節があって結構。さて、汝らいかな勝負をするつもりだ」
「はい、おれはアンを求めて、こちらは一千万ケインを賭けて勝負します!」
「ほう……女を賭けた戦いか。久しいな。それでお題はなんとする」
「はい、味噌鍋です!」
「ほう、味噌鍋か。食材はどうなっている」
「キッチンにある山菜や調味料、それと肉は今日処理したイヌネコケンタウロスハサミバルタンモドキを使います」
「なるほど、了解した。コトナリ少年はアン・コーシィを賭け、アカトは一千万ケインを賭ける。相違ないな?」
「はい!」
「おう!」
「よし、それでは勝負をはじめよう! 制限時間は一時間! お題は味噌鍋で、食材はキッチンの山菜と調味料、そして肉はイヌネコケンタウロスハサミバルタ(ガリッ!)ンッッッ!」
あっ、噛んだ!
「……」
うわぁ、すげえ音したけど大丈夫か?
「…………」
黙ってなにも言わねえぞ?
口閉じたまんまだし、なんとか言ったら……
「………………」スゥ~~。
ちょ、消えんな! おい! おっさん! おっさん!!!
「あら、どーしましょ!」
「こうなったらジャッジ抜きでやるしかないな。それでいいよな、コトナリ」
……別にいいけどさ。ジャッジ抜きで勝敗がちゃんと決まんのか?
「そこは男らしく、嘘偽りなく申告しよう」
うーん………………まあ、なんでもいいや。
どうせまともな勝負じゃねえし、さっさとやって終わらせよう。
やりゃあ満足すんだろうから。
「よし、少し待っててくれ」
アカトは小屋から時計を持ち出し、壁にかけた。
そしておれの分の石積みコンロを作り、キッチンの食材を案内し、鍋をセットした。
気づけば空はオレンジ色に染まっていた。
夕暮れだ。時計の針は六の字を示している。
そこで、実食は七時に決めた。晩メシにはちょうどいい時間だ。
「準備はいいな?」
「ああ、オーケーだ」
「では、勝負開始!」
アカトは宣言と同時に鍋に水を張った。
近くの川から汲んだ清流の水だ。煮沸せずともそのまま飲める。
そいつが沸騰すると、オタマで味噌を溶いた。
そしてしょうゆを少し垂らし、まな板の前に移動した。
(なるほど、そうやんのね)
おれはアカトのやり方を見よう見まねで模倣した。
だっておれ、味噌鍋の作り方なんて知らねえもん。
姉さんの手伝いで味噌汁なら作ったことはあるが、鍋物はたいがい出来合いのスープで、一から作るなんてことはなかった。
あまりいい気分じゃないが、パクらせてもらうしかない。
次にアカトはショウガとニンニクを擦りおろした。
それを鍋に入れ、軽く混ぜる。おれは(ふんふん、なるほどね)と、おなじ手法で味つけをした。
そうしていると、
「ずいぶん余裕だな」
アカトがジロリと言った。
おれはまねする都合上、ヤツより一歩遅れ、のんびりに見える。
「こっちの挙動ばかり見て、もっと自分の料理に打ち込んだ方がいいんじゃないのか?」
「いや、無理なんだ」
「なに?」
「おれ、味噌鍋の作り方知らねえからさ。悪いけどスープの作り方まねさせてもらったぜ」
「な、なんだと!?」
おれは正直に言ってやった。
だってしょうがねえ。知らねえもんは知らねえんだ。
すると、
「ならなぜ味噌鍋で受けた! 無理なら断ればいいし、得意料理だってあるだろう!」
うーん……おっしゃる通り!
でもおれ得意料理なんてねえんだ。それに勝とうと思ってねえ。
そりゃ一千万はほしいよ? とんでもねえ大金だ。
でも金ならまだ十分あるし、恩人から金奪い取るなんて気分悪いじゃねえか。
「ま、見ててくれよ」
おれはとりあえずそう答えておいた。
スープさえ作っちまえばあとは切って煮込むだけ。
一応勝負の体裁は保てるし、これでヤツも満足するだろう。
そんなわけでおれは山菜を切り、なんちゃらとかいうモンスターの肉を適当に切って鍋にぶち込んだ。
「なに!? もう入れてしまうのか!?」
なんだよ、そんな驚くことか?
「まだ勝負がはじまって十分も経ってないんだぞ! それなのにもう煮込んでしまって……それでは旨みが抜けてパサパサになってしまう!」
「火から上げて、食う前にあっため直せばいいだろ?」
「たしかにそれはそれで味が染みるかもしれない。でも肉と野菜をおなじ時間煮込むなんて暴挙だ! それに適当に肉を選んだように見えたが、君はイヌネコケンタウロスハサミバルタンモドキの部位ごとの違いがわかってるのか!?」
「大丈夫、わかってるわかってる」
おれはテキトーに流して調理を続けた。
気合い入ってっとこ悪いが、こちとら勝つ気なんざねえんだ。
そんな睨むような目しねえでくれ。勝負はおめえに譲るからよ。
せいぜいうまい晩メシを作ってくれや。
「クソッ!」
アカトはイライラしながら野菜に包丁を入れた。
気に入らねえってツラだ。
意外と熱っぽいんだな。さわやかな顔してっからもっとサラサラかと思ったよ。
ま、なんでもいいけど……うっ!
「どうしたのコトナリ!」
アンが駆け寄り、おれの肩に触れた。
おれはしゃがみこみ、腹を押さえていた。
「大丈夫!? 一千万かかってるんだから絶対負けないでほしいんだけど!」
「く……クソが……」
「はあ!?」
「クソが漏れそうなんだ……」
おれは腹痛を起こしていた。
と言っても病気って感じじゃねえ。これはクソの前兆だ。
「と、トイレは……」
「ない! その辺の茂みでしてくれ!」
なに!? そういや小屋はリビングとキッチンだけだったし……そっか~。
「さっさと出してきなさいよ!」
「わ、わかってる……!」
おれは庭を離れ、森の中へと向かった。
あまり近いといけない。アンの見える範囲で野グソなんて冗談じゃねえ。
一分ほど道なき道を歩き、いい具合の茂みを見つけた。
よし、ここならクソを出せる。せいやっ!
——ブリブリブリブブーーッ!
……ふう、間に合ったぜ。わりとけっこうなクソだ。
薄暗くてよく見えねえが、なかなかの量だろう。
それにどっしりして健康的だ。
しかし照明を持ってこなかったのは失敗だった。
これじゃケツを拭く葉っぱが判別できねえ。
間違って毒草でも触っちまったら……
そう思っていると、
「おい、大丈夫か?」
アカトがカンテラを持って歩いてきた。
「もう陽が暮れかかっている。これを使え」
「すまねえ」
おれはカンテラの明かりを頼りに葉っぱを選んだ。
よし、この葉っぱは毒じゃない。
……うっ、まだ出る! ブリリリッ!
「はぁ……おれは戻るぞ。急がないと調理が間に合わないからな」
そう言ってアカトは背を向けた。
どうやら相当凝ったものを作っているらしい。
足捌きが焦っている。
そこでおれは安心させてやることにした。
「なあに、急がなくてもおめえの勝ちだよ」
「なに……?」
アカトの足が止まり、ギロリと振り返った。
「おめえがどんだけタイムロスしようと、おれにできるのはただ食材切って煮込むだけだ。おれに勝ち目はねえし、第一勝とうと思ってねえ。そもそもあいつはおれの彼女でもなんでもねえんだ。それに恩人から金を巻き上げるなんてしたくねえしな。なんならいま負けを宣言したって構わねえ」
おれは隠さず言った。
だって、どうせ負けるんだ。別になんちゃことねえ。
声もへらへらしてたよ。
そしたら、
「バカヤロー!」
バキッ!
「うっ!」
なっ、殴りやがった! なぜ!?
「君はそれでも男か!」
なに!?
「負けるために戦う男がどこにいる!」
……!
「君の言い分はわかる! 勝ちより負けを選びたくなるのも無理はない! だが、男はどんな勝負も勝ちにいくんだ! たとえ相手が恩人だろうとなんだろうと、うしろに向かって走ることだけはしちゃいけないんだ!」
んなこと言われたって……
「君のキンタマはどこを向いている! うしろ向きか!?」
そりゃあ前向きに……ハッ!
「そう、前向きだ! キンタマは前に向かってついている! だから男は前に進むんだ! キンタマの進む方へと走るんだ! それなのに君は……キンタマが泣いてるぞ!」
キンタマ「ぐすん……っ」
き、キンタマ!
「負けたければ負ければいい! 背中を見せたければ見せればいい! だが男なら忘れるな! キンタマは前についてるんだ!」
言い終えると、アカトはさっそうと歩いていった。
おれはケツを拭くのも忘れて打ちひしがれていた。
……そうだ、おれは男だ。
うしろに歩くのはキンタマのねえヤツだ。
それなのに……おれは!
「すまねえ! おれが間違ってた!」
おれの胸に炎が宿った。
それまでのどうでもいいって気持ちが吹っ飛び、まっすぐ前を向いた。
「ちくしょう、待ってろよ!」
おれは急いでケツを拭こうと葉っぱの方に手を伸ばした。
そのとき!
「うっ! これは……!」
おれは慌てて手を引っ込めた。
そこには触れちゃならねえものがあった。
それは……!
「猛毒キノコ——カエンタケ!」
なにわけのわかんねえこと言ってんだ!
「おれは本気だ!」
アカトは顔を真っ赤にして叫んだ。
「おれは……この美しい女神に心底惚れてしまった! 頼む、勝負してくれ!」
は~、マジかよ。たしかアンって十六歳だぞ。
そりゃこの世界には成人だの未成年だのはねえんだろうけど、だからっていろいろやべえだろ。
そもそもアンはおれの女じゃねえし、賭けもクソもねえ。
つーかまず人間を賭けるって発想がイカれてる。
だがそれは地球の倫理観だった。
「いまどきめずらしいわねぇ」
アンが言うには、恋人を賭けての勝負はわりと頻繁にあったことらしい。
もっとも勝負で奪ったところですぐ破局するから、昨今じゃあまり起きないそうだが。
「どーするの、コトナリ」
え? おまえいいのかよ。
「内容次第よね。あたし、あんたみたいに調子乗ったクソガキも、こいつみたいにいい歳こいて童貞こじらせたロリコンも絶対イヤだけど、男ふたりの取り合いになるのはちょっとおもしろいじゃない?」
「うっ!」
「ぐぅっ!」
おれとアカトは同時に苦悶した。
こいつ……ふたり一気に振りやがった! それも口汚く!
「それで、あんたはあたしに見合うほどのもんを賭けるんでしょーねー?」
アンはうつむくアカトの前に立ち、ニヤニヤと顔を覗き込んだ。
こいつ、悪魔だ!
「お、おれは……金を賭ける」
「いくら~?」
「……全財産だ!」
「まあ!」
アンの目の色がぱあっと明るくなった。
そしてまず見せ金を用意するよう伝え、アカトは小屋の中に入り、金庫を開いた。
それはかなりの大金だった。
アンがよだれを垂らしながら数え、およそ一千万ケインあることがわかった。
「あらまあ~、あらあら~♪」
ひゅー、ご満悦だぜ。ホント金が好きだよなぁ。
「コトナリ、受けましょう!」
「おめえ、マジかよ……」
おれは乗り気じゃなかった。
アカトは命の恩人だし、しかも下山を手伝ってくれるっつーんだ。
そんなヤツとケンカなんかしたくねえし、第一おめえいまさっき振ったじゃねえか。
「あら、未来のことはわからないわよ。あたし料理のできる男に弱いのよね~」ニヤニヤ。
うわぁ、嘘ばっかり。金賭けさせるための演技だろそれ。
「り、料理のできる男に弱い!? コトナリ! 勝負してくれ!」
おめえもだまされんなよ! だから童貞なんだよ!
「ねえ~、コトナリまさか逃げるつもり~? あんたキンタマついてるんでしょ~?」
うっ……! そ、それはまあ……片方しかねえが……
「男なら逃げたりしないわよね~? それともタマなしかしら~。へ~、コトナリってキンタマないんだ~」
ち、違う! ちゃんとある!
「なら男らしく戦いなさいよ」
「そうだ! 男なら勝負だ!」
うぐぐ……こいつらふざけやがって……
とくにアカト、おれはおめえのためを思って言ってんだぞ。
勝ったところでアンはなびかねえ。
負けたら金を失うだけ。
こんなノーリターン、ハイリスク、おめえになんの得もねえんだ。
それなのに、
「はっ、負けるのが怖いのか! おなじ男として恥ずかしいな! もしかしたらオカマかもしれないぞ!」
こ、このやろう! そこまで言うならおれだって黙っちゃいねえ!
カタキンだろうと立派な男だってとこ見せてやる!
ただ、その前にひとつ心配がある。
「まさかおめえ、負けたからっておれたちを下山させねえなんてことねえよな?」
「あたりまえだ! おれには立派なキンタマがふたつもついてるんだ! 正々堂々を誓おう!」
そうか、なら遠慮はいらねえな! おれはさんざん止めたんだぜ!
「いいだろう! 勝負だ!」
「お題は!」
「好きなのに決めな! なんだろうが受けて立つぜ!」
へっ、なんでもかかってこいってんだ! どうせなに言われたって素人だぜ!
「ようし、なら味噌鍋だ!」
なに!? 味噌鍋!?
「ちょうどさっき“イヌネコケンタウロスハサミバルタンモドキ”を捕らえたところだ! イヌネコケンタウロスハサミバルタンモドキの肉は味噌鍋に最適だからな! 小屋のキッチンには山菜やキノコもあるし、どうせならイヌネコケンタウロスハサミバルタンモドキの味噌鍋といこう!」
え、なんだって?
「そうね! たしかにイヌネコケンタウロスハサミバルタンモドキの肉は味噌とよく合うわ!」
いぬねこけんた……え?
「コトナリ! イヌネコケンタウロスハサミバルタンモドキの肉を使った味噌鍋勝負! これでいいな!?」
なんだっていいよ! さっきから変な長い名前連呼しやがって! よく噛まねえな!
「コトナリ、絶対に勝ってね! 一千万よ! 一千万!」
はいはい、わかったわかった。なるべくがんばるよ。
「よし、ジャッジカモン!」
アカトが天高く手を伸ばし、上空から白い稲妻が飛来した。
毎度お馴染みジャッジの登場だ。
荘厳な服装のハゲ親父がベガ立ちで現れ、ギロリと重々しく言った。
「これは、コトナリ少年ではないか。そちらの男は……アカト・ガラシィ、料理勝負ははじめてのようだな」
「はい、よろしくお願いします!」
「うむ、礼節があって結構。さて、汝らいかな勝負をするつもりだ」
「はい、おれはアンを求めて、こちらは一千万ケインを賭けて勝負します!」
「ほう……女を賭けた戦いか。久しいな。それでお題はなんとする」
「はい、味噌鍋です!」
「ほう、味噌鍋か。食材はどうなっている」
「キッチンにある山菜や調味料、それと肉は今日処理したイヌネコケンタウロスハサミバルタンモドキを使います」
「なるほど、了解した。コトナリ少年はアン・コーシィを賭け、アカトは一千万ケインを賭ける。相違ないな?」
「はい!」
「おう!」
「よし、それでは勝負をはじめよう! 制限時間は一時間! お題は味噌鍋で、食材はキッチンの山菜と調味料、そして肉はイヌネコケンタウロスハサミバルタ(ガリッ!)ンッッッ!」
あっ、噛んだ!
「……」
うわぁ、すげえ音したけど大丈夫か?
「…………」
黙ってなにも言わねえぞ?
口閉じたまんまだし、なんとか言ったら……
「………………」スゥ~~。
ちょ、消えんな! おい! おっさん! おっさん!!!
「あら、どーしましょ!」
「こうなったらジャッジ抜きでやるしかないな。それでいいよな、コトナリ」
……別にいいけどさ。ジャッジ抜きで勝敗がちゃんと決まんのか?
「そこは男らしく、嘘偽りなく申告しよう」
うーん………………まあ、なんでもいいや。
どうせまともな勝負じゃねえし、さっさとやって終わらせよう。
やりゃあ満足すんだろうから。
「よし、少し待っててくれ」
アカトは小屋から時計を持ち出し、壁にかけた。
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気づけば空はオレンジ色に染まっていた。
夕暮れだ。時計の針は六の字を示している。
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「では、勝負開始!」
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そしてしょうゆを少し垂らし、まな板の前に移動した。
(なるほど、そうやんのね)
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だっておれ、味噌鍋の作り方なんて知らねえもん。
姉さんの手伝いで味噌汁なら作ったことはあるが、鍋物はたいがい出来合いのスープで、一から作るなんてことはなかった。
あまりいい気分じゃないが、パクらせてもらうしかない。
次にアカトはショウガとニンニクを擦りおろした。
それを鍋に入れ、軽く混ぜる。おれは(ふんふん、なるほどね)と、おなじ手法で味つけをした。
そうしていると、
「ずいぶん余裕だな」
アカトがジロリと言った。
おれはまねする都合上、ヤツより一歩遅れ、のんびりに見える。
「こっちの挙動ばかり見て、もっと自分の料理に打ち込んだ方がいいんじゃないのか?」
「いや、無理なんだ」
「なに?」
「おれ、味噌鍋の作り方知らねえからさ。悪いけどスープの作り方まねさせてもらったぜ」
「な、なんだと!?」
おれは正直に言ってやった。
だってしょうがねえ。知らねえもんは知らねえんだ。
すると、
「ならなぜ味噌鍋で受けた! 無理なら断ればいいし、得意料理だってあるだろう!」
うーん……おっしゃる通り!
でもおれ得意料理なんてねえんだ。それに勝とうと思ってねえ。
そりゃ一千万はほしいよ? とんでもねえ大金だ。
でも金ならまだ十分あるし、恩人から金奪い取るなんて気分悪いじゃねえか。
「ま、見ててくれよ」
おれはとりあえずそう答えておいた。
スープさえ作っちまえばあとは切って煮込むだけ。
一応勝負の体裁は保てるし、これでヤツも満足するだろう。
そんなわけでおれは山菜を切り、なんちゃらとかいうモンスターの肉を適当に切って鍋にぶち込んだ。
「なに!? もう入れてしまうのか!?」
なんだよ、そんな驚くことか?
「まだ勝負がはじまって十分も経ってないんだぞ! それなのにもう煮込んでしまって……それでは旨みが抜けてパサパサになってしまう!」
「火から上げて、食う前にあっため直せばいいだろ?」
「たしかにそれはそれで味が染みるかもしれない。でも肉と野菜をおなじ時間煮込むなんて暴挙だ! それに適当に肉を選んだように見えたが、君はイヌネコケンタウロスハサミバルタンモドキの部位ごとの違いがわかってるのか!?」
「大丈夫、わかってるわかってる」
おれはテキトーに流して調理を続けた。
気合い入ってっとこ悪いが、こちとら勝つ気なんざねえんだ。
そんな睨むような目しねえでくれ。勝負はおめえに譲るからよ。
せいぜいうまい晩メシを作ってくれや。
「クソッ!」
アカトはイライラしながら野菜に包丁を入れた。
気に入らねえってツラだ。
意外と熱っぽいんだな。さわやかな顔してっからもっとサラサラかと思ったよ。
ま、なんでもいいけど……うっ!
「どうしたのコトナリ!」
アンが駆け寄り、おれの肩に触れた。
おれはしゃがみこみ、腹を押さえていた。
「大丈夫!? 一千万かかってるんだから絶対負けないでほしいんだけど!」
「く……クソが……」
「はあ!?」
「クソが漏れそうなんだ……」
おれは腹痛を起こしていた。
と言っても病気って感じじゃねえ。これはクソの前兆だ。
「と、トイレは……」
「ない! その辺の茂みでしてくれ!」
なに!? そういや小屋はリビングとキッチンだけだったし……そっか~。
「さっさと出してきなさいよ!」
「わ、わかってる……!」
おれは庭を離れ、森の中へと向かった。
あまり近いといけない。アンの見える範囲で野グソなんて冗談じゃねえ。
一分ほど道なき道を歩き、いい具合の茂みを見つけた。
よし、ここならクソを出せる。せいやっ!
——ブリブリブリブブーーッ!
……ふう、間に合ったぜ。わりとけっこうなクソだ。
薄暗くてよく見えねえが、なかなかの量だろう。
それにどっしりして健康的だ。
しかし照明を持ってこなかったのは失敗だった。
これじゃケツを拭く葉っぱが判別できねえ。
間違って毒草でも触っちまったら……
そう思っていると、
「おい、大丈夫か?」
アカトがカンテラを持って歩いてきた。
「もう陽が暮れかかっている。これを使え」
「すまねえ」
おれはカンテラの明かりを頼りに葉っぱを選んだ。
よし、この葉っぱは毒じゃない。
……うっ、まだ出る! ブリリリッ!
「はぁ……おれは戻るぞ。急がないと調理が間に合わないからな」
そう言ってアカトは背を向けた。
どうやら相当凝ったものを作っているらしい。
足捌きが焦っている。
そこでおれは安心させてやることにした。
「なあに、急がなくてもおめえの勝ちだよ」
「なに……?」
アカトの足が止まり、ギロリと振り返った。
「おめえがどんだけタイムロスしようと、おれにできるのはただ食材切って煮込むだけだ。おれに勝ち目はねえし、第一勝とうと思ってねえ。そもそもあいつはおれの彼女でもなんでもねえんだ。それに恩人から金を巻き上げるなんてしたくねえしな。なんならいま負けを宣言したって構わねえ」
おれは隠さず言った。
だって、どうせ負けるんだ。別になんちゃことねえ。
声もへらへらしてたよ。
そしたら、
「バカヤロー!」
バキッ!
「うっ!」
なっ、殴りやがった! なぜ!?
「君はそれでも男か!」
なに!?
「負けるために戦う男がどこにいる!」
……!
「君の言い分はわかる! 勝ちより負けを選びたくなるのも無理はない! だが、男はどんな勝負も勝ちにいくんだ! たとえ相手が恩人だろうとなんだろうと、うしろに向かって走ることだけはしちゃいけないんだ!」
んなこと言われたって……
「君のキンタマはどこを向いている! うしろ向きか!?」
そりゃあ前向きに……ハッ!
「そう、前向きだ! キンタマは前に向かってついている! だから男は前に進むんだ! キンタマの進む方へと走るんだ! それなのに君は……キンタマが泣いてるぞ!」
キンタマ「ぐすん……っ」
き、キンタマ!
「負けたければ負ければいい! 背中を見せたければ見せればいい! だが男なら忘れるな! キンタマは前についてるんだ!」
言い終えると、アカトはさっそうと歩いていった。
おれはケツを拭くのも忘れて打ちひしがれていた。
……そうだ、おれは男だ。
うしろに歩くのはキンタマのねえヤツだ。
それなのに……おれは!
「すまねえ! おれが間違ってた!」
おれの胸に炎が宿った。
それまでのどうでもいいって気持ちが吹っ飛び、まっすぐ前を向いた。
「ちくしょう、待ってろよ!」
おれは急いでケツを拭こうと葉っぱの方に手を伸ばした。
そのとき!
「うっ! これは……!」
おれは慌てて手を引っ込めた。
そこには触れちゃならねえものがあった。
それは……!
「猛毒キノコ——カエンタケ!」
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夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件
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俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。
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へなちょこ勇者の珍道記〜異世界召喚されたけど極体魔法が使えるのに無能と誤判定で死地へ追放されたんですが!!
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※表紙、挿絵はAIで作成したイラストを使用しています。
※R15の章には☆マークを入れてます。
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